十分前行動(りそう)
「ところでミィちゃんとミズノちゃんは、テレビ出演に興味あるって顔してるね」
卓上の機械をいじっていた博士さんが、急に顔を上げて言いました。
「興味無いよ。それに私、取材関係はNGだって上司に言われてるの」
間髪入れずにミズノちゃんが否定しました。
それに続いて私も返答します。
「私も別に……っていうか、さっき絶対嫌だって言ったじゃないですかぁ!」
「広報が『ロボ修理早くしろ』ってオジサンをせっついて来るのよ。だからロボの代わりに、美少女二人が広報活動やれば丁度いいと思ったんだよね」
美少女という褒め言葉に一瞬、「えっ、えへぇ、そうですかぁ?」と惑わされそうになりました。
が、すぐに適当におだてられているだけだと気付きます。
「自分でどうにかしてください……」
「んー、でもほら。ミィちゃんこの前、アイドルに興味あるって言ってたでしょ?」
「言ってないです……!」
「あれえ、そうだっけ?」
博士さんはとぼけながら、私たちの近くまで歩いて来ました。
私の席の横、入口を背にするような形で立ち止まります。
「まあその話はいいや。ところでミィちゃん、今日の服似合ってるね。オトナびてて」
「え、に、似合ってます? えへへへ」
今日のお洋服はおろしたてなのです。
博士さんも適当なおじさんに見えて、中々見る目がありますね。
「へえ新品なんだ。じゃあ記念に写真とか撮りたくない? あとビデオとか、テレビとか雑誌とか」
「そうですね、うぇへへへ」
「ミィお姉ちゃん、乗せられてるわよ」
「……はっ!」
いけません。
このままでは博士さんの口八丁で、またメディア出演させられてしまいます。
器量と要領が良いミズノちゃんはともかく、私は恥を晒すだけ。
先日の新聞記事でも、ガチガチの緊張で変な顔になっている私が、一面にでかでかと載っちゃいました。
ここはどうにか話題を変えましょう。
「そ、そう言えば博士さんも会議室に来るの早いですね。私はてっきり、博士さんはこういう集まりにはギリギリに……あっ」
しまった。本心ながら失礼な事を口にしそうになりました。
いや、ほとんど口にしちゃいましたけど……
「ふふっ。ギリギリどころか、堂々と遅刻しそうな顔なのにね」
ミズノちゃんが更に失礼な事を言っちゃいました。
しかし博士さんは別に気にしていない様子で、へらへらしています。
「でも意外だけど、おじ様はいつも一番最初に来るのよ」
「一番に!?」
それはかなり意外です。
人を見かけで判断したらダメですね。
いや博士さんの場合は見かけでなく、今まで会話した上でのイメージですが。
「ミズノちゃん。その『おじ様』ってのはムズムズして嫌だからやめてってば。オジサンは『オジサン』で良いのに」
「ふふっ、やめない。だってそうやって嫌がるから、おじ様って呼んでるんだもの」
ミズノちゃんが不敵な笑みを浮かべ、博士さんは頭を掻きました。
その光景を私は不思議そうに眺めます。
同じ四天王ですが、博士さんはディーノ様派、ミズノちゃんはサンイ様派。
ヴァンデ様は派閥争いでピリピリされてましたし、四天王同士ももっとギスギスしているものだと思っていました。
なんだか意外に仲良さそうです。
「まあいいや。それにそうだね、オジサンも昔……それこそミズノちゃんが四天王になるよりも前の話だけど。御察しの通り遅刻常習犯だったのよ」
「はぁ、やっぱりですか……」
前言撤回。人は見かけ通りですね。
「でもある日、とっても怖ぁ~いお姉さんに怒られちゃってさあ。十分前に来ないと研究費減らすとか無茶苦茶な事言い出すの」
十分前……壁に掛かっている時計を見ると、まさに今がちょうど十分前です。
誰かが部屋に入って来ました。博士さんは入り口を背にしているため、気付かないようです。
ミズノちゃんが何故か「ふふっ」と微笑みました。
