脛蹴(くりすたるれいんぼー)
「ミィ、あんた昨日、勇者たちに襲われたんだって?」
ヨシエちゃんが私に聞いてきました。
ヨシエちゃんは私の一つ年上の幼馴染で、よく一緒に遊ぶお友達です。
ちょっと不良気味な人狼の女の子で、よく岩陰でタバコを食べ……吸っています。
私より一つ年上なだけなのですが、私よりもかなり背が高く胸も……
私が小さいだけという意見もありますが……
『剣モ』ゲーム内では、岩陰に隠れている所を勇者さんに見つかって「ママにチクんじゃねーぞ!」と言う役割でした。
「うん。昨日洞窟の中で」
私はそう返事をして、持ち上げようとしていた木人形から一旦手を離しました。
ここは私の家のお庭です。
私はクリスタルレインボーの試し打ちをやってみようと、お兄ちゃんのトレーニング用の木人形を動かそうとしていました。
クリスタルレインボーとはスネキックの事です。
スネキックでは可愛くないので、名前を付け直しました。
そしてこの木人形は、魔王様からボス級モンスターに配布される、魔法の人形です。
立ててセットすると、二足歩行で動きながら技の実験台になってくれる便利な道具なのです。
でも私の身長より大きい上に重くて、立たせようとするだけで、もう何分間も格闘してて……
人形相手にうーんうーんと唸っている私の元に、ヨシエちゃんが「何やってんの」と呟きながら、昨日の事を尋ねに来たのでした。
「勇者の仲間を逆に倒したって聞いたんだけど」
「うん、そう。そうなんです。私が必殺の」
その質問を待ってましたとばかりに、私はフンスと胸を張りました。
普段雑魚モンスターとして全然活躍できない私は、新しく手に入れた必殺技の事を早く人に話したかったんです。
「ふーん。ところでクッキーさんは?」
あれ……なんだか淡泊な反応です。
ちなみにクッキーとはお兄ちゃんの名前です。
「お兄ちゃんなら今日も洞窟の方に……それよりも、あの、私の必殺技が」
「へー。勇者たちを撃退したばかりでもう働いてるんだ。さすが強いねミィの兄貴」
「あ、うん。あの、それで私のクリスタ」
「クッキーさんが傍にいてくれて良かったねミィ。あんただけじゃどうなってた事か」
「うん。いや、えっと、その」
ヨシエちゃんはどうやら、お兄ちゃんが勇者御一行を退けたのだと思っているようです。
まあそれが当然かもしれませんが。私、雑魚モンスターだから。
「あ、あのねヨシエちゃん。実は勇者さんの仲間を倒したのは、私……です」
「ふーん。あはは、ミィもたまには冗談言うんだね」
「冗談じゃなくて、その……私の必殺技で」
「その必殺技、ぜひ私に見せて貰いたい」
私とヨシエちゃんの会話に、急に割り込んで来た声。
その声の方を振り向くと、なんとも煌びやかな服装をした、私より五、六歳くらい年上のお兄さんが立っていました。
あれ、このお兄さんは確か……
「なんだテメー。急に話しかけて来てんじゃねーよ変質者かコラ」
ヨシエちゃんは得意のヤンキー睨みで威嚇しましたが、私が慌てて制止します。
「よ、ヨシエちゃんダメだよ。この人は」
「失礼、先に自己紹介するべきだった。私は魔王軍軍師、ヴァンデだ」
お兄さんは無表情で淡々とした口調で、そう自己紹介しました。
ヴァンデ様とは、未完成である『剣モ』の実質暫定ラスボス。
勇者さんが強制的に魔王場前にワープした直後に戦う、あの軍師様なのです。
―――――
長い白髪。白い肌。鋭い眼光に真っ赤な瞳。
中世フランス王族のような華やかな衣装の上に、様々な紋章が刻まれているアクセサリ。
そして何より整った顔立ち。
竜と人間とハイエルフと鬼神のクォーターで、絶大な魔力を内に秘めている。
父は魔王の補佐を務め、魔王軍のナンバーツー。
その息子であるヴァンデ自身も、魔王軍の軍師として手腕を発揮している……
有能な血筋と若さ故に羨望と同時に嫉妬の対象にもなり、味方であるはずの魔王軍内でさえも敵が多い。
そのため、常に冷徹で無表情、他人に笑顔を見せる事は無い性格になった。
という、いかにもな中二設定。
ゲーム研究部の酔っぱらいチームの一員、中二設定大好き智里さん、通称ちーちゃんさんがお酒の席で考えました。
勇者さんでさえもネットで拾ったフリー素材顔なのに、ヴァンデ様はなんと絵心のあるちーちゃんさんの直筆画。
顔はとにかくイケメンで、服装もフランス革命を扱った映画などを参考にし、ヒラヒラでキラキラ。
珍しく力の入っているキャラです。
ちなみに前世の私や他の酔っぱらい達は「もっとコイツに中二設定どんどん盛ろう!」とノリノリでした。
そんな最上級モンスターのヴァンデ様が、雑魚モンスターである私の前に現れたのです。
驚くやら怖いやらで、臆病な私は気が遠くなりかけました。
「どうした。目の焦点が合っていないようだが」
「えっ、あっ、はい。だ、大丈夫です。はい」
ヴァンデ様は私の目をまっすぐに見据えてきます。私は緊張で額に汗がびっしょりです。
隣ではヨシエちゃんも、急な事態に戸惑っているみたいです。
「急な訪問で申し訳ない。人狼の娘ミィよ。勇者の仲間を倒したというその技を、私に見せて貰いたいのだ。」
