危険な廊下(とつぜんのし)
「私も四天王に就いて最初のうちは、さっきの青いおじさんみたいな、勘違いしたモンスターが何人か来たよ」
ミズノちゃんがジュースを一口飲み、言いました。
「全員、骨を粉々にしてあげたけど。首や腰や足の骨を砕くと部屋から出て行かなくなって、お掃除が大変だから、腕やアバラがオススメよ。しばらくすると誰も来なくなったわ」
「な、なるほどぉ……さすがミズノちゃん」
私には、小指どころか、鉛筆を折る事さえも出来ませんが……
「オジサンはそもそもロボが四天王って事になってるから、そういうのは来た事無いなあ」
「わ、私もそんな感じにしておけば良かったです……」
博士さんと違ってロボットは居ないのですが……いや、いました。
私は三号四号五号さんを持ち上げます。
「そうだ。この子達が四天王って事に」
「無理でしょ」
「無理よね」
「ですよね……」
三号さん達をテーブルの上に置きました。
しばらくウイーンと機械音を立てた後、スリープモードに入って動かなくなります。
「オジサン達はミィちゃんのカチカチ少女ぶりを知ってるけど、普通の兵士達にとっては急に現れて急に四天王になったオチビちゃんだからねえ」
二号さんの破損具合を確認しながら、博士さんが言いました。
「お、オチビじゃないですぅ……私は十歳十ヶ月の人狼女子平均身長、百四十二センチより、ほんのちょっと低いだけ」
「ミズノちゃんみたいに、誰か適当なでっかいモンスターを公開リンチすれば、皆ミィちゃんの事を認めるんじゃないかな?」
チビに対する文句を無視して、博士さんがとんでもない提案をしました。
「む、む、無理です!」
私は慌てて拒否しました。
でっかいモンスターさん相手ではリンチするどころか、対峙した次の瞬間、私は一目散に逃げ出す事でしょう。
「別に私、公開リンチなんてしてないわよ?」
ミズノちゃんが冷静につっこみました。
博士さんは「そうだったっけ?」ととぼけた表情を浮かべます。
「そ、そもそもぉ……私の攻撃力はカスだからリンチなんて絶対無理です……唯一の攻撃技を使ったら、やりすぎて相手を殺しちゃいますしぃ……」
「あー、そうだったね。じゃあ逆に、ミィちゃんが大鬼の部隊全員からリンチされて、傷一つなくピンピンしてるってのを見せれば」
「絶対嫌です……!」
そりゃあリンチされても、多分身体は平気だと思うのですが……
大鬼さん達に囲まれるなんて、想像するだけで怖すぎます。きっとトラウマになります。
「ミィちゃんが任務で活躍すれば、ああいう輩もいなくなるって」
「ふふっ。それにどうせ襲われても、ミィお姉ちゃんは無傷だろうしね」
お二人が呑気に言ってます。
私は何だか、どっと疲れてきました。
これからしばらくの間、さっきのムキムキ悪魔さんみたいなモンスターさん達と付き合わなければならないのでしょうか……
私に変わって四天王になるのが目的らしいなので、おそらくさっきのように、正々堂々勝負を挑んでくるモンスターさんが多いでしょう。
その点に関しては、一応救いになるかもしれませんね。
少なくとも急に襲われる事は無いでしょうし、それなら私はすぐに逃げることが出来ます。
「まあとりあえずミィちゃん、今日はお家に帰った方がいいんじゃないの。初日で疲れてるだろうし。人狼の里に乗り込んでまで挑んでくる兵士はいないでしょ。多分」
博士さんの助言に従い、今日はもう帰る事にしました。
―――――
お城の外庭まで、ミズノちゃんが見送ってくれるそうです。
私達二人は、長い廊下を歩いています。
いや、二人ではありませんね。五人……正確には二人と三体でしょうか。
私の後ろに、ロボット兵士三号さんから五号さんまでの三体が、縦一列になって付いて来ています
「こう見ると、この子達もちょっと可愛いかもね」
