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番外の話 勇者さんの仲間

「ねえ、これ読んでみなよ」


 とある宿の一室にて。

 白い祭服を着た女性が、新聞を片手にそう言った。


 彼女は普段クロブークと呼ばれる修道士用の帽子を被っているが、今は脱ぎ、ブラウンカラーの髪が軽く肩に掛かっている。

 服装から聖職者に見えるが、別に信仰心があついわけではない。

 魔法、特に怪我を治癒する呪文を取得するための修行先が宗教団体であったため、成り行き上このような恰好をしている。

 彼女としてはむしろ、魔法や呪い、モンスターの生態などについて、スピリチュアルな側面よりも自然科学の側面で捉える事に興味があった。


「これってどれだよ、クソ女ぁ」


 話しかけられた金髪の男性は、面倒くさがるように答えた。

 干した肉や魚、パン等の食品を袋から出し、床に並べ、残量の確認ついでに陰干ししている。

 途中カビに気付いたら酒で拭き、酷い部分はナイフで切り捨てる。

 人を小馬鹿にしたような物腰に似合わず、マメな作業が得意である。

 宿の中だが警戒しているのか、軽装鎧を身に着けたまま、腰に剣を差している。

 


 二人は勇者の仲間として、世界を救うために魔王を倒す。という名目で旅をしている。

 役割は僧侶と戦士。

 ただし二人とも、最初から本気で世界を救いたいと思って旅に出たわけではない。



 僧侶は、所属教団のトップ陣が急に、

「我々から勇者様のお供を一人出したい」

 と言い出した際に、立候補した。


 教団としては、「万が一でも勇者が魔王討伐に成功すれば、名声のおこぼれを頂戴出来る」程度の考えだったのだろう。

 本気で協力するなら、一人どころか何十人何百人でもお供に付ければ良い。だがそれはやらなかった。


 そんな教団の思惑は、僧侶も分かっていた。


 だが当初の目的であった治癒魔法を取得した後、教団の退屈な儀式から、いい加減そろそろ解放されたいと思っていた所だった。

 それに『勇者の仲間は不死になる』という、不可思議な現象にも興味があった。

 これは良い機会だと考え、勇者の仲間になる事を志願した。



 戦士の旅の理由はもっと単純で、

「勇者と一緒なら良い思いが出来るかも」

 というだけのものだった。


 良い思い、と言っても金などの甘い汁ではない。

 彼には多少倒錯した部分があり、モンスターを倒す事に、人並み以上の喜びを感じる性格だった。

 特に、知性のあるモンスターをわざと怒らせ自分に挑ませる『遊び』が好きで、気付くと普段から他人を挑発するような口ぶりが癖になった程だった。


 そんな戦士にとって、魔物を倒す事が目的である勇者の旅は都合が良かった。

 不死になれる事も、より強いモンスターへ挑むための保険として打って付けだった。

 


