最速記録(すぴーどすたー)
「す、ストップぅぅぅ……!」
マッチョ鬼さんの「勝負しろ」という言葉の直後、私は慌てて叫びました。
三号さんを待機モードにして、自滅特攻を防ぐためです。
「い、今のストップはこちらの話なので、気にしないでください」
鬼さんが「ストップとは何だ、怖じ気付いたか」的な、さっきも聞いたような台詞を言う気がしたので、先手を打っておきました。
「ストップとは何だ、怖じ気付いたか!」
言われちゃいました。
まあ、どうでもいい事ですが……
「何オッサン、ミィのストーカー? キモッ。ロリコン死ねよ」
「ストーカー行為は犯罪ですわよ! それも十歳の少女に対してだなんて、恥を知りなさい!」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんが批難しました。
それに対し鬼さんは一瞬怯んだような顔をしましたが、すぐに睨み返して訂正します。
「ストーカーでは無いッ! 四天王の座を賭けて勝負をしろと言っている!」
まあでも今の私の状況は、ある意味ストーカー被害者のようなものですが。
「ああ、さっきミィが言ってた、四天王の座を奪おうってセコイ奴らか」
ヨシエちゃんが思い出したように言いました。
「わたくし達、今忙しいんですの。また今度にして頂けるかしら?」
「そうだね。行こ行こ。なんかあのオッサン臭そうだし」
「えっ、あっ、いいんですかね……あの、じゃあそういう事でさようなら……」
二人の勢いに押されて、私はマッチョ鬼さんにお別れの挨拶をし、ショッピングの続きへと繰り出し……
「待て! 今ここで勝負しろォッ!」
やっぱりダメでした。
鬼さんが金棒を振り回しながら、こちらへ向かって突進して来ます。
「まったく、しつこいですわね」
マリアンヌちゃんはそう言って腕を伸ばし、鬼さんに向かって両手の平を向けました。
「埋まり遊ばせ」
ズドン、と地鳴りがしました。
先程の金棒での揺れとは違い、今度は本物の地震です。
魔法で引き起こされた地震。そして地割れ。
「うぐぉおーっ!?」
鬼さんは突如現れた地面の裂け目に落ち、胸部から下を大地に挟まれ、動けなくなりました。
「おぉぉ……す、凄いですマリアンヌちゃん!」
「ふーん、やるじゃん」
私とヨシエちゃんは感嘆の声を上げました。
「この魔法は先月、家庭教師の先生からお教え頂きましたの」
さすがはマリアンヌちゃん。
ゲーム内で中ボスなだけあって、強いです。
「ところで、何てお名前の魔法なんですか?」
「魔法の落とし穴としか言われておりませんけど……そうですわね、わたくしのイメージに沿う名称を付けるとするなら、優雅豪華で賢い地震……」
「略してゴワスだね」
「……やっぱり名前はまだありませんわ」
ゴワスの事は一旦置いて、私達は挟まっている鬼さんの姿を見ました。
「畜生……! 田舎を出、魔王軍に入り苦節数年、今こそチャンスと行動したのに、四天王どころかその家来のガキにやられるとは……!」
「わたくし家来じゃありませんわ!」
鬼さんは急に自分語りを始めました。
聞いても無いのに、自分の生い立ちなどを話しています。
正直興味無いのですが、地面に挟まってる状況がなんだか可哀想、かつ滑稽で正直見てて面白かったので、仕方なく話を聞きました。
鬼さんは最近軍であった嫌な事エピソード(有能な後輩に立場逆転されそう)を話した後に、やっと現状の、四天王の座を奪うために一念発起した事についての話をします。
「城の廊下で見かけた時は、隣に別の四天王がいたので怖くて襲えなかった。とりあえず尾行して、やっと一人になったと思ったらドラゴンに乗って飛んで行き……どうにかドラゴンに追い付きこの村に……」
えっ。この鬼さん、ずっと私の後をつけてたんですか!
