初任務(だんす)
「お、おはようございます……」
四天王に就任し、二週間近く経ちました。
その間、毎朝やっている日課があります。
急いで耳を塞ぐ準備をしつつ、話し掛けます。
「これおすそ分けです。ど、どうぞぉ……」
「コケェェェェエエーッ!」
大ニワトリのトサカさんに、お菓子をあげているのです。
これは別にお仕事ではありません。
個人的な思惑があっての事です。
四天王就任前日に、私はヴァンデ様に向かって言いました。
あれは確か……
私は顎に手を当てながら、自信たっぷり、かつクールでスマートでちょっとセクシーな表情と口調で、
「勇者ちゃんなんて、この私がすぐに倒しちゃいますよ。フッ……!」
と、言いました。
そうしたらヴァンデ様が私を信用して、勇者を倒せと改めて命令されたのです。
もしかしたら、妄想の中で多少自分を美化してるかもしれませんが、だいたいこんな感じだったと思います。
勇者さんを倒そうって目標を立てたのは良いのですが、障害が結構あります。
勇者さんの戦力は、三つの理由により、刻一刻と上がっています。
一つ目はレベルアップ。
二つ目は装備を整える。
そして三つ目は、仲間を増やす。
なので本当は、今すぐにでも勇者さんをやっつけたい所なのですが……
私は四天王という立場上、気軽に勇者さんを倒しには行けないのです。
特にこれは、ディーノ様やサンイ様には内緒の、私とヴァンデ様だけの秘密任務なのですから。
どうでもいいですけど秘密任務って言うと、なんだかカッコイイですね!
という事で、私が勇者さんに挑んでも自然になるような、ベストなタイミングを待っているのです。
そして今ヴァンデ様が、そのタイミングを作ってくれている所です。
とりあえず今の私が出来るのは、『私だけが知っている情報』を駆使し、勇者さんの戦力向上を阻止する事。
それはズバリ、勇者さんの将来の仲間を、今のうちに私が手懐けておく。
将来の仲間、それは現魔王軍四天王のトサカさんです。
トサカさんが勇者さんの仲間になる理由は、よく分かりません。
というか私の前世を含むゲーム製作チームは、何も考えていませんでした。
なんとなくパーティーの数合わせ的に、最終パーティーにトサカさんを入れちゃっただけ。
という事で私は、毎朝トサカさんにお菓子をおすそ分けし、仲良くなっているのです。
「クエッ」
トサカさんはお菓子を食べ終わると「サンキューな」って感じで片羽を挙げます。
その後はどこかに行ったり、寝ちゃったりです。
朝の日課を終えた私は、ちょっとした『やりきった感』を胸に、自分のお部屋へと出勤するのです。
私の席は、広い木机に、大きくてふかふかのオフィスチェアー。
身長に合わず、足を宙に浮かせブラブラしている状態なのですが。
でもこうして両肘を付いて座っていると、なんとなく大人になった雰囲気が出て好きです。
ちなみに机の中にはお菓子がいっぱいです。
その席に座り、私は考えます。
トサカさんにお菓子をあげただけで『やりきった感』が出ちゃう理由。
それはこの二週間、他にお仕事をしていないからです。
ホントに全く、なんにもしていないのです。
「……暇だから今日はもう帰っちゃいましょうか」
って、いやいや、それはダメですよね!