「この新聞よ!」


 僧侶は、戦士の言葉にムッとしながら、右手で新聞を投げつけようとして……二の腕に強い痛みを感じた。


 一週間程前に、左の肩、右の上腕、そして両膝の骨を粉々に砕かれた。

 自分自身で治癒魔法をかけ、なんとか動けるようにはなった。


 治癒魔法は、手の平から放つ。


 両手を使って治癒できる足については、もうほぼ完治したと言って良い。

 しかし腕に関しては、まだ充分では無い。

 片方の手を治療するために、もう片方の手だけしか使えないためだ。

 特に左手の平で放つ魔法は若干弱く、右腕の治療が中々進まない。


 もっと路銀さえあれば、高位の治癒呪文による治療を受けることができるのだが。

 持ち金が無いので、自分で治療するしかない。

 しかし彼女の魔力では、まだかなりの時間が掛かりそうだ。


「まあ人間の魔力じゃその程度よね」


 僧侶は、自分にこのような怪我をさせた、あのモンスターの言葉を思い出した。

 彼女は指先で触れるだけで、粉々に砕けた骨を完治させた。

 そして同時に、指先で触れるだけで、骨を粉々に砕いた。


 教団の司祭、いや、教祖でもああは出来ないだろう。

 魔族と人間の圧倒的な差を思い知る。

 しかもあのモンスターは、まだ十歳にも満たない少女だった。

 教団があまり勇者に期待していない理由を、身に染みて理解できた。



「もう、あんたのせいでヤな事思い出しちゃったでしょ」

「あぁ?」


 僧侶は新聞を投げることを諦め、手渡しする事に決めた。

 椅子から立ち上がり、戦士の傍まで歩く。


「これは今朝、前の宿泊客が忘れて置いていったみたい。なんとモンスターが発行してる新聞よ」

「モンスターがぁ?」

「こんなもの、人間がどうやって入手したのかな。もしかして人間に化けたモンスターが泊まったのかもしれないけど」

「よこせ」


 戦士は僧侶から新聞を奪い取った。

 日付は昨日のものだ。

 一面にでかでかと『新四天王就任』と書かれている。

 そしてその見出し文字の下には、見覚えのある少女の写真が貼ってあった。

 緊張でガチガチに固まった表情をしている、赤毛の人狼少女。


「こ、このガキぃ……あのクソチビじゃねえかぁ!」

「そう、あのミィちゃん。可愛い顔して、魔王軍のお偉い幹部だったみたい」

「でもアイツまだ十歳だぞ!」

「えっ、なんでそんな個人情報知ってるのよ。キモッ……」


 戦士はキモイ発言に対し一瞬僧侶を睨みつけたが、すぐにどうでも良くなったように、床に寝そべった。


「あーあぁ、道理で強いわけだよ。あんなんが敵になるって、やる気無くなって来たぜぇ俺ぁ」


 自分達が手も足も出なかった、漆黒の少女。確かミズノと呼ばれていた。

 その少女が手も足も出なかった、ミィという人狼の少女。

 どうやっても自分達が勝てるとは思えなかった。


「どうしたのよ、あんたもっと好戦的だったじゃないの。怖気づいちゃった? それとも前にミィちゃんと楽しくお話して、情が移っちゃった?」

「……さあなぁ」


 否定は出来なかった。

 あのエルフの里での一件から、戦士はモンスターに対する考えが変わってしまった。


 相変わらず大型のモンスターとの戦いは楽しいのだが。

 変わったのは、戦う気の無い子供や小さなモンスターに対しての考え方だ。

 以前はそのようなモンスターの命乞いを無視して、残酷にトドメを刺すことが何より楽しかった。

 だが今は、それをやる気が起きない。


 何故だろうか、あの人狼の少女の顔を思い出す。

 あの少女は、自分を殺そうとした相手に、微笑みながら言った。


「私はミズノちゃんのお友達ですよ」


 自分の『戦い』に関する価値観、基準が、分からなくなって来た。



「勇者のヤツくらい、ハッキリしたモンがあればいいんだけどなぁ……」

「何? 勇者様がどうしたの?」

「なんでもねぇよ」


 戦士が無抵抗な子供のモンスターを攻撃しようとすると、勇者はいつも文句を言う。

 最初は、『勇者サマらしくお優しい考えを持っている、いけ好かないヤツ』と思っていた。

 しかしすぐに違和感に気付く。

 勇者は目的のためには強盗なども行い、時には人間さえも攻撃する。

 とても優しい人間だとは思えない。


 そして先日の、ミィという少女との戦いを見て分かった。


 あの時僧侶が「その人狼の子は私達を助けてくれた」と言った。

 戦士が見た限り、ミィの行動は自分達を助けるためではなく、ただの仲間割れの結果だったと考えているが。

 ともかくその「助けてくれた」という言葉を聞いた上で、なおも勇者はミィに襲い掛かった。


 仲間を助けてくれた事自体は、どうでもいいのだろう。

 ただ、仲間をここまで痛めつける程のモンスター。

 そしてそのモンスターにさえも勝てる、人狼の少女。

 その存在自体が脅威。

 今は仲間を助けてくれたとしても、将来魔王を倒す上での邪魔になるかもしれない。


 勇者の戦い、いやそれ以外の行動についても、基準はただ一つ。


『自分の邪魔になるものを消す』


 その基準から、一切ぶれない。


 子供のモンスターを攻撃すると、その仲間のモンスターから敵意を抱かれる。

 戦士にいつもに文句を言うのは、そういう理由からなのだ。


 俺とは考え方の次元が違う、と戦士は思う。

 そして、そんな勇者と一緒にいることに、正直疲れてしまっている。



「まあそう暗い顔しないで。私はむしろ安心したけどね!」


 僧侶は右腕を押えながら、笑顔で言った。


「安心だとぉ?」

「だって、魔王軍ってトコは小さな女の子でもあんなに強いのかなと思ってたら、どうやらあの子が特別製なだけみたいだし。これって、あんな強いのがゴロゴロいるわけでは無いって事でしょ? まだマシな方よ」


