私は鉄(からだかたいよ)
これは裏技でズルしちゃった罰なのでしょうか。
ごめんなさい神様。
もうズルしないから、ここから出してください。
「にや”あ”ああああああああああああああ!」
「嫌ぁぁぁぁ……」
別にニャアに対抗して嫌ぁと言ったわけではありません。
神様への祈りも虚しく、巨大猫さんは私を獲物として認識しちゃったようです。今日のオヤツくらいに思っているのかも。
そもそもこの世界の神様はあの酔っ払い達なので、期待出来るはずもなかったです。
化け猫族……ではないですね。
ゲーム的な話をすると、化け猫族のグラフィックは、可愛い二足歩行の猫さんのイラスト。
対してこの巨大猫さんは、猫の写真をそのままグラフィックに転用したモンスター。巨大ニワトリのトサカさんと同タイプです。
ちーちゃんさんのペット自慢から派生した悪ノリモンスター……いやモンスターと言って良いのかも不明ですが。
「ふごおっ!」
「きゃぁっ!」
巨大な猫パンチが繰り出され、私は悲鳴を上げて避けました。
外れたパンチが床を叩き、地鳴りがします。
避けた先で、私は何かを踏んで転んでしまいました。
私が踏んだせいでちょっと欠けてますけど、これは……骨?
頭蓋骨?
最高レア賞を引き当てたのは良いけど、哀れにも巨大猫さんの餌になっちゃった、運が良いのか悪いのか分からないモンスターさんの。
首から上の、骨?
「んきゃあぁぁぁぁ!」
落ち着け落ち着け。落ち着きましょう私。
私の防御力なら食べられることは無いはずです。多分。
落ち着いて、冷静に、この部屋から出る手段を考えて……
「そうだ、仕掛け……」
張り紙に『仕掛けを解除して』と書いてありました。
どこかにある仕掛けを解除出来れば扉が開く、という意味だと思われます。
つまり、この部屋から脱出する手段はあるという事です。
でも、仕掛けとは一体?
そう考えながら扉の張り紙に目をやり……気付きました。扉の隣、壁に別の張り紙が張ってあります。
先程は分からなかったけど、今は薄暗闇に目が慣れ、気付く事が出来たみたいです。
もしかして仕掛けについて書かれているのかも?
私は慌てて壁の張り紙に近づき、書かれている言葉を読みます。
紙の上部には『扉の仕掛け解除方法』とタイトルが。ビンゴです。
『扉には魔法が掛かってますニャ。この部屋の中で誰か死ねば扉は開きますニャ~ゴ。ガンバ(笑)』
「むきいぃぃ!」
私はついイラっとしてしまい、張り紙をビリビリに破り捨てました。
「にゃっ!」
そんな私に猫パンチが迫ります。
私は慌ててそれを避け、床が殴られる轟音を聞きました。
うるさい……まるで爆弾のようです。
「こんな大きな音、カジノ場の方には聞こえないんでしょうか……」
猫パンチの音が外のスー様に届き、助けに来てくれることを期待しました。
魔法が得意なスー様ならば、扉の仕掛けを解いてくれるかもしれません。
しかし……私は、この部屋に足を踏み入れた時の事を思い出します、
スロット音や店内音楽等、あんなに騒々しかったカジノの喧噪が、扉を閉めた途端に完全に聞こえなくなったのです。
この分厚い鉄の壁。ただの鉄板と言うわけではなく、音を伝えない何かしらの工夫も施してあるのでしょう。
この『賞品が当たった人を襲う』というトラップは何度も行われているでしょうし、防音対策も完璧なはずです。
望みは薄い……
いや、ちょっと待ってくださいよ……
外に伝える……そうだ。
「こ、こっちですよ猫さん!」
猫パンチが一発放たれます。
私は壁に張り付き、あえてそれを受け止めました。
怖くて目を瞑っていましたが。痛くはありません。ただ毛のもさもさ感が凄い。
もさもさを顔に感じながらも、背中では豪快な揺れを感じました。
いくら巨大猫さんが怪力でも、厚さ数十センチの鉄の壁相手では、もふもふ猫パンチで外のスー様に聞こえるような音を立てるのは困難でしょう。
でも私が間に入れば……
私は装備アイテム『鉄の鎧』なんかよりも防御力が高いのです。私はもう鉄なんです。いや鉄以上。
鉄の壁と、それ以上の固いものを、巨大猫さんのパワーでぶつける。
さすがに壁に穴を開ける事は無理でも、私の目論見通り、壁を震わせる事が出来ました。
