恐怖の街路(です・すとりーと)
最近はドラゴンさんに乗っていても、気絶しないようになりました。
「私も成長してますね!」
「一月も乗り続ければ、そりゃそうだろうさ。それに低空飛行してあげてるからね」
ドラゴンさんの冷静なお言葉は聞き流し、私は空を見上げます。
というか、最初からずっと空を見上げ続けています。
なぜなら下を見ると怖いからです。
ちなみに、残り二体になってしまったロボット兵士さんは、落ちないように私のバッグの中に入っています。
「おーい、ミィー!」
不意に、下から声が聞こえました。
地上から、誰かが私を呼んで叫んでいます。
風で聞き取りづらいですが、ドラゴンさんが低空飛行しているおかげで、なんとか耳に入ってきます。
「そのドラゴンは、ミィだよねー?」
ヨシエちゃんの声みたいです。
私は下を覗き込んで……
あっ。
高い……
気が遠く……
「……はっ!」
私は気付くと、ドラゴンさんの背中で寝ていました。
というか気絶していました。
目の前にはヨシエちゃんがいます。
どうやらドラゴンさんは、近くに着陸してくれたみたいです。
「ミィ、大丈夫?」
ヨシエちゃんは心配そうな顔をしています。
「え、ええ大丈夫です。気絶は慣れっこですので……慣れたくは無かったですけど。私ってば、多分三十秒くらい意識が無くなってたみたいですね」
「十分くらい気を失ってたけど……」
まあそれでも、私にしては短い方だと思います。ハイ。
「ところで今からショッピングに行くんだけど……ミィも誘おうと思ったけど、気絶したし今日はやめとく?」
「気絶は大丈夫ですが……」
ヨシエちゃんのお誘いに、どうしようか迷いました。
既に人狼族の縄張り内にいるとは言え、さっきみたいにまた私を襲って来るマッチョさん達が現れないとも限りません。
その場合、ヨシエちゃんを巻き込んじゃうかも……
「なんか困ってるでしょ、ミィ。言ってみなよ」
「う……そ、そうですね。実は……」
ヨシエちゃんは狼らしく、勘が鋭いです、
見抜かれた私は、今の状況を話しました。
「ふーん、大変だねミィも」
そう言いながらヨシエちゃんは、私の両頬をむにゅっとツマんで伸ばしました。
「よ、よひえひゃん。にゃにすりゅんれひゅか」
「だって。ミィがいっちょ前にアタシに気を遣ってるし」
ヨシエちゃんはニヤリと笑いました。
「でもそれなら尚更、気晴らしにショッピングでも行かないとね」
「ふぁい……」
―――――
ここは人狼族の村で、一番都会っぽい一角。
なんと、牛丼のチェーン店があるのです。
その牛丼屋さん近くの、小さな服屋さんや、小さな雑貨屋さんを回ります。
「あ、これは話題の、噛んでも噛んでも砕けない骨ですよ。ヨシエちゃん!」
「それ砕けないけど、穴開いて千切れるよ。ただのウレタンだった」
楽しくショッピングして、一時的に、マッチョさん達の事を忘れることができました。
ヨシエちゃんの言う通り、いい気分転換になったみたいです。
「そう言えばこの辺に、マリアンヌのママ……お袋さんが、セレクトショップを開くらしいね」
ふと思い出したように、ヨシエちゃんが言いました。
私達は今、牛丼屋さん横の広場にあるベンチに座り、ジュース片手に休憩中です。
「あ、この前私も聞きました。何を扱うかは、まだ知りませんけど……」
「やっぱり干し肉かな」
「服とかじゃないでしょうか……でも、どのテナントを借りるんでしょうかね」
私とヨシエちゃんは、周りの店舗を見渡してみました。
村で一番栄えているエリアとは言え、結局は田舎なので、空き店舗がそこそこあります。
「ねえ、あれ見てよ」
ヨシエちゃんが指さす方を見ると、『工事中、立ち入り禁止』の看板とバリケードが。
あの場所は確か、数日前からビルが建設中です。
そしてその工事現場の中で、ヒラヒラした洋服を着ている長い金髪の少女が、肩をいからせ地団駄を踏んでいます。
「あれってマリアンヌじゃない?」
「そうみたいですね……」
私達は、工事現場へ近づいてみる事にしました。
「だから! 一階はガラス張りが良いって、何度も言ってますの!」
「しかしお嬢様。奥様が、ここはレンガの壁で、絵などをお飾りになると……」
「お母様のセンスは古いのですわ!」
何やら図面のようなものを広げ、現場の責任者っぽい人と言い争っています。
工事現場で騒ぐお嬢様。変な光景です。
「こっちには白を基調とした柱に、血を模した赤い」
「何やってんのマリアンヌ」
「ひぃ!?」
急に背後から話し掛けられ、マリアンヌちゃんはびくりと飛び上がります。
ヨシエちゃんがわざと驚かせるように、そっと近づいて、急に肩を叩いたりしちゃうから。
「よ、ヨシエ……さんに、ミィさん。どうしてこちらに?」
「ショッピングしてて、偶然マリアンヌちゃんを見かけたんです」
「あ、あら……そうですの」
私の返事を聞くと、マリアンヌちゃんは前髪を手櫛で整えながら、何かを探すようにきょろきょろと周りを見回しました。