私に任せられるようなお仕事が、今はまだ決まらないそうです。
四天王になってから私がやってる事と言えば……
毎日のように現れるマッチョな挑戦者達から、ダッシュで逃げる。
ミズノちゃんや博士さんと一緒に、お茶やお菓子を頂く。
まあその二つくらいですね。
博士さんは忙しそうなのに、私がこんな給料泥棒的な生活してても良いのでしょうか。
という事をミズノちゃんに言ったら、
「私も月の七割以上は暇だし、別に良いんじゃないかしら?」
だそうです。
そういうミズノちゃんも、今日はお仕事でお出かけしているのですが。
「筋トレとかした方がいいんでしょうか……」
ポツリと呟きます。
私もパワーアップしないと、いつまでもマッチョさん達に付き纏われてしまいます。
それに最近ちょっとお菓子ばかり食べ過ぎですし……
という事で私は、腕立て伏せをしようとうつ伏せになりました。
「いー……ちぃ……」
あ、もう無理です。
私は一回もまともに腕を曲げることなく、胸とお腹をペタンと床にくっつける事になりました。
その時、急に部屋の扉が開きました。
「ミィちゃんおはよう。オジサンからプレゼントが……あれ、どうしたの寝転んじゃって。若いんだから昼間は起きてなきゃダメだよ」
博士さんが、ノックもせずに入って来ました。
いや正確には扉を開けてひとしきり喋った後に、思い出したようにノックをしましたが。
変な所を見られちゃった私は赤面しながら、急いで起き上がります。
「オジサン、昨日化け猫の町に出張に行ってさ。これお土産の饅頭。レアものだってさ」
「あ、ありがとうございます」
私はお饅頭の箱を受け取りました。
片手に乗るくらいの小さな箱です。
可愛い猫さんのイラストと、文字で『化け猫饅頭ULHGSR』とあります。
「このULHGSRってどういう意味ですか?」
「さあ、オジサン知らない。これ町のお偉いさんから特別に貰ったのよ。なんでも中々手に入らないらしいんだけど、よっぽど人気商品なのかね」
博士さんはそう言って、忙しそうに部屋と戻っていきました。
今からまた実験だそうです。
同じ四天王なのに、こんなに業務密度が違ってて良いのでしょうか……
そんな事を考えながら、私はお饅頭の箱を開けてみました。
小さなお饅頭が、一つだけ入っています。
ではさっそく、
「頂きまーす」
パクッと一口。
その瞬間、口の中に広がる煌めきのオーケストラ。
舌を刺激する甘さに、ほんのりとしたしょっぱさ。
今までに無い感動。
勢い余って、生まれてきた事に感謝してしまう程の衝撃。
これは……これは……
「お、美味ししゅぎるぅぅぅうううっ!」
あまりの美味しさに、気付いたらお饅頭が消えてしまっていました。
「はぁ、はぁ」
息切れする程の美味しさでした。
私はしばし、恍惚とした表情で余韻を楽しみます。
「ああ、また食べたい」
ノックの音がしました。
「ああ、ノックの音がしている……またお饅頭食べたい」
ノックの音がしています。
「ああ、お饅頭……」
ノックの音が。
「どうしたミィ。いないのか?」
「……はっ! す、すみません今開けます!」
ドアを開けると、ヴァンデ様が立っておられました。
……怒ってます?
「ま、待たせてしまって申し訳ありませんんん」
「別に良い。女性ならば色々身支度もあろう」
お菓子食べてボーっとしてただけです。ごめんなさい。
「それより急遽任務が決まった。支度をしてくれ」
―――――
剣撃、爆発、怒声が行き交う戦場。
敵陣には人間さんの僧兵集団、約百人。
強力な魔法をバンバン使い、魔王軍の戦力が削がれていきます。
「我々オーガ部隊は魔法攻撃に弱い……まさか僧兵が我々を待ち伏せしているとは、迂闊だった……!」
「隊長! だから魔法使いの部隊と合同で遠征しようって、自分が進言したじゃないですか!」
「だってあいつらインテリぶってムカツクんだも~ん」
でっかい図体で、だも~んとか言ってる隊長さんの元へ、一人の兵士が駆け寄ります。
「隊長、救援が来ました! 」
「やっとか! 魔法耐性のある部隊か?」
「いえ、それが部隊ではなく……四天王が一人で」
「四天王! そうか、巨大ロボットか!」
隊長さんの期待に対し、兵士さんは言いにくそうな顔になります。
「いえ、それが……あの……あの子です」
兵士さんは、戦場を指差しました。
「……なんで子供がいるの?」
その一連の会話を、私は背中越しに聞いていました。
でもそんな事は今はどうでもよくて……
今から自分がやる事に対して、緊張と恐怖で頭がいっぱいです。
私が対峙している人間の僧兵さん達も、急に現れた子供に戸惑い、一時攻撃の手を休めています。
「すぅぅ……」
私は思いっきり息を吸いました。
そして右手の拡声器に口を当て、左手のメモに書かれている内容を読み上げます。
