二十分前行動(よゆうもちすぎ)
ガチャリとドアを開けたら、中には誰もいませんでした。
「一番乗りです……フッフッフ」
今日は、とうとう私が四天王に正式就任する日。
そして今から、魔王軍の幹部会議に初出席です。
早朝からの会議という事で、寝坊しないように目覚まし時計を二つもセットして。
念のため、お兄ちゃんに起こして貰うように頼ました。
その甲斐あって無事に時間通り起きる事も出来、朝ごはんも急いで食べて、お洋服と髪型を急いで整えて。
とにかく時間に余裕をもって来る事が出来ました。
会議開始までまだ後二十分も。
ほっと胸を撫で下ろします。
「おはよう。ミィお姉ちゃん」
「うきゃぁっ!?」
突如後ろから声を掛けられ、私は驚いて変な声を出しちゃいました。
最近叫ぶ機会が多くて声量が増したのは良いのですが、その分こういう時に恥ずかしさ倍増です。
「ふふっ。ずいぶん来るのが早いね、お姉ちゃん」
振り向くと、四天王のミズノちゃんが立っていました。
真っ白な肌に、真っ黒な髪と真っ黒なドレスが、今日も似合っています。
「おはようございます。そう言うミズノちゃんも早いですね」
私はそう挨拶しながら、内心ちょっと緊張しちゃいました。
エルフの里ではあんな事がありましたが……
ミズノちゃんはあの時、「ごめんなさい」と言ってました。
もう仲直りしたって事で良いんですよね?
気軽にお話しても良いんですよね?
「私は幹部会議には、絶対に二番目に来るようにしてるの」
私の緊張をよそに、ミズノちゃんはお話を続けました。
以前と変わらない物腰に、杞憂だったかなと安堵します。
「二番目ですか?」
「そう。上司より遅れて来ちゃ不味いけど、だからと言って一番最初に来るのは、まるで下っ端みたいで癪でしょ? だから二番目」
「なるほどぉ……」
さすがミズノちゃん。
会議室へ入る順番にも色々考えているのですね。
私はただ遅刻しないように早く来ただけです。
「でも二番目を狙っていたとしても、私が入室してすぐにミズノちゃんも来ましたよね。何かで見てたんですか? 千里眼的な……遠くを見れる水晶的な……アレで」
「ふふっ。残念、私そんな能力ないもの。今日はたまたま私が到着したら、ミィお姉ちゃんが扉を開けている所だったの」
ミズノちゃんは設置してある会議机の中から、二番目に入り口から近い席を選び、腰を降ろしました。
私もその隣に腰掛けます。
「いつもは近くに立ってる衛兵さんの影にお邪魔して、様子を伺ってるの」
ミズノちゃんは、他人の影の中に入ると言う特技を持っています。
しかし、衛兵さんの影から顔をにゅっと出して扉を見張るミズノちゃんを想像すると、中々にシュールな光景です。
毎回毎回会議の度にそこまでして、二番目に拘る必要も無い気がしますし……
しっかりしているようで、やっぱり子供っぽい所もあるのですね。
「そう言えばミズノちゃん、胸の傷はもう平気なんですか?」
私はそう言って、ミズノちゃんの胸をちらりと見ました。
まあ服を着ているので、当然傷は見えないのですが。
エルフの里でミズノちゃんは、勇者さんの剣で胸を貫かれ、大怪我を負いました。
ミズノちゃんは魔法が得意なので、あの時すぐに自分自身で傷を塞いではいたのですけど。
その直後の幹部会議を療養のため欠席したって聞いてますし、怪我の具合が心配です。
「平気だよ。傷跡一つ残ってないもの」
胸を軽くさすりながら、私の問いに答えてくれました。
ただ心なしか、この話題になった途端、表情が少し暗くなったような……?
「良かった。心配してたんですよ」
「ええ……」
そう言った後にミズノちゃんは、急に顔を下に向けました。
「ど、どうしたんですかミズノちゃん。やっぱり怪我の痛みが残っているのでしょうか。それともお腹が痛い?」
私が慌てると、ミズノちゃんは、
「ミィお姉ちゃん……えっと、その、この前は……ごめんね」
と、消え入りそうな声で言いました。
あの堂々としていたミズノちゃんらしからぬ台詞に、私はしばらくキョトンとしちゃいましたが、はっと気付いて返事をします。
「そんな別に……私もあの時はミズノちゃんを攻撃しちゃったし、こちらこそごめんなさいです。はい」
「許してくれるの?」
「と、当然ですよ! 許すも何も」
ミズノちゃんは、上目遣いで私の顔を見ています。
いつもの笑顔とは違い、はにかんだような微笑みです。
「あのね、ミィお姉ちゃん。その、出来ればまた、私とお友だ」
「おおっ、お二人さん来るの早いね。さすが若いだけあって気合い入ってるう」
ミズノちゃんのお話を途中で遮り、開放されたままだった扉から博士さんが現れました。
腕にいくつかの機械を抱えています。
その内の一つには見覚えが……あれは確か、偏頭痛を引き起こす迷惑な光線銃です。
「あ、おはようございます博士さん」
「……おはよう、おじ様」
私とミズノちゃんが挨拶をすると、博士さんはこちらを見ることなく「へーいおはよう」と軽く返事をします。
そして、腕に抱えている複数の機械を机の上にそっと置き、その後にやっと私達の方へ振り向きました。
「いやあ、遂にミィちゃんも四天王だね。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「うんうん。オジサンのめんどくさい仕事を、ミィちゃんがそのままそっくり引き取ってくれるよう期待してるからね。特にテレビ関係」
「えっ、絶対嫌です……」
博士さんは笑いながら座りました。
冗談なのか本気なのか分からないおじさんです。
「ところでミズノちゃん、さっき何て言おうとしたんですか?」
私が聞くと、ミズノちゃんは何故か拗ねたような顔で博士さんを軽く睨みつけました。
博士さんはその視線に気付かず、机の上の機械類を何やらいじっています。
「良いの。また後でお話するね」
ミズノちゃんは再び私の方を向き、笑顔で言いました。
一緒にカフェでお菓子を食べた時と同じ。
上品で可愛らしい、優雅な笑顔です。




