Case1 兄妹(きょうだいでもけーまいでもいい)
「このビックリ箱は、フォ郎が持ってきたのか?」
「う、うん~。あははは、間違えて持ってきちゃってさ~。ダンナ顔怖いよ~?」
お兄ちゃんに問い詰められ、フォローさんが冷や汗をかいています。
「少し向こうの部屋で話そうか」
「待ってよダンナ~。ごめんってば~」
引っ張られて行っちゃいました。
人狼ゲームはしばらくお預けですね。
「我々はどうしましょう。ミィ様の映像の撮れ高はもう充分ですが……」
鳥居アナさんとカメラマンさんが何やら相談しています。
「えっ、フォ郎君が説教されている所を撮影する? 飲み会で流す? なるほどそれは良い考えですね」
二人は、お兄ちゃんとフォローさんの後を追って行きました。
さっきサインをねだっていた黒服さんも、しれっと鳥居アナさん達について行ってます。職場放棄ですね。
「まったく、とんだ災難でしたわ!」
マリアンヌちゃんが怒っています。
無理もありません。筋骨隆々の魔人さん十人に急に胴上げされたのです。
黒服さんの一人なんかは、未だに青い顔をして「俺仕事やめる……家の農業手伝う……」と言ってへたり込んでいます。
それに比べて、マリアンヌちゃんはあんな事があった後でもピンピンしてます。
タフです。さすが純血人狼。中ボスです。
「まあそんなにイライラしないで。美味しいものでも食べて落ち着きなよ」
ヨシエちゃんが料理を少量お皿に取り、マリアンヌちゃんに渡しました。
「あら、ありがとう。ブロッコリーサラダという、わたくしがどちらかと言えば苦手な料理をチョイスなされるとは。さすがヨシエさんですわね」
マリアンヌちゃんはそう言いながらも、サラダを優雅に食べました。
「ところで、美味しいものと言えば、先程面白いものを見つけましたの」
サラダを食べ終わったマリアンヌちゃんは、そう言って、プレゼントが置いてあるテーブルの方へと歩きました。
積んであるプレゼントの中から、豪華な包装が施してある箱を一つ持ち上げます。
「お嬢様。贈呈品に手をお出しになるのは、はしたないですよ」
「お爺様やお父様はもう退席なさったから別に構いませんわ」
メイドさんからの注意を受け流し、またこちらに帰って来ました。
「これをご覧あそばせ」
持ってきた箱は、官僚さんからの贈り物でした。
ただし、私宛ではなく、マリアンヌちゃんのお爺ちゃん宛になっています。
「えっと、これは……なんだか派手な包装紙ですね」
「これは高級チョコレートブランド『ストロベリーバズーカ』の包装紙ですの」
海外の高級チョコ。
輸出量が少ないので、マリアンヌちゃん程のお金持ちでも滅多に入手できない、超レアものらしいです。
「ふーん、そんな珍しいものなんだ」
「へぇ~。どんな味がするんでしょうかぁ」
私とヨシエちゃんがそう言うと、マリアンヌちゃんはニヤリと笑いました。
「わたくし達で頂いてしまいましょう」
「ええぇ、いいんですか。これマリアンヌちゃんのお爺ちゃんのじゃ」
「構いませんことよ。そもそも今日の主賓はミィさんなのに、お爺様への増品を持ってくるという事自体が筋違いなお話ですの」
そう言いながら、包装を解こうとしています。
しかし包装紙の隅を止めているテープ部分が硬いらしく、中々開けることができません。
「輸入品特有の、分厚くて粘着力が強い無骨なテープですわね……ヨシエさん、お願い出来ますこと?」
「うん、別にいいけど」
マリアンヌちゃんは、ヨシエちゃんにチョコレートの箱を預けました。
ヨシエちゃんは豪快にビリビリーっと包装紙を破きます。
「このような粗暴な開け方は、やはりヨシエさんにお願いするに限りますわね」
「なんか引っかかる言い方だけど……まあいいか」
包装紙の中から、黒い長方形の箱が現れました。
金色のブランドロゴが控えめなサイズで箔押しされた、シンプルなデザイン。
いかにも高級な雰囲気です。
ロゴの下には、小さく白い文字で何やら書いてあります。
入っているチョコレートの商品名でしょうか。
「これ、なんて書いてあるんです?」
「分かりかねますわ。外国のお言葉ですもの」
いよいよ高級チョコレートとのご対面です。
箱を開けると、芳醇な香りが漂いました。
一口サイズの丸いチョコレートが、六個入っています。
この量の少なさもなんだか高級っぽいですね。
「わぁ、さすが、すっごく美味しそうです」
「この香り。わたくしも今まで頂いた事の無いタイプのチョコレートですわ」
「なんだか、ニオイ嗅ぐだけでもう美味しい」
一人一つずつチョコを手に取り、三人同時に口へと運びました。
―――――
「きゃははははははは!」
「足りませんわ! 足りませんわ!」
「お嬢様、ミィ様、落ち着いてくださいー!」
私とマリアンヌちゃんは、元気にホール内を駆け回ります。
それを黒服さんやメイドさんが、必死に追いかけています。