「マリアンヌちゃん、何か探し物ですか?」
「へっ!? ち、違いますわ。わたくしはただ、お二人がいるなら……あっ、いや、何でもありません事よ」
「クッキーさんはいないよ」
ヨシエちゃんがそう言うと、マリアンヌちゃんは一瞬ガッカリしたような顔になり、そしてすぐに顔を赤くして慌てました。
「べべ別にわたくしはクッキー様を」
「ところでこんなトコで何やってたの、マリアンヌ」
台詞に割り入って質問するヨシエちゃんに、マリアンヌちゃんは何故か少し悔しそうな視線を向けながら答えます。
「お母様がセレクトショップ経営をお始めになるのですが、わたくしもその一店舗を任せられましたの。それで今は建物の検分中ですわ」
「ショップ……一店舗?」
私とヨシエちゃんは、建設中のビルを見ました。
まだ骨組みの段階ですが、完成したら三階か四階建てくらいになるのでしょうか。
この田舎の村で、間違いなく一番立派な建物です。
「一階にはカフェやパン屋、そしてわたくしのお店。二階には婦人服や紳士服、バッグのお店、献血センターなどが入る予定ですの。三階にお母様のショップですわ」
「それはもうセレクトショップでなく、百貨店ですね……」
お金持ちはやる事が違いますね。
「それでマリアンヌは何の店を開くの?」
「まだ決めていませんわ」
「お袋さんの店は何を取り扱うの?」
「さあ……まだ決めてないと思いますわ」
お金持ちは、ホントにやる事が違いますね……
「ところでミィさん。先程からそのバッグ、何か動いていません事?」
マリアンヌちゃんの言葉に、私は持っていたバッグに目を落とします。
時々もぞもぞ動いています。
ロボット兵士さん達です。
「そう言えばアタシも気になってたけど、時々機械みたいな音もしてるよね?」
「あ、はい。実はですね……」
私はロボット兵士さん達をバッグから取りだし、二人に紹介しました。
「これは私のロボット部下、三号さんと五号さんです」
「ロボット部下?」
「ろ、ロボットですの!?」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんは驚いています。
三号さんと五号さんを地面に置き、私は少し歩きます。
ロボット兵士さん二人も、私の後に並んで歩き出します。
「こうやって、私の後をついて来るんですよ」
「へえ、ブサイクな人形だけどなんか可愛い」
ヨシエちゃん達は感心しているようです。
「でもどうして三号と五号という、中途半端なナンバリングですの?」
「そ、それには複雑で悲しい事情があるので、ノーコメントでお願いします」
ロボット兵士さんを紹介し終えた所で、マリアンヌちゃんも一緒に三人でショッピングの続きをしようという事になりました。
私達三人の後ろを、三号さんと五号さんがついて来ます。
「マリアンヌちゃんはどういうお店をやりたいんですか?」
「そうですわね……」
私達は雑談をしながら、通りを歩いています。
「外国のビーフジャーキーでも売りなよ」
「まあそれもよろしいのですけど、わたくしはもっとこう、十代の若者達が毎日通い詰めるような……」
「クッキーさんが毎日?」
「そうそう……って、わ、わたくしは別に!」
その時後方で、ポチャンと何かが水に落ちたような音がしました。
「……?」
振り向くと、三号さんしかいません。
五号さんの姿が消えました。
「……まさか」
側溝の穴から、ボンッという音がして、煙が上がりました。
穴を覗くと、ドブの中に、びしょ濡れになった五号さんの姿が……
「ご、五号さぁーん!」
急いでヨシエちゃんと協力して側溝の蓋を開け、五号さんを救出しました。
しかし時既に遅し。
五号さんの額のランプは消え、完全に動かなくなっています。
なんという事でしょう……
部隊結成から半日経たない内に、隊長と三号さんの二人だけになってしまいました。
ごめんなさい五号さん。
ダメダメな隊長を許してください。
危険がいっぱいだから、外に出すべきではありませんでした。
ずっとバッグに入れておくべきでしたね……それはそれで部隊の意味が無いような気もしますが……
「ど、どうしますの? これ軍の備品ですのよね? ミィさん、怒られたりは」
「あ、それは多分大丈夫だと思います。テスト品だし」
私は五号さんをバッグにしまいながら答えました。
「意外とケロリとしてるねミィ……」
「でもさすがに全滅させちゃったら博士さん……この子達を開発したおじさんに悪いので、三号さんだけは死守しないと……」
その時、急に大地が揺れました。
地震ではありません。
巨大な金棒が、地面に打ち込まれたのです。
「こんな所で会うとは奇遇だな! 四天王のミィ!」
私達は、声のした方へ顔を向けました。
身の丈二メートル程の鬼さんが、自分の身長よりも長い金棒を片手に、仁王立ちになっています。
「貴様を倒して俺が四天王になる! 勝負しろォッ!」
案の定この人もムキムキマッチョです。