「ヤバッ、ガチストーカーじゃん。キモッ……」
「警察をお呼びした方がよろしいですわよ!」
「いやそれより噛み殺そう」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんの言葉を聞き、鬼さんは慌てます。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! こんな所で死ぬわけにはいかないのだ! 俺には年老いた母と病気の弟と妹と犬と猫とハムスターと豚が」
嘘臭い発言ですが……
私達は後ろを向き、一応相談して決めることにしました。
「どうしましょう。なんだか可哀想な人みたいですけど……」
ちらりと鬼さんを見ると、いじけた様子で、手の平の上で石ころを転がしています。
「そうだね。汗臭そうだし、噛み殺すのはやめて引っ掻き殺そう」
「いやヨシエちゃん、そういう事じゃなくてですね……」
「そうですわ。不衛生なので燃やすべきですわ」
「いや、えっと……」
「隙ありじゃぁぁあッ!」
鬼さんが突然叫びました。
声の方へ顔を向けた瞬間、手に持っていた石ころを、私に投げつけてきました。
「ひゃあっ!」
私は慌てて石を避けます。
よく考えると投石くらいなら当たっても平気なのですが、生来の臆病さから、反射的に体が動いたのです。
「あ、危ないじゃないですかぁ……!」
私が文句を言った直後、背後で何かがぶつかる音、そして小さな爆破音がしました。
嫌な予感がして振り向きます。
そこには、三号さんが倒れていました。
頭がへこんでいます。煙も上がっています。
このパターンは……
「さ、三号さぁーん!」
ついに、ついに私の部隊が全滅してしまいました。
ああ、石くらいなら隊長の私が体を張って受け止めるべきでした。
私ってば隊長失格です。
「三号さん……ごめんなさい……」
私たちは三号さんに駆け寄り、抱き起こしました。
半日で部隊を壊滅させる、己の不甲斐なさに失望です。
ロボット兵士さん達の耐久性にも、難はありますが。
「おいたわしいですわ。お気を確かになさって、ミィさん……」
マリアンヌちゃんが、そう言いながら私の顔を見て……表情が強張りました。
「み、ミィさん後ろ!」
「へ? うし……」
まるで頭の中で鐘を叩いたような、激しい衝撃音。
音が耳の中に残り、ずっと暴れ続けています。
さらに後頭部に重みを感じ、私はうつ伏せに倒れ込んでしまいました。
「み、ミィ!」
「ミィさん!」
耳鳴りに交じり、ヨシエちゃん達の悲鳴が聞こえます。
「油断したなチビめ、埋まった振りをしていたのだッ! 俺の金棒の味はどうだ……おっと、もう死んで答えられないかな!」
どうやら私は、あの巨大な金棒で頭を殴られちゃったようです。
頭の上に金棒が乗っかってます。
重くて動けません。
「あ、あのぉ……ちょっとこれ、どかして欲しいんですけどぉ……」
「!?」
死んだと思っていた私から声がして、警戒したようです。
鬼さんは金棒を持ち上げ、後ろに飛び退きました。
私は身体が自由になり、むくりと起き上がります。
「ミィ、大丈夫なの!?」
「はぁ、まあだいたい大丈夫です」
ヨシエちゃんが心配そうに声を掛けます。
「噂には聞いていましたが、ミィさん本当にお強くなられたのですわね……」
マリアンヌちゃんは、驚いたように口をポカンと開けています。
あ。気付くと私ってば、砂だらけです。
地面に倒れ込んじゃったからですね。
「今日おろしたばかりのお洋服なのにぃ……」
「こ、これ鉄だぞ! 重さも三トンくらいだぞ! 鉄で殴られて平気なのかお前は!」
手で砂を払っている私に向かって、鬼さんが叫びました。
金棒を両手に構え、こちらを牽制しています。
「えっとぉ……いいえ、平気じゃないです。うるさくて耳鳴りとかしました」
「耳鳴り……ふ、ふざけるなよッ!」
鬼さんは、再び金棒を振り上げようとしました。
いけません、また私を殴ろうってつもりですね。
私は慌てて足に力を込め、鬼さんの後ろに回り込みました。
「え……消えたッ……!?」
私の姿を見失ってしまった鬼さんは、金棒を完全に振り上げる前の、中途半端な位置で腕を止めました。
逆にキツそうな体勢ですが、マッチョな見た目通り、凄い力ですね。
「あ、あのぉ……」
「!?」
金棒攻撃も事前回避出来た事ですし、私は背後から鬼さんに話し掛けてみました。
急に声を掛けられ驚いたのでしょうか、鬼さんはビクリと震えた後、動きが固まりました。
「もうやめましょう。これ以上やると、大変な事になりますから……」
そうです。これ以上この鬼さんが暴れたら、私のお洋服が大変な事になってしまいます。
お母さんに怒られます。
「た、大変な……事……ひっ」