なるほど。私のクリスタルレインボーを見に来たみたいです。
「ちょっとヴァンデ様何言ってんのさ。勇者の仲間を倒したのは、この子の兄貴でしょ?」
「先程そのクッキー自身が『倒したのは妹だ』と申したのだ。その現場を目撃したというサイコロステーキスライムの証言も聞いた」
そう言われてもヨシエちゃんは半信半疑な顔で「うーん」と唸ってます。
「まあ確かに、プチギガントウェアウルフがあの勇者達を退けられるとは思えんが……」
ヴァンデ様が無表情なままボソッと失礼な事を呟きましたが、私は聞こえなかった事にしました。
ちょうど訓練用の木人形があるので、そいつに向かって技を出してみてくれ、と頼まれました。
そう言われて、私が困ったのは言うまでもありません。
「あ、あの……私一人じゃ人形を立てられなくて……」
―――――
ふっふっふ。ついに私の新必殺技を見せる時が来ました。
ヴァンデ様にセットして貰った木人形と対峙し、私はお兄ちゃんの臨戦態勢ポーズを真似します。
腰を下ろして重心を低く安定させ、大地に爪を立て、牙で相手を威嚇して……
「そんなへっぴり腰でフラフラしてたら怪我するよミィ」
「あっ、うん」
ヨシエちゃんの容赦ないツッコミが来ました。
私がやってもお兄ちゃんみたいにサマにはならないようなので、臨戦態勢ポーズはやめて、普通にまっすぐ立つことにしました。
木人形を自分で立てる事も出来なかったし、さっきからなんだかずっと醜態をさらし続けてるような……
チラッとヴァンデ様の方を見ます。
最初からずっと一貫して同じ表情をされてますが……
なんとなく、目線が冷たくなったような気が。
私は慌てて、さっさと必殺技を繰り出す事にしました。
きっと木人形のスネはバッキバキに破壊されます。
ヨシエちゃんもヴァンデ様も私を見る目が変わるはずです。
さあやってやりますからね。
クリスタルレインボー!!
と、口に出して叫ぶのは恥ずかしいので、心の中で叫びつつ。
木人形の向こうズネに強烈な蹴りを喰らわせました!
がすっ。
「痛……」
何も起きませんでした。
「……この蹴りで勇者の仲間が死んだのか?」
足の痛みに悶絶している私に、ヴァンデ様が聞いてきました。
とてもフラットな抑揚のない喋り方で、表情を崩さず、淡々と。
逆に怖いです。絶対怒ってます……
「ち、違うんです。えっと…え、えいっ! あれ? えいっえいっ! スネキック!」
私は何度も何度も木人形の向こうズネを蹴りましたが、うんともすんとも言いません。
昨日は、ズジャジャジャジャンという音が出て会心の一撃が発動したハズなんですけど。
今日は、私の足に地味なダメージが蓄積するだけです。
「……」
ヴァンデ様は相変わらず何を考えているのか分からない顔で、じーっと私を見ています。
や、ヤバイです……
このままじゃ「さては嘘付いたなテメー!」とか怒られちゃいます。
いやそれどころか、最悪の場合死刑……
私は涙目になりながら、とにかく蹴りを浴びせ続けます。
「ちょ、ちょっともうやめなよミィ。分かった、分かったからさ」
ヨシエちゃんが止めるのも構わず私は蹴り続けます。
だって死刑かもしれないし。
ヴァンデ様顔怖いし。
「やめなってミィ、足の骨折れちゃうよ」
「で、でも、あとちょっとだけ」
その瞬間、ズジャジャジャジャンという効果音がしました。
そして私は気付くと空を望んでいました。
放った蹴りがスカッと空を切り、私は尻もちをついてそのまま仰向けに倒れてしまったのです。
しまった。ついには、空振りして転ぶという醜態まで晒してしまいました。
これは、やっぱり死刑……
そう思い、恐る恐るヴァンデ様の方をチラ見すると……
あの『そのため、常に冷徹で無表情、』って設定のヴァンデ様が、目を大きく見開いて、まるで驚いているような表情になってました。
ついでにその隣で、ヨシエちゃんが目だけでなく口まであんぐり開けています。
ヨシエちゃん、女の子がそんな顔するのは油断しすぎですよ……などと考えながらふと足元を見ると……
人形の片方の足が無くなっていました。
―――――
「生きるか死ぬかの真剣勝負なんだよ!」
私の前世である美奈子さんが、急にそう叫びました。
ゲーム制作チームの皆さんで、部室で飲み会をしていた時です。
「どうしたの美奈子」
「コイツら……このゲームのキャラクター達、みんな緊張感が足りないんだよー!」
ちーちゃんさんの問いかけに適当に答え、美奈子さんは立ち上がり、パソコンをいじり始めます。
「これでどうだー!」
数分後、美奈子さんはそう言って、みんなにパソコンの画面を見せました。
そこには……
「私の見間違いじゃなければ、全キャラ即死技使えるようになってるんだけど?」
「そうだよー! 皆にスネキックを分け与えました! 会心の一撃イコール即死だよー!」
全ての敵味方キャラにおいて。
会心の一撃が出た場合、強制的にスネキックが発動。
勇者だろうが雑魚だろうがボスだろうが、なんだろうが即死という、アホみたいな設定です。
「バランス崩壊しすぎでしょ……」
「ぎゃっはははは! いいぞ美奈子! それで行こう!」
わーっはっはっは!