「う、うううぅぅぅ……」
ヨシエちゃんはうつむいて泣いています。
「……何が起きているんだ?」
ホールの扉を開け、お兄ちゃん達が帰って来ました。
泣きじゃくっているヨシエちゃんが、お兄ちゃんへと駆け寄ります。
「あー、クッキーさん、クッキーさぁん!」
「ど、どうしたんだヨシエ。何故泣く」
「だって……だってクッキーさんが、お守りを……」
ヨシエちゃんの泣き顔に、お兄ちゃんは困惑してます。
「あーあ。ダンナが女の子泣かせちゃった~」
「いえ、というより何か……子供達三人の様子がおかしいような?」
メイドさんがお兄ちゃん達の姿に気付き、近づきました。
追いかけっこで疲れ果て、足元がふらついています。
「お嬢様達が、このチョコレートを食べて急に様子がおかしくなって。すぐに取り上げたのですがあの有様で」
「チョコ……?」
お兄ちゃんとフォローさん、鳥居アナさんが、一つずつチョコレートを摘み上げました。
鳥居アナさんは丁寧にハンカチを使って摘まんでいます。
「まさか酒でも入ってるんじゃないだろうな」
「いや、これは地獄マタタビだね~」
フォローさんが匂いを嗅ぎながら言いました。
「マタタビ? ミィ達は猫じゃなく狼だぞ」
「マタタビは通称で、正確には別の植物です。多くのモンスターや人間にも効果があります」
鳥居アナさんはそう説明し、チョコレートを箱に戻しました。
「お酒や麻薬じゃないよ~。害も無いし、違法でも無いから安心して~。ボク一個食べちゃお」
「海外の大人向け料理で時々使われる果実です。少量飲酒した時のような、ほろ酔い気分になれるのですが」
鳥居アナさんは、呆れ顔で私たちを見ました。
「子供には効き過ぎるかもしれません」
「和田くーん! ちーちゃーん! もっと呑めよー!」
「ワダって誰ですの! ワダって誰ですの!」
「あー、そっかー。二人ともここにはいないんでしたぁー!」
「おーっほっほっほっほ」
「きゃははははは」
―――――
お兄ちゃんの声が聞こえます。
ここはどこでしょうか。
辺りを確かめようとしましたが、体が言う事を聞きません。
目を開ける事さえ億劫です。
動いてみようとしばらく頑張ってみましたが、結局諦めて、このまま眠り続ける事にしました。
「ようやく三人とも落ち着いたか」
「妹ちゃんは完全に寝ちゃったみたいだよ~。今日はお泊りだね~」
またお兄ちゃんの声が聞こえました。
でも頭が働かず、言葉の意味を理解出来ません。
ただ、声が聞こえます。
安心する。お兄ちゃんの声。
「でも凄いよね~。妹ちゃん、急に四天王になっちゃって~」
この声にはあんまり安心しないです。
「ああ。こうして寝顔を見ると、まだ子供なのだが」
「ホント強くなったよ~。テレビ局でも襲ってきた人間『とか』を、あっという間に倒しちゃって。あ、機密だから詳しくは言えないけど~。もうダンナより強かったりして~」
「既に、俺より遥かに強いさ」
お兄ちゃん、なんだか寂しそうな声。
「エルフの里では勇者を退け、そして隠しているがおそらくミズノ様とも戦い、勝っている」
「ミズノ様って四天王の~? 取材NGでボク会った事無いけど~。でもなんで四天王同士?」
「ディーノ様とサンイ様の派閥争いに巻き込まれたのだろう」
「へ~。派閥か~。噂には聞いてたけど」
テーブルにグラスを置く音がしました。
「俺はミィを守ると約束しておいて、いざという時に何もせず、気付く事も出来ず。蚊帳の外だった」
グラスに液体を注ぐ音が聞こえます。
氷が温度差により割れたようです。
「実は今、ディーノ様派……つまりミィと同じ派閥に入れと、勧誘されている」
「へ~。でも人狼のボスであるダンナが、魔王城内の派閥に与するって事は~、この辺一帯の人狼皆もそうなるって事だよ~?」
「ああ。そもそもこれはマリアンヌの祖父、長老に来ている話だ。長老は俺の意見を尊重すると言ってくれているが……どうも乗り気らしい」
「それで、そのダンナの意見は~?」
グラスを傾け、一気に飲み干す音が聞こえました。
「俺はディーノ様派に入る。ディーノ様やヴァンデ様のためではない。魔王様のためでもない。ミィのためだ」
さっきまでどこか沈んでいたお兄ちゃんの声に、力が戻りました。
相変わらず私は頭がぼんやりしていて、会話の内容は分かりませんでしたが。
私は何故だか、とても嬉しい気持ちになりました。
「俺はミィより弱いが、いざという時の盾くらいにはなる」
「あらら。ダンナってばとことんシスコンだね~」
再び、グラスに液体を注ぐ音。
「たった一人の血を分けた妹だからな」
「まったく妬けちゃうよ~」
そして、グラスをぶつける音がしました。
「でも無茶したらダメだよ~。妹ちゃんもだけど、クッキーのダンナが怪我しちゃっても、ボク悲しむからね~」
「……そうか」
私は意識が遠くなり、完全に眠りにつきました。




