魔王城(いんきでくさい)
三日後、回復した私は、魔王様のお城へ赴きました。
「心配なんでアタシも一緒に行くから」
と言うヨシエちゃんと一緒に、私ん家のお庭でお迎えを待っていると、大きなドラゴンさんが飛んできました。
ドラゴンさんの背中にはヴァンデ様のお姿が。
なんと、お偉いさんが直々に出迎えに来てくれたのです。
私は、申し訳ないやら恐ろしいやらでお礼と謝罪をしましたが、
「他の者に迎えに行かせると、君たちを食ってしまうからな」
なんて怖いことを言われたので、もう行きたくない気持ちで一杯です。
魔王様のお城は空高くに浮いていますので、空を飛ぶ手段がないと行けません。
私達一般のモンスターは、
「人間の軍隊に攻められないように、空と言う絶好の地形を取ったのだ」
とか、
「来るべき日には、天空から人間達へ、避けられない砲撃を放つためだ」
とか、
「魔王様は実は神様であり、天高くより大地を見守っておられるのだ」
とか言って、空にお城がある理由について噂しあってます。
ただ前世の記憶によると、空にお城が浮いてる理由は、設定考えてる時にちょうど某名作アニメ映画がテレビ放映していたからですが。
ではさっそくドラゴンさんの背中にお邪魔して……
……
「ミィ、魔王城に着いたよ。そろそろ起きなよ」
「……はっ!」
高所恐怖症の私はいつの間にか気絶していました。
しまった。「明日来い」と言われたのに三日も経っちゃった事を、移動中に謝ろうと思ってたのに。
話は執務室で行うということで、私達はヴァンデ様に連れられてお城に入りました。
歩きながら、三日経ってしまった事をやっと謝る事ができました。
魔王軍式の恐ろしいお仕置き折檻を受ける事も覚悟していたのですが……
「身体はもう平気なのか?」
「え、あ、はい。もう大丈夫です」
「無理をさせてしまったようだな。申し訳ない」
「いえ、そんな……」
意外にも優しい言葉を掛けて貰いました。顔は無表情のままでしたが。
「低級モンスターの体力の無さを考慮していなかった。すまないな」
さらっと酷いことを言われた気もしますが。
「ふう……お仕置きされちゃうかもと思ってドキドキしてました」
前を歩いているヴァンデ様に聞こえないように、隣のヨシエちゃんに小声で囁きました。
「お仕置きでドキドキって……ミィってそういう趣味だったの? 早熟だね」
ボケなのかどうか分からなかったので、私はヨシエちゃんの台詞をスルーしました。
「でもなんか陰気で臭いね。魔王城って」
「し、失礼だよ。ヨシエちゃん」
ヨシエちゃんを嗜めつつも、私も正直言って同じ事を考えてました。
大型のモンスターがたくさん歩いているからでしょうか。
さっきすれ違ったオジサンなんて、服に返り血みたいなの付けてましたし。
「こういう場所じゃ鼻が利き難くてさ」
ヨシエちゃんは人狼なので匂いに敏感なのです。人間の約一万倍の嗅覚です。
……いや、私も人狼ですけど。
狼に変身できないプチギは他の人狼より鼻が効かなくて……でも人間達よりはいいですよ。人間の約三倍もの嗅覚!
悲しくなるので、この話はやめましょう。
「それにしても工事中のトコが多いねこの城」
確かにそこらかしこに『この先工事中につき通行禁止』の看板があります。
そのせいでお城の中を迂回迂回で、私はもう既に帰り道が分かりません。
「内装が決まらず、もう何年も工事中のままだ」
ヴァンデ様が振り向かずにそう答えました。
「上層部で、洋風か和風か中華風の内装にするかで、意見がずっと割れたままでな」
「ふーん。洋風だとか和風だとかレストランみたい」
ヨシエちゃんのコメントに対して「うんそうだね」と返事しかけたところで、私はハッと気付きました。
前世のゲーム製作チームで、魔王城の内装を洋風か和風か中華風にするかで意見が割れていました。
とりあえず一部のマップだけツ●ールのサンプルから持ってきて、おいおい決めていこうかというまま放置して。
結局、未完成のまま終了となって。
この工事中だらけの状況は、前世の私達のせいなのでは……?
なんかすみません。
「あ、あの。ヴァンデ様は何風がいいんですか? 意外と中華とか」
黙って歩いていると申し訳ない気持ちが押し寄せてきそうだったので、会話を投げかけてみました。
「俺は和……いや……」
おれわわいあ?