「ミィちゃんも気を付けた方が良いよ。鬼みたいな……いや鬼じゃなくて悪魔だっけ。とにかく恐ろしい子がさあ」
「それはウチの事?」
入口に現れた女の人が、博士さんの背後から声を掛けました。
博士さんは一瞬ビクリと肩を震わせ、言葉を詰まらせます。
そして額に冷や汗をかきながら、後ろを振り向き、言いました。
「や、やあスーちゃん……様。今日も美人さんだね。オジサンくらっと来ちゃうよ」
「それはどうもッス」
少し背が低め、と言っても子供の私やミズノちゃんよりは高いのですけど、大人としては小柄な方です。
紺色のスカートスーツに、太めなフレームの四角い眼鏡。
その眼鏡の奥には、厳しそうなつり目。
ウェーブがかった長い黒髪を、少しラフ目なポニーテールに纏めています。
バリバリ働くOLのような風貌のお姉さん。
スーと呼ばれた女性は、博士さんを軽く睨んだ後に、私へ近づいてきました。
私は立ち上がり、背筋をピンと伸ばします。
「あなたが新しい第四精鋭部隊長のミィさんッスね。ウチは魔王軍軍師スー。ヴァンデ軍師と同じく、あなた達、精鋭部隊長の上役にあたるッス。よろしく」
「は、はい! よろしゅ……よろしくお願いします!」
私は噛みながらも、頭を下げて挨拶をしました。
魔王軍軍師のスー様。
軍師、つまりヴァンデ様と同じ立場のお方。
ヴァンデ様がディーノ様の補佐のようなお仕事をされているように、スー様はサンイ様の補佐です。
毎年お正月、テレビで魔王様がご挨拶される時、画面の端に映ってます。
それにスー様自身も、インタビューや記者会見などで時々テレビ出演されています。
そして私の前世の記憶によると……
コンセンプトは『なんか秘書っぽい』モンスター。
それっぽいイラストデータをネットで拾ってきて、そのままキャラグラフィックにしました。
サンイ様と共に、データ上では存在するけれど、製作時間の都合でゲーム内には実装されていなかった敵キャラ。
本来なら、ラストダンジョンの中ボスであるサンイ様戦で、一緒に登場する予定でした。
サンイ様を回復したり、勇者さん達の攻撃力や防御力を下げる系の魔法を使って来る、お邪魔ギミックキャラ。
名前はサンイ(三位)様の部下なんで四、中国語でスー。と、結構安易に決まってました。
かなり偉い立場なのに喋り方が軽いのは、製作チームの和田さんが、そういう喋り方のアニメキャラにハマってたから以上の理由はありません。
「第一精鋭部隊長兼兵器開発局長の言う事は気にしないで欲しいッス。ウチは見ての通り気弱な女性」
「嘘。軍で一番厳しいクセに」
ミズノちゃんが、スー様に聞こえないような小声でポツリと呟きました。
「第一……けん、へいきかいはつ……?」
「ああ、それオジサンの正式な肩書。長いでしょ?」
博士さんが答えました。
「早口言葉みたいで言いづらいよねえ。オジサンか博士で良いって言ってるのに」
「肩書は大事ッス」
スー様は博士さんの方を振り返って言いました。
「それより、これは人間の政府機密文書を撮影したデータ。ウチは写真でくれって言ったのに、わざわざデータにして送って来やがったッス……コンピューターに取り込んで印刷して欲しいッス」
そう言ってスー様は、カード型の小型メモリを博士さんに渡しました。
私達モンスターが一般的に使っている記憶媒体です。
「いいけど。いい加減それくらいの操作方法覚えなよ、スーちゃん」
「うっ……ウチは魔法専門!」
スー様と博士さんが印刷方法について話し合い始めた時、廊下からズシンズシンと重い足音が響いてきました。
私は部屋の入口へ顔を向けます。
「な、なんですかこの音?」
「ああ、これはね……」
ミズノちゃんの台詞が終わる前に、扉の端から、足音の正体が顔を出しました。
「ニワトリさんよ」
「……そ、そのようですね」
巨大なニワトリ。四天王のトサカさんです。
これで、ミズノちゃん、博士さん、トサカさん、そして私の、四天王全員が揃ったことになります。