と酔っぱらい達の笑い声が響き渡りました。
しかし後日……
「やっぱダメだよこれー! やりすぎー! もー、ちーちゃん、なんで止めてくれなかったの!」
「あんたねえ……」
大急ぎで、設定を元に戻しました。
ちゃんと戻っているかのチェック中、ちーちゃんさんが一つ発見しました。
「あ、美奈子。一人設定戻ってないキャラが……って、あんたなんで酔っぱらってんのよ!」
「えー、そこに焼酎があったからー。んで、戻ってないって、誰?」
「ミィちゃん。最弱モンスターなのに、このままじゃ強くなっちゃうじゃん」
「あー……ひっく」
美奈子さんは酔っ払って、全部めんどくさくなりました。
「いいよいいよ、どうせ一瞬で死ぬキャラだし。こっちに攻撃する間も無くやられちゃうしー。そのまま放置!」
―――――
「……どうして、急に人形の足が砕けた?」
「えっと……こ、これが私の必殺技です……!」
私のスネキッ……クリスタルレインボーがついに成功し、木人形の片足が粉々に吹っ飛びました。
空振りしたと思ったのは、抵抗が無いくらい一瞬で粉々になっていたからなのです。
「素晴らしい破壊力だ……が、なぜ成功するまでに何度も蹴ったのだ? 『何度も蹴る事』が発動条件なのか? それとも単純に成功率が低いのか?」
ヴァンデ様は、至極真っ当な質問をされました。
そうですよね、それ気になりますよね。
出来ればスルーして欲しかったのですが……うーん……
正直に言って、
「わ、わかりません……すみません……」
何度蹴っても出なかったのに、なぜ急に成功したのでしょうか。
死刑になりたくない必死さが神様に伝わったのでしょうか。
この世界の神様は酔っぱらい達のような気もしますが……
「ふむ……」
ヴァンデ様が何かを考えています。
も、もしかして怒ってますか……?
失礼ながらヴァンデ様は仏頂面で、表情が全然読めません。
「では、発動条件を調べてくれ」
「はぁ……えっ?」
「聞こえなかったのか。発動条件を」
「は、はいぃ。聞こえてましたぁ、ごめんなさいぃ!」
私が返事をすると、ヴァンデ様は右手で分厚い本を読みながら、左手を頭上に突き上げました。
そして、ぶつぶつと呪文っぽい言葉を小声で呟きます。
なんか、中二……RPGっぽい、カッコいいポーズですね。
ヴァンデ様が左手を下げると、地面が激しく発光しました。
眩しくて目を閉じ……再び開けると、そこにはトレーニング用の木人形が。
私がさっき足を砕いたものではなく、別の新品です。
色もちょっと濃いです。
さっきのヴァンデ様のカッコいいポーズは、これを召喚する魔法だったのでしょうか。
「これは自己修復機能がある。砕かれても、燃やされても、すぐに蘇る」
「はぁ……って、えっ、もしかして、これくれるんですか?」
「ああ。これを何百回でも蹴って、今日中に発動条件を調べて欲しい。明日、魔王城で報告してくれ」
「あ、明日ですかぁ……」
頼むぞ、と言い残しヴァンデ様は帰られました。
歩いて帰るんでしょうか……と思ったら、大きいドラゴンさんが急に現れ、その背中に乗って飛び去って行きました。
「と、とにかくやるしかないんですかね……」
「……大変そうだけど、頑張ってねミィ」
その日、私は幾度もの蹴りを繰り出し、何度かクリスタルレインボーを成功させました。
どうやら、発動条件は二つ。
・相手のスネに蹴りが当たる事
・蹴りが会心の一撃になる事
シンプルですし、決まれば即死のチート級破壊力なのですが……
これ、使い物になるんですかね……?
ともかく、このクリスタルレインボーの発動条件を調べるために、私が放った蹴りは三百回……からは数えていませんので、多分四、五百回。
それは、プチギで、まだ十歳の私には、とても過酷な調査でした。
その後二日間寝込むほどの……
二日寝込んじゃったという事は、つまり。
「明日、魔王城で報告してくれ」
というヴァンデ様の命令を果たせなかったという事で。
結局報告しないまま、三日目になっちゃったんですけど……
……怒られちゃいますかね、やっぱり。