「……私は、何になろうと構わん」
「はぁ、なるほど」
「……」
「……」
会話が続きませんでした。
そう言えば、魔王様のお城が未完成だったせいで、勇者さんがお城に入った瞬間フリーズを起こしてゲーム終了になるんでした。
歩きながら工事中の看板を何度も目にしているうちに、ふとその事を思い出しました。
フリーズ……もしこの世界で実際に勇者さんがお城に入ってしまったら、どうなってしまうのでしょうか?
そんな疑問が頭に浮かんだ中、やっと執務室に辿り付きました。
―――――
「ほう、スネに会心の一撃が当たると即死か。今まで聞いた事の無い技だ。しかもいつの間にか取得していたと?」
「は、はい。そうです……すみません」
「なぜ謝るんだ?」
「いえ、えっとぉ……すみません」
スネキック改めクリスタルレインボーの事を報告し終えたのは良いのですが、ヴァンデ様の冷たい目付きに「なんか隠してるだろ?」と責められているような気がして、ついつい謝ってしまいます。
でも「前世でそういうゲーム設定にしてたから」って説明はできませんし……頭おかしい子って思われちゃいそうですし……
ちなみにヨシエちゃんは、執務室内の珍しそうな置物とかをきょろきょろと見渡していて、あんまり話を聞いていないようです。
「原理が分からないというのは気になるが……しかし、やはりその破壊力は貴重だ」
そう言ってヴァンデ様が目を見つめてきたので、私は弱小モンスターの性で反射的に目を逸らしました。
「ひゃい! あ、ありがとうございますぅ……」
「単刀直入に言う。私の直属の部下になれミィ」
「はい……ひぇ? えぇぇ? な、なんで、私なんか」
目を逸らしながら半ば適当に相槌を打とうとしていた私は、突然の不意打ち勧誘に混乱しました。
「私の直属なら、魔王軍内では幹部候補生クラスの立場だと思って良い。給金もボス級と同程度だ。移動用として専用のドラゴンも支給される。年次有給休暇は年間三十日の繰り越し有り。保険もしっかりしているぞ」
私は頭がくらくらしてきました。
ボス級のお給料……序盤の雑魚モンスターより弱いネタモンスターの私が、急に魔王軍の幹部候補生に?
さっきまで隣で余所見してたヨシエちゃんも、今は驚いて私の顔を凝視しています。
「すごい話じゃないミィ。良いね、受けなってこの話。絶対受けるべきだって」
「でも……あの、私、プチギなんですけど……」
正直言って急にボス級と同じだとか言われても、やって行ける気が微塵もしません。
「プチギ? ああ、プチギガントウェアウルフの事か。別に種族がどうだろうと問題ない。必要なのはその技だ」
ヴァンデ様は、私の後ろにある執務室の扉をチラっと見て、少し声のトーンを落としました。
「父と私は魔王軍内でも敵が多くてな。他の派閥に引き抜かれる前に若く優秀な人材は確保しておきたい。まあ、青田買いという奴だ」
え? えへへ……私ってば優秀な人材なんですね。
ヴァンデ様のお父様とは、ゲームでは魔王様の前座戦で出てくる中ボス……だった予定の幻のキャラです。ナンバーツ―ポジションの人です。
城内には、ヴァンデ様のお父様と、更にもう一人別の中ボスがいる予定でした。
お父様と、もう一人の中ボスの人。この二人が対立して二大派閥が出来ているらしいです。
「魔王軍精鋭部隊、つまり四天王の内でも派閥が二分している。父の派閥から一人、相手派閥から一人、どっちつかずが一人。四天王と言っても今は三人しかいないが」
四天王なのに三人しかいないのは、前世の私たちがちゃんと四人分考えてなかったからです。
すみません。
「四天王の四人目。この空いたポジションに自分の派閥の人間を入れようとして、牽制し合っているというわけだ」
なるほど。政治家や企業みたいですね。
「ふーん。で、その四天王の空いてるポジションに、ミィをねじ込みたいってワケ?」
またまたヨシエちゃんが冗談混じりの茶々を入れてます。まさかそんなわけ、
「察しが良いな。まさにその通りだ」
「……ええええぇぇぇ…………」
びっくりして叫びたくても、普段叫んだ事が無い私は声が出ませんでした。
「勿論、今すぐに四天王になれというわけではない。しばらく私の下で働き実力を付け、その技を完全に使いこなせるようにして欲しい」