いくら完璧な防音設備でも、物理的に大きく揺らしてしまえば、その振動は向こう側に伝わるはずです。
はず……確証はないんですけど。多分。
ここは何度も何度も殴られ続け、少しでもスー様が気付いてくれる可能性を上げるしかないです。
伊達にカチカチ少女とは呼ばれていませんよ。
うう、でもホントはヤダなぁ……わざと殴られる事も、カチカチ少女って通称も……
「わぁ、私はまだまだ元気ですよぅ……!」
「うにゃあ”ん」
私の叫びに、巨大猫さんは何故か嬉しそうな声で、再び右手を振り上げました。
そして繰り出される猫パンチ。
私は真正面から受けます。
やっぱり無事な私を見て、巨大猫さんはさらに追撃の猫パンチ。
そんな攻防が繰り返されました。
「うにゃにゃにゃん♪」
あ、なんか上機嫌になってます。
これは獲物を狩る目的から、遊ぶ目的に変わっているような……
猫パンチを繰り出す目的が変わったとしても、壁を打ち付けている事には変わりません。
先程から背中が震え続けています。
そろそろちょっと気持ち悪くなってきました……
「ふにゃ~ご……」
突然攻撃が止みました。
怖くて目を瞑っていた私は、恐る恐るまぶたを開いてみます。
「ふにゅ……な~ご……」
巨大猫さんは寝ころび、大あくびをしていました。
飽きちゃったみたいです。
「……えーと……」
襲われなくなったのはいいのですが、この状況も困ります。
外に出れなくなっちゃいます。
私は巨大猫さんに近づき、おヒゲを引っ張ってみました。猫さんならこれで怒るハズ……
ですが、意にも介さないように無視されて、最後にはとうとう寝入っちゃいました。
その時、急に部屋に光が差し込みました。同時に、カジノ場の騒がしい音も聞こえてきます。
光の方へ振り向くと、扉が開いていました。
そして扉の向こう側には、右足を上げ、足の裏をこちらに向けた体勢で固まっているスー様のお姿が。
「痛ぁ~っ……魔法は解いたんだし、手で開ければ良かったッス……」
どうやら鉄の扉を蹴り開けて、予想外の足へのダメージで固まっているようです。
「ミィさん、大丈夫ッスか!」
スー様は気を取り直して、部屋中に響き渡る声で叫びました。
私の顔を見て、次に巨大猫さんの寝顔を見ます。
「大丈夫……みたいッスね」
―――――
「もぉぉしニャけございませんニャー!」
そう言って土下座をするオーナーさんの毛並みは、チリチリになっていました。
どうやら私を救出に来る前、スー様に魔法でとっちめられたようです。
扉の解除方法を脅して吐かせたのでしょうね。
私が閉じ込められた部屋の方を見ると、壁がベコリとへこんでいます。
部屋の中では気付かなかったけど、巨大猫さんの猫パンチラッシュ、アンド私の硬さのコンビネーションは、鉄の壁を変形させる程の威力だったみたいです。
「お詫びに饅頭百個くれ……と言いたい所ッスけど、ここはミィさんの裁量に任せるッス」
そう言われたオーナーさんは、私の顔を見て、何かを諦めたようにうなだれました。
「分かりましたニャ……まさかわたくしの人生が、人狼のディナーになってお終いだとは夢にも思ってなかったですニャ……」
なんて事を口にしながら仰向けに寝転びました。一思いに心臓から食べてくれ。だそうです。
「私、そんな事しません……!」
「……では、金ですかニャ? いったい何億ゴールドを……」
慌てて否定する私に対し、オーナーさんは寝ころんで目を閉じたまま尋ねてきます。
「い、いえ。私は当たったくじの景品だけちゃんと頂ければ、それで良いかなって……」
私もくじで裏技を使った負い目がありますし……
オーナーさんは私の言葉を聞き、目を開けニヤリと微笑みました。
「いやさすが四天王様、心が広いニャ~!」
立ち上がり、黒服猫さんに景品をここに持って来いと命令します。
黒服猫さんは、さっきの巨大猫部屋とは別の部屋に入っていきました。
なにはともあれ、これでやっとお饅頭にありつけます。早く食べたい……
私がお饅頭の味に思いを馳せていると、黒服猫さんが大きなダンボール箱を持って帰って来ました。
え、もしかしてこんな箱いっぱいに貰えるんですか?