 これは嘘だ。自分を安心させるための虚勢だった。

 戦士も、僧侶が無理をして言っている事に、すぐに気付いた。

 本当に安心しているのなら、いつものように話題から逸れた余計な長話を始めるはずだ。

 しかしその事を指摘すると喧嘩になってしまうため、黙っていることにした。



「そうだ、言い忘れるトコだった。さっき勇者様が今後の事について決めたの」

「今後の事だとぉ?」

「そう。あんたがシャワー浴びに行ってる間に、勇者様の考えが固まったみたいで」


 勇者は今、戦士と入れ替わりで宿屋のシャワーを借りに行っている。

 場末の宿屋は扉に鍵が無い事が多々あり、貴重品管理のため常に部屋に二人残る事にしている。


「このまましばらくは酒場の依頼をこなして、適当なモンスター討伐で経験値と路銀を溜めるんだって。私の腕の事もあるしね」

「なんだ、今と同じじゃねぇか」


 この一週間はずっとそんな生活を続けていた。


「でもどっかで一気に大金稼ぐ必要あるから」


 勇者たちは今、魔王に対抗できる伝説の剣と鎧を入手しようとしている。

 その武具はとある島にあり、辿り付くために船を借りる、もしくは買う金が必要だ。


「だからある程度したら、わんわん洞窟の秘宝を取って、最初の手筈通り金持ちコレクターに売らないといけないって」

「……あの人狼の洞窟か。無理に決まってんだろォが……」


 戦士は新聞を指さした。


「あの洞窟には、このクソチビの兄貴がいるって話じゃねえか。勝てんのかよ」

「うん。だからエルフの秘薬を盗んでパワーアップするんだって」

「はぁ!?」


 戦士は耳を疑った。

 身体能力が向上するという、エルフの秘薬。

 とっくに諦めたものだと思っていた。


「でもお前も聞いただろ、魔王軍がそれを利用して、人間とエルフの戦争を起こすつもりだってよぉ」


 それでもあの薬に固執するのか。

 たとえ戦争が起きようとも、自分の能力向上を優先する気なのか。

 狂っている。

 付き合ってられない。


 そんな感想が浮かんだ事に、戦士は自分自身で驚いた。

 以前の自分なら、戦争が起きようとも殺す相手が増えると逆に喜んでいたはずだ。


「うん、そう。だから私は勇者様を説得してやめさせなきゃと思ってる」

「説得ってお前……」


 無理だな。戦士は確信する。

 ここ数日の行動で理解した。勇者は説得に応じるような男ではない。

 魔王を倒す事を目標とし、そのために決めた道順を頑なに守っている。

 決めた道順……いや、まるで何か大きな存在に決められた道順のように。

 きっとエルフと戦争になっても、魔王のついでにエルフも全滅させれば良いくらいに考えているのだろう。


「ね、二人で説得すれば勇者様も分かってくれるよ」


 僧侶は戦士の手を取り言った。

 笑顔が少しこわばっている。


 無理をしている。


 なぜそう頑張ろうとするのだろうか。

 僧侶もあの勇者の異常性には気付いているはずだ。

 戦争に巻き込まれないように、逃げ出すのが普通だろう。

 いや、戦争の事が無くても、つい先週両手両足の骨を砕かれる程の大怪我を負ったのだ。

 絶対に逃げ出す。若い女性なら尚更だ。


 戦士は理解に苦しんだ。


 そこまで尽くすという事は、あの勇者に惚れているのだろうか?

 それとも純粋な使命感からか。


「そうだなぁ……」


 適当な相槌を打つ。

 戦士の内心を知らず、僧侶はその相槌を肯定の意味と取り、嬉しそうに笑った。


「ねっ。二人で頑張ろうね!」


 握る手に力が入る。

 どうしてここまで頑張れるのだろう。

 不思議に思う。

 戦士の周りには今まで、ここまでポジティブな人間はいなかった。


「正直言うと私、アンタを初めて見た時、最低な糞野郎だって思ってたんだけど。最近ちょっと見直しちゃった」


 意外な言葉に、戦士は虚を突かれたように顔を上げた。


「あの子……ミィちゃんとも、公園で楽しそうにお話してたし。なんか変わったよね」 

「別にあれは……」


 あれは、勝てない相手に、完全に怖気づいていただけだった。

 相手に戦意が無かったのを幸いに、気まぐれに話をしてみたくなった。それだけの事である。


「でも良い感じだと思うよ。今のアンタと一緒なら、私も色々頑張れちゃうかも!」


 僧侶はそう言って、頬を薄く染め、再び笑い声をあげた。

 戦士はその顔を見ながら、軽く頷いた。


「そうかもなぁ……俺は変わったよ、多分なぁ」





 その夜、戦士は、勇者達の前から姿を消した。

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