私の叫びにならない叫びは無視され、ヴァンデ様の話が続きます。
「最近、勇者と呼ばれる人間が我々魔王軍の邪魔をしているが……とりあえずそいつをお前が倒せば、四天王となる事に誰も文句は言わないだろう」
「えー、それはちょっと無理かなーって……」
「よもや断る事はあるまい?」
ヴァンデ様が鋭い目で問い詰めます。そのプレッシャーに私はつい、
「ふぁい……」
と返事をしてしまい。
こうして、私はヴァンデ様の部下になりました。
―――――
「ミィ。アタシ達どっちから来たっけ?」
「えっと……わかんないです」
ヴァンデ様と別れ、お城の入り口へと戻る私達。
工事中の通路を迂回して迂回して迂回して。
行きの三倍くらい時間が経ったのに、まだ着かなくて。
はっきり言うと迷子になりました。
「弱ったな。ここは臭いおっさんモンスターばっかで、来た時のアタシたちの匂いが上書きされちゃってるし」
そう言ってヨシエちゃんは鼻をひくつかせます。
ヨシエちゃんの言うように、ここは大人のモンスター達ばかり。
子供二人の私たちは目立ってるようで、じろじろ見られて恥ずかしいです。
いや、恥ずかしいだけならともかく、ちょっと身の危険も感じたり……
さっきも『お嬢ちゃん達かわいいね~げへへへ』と怖いおじさんが話しかけて来ました。
ヨシエちゃんの『くせーんだよ寄るなオッサン』というガン飛ばしにも怯まず私たちに近づいてきたのですが、私の胸に付けたバッジを見ると顔色を変えて逃げていきました。
このバッジはヴァンデ様の直属の部下の証である勲章で、これさえ付けていれば他のモンスターは手出し出来ないらしいです。確かに凄い効果です。
でも、もし部下のお誘いをお断りしていたら、このバッジは貰えなかったわけで。
その場合は私達今頃……いや、もしもの話はやめておきましょう。
「お姉ちゃん達どうしたの。迷子?」
ふと、後ろから声を掛けられました。振り向いて見ると、私達より少し年下に見える女の子が立っていました。
ゴスロリファッションと言うんでしょうか、黒くてひらひらのドレスに身を包んだ、真っ黒な髪で、真っ白な肌の女の子。
見た目は人間の少女ですが、モンスターの匂いがします。
魔王城に女の子。私たちと同じくミスマッチな存在なのに、その服装のせいかなんとなく馴染んでいるようにも見えます。
あれ?
この子の顔、どこかで見たような……
女の子は、振り向いた私の顔と胸のバッジを見てちょっと驚いた後に、クスクス笑いだしました。
「もしかしてお姉ちゃん達、新しいヴァンデ様の部下?」
「あ、はい。そうです。私さっき部下になって」
「アタシはただの付き添いのヨシエ。部下になったのはこっちのミィだけ」
私とヨシエちゃんが自己紹介をします。
「やっぱりそうなんだ~。ふふっ。ねえ、入口まで案内してあげよっか?」
女の子が笑いながら提案してきました。
「道、分かるんですか?」
「うん。お城の事はだいたい分かるよ。ここに住んでるもん」
私の質問に、女の子が答えました。
「へー。お偉いさんの子供かなんかかな」
「で、でも、女の子がお城の中を一人で歩き回ってて、今まで危険じゃなかったんですか?」
そう言って私は、さっき怖いおじさんに絡まれそうになった事を話しました。
「ふふっ、大変だったねお姉ちゃん達。でも私は大丈夫。私に手を出せるモンスターなんて……」
女の子は、不敵な笑みを浮かべます。
「ぜぇ~ったい、いないんだから」
きっと、他のモンスターが手出し出来ない程の大物の娘さんなんですね。
「ここは右」
「ここはこっちの通路だよ」
「右の道は大きなニワトリさんが襲ってくるから、ここは左。それともニワトリさんに会ってみる? 嫌なの? ふふっ残念」
そんなこんなでゴスロリ風の女の子に案内してもらう事にしました。
「ほら、あれが入口だよ」
さっき何十分も迷っていたのが嘘のように、すぐに入り口の門まで辿り着きました。
「これでやっと帰れるよ。疲れた」
ヨシエちゃんがほっとため息をつきました。私ももう足が痛いです。
門から外に出ると広い外庭が広がっています。
ここでは、地上と行き来するための天馬さんやドラゴンさん達が離発着しています。
少し離れた所に、来る時に乗せて貰ったドラゴンさんがお昼寝をしています。