そんな、食べきれるかな……えへへへへ。
「では景品の、化け猫空気清浄機ですニャ」
そうそう、この空気清浄機で空気を綺麗にして。
……ん?
「……って、え? おまんじゅうは……」
予想外の言葉に混乱しました。
今なんて言いました、この猫さん?
「いえ、当たったのは空気清浄機の方ですニャ」
オーナーさんは、私が引き当てた虹色のカプセルを開きました。
そこには紙片が入っており、『化け猫空気清浄機』と。
なるほどぉ。
最高レアULHGSR賞は、五つの賞品が用意されているって言ってましたね。
で、私はお饅頭を当てたとばかり思ってたのですが、同じULHGSR賞でも別の賞品だったと。
なるほどなるほどぉ……
「……ええええええぇぇぇ……」
―――――
「いやあミィさん。おかげでウチも饅頭ゲット出来たッス。感謝」
結局、空気清浄機の他にお詫びとしてお饅頭を一つずつ、ついでに缶のお茶も貰う事が出来ました。
カジノの中はうるさくて落ち着かないため、外に出て、ベンチに腰掛けさっそく頂きます。
何度も想ったあのお饅頭の味。
いざ、口を大きく開けて、パクッと。
「美味しい……けど、アレ?」
美味しいです。待ち焦がれていたあの味です。だけど……?
「前ほどの感動が、無いです……なんか甘さがクドイし」
「まあ二度目ッスからね。初めて口にした時ほどの感動は無くなるッスよね。心の中でどんどん期待のハードルが上がりまくって、思い出の中での味が、現実以上になってたのかもしれないッス」
「そういうものでしょうか……」
お饅頭の残りを食べます。
美味しい。すごく美味しいです。
でもまあ、こんなもんですか……ね。
「しかしあんな巨大猫まで懐かせてしまうなんて、流石ッスね」
「いえ、そんなエヘヘヘ……」
あれは勝手に遊んで寝ちゃっただけなんですけどね。
それでも急に上役に褒められて、私は照れて頭を掻きました。
「ミィさんは友達を作る才能があるのかもしれないッスね。ミズノさんとも……」
スー様は急に真剣な顔になって、地平線を見つめました。
「ミィさんは、ミズノさんと仲が良いんスよね?」
「はい、お友達です」
「そうッスか」
そう言って微笑みました。
お城では見た事の無い、スー様の笑顔です。
「あの子はあの歳で、精鋭部隊長なんて役職に就けられちゃって、ホントはもっと遊び盛りのはずッス。魔王軍には同年代の子供は他にいないし。どうかミィさん、これからも仲良くしてあげて欲しいッス」
その言葉に、私はキョトンとします。
まあ実際仲は良いんですが、スー様からそう言われるとは、思っていませんでした。
「もうお友達になってるから今更なんですけど……良いんですか? 私とミズノちゃんは派閥が違うのに、軍師のスー様がそんな事言っても……」
「ウチは派閥なんてどうでも良いッス」
スー様はお饅頭を全てたいらげて、お茶の缶を開けています。
「元々は、ヴァンデ君……いや、ヴァンデ軍師が未成年なのに幹部になっちゃったのを、コンプラ違反だって抗議活動してただけッス。そしたらいつの間にかサンイ様の補佐になっちゃってて」
意外な理由で補佐になるものですね……
「派閥なんてのに拘ってるのは、当の二人とその部下数名だけッスよ。それも子供じみた喧嘩みたいな理由。ウチや、それに第一精鋭部隊長兼兵器開発局長や、トサカさんなんかも、真剣には考えて無いッス。ミズノさんも……昔はともかく、ミィさんが来てから変わったかも。ただ……」
「ただ?」
スー様はお茶を一口飲み、苦々しい顔をします。お茶が苦いわけじゃなさそうです。
「ヴァンデ君は、真面目に考え過ぎちゃってるかもしれないッスね」
真面目に考え過ぎ……?
私はヴァンデ様の顔を思い浮かべました。
いつも冷静で動じない。全く表情を変えないので、喜んでいるのか怒っているのかも分からない、ちょっと不愛想。
でも一度だけ、私の前で笑ってくれた。あの笑顔。
「おっと、ウチはそろそろ帰らないといけないッス。ミィさんも、子供は夜までに帰るんスよ」
スー様が帰った後も、私はしばらくベンチに座り続けていました。