ミズノちゃんが、三号さん達を見ながら言いました。
「雑用は任せられないだろうけど。ふふっ」
「ですね」
私達は、歩きながら笑い声を上げました。
先程からすれ違うモンスターさん達が、こちらを見て驚いたり、ヒソヒソ話をしています。
ただ、さっきの青いムキムキ悪魔さんみたいに、勝負を挑んでくる方はいません。
今の所血の気の多いモンスターさんと出会っていないだけなのか、一緒にいるミズノちゃんが抑止力になっているのかは、分かりませんが。
「私が四天王に就く事は新聞やテレビで早くから言ってたのに、今日になって初めてムキムキ悪魔さんが現れましたし。挑んでくるモンスターさんは、そんなにいないのかもしれませんね」
「そうかもね。それに私の時に懲りちゃったのかも。でも……」
ミズノちゃんは私にそう答えた後、ちらりと前を見て微笑みました。
「お姉ちゃんが正式に四天王になるのを、待ってただけかもしれないよ。あのおじさん達みたいに」
視線の先を見ると、三人のモンスターさんがニヤニヤしながら道を塞いでいました。
私は嫌な予感がして、つい目を逸らしました。
「新四天王さんよお、待ってたぜぇぇい!」
三人組の中で、背の高さが真ん中のモンスターさんが叫びました。
背の高いモンスターさん、真ん中のモンスターさん、背の低いモンスターさんがいて、全員が全員とも案の定マッチョです。
私は心の中で、便宜的に大マッチョ、中マッチョ、小マッチョと呼ぶことにしました。
「どうするお姉ちゃん。ここ廊下だから私達がお掃除する必要ないし。首の骨砕いておこうか?」
とびきりキュートな笑顔で、ミズノちゃんが危険な発言をしました。
「い、いえ。とりあえずそれは要件を聞いてからでも、遅く無いのでは……」
とは言いつつも、どうせその要件は『テメエを倒してやんぜぇぇい!』とかなんでしょうけど……
もしかしたら、ただのご挨拶という可能性も無い事も無いですし。
「ほお、これはこれはあ、四天王のミズノまでいるじゃねえか。丁ぉぉ度良かった、このチビも前から目障りだったんだ」
中マッチョさんが、大袈裟なジャスチャー付きで挑発してきました。
ミズノちゃんはちょっとカチンと来たようです。
「てめえら二人、纏めて俺たちが倒してやんぜぇぇ」
「す、スト―ップぅぅぅ」
私は慌てて、そう声を張りました。
台詞の途中を邪魔されて、中マッチョさんが出鼻をくじかれたような顔をします。
「なんだチビ、何がストップだ。怖じ気付いたか!」
「い、いいいいえ。すみません、今のはおじさん達に言ったのではなくてぇ……」
初対面のおじさんに怒鳴られて、私は語尾が弱くなっちゃいました。
でも今のストップは、私の後ろに言ったのです。
中マッチョさんが私達に敵対する台詞を言いかけた瞬間、私の後ろでウイーンガッシャンという機械音が。
マッチョ三人組を敵とみなし、三号さん達が攻撃を開始しようとしたのです。
実は先程、博士さんがロボット兵士さん達のプログラムを、パパッと小変更してくれました。
「ミィちゃんが『ストップ』と言えば、攻撃しなくなるから」
このおかげで、三号さん達の無謀な突撃行動を、事前に食い止める事が出来るようになりました。
「もう『さ、三号さぁーん!』と嘆く事もないのですよ」
「あ!? なんだって!?」
「ご、ごめんなさい。こっちの話ですぅ……」
三号さん達の安全確保は完了しましたが。
この三人組が、私とミズノちゃんに勝負を挑んでいる事は明確です。
さあ、どうしましょう……私としては逃げたいのですが……
「やっぱり敵だって。ね、首の骨折ろうよお姉ちゃん」
ミズノちゃんは何故か楽しそうです。
さすがは生粋のボスモンスターです。
バグみたいな方法で四天王になった私とは違います。
私もモンスターとしてミズノちゃんを見習わないと……うーん、でもマッチョなおじさんって何か怖いんですよね。見た目が。