そしてその近くに……
「任務完了。タダイマ帰還シマシタ」
目や体の至る所がビカビカ光ってて、背中や足から炎を噴射しながら浮いていて、とても巨大な、
「巨大……ロボット?」
「うん。ロボットさんだよ」
ヨシエちゃんの呟きに女の子が答えました。
そう、あの巨大な姿はテレビで何度も見た事があります。
「あ、あの、四天王の巨大ロボットさんですか?」
「うん。そのロボットさん」
私の問いにも女の子が答えてくれました。
四天王の一員であり、魔王軍の最強兵器と名高い。
さらに個人的にボランティアでヒーローショーをやっていて、モンスターの子供達の憧れ。
あの巨大ロボットさんです。
「初めて生で見たけど、でっかいな」
「私はちっちゃい頃にショーで一度だけ遠くから……近くで見るとこんなに大きいんですね」
思わぬ有名人の出現に、私とヨシエちゃんは呆気に取られて棒立ちです。
すると、巨大ロボットさんが私達を見つけ、ジェット噴射で一瞬のうちに近くまで飛んで来ました。
「ヤア子供タチ!!」
「うあ、ちょっと、ゎぁぁああぁぁぁぁ」
巨大ロボットさんの巨大な手が迫り、握り潰され……
いや、潰さないようになんとも絶妙なソフトタッチで掴まれて、私は数メートル持ち上げられました。
「ふぇぇぇ……高いぃぃ……!」
「巨大ロボットデス。ヨロシクネ!」
「あっはいぃぃ……!」
そう言って、私は降ろされました。
高さで気絶する所でした。
「おいアタシは良いって、やめ、うひゃあっ!」
「巨大ロボットデス。ヨロシクネ!」
ヨシエちゃんも持ち上げられました。あ、下着見えてますけど……
ヨシエちゃんを降ろした後、巨大ロボットさんは「デハ僕ハ報告ガ有ルノデ!」と言って、お城の向こう側に飛んで行きました。
私とヨシエちゃんがあたふたしている間、ゴスロリ風の女の子はクスクスと笑っていました。
あれ? 巨大ロボットさんは、この子の事は持ち上げないのでしょうか。
ロボットさんが一瞬チラっと見た気がするので、女の子がここにいることには、気付いていたと思うのですが。
「私もそろそろ帰らなきゃ。じゃあね、お姉ちゃん達」
女の子がそう言ったので、私とヨシエちゃんは道案内のお礼を言いました。
「ありがと」
「ありがとうございます、あ、えっと……あの、そう言えばお名前をまだ聞いてませんでした」
私がそう言うと、女の子はまたクスクスと笑い出しました。
「そうね。ミィお姉ちゃんとはまたすぐに会うだろうし。ふふっ、私の名前はミズノ。よろしくね、お姉ちゃん」
―――――
帰りもドラゴンさんの背中に乗せて貰いました。
ドラゴンさんはお昼寝中だったのですが、私が近くに寄ると急に目を開き、私の胸のバッジをチラッと見て、「乗りな」と一言。
失礼して背中にお邪魔すると、ドラゴンさんが飛び立ちました。
……
「ミィ、家に着いたよ。そろそろ起きなよ」
「……はっ!」
高所恐怖症の私は、またもや、いつの間にか気絶していました。
「これから魔王城へ行き来するたびに気絶してたら大変だよ、ミィ」
「うぅぅ……どうにか善処します……」
ドラゴンさんは、お家の庭でまたお昼寝中です。庭がそんなに広くないので、尻尾とか道にはみ出てますけど……
実はこのドラゴンさん、今後は私専用のドラゴンさんになっていただける事に。
ヴァンデ様が『移動用として専用のドラゴンも支給される』と言われていた通り、直属の部下になった特典だそうです。
もっと小さいドラゴンさんを想像していたんですが……
「まあともかくやっと帰ってこれたね。今日はたくさんの事があって、大変だったんじゃないのミィ」
私はヨシエちゃんの言葉に頷きました。
魔王様のお城に行って。ヴァンデ様の部下になって。迷子になって。ミズノちゃんに案内して貰って。四天王の巨大ロボットさんに持ち上げられて。
……ん? 四天王……ミズノちゃん……
「ああっ! 思い出しました!」
急な私の叫び声に、ヨシエちゃんがビクっと驚きました。
「な、何を思い出したの」
「ミズノちゃんです。あの子……あの子は……確か」
ゴスロリファッション。黒い髪。白い肌。そしてミズノという名前。
私は知らなくても、前世の私が知っていました。
ミズノちゃんは、四天王の一人です。