『に、人間のみなさん! 私は魔王軍四天王のミィですぅぅ……あ、あの! 今から皆殺しにするんで、殺されたくなければ必死に抵抗してくださいねぇぇ……あぅ、すみません睨まないで……』
私の言葉に、人間さんもモンスターさんも、全員唖然としちゃったようです。
「何言ってるんだ、あの子供は」
「いや待て。確かに、人狼の子供が新四天王に就いたと言う話が、諜報から来ている」
「え? え? 魔法撃っていいの、あの子供に?」
「見た目は子供だけど、モンスターだし実際の歳は分からんぞ」
「いいの? 俺撃つよ?」
しばしの騒めきの後、魔法の火球が一発、私に向けて放たれました。
私は怖くて目こそ瞑りましたが、気をしっかりと持ち、逃げたりしゃがんだりせずに、直立不動でまっすぐに火球の直撃を受けます。
怖いけど痛くも熱くも無いです。
お洋服も無事です。
「ん? 今当たった……よな?」
続けて火、水、氷、雷、変な黒いもやもやしたヤツ、の計五発の魔法が放たれます。
全部私に直撃します。でも勿論無事です。
拡声器に口を当て、メモの続きを読み上げます。
『お、愚かな人間どもよぉ……この程度の魔法で私を倒そうなどとはー。では次はこちらの攻撃を受けるが良いぃ、地獄の苦しみにのた打ち回り、ついでに貴様らの親兄弟に妻に夫、子供や孫や親戚や友人も呪いで苦しんで死ぬぞぉぉ……』
えっ。何このメモ怖っ。
私そんな力ないですけど。
しかしそんな私のハッタリに、僧兵さん達は騒然となりました。
大きな火球が数発、連続で私に放たれます。
もうもうとした煙が上がりますが、当然私は怪我一つありません。
ここでメモ通りに、ニッコリと笑ってみました。
緊張でちょっと強張った笑顔ですが……
「うふふっ」
「……そ、総攻撃だああああっ!」
さっきとは比べ物にならない程の、大規模な魔法攻撃が始まりました。
巨大な火柱、巨大な氷塊、眩いばかりの大雷。
僧兵さん達が、全身全霊で私に魔法を使います。
でもここまで大規模な連続魔法だと、何されてるのか分かんなくなって、逆にすぐに慣れちゃいますね。音はうるさいですけど。
私は拡声器を口に当てたまま、ゆっくり人間さんの陣地へと近づいて行きます。
『あのぉ、すみません。出来ればもっと大技を沢山やって欲しいんですけどぉ……』
私のリクエストに応えるように、更に魔法攻撃が激しくなります。
それでも私は攻撃を気にせず、遂に僧兵さん達のすぐ近くまで辿り着きました。
「えっと、次やる事は……」
メモを見て確認します。
私は走り出し、一人の僧兵さんの後ろに回り込みました。
「……!? お、おいあの少女が急に消え」
『こ、こんにちはぁ……』
すぐ近くですけど、戦場の爆音で聞こえなさそうだったので、拡声器越しに挨拶しました。
「う、うわああああああ!」
僧兵さんはビックリして叫びました。
その声に皆も驚き、一斉に私に向かって魔法を放ちます。
しかしここは人間さんの陣の中。
当然同士打ちが発生します。
「く、来るな化け物ぉぉぉおお!」
僧兵さん達はパニックになり、味方に当たるのもお構いなしに高等な魔法を使い続けています。
私はまたメモを見ます。
「……お、踊る?」
適当に手を叩いたり、踊ったりする事。と、書かれています。
こんな大勢の前で踊るのは恥ずかしいですが……私は仕方なく、まずは手の平を合わせてパンッと叩いてみました。
「わ、わあああああ!」
たったそれだけの事なのに、僧兵さん達は過剰に驚きます。
私は続いて両手を上げたり下げたり、前テレビで見たカッコ良いダンスをイメージしながら、適当に踊ってみました。
「な、なんだあの奇妙な踊りは……」
き、奇妙ですか……カッコ良くないです?
「の、呪いのダンスだ……親兄弟まで呪い殺されるー! 逃げろぉぉお!」
一人の僧兵さんがそう叫ぶと、それにつられて全員散り散りに逃げ出しました。
そこでチャンスと思ったのでしょうか、オーガさん部隊が流れ込んできました。
逃げ惑う僧兵さんを後ろから斬ったり殴ったり。
僧兵さん達は気力が削がれ、更にさっき大技を使い続けた事で魔力も減っているため、あっさりと制圧されます。
よくわかりませんが、さすがヴァンデ様がお立てになった作戦ですね。
いつまで踊ってればいいのか分かりませんでしたので、オーガさん部隊が勝った後も、私はしばらく踊り続けています。
そこに隊長さんが小走りでやって来ました。
何故か引きつった顔をしています。
「た、助かりましたミィ様……あ、あの、もう我が軍が勝ちましたので、その呪いのダンスをおやめに……」
「あっ、はい」
もう踊りをやめても良いらしいです。
私は腕と足の疲れに、その場に座り込みました。
「あ、あの……我々も一緒に呪われたりは、しませんよね……?」
隊長さんが、心配そうな顔で呟きます。
ともかく私の初任務は、無事に完遂できたようです。