「何をごちゃごちゃ言ってんだ! 俺たちのトライフォーメーションセブンでぶっ殺してやんぜぇぇい!」
「ほう、お前達にミィが殺せるのか?」
急に、私の背後から声がしました。
この感情の分からない淡々とした声は……
「ぐっ、ヴァンデ……様」
中マッチョさんが苦々しく呟きます。
後ろを振り向くと、いつの間にかヴァンデ様が立っていました。
「どうした。そのトライなんとかを見せてくれないのか?」
「トライフォーメーションセブンだ」
中マッチョさんはそう呟いて、両隣の大小マッチョさん二人と交互に顔を合わせました。
しかし、トライ(三)なのかセブン(七)なのかよく分かんない技名ですね。
「チッ……行くぞ」
どうやら、この場は諦めて帰るようです。
去り際に中マッチョさんが、小声で
「コネ付きのお坊ちゃまが」
と、捨て台詞を吐きました。
私はその言葉に、何か言い様のないショックを受け、ヴァンデ様の顔を見ます。
ヴァンデ様はいつも通りの無表情で、どうやら気にしていないようですが……
「あ、あの。助けて頂きありがとうございます」
「礼には及ばん。どうせお前達二人なら、あの三人を返り討ちにしていただろう。ただ、兵士を減らしたくなかっただけだ」
ヴァンデ様は、用は済んだとばかりに、私達の進む方向とは別の通路へと歩き出されました。
「ふふっ。首の事、聞かれてたみたいだね」
ミズノちゃんが、悪戯っぽく笑いました。
確かに、ミズノちゃんはマッチョ三人組の首の骨を折ろうと考えていました。
それに戦闘になったら、私もクリスタルレインボーを出さざる得ないので、あの三人を殺しちゃう事になりかねません。
ヴァンデ様の『兵を減らしたくない』というお言葉通り、むしろあの三人組を気遣った行動だったのでしょう。
でも、それでも、実はちょっとは私の事を思ってくれてたり……
はっ、いけません。自意識過剰ですよ私。
「そうだ」
ヴァンデ様は、思い出したように呟いて、立ち止まりこちらを振り向きました。
「足元に気を付けて歩け。最近この辺りで水漏れがあってな」
「あ、はい。分かりました。ヴァンデ様もお気をつけて」
水漏れ……ふと、嫌な予感がしました。
急いで確認すると、三号さんは私の足元にいます。
ふう、杞憂でしたか。
と、その時。
ポンっという破裂音がしました。
音の方を見ると、びしょ濡れの四号さんが。
煙を立て、額のランプも消えて、ピクリとも動かなく……
「よ、四号さぁーん!」
そっちですかー!
なんとなく流れ的に、三号さんが危ないと思い込んでいました。
そうですよね。番号順に壊れる法則なんてあるわけないですよね。
隊長の私が迂闊なばかりに……ごめんなさい、四号さん……
近くの社内便コーナーへ行き、四号さんの亡骸を、博士さんの部屋へ届けて貰う事にしました。
同封のメモに「ごめんなさい。次から気を付けます」と書いておきました。
その後は変な人達と遭遇する事も無く、無事に外庭へと辿り着きました。
私は送迎用のドラゴンさんに乗せて貰い、ミズノちゃんにお別れの挨拶を言います。
「今日はありがとうございました、ミズノちゃん。また私の部屋に遊びに来てくださいね」
私がそう言うと、ミズノちゃんは何故か驚いたような顔をします。
「うん……い、いいの? お姉ちゃん」
「はい。だって私達お友達じゃないですか」
その言葉にミズノちゃんは、しばらくポカンとしたような表情をして……ニッコリと微笑みました。
「うん……うん。また来るからね。約束……」
「さっき『後で話す』って言ってたお話も、次に聞かせてくださいね」
「ううん、それはもういいの」
いつも大人びた優雅な笑顔を見せるミズノちゃんですが、なんだか今はあどけない、幼い笑顔です。
「忘れちゃった。ふふっ」