この部屋の扉、それに部屋自体が妙に大きく広いのは、トサカさんのためだったのですね。
しかしその大きな入り口さえもトサカさんには窮屈らしく、体を縮めて、無理矢理入り口をかいくぐり入室しました。
私は挨拶のために、トサカさんに近づきます。
「えっと、おはようございます。あの、私の四天王入りに賛成して頂いたみたいで……ありがとうございます」
「コケッ」
トサカさんは右の翼を軽く上げ、「イイって事よ。気にすんな」的なポーズをしました。
そして自分の席……隅の方に大量に積んである藁の方へと歩いて行きました。
ふと気付くと、室内の他の三人が何故か目を丸くしています。
「オジサン驚いちゃったよ。ミィちゃん、あのニワトリ君と会話できるの?」
「あ、いえ。言ってる事は分からないのですが……」
「流石。その歳で精鋭部隊長に推薦されるだけの事はあるようッスね」
以前お菓子をあげて、仲良くなっただけなんですけどね。
博士さんとスー様の言葉に、私はちょっと照れながら席へ戻りました。
すると、ミズノちゃんが目をキラキラ輝かせています。
「ミィお姉ちゃん、どこでニワトリさんの言葉を学んだの?」
「いえ、別にそういうのじゃ……」
ミズノちゃんの誤解を解くと、ディーノ様とヴァンデ様の親子が同時に入室されました。
「お、おはようございます!」
私が挨拶をするとディーノ様は、
「うむ。飴をあげよう」
と、お返事をされました。
また飴玉を貰っちゃいました。ミズノちゃんも貰ってます。
私とミズノちゃんに飴を五個ずつ渡し、ディーノ様は、部屋奥にある大きなモニターを一番見やすい、真ん中の席に座りました。
「ミィ、今日からお前も四天王だ。私も父も期待しているぞ」
ヴァンデ様はそう言って、ディーノ様の隣の席へ行かれました。
相変わらずの無表情です。
私はふと、昨日のヴァンデ様の笑顔を思い出します。
いつもと違って、凄く楽しそうに笑っていました。
まるで子供のような、って実際まだヴァンデ様は十代なんですけど。とにかく無邪気な顔で。
そして、私の肩を掴んで……
「ディーノ様。事前連絡で御存じでしょうが、今日サンイ様は出張中で欠席ッス」
「うむ」
スー様の言葉にディーノ様が頷かれました。
私も昨日の回想を中断します。
今日はフルメンバーじゃないのですね。
私としては、お偉いさんが一人減るだけで、気分が多少楽になるのですけど。
「あら。お父様出張中だったの。知らなかった」
「お父様?」
ミズノちゃんの一言に、疑問を持ちました。
「お父様って、ミズノちゃんとサンイ様は親子だったのですか」
「えっ? ……ふふっ」
私の質問に、ミズノちゃんはまるでイタズラが成功した時のような、おかしそうな笑みを浮かべました。
「違うわよお姉ちゃん。お父様っていうのは、あだ名なの」
「サンイ様は魔導士の間では、魔術の父と呼ばれている程のお方。覚えておくと良い豆知識ッスよ」
スー様はそう言って、眼鏡をクイッと上げました。
どうやら聞かれていたようです。
しかしそうですか、魔術の父……
ゲーム中の全ての魔法を使えるというキャラ設定を決めた後に、前世の私が占い師の名前みたいなノリで適当に呼んでたあだ名です。
この世界でも定着しちゃったようですね。
「時間になりました。皆揃ったようですね」
奥のモニターから声がしました。
その声に、室内にいる全員が立ち上がり、頭を下げます。
急な事態に私は慌てましたが、とりあえず皆の真似をして頭を下げました。
あ、全員と言いましたが、よく見るとトサカさんは起立も礼もしてませんでした。
「では幹部会議を始めましょう」
モニターは暗転したままなので、声しか聞こえないのですが。
私は聞くだけで、それが誰の声なのかすぐに分かりました。
私だけでなく、全てのモンスターが瞬時に分かるはずです。
なぜならそれは、魔王様の声なのですから。