鬼さんは金棒を落としました。
首筋に汗がびっしょりです。
「あ……落としましたよ」
「すみませんでしたーッ!」
鬼さんはそう叫びながら、金棒を拾って走り去っていきました。
よく分かりませんが、お洋服の事分かってくれたようですね。
「ミィさん、本当にお怪我はありませんの?」
マリアンヌちゃんが心配そうに聞いてきました。
「はい。私頑丈なので。でも三号さんが……」
私はしゃがみ込み、三号さんを両手で拾い上げました。
頭がへこんで、煙を立てて、手足がピクピクと動いて……
動いています。
額のランプが点灯したままです。
「三号さん、まだ生きています!」
私の声を聞き、ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんが三号さんの顔を覗き込みました。
「ホントだ、動いてる。早く修理した方が良いんじゃないの?」
「そ、そうですね! 早くお城に連れて行って……」
私が慌てて立ち上がろうとすると、不意に手元から、
「ソノ必要ハ無イデス。ミィチャン隊長」
と、声がしました。
「ええ、今この子喋った?」
「三号さん、喋れるのですか?」
私の問いに、三号さんが答えます。
「ハイ。奇跡ガ起コッタヨウデス」
「まあ、なんだかロマンチックですわね」
マリアンヌちゃんが感動の声を上げます。
私も感動したい所ですが……とある事に気付いてしまいました。
「僕ハモウ死ニマス……サヨナラ、ミィチャン隊長……今マデ楽シカッタデス……」
「……あの、博士さん。そういうのはいらないです」
「あ、そうなの?」
この声は、三号さんからは出ていません。
いつの間にか私の足元にいる、小鳥さん型ロボットから出ているのでした。
「やあゴメンね。実はオジサン、ロボ兵士達の様子をずっと上空から監視してたんだよね。あ、もちろんミィちゃんのプライベートは極力撮ってないから安心してね」
小鳥さんロボットを通じて博士さんの声が聞こえます。
博士さんはボイスチェンジャーをやめ、普通の声で話しています。
「なんで鳥が喋ってるの……」
「こ、これもロボットですの?」
「やあミィちゃんのお友達の人狼ちゃん達だね。オジサンは軍でロボットとか作ってる魔人さんで……」
驚いている二人に、博士さんは自己紹介を始めました。
ただ、自分が本当の四天王って事は隠しているみたいなので、そこはボカシて説明しています。
「で、三号と五号についてだけど」
博士さんの言葉に、私は手に持っている三号さんの姿を見ます。
……額のランプが消え、完全に動かなくなっていました。
「さ、三号さぁーん!」
ついに我が部隊は、正真正銘の完全壊滅してしまいました。
たった半日です。
どうやら私には、隊長としての資質が無かったようです。
許してください、ロボット兵士の皆……
「あらら、完全に壊れちゃったみたいだね。まあいいや、データ回収するから明日オジサンの部屋に持って来てね」
私の後悔とは対照的に、博士さんは呑気なご様子です。
「ありがとねミィちゃん。想像以上にすぐ全滅したけど……多分魔王軍の歴史上、部隊結成から全滅までの最速タイムだったね。まあいいや、おかげで良いデータが取れたよ」
後先考えずに敵に突っ込んじゃう事。
水や穴を避けずにまっすぐ歩いちゃう事。
投石されても、つっ立ったままモロに受けちゃう事。
などなど、博士さんが今回判明した『ロボット兵士さんの行動』における問題点を羅列しました。
「まあ概ね予想通りではあったけど、オジサン人工知能なんて初めてだからさあ。普段の行動でどういうアクシデントが起こるのか、確認できて良かったよ。ホントは実地テストはまだ早いかなとも思ったけど、ミィちゃんが良いタイミングだったし」
「私のタイミング……?」
博士さんの台詞に、何か不穏なものを感じました。
「も、もしかして……四天王になりたての私が、さっきの鬼さんみたいな方達に襲われる事を見越して、テストに利用したんですかぁ……?」
「うんそうだけど。あれ、オジサン最初にそう言ってなかった?」
私は脱力して、へなへなと座り込んでしまいました。
「言ってません……! それどころか『襲われる? そんな事あるの?』って顔で喋ってましたぁ!」
「そうだっけ、ゴメンねミィちゃん。ああ、今から会議だからまた明日」
「ちょっと、博士さぁぁん」
それっきり、小鳥さんロボットは喋らなくなりました。
「なんだか知らないけど、四天王も大変だねミィ」
「パワハラに困っておられるのなら、わたくし相談に乗りますわよ」
うなだれる私に、お二人が気を遣って声を掛けてくれます。
私はそれに頷きつつ、
「もう当分、部下はいらないです」
と考えるのでした。




