File(3) 事件発生(すぴーどかいけつ)
「二人一組のチームを作るのか。なら俺はミィと……」
「それはダメだよ!」
「それはダメですわ!」
お兄ちゃんの一言に、ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんが同時に反対しました。
「ダメなのか……何故だ?」
「え、ええとそれはその……兄妹チームじゃ息が合って有利すぎるでしょ。それにこういうのは、普段とは違うペアで組むのが面白いんだよ」
「そうですの。ヨシエさんの言う通りですわ、クッキー様」
「あ、ああ……」
二人の迫力に圧倒されています。
「……ミィはどう思う?」
その質問に、私も少し考え答えました。
「確かに兄妹チームじゃ芸が無いかもです」
「そ、そうか……」
お兄ちゃんはなんだか落ち込んじゃいました。
前から思っていたのですが、少々、私に対して過保護なのかもしれません。
「も~妹ちゃん、そういう時は『ワタシお兄ちゃんとが良いよ~』って言うもんで……痛てっ」
フォローさんに、お兄ちゃんの連続チョップが炸裂しました。
私達は今、人狼ゲームのボードの前に集まり、チーム分け中です。
この人狼ゲーム(キッズ向け)は今年の最新版。
発売日は来月のはずなのですが、マリアンヌちゃんのお爺ちゃんのコネで先行入手したらしいです。
さすがお金持ち。
ボードは折り畳み式で、今はまだ閉じられています。
「ところで~、クッキーのダンナも人狼ゲームやったことあるんでしょ~?」
フォローさんはそう聞きつつ、お兄ちゃんの連続チョップを真剣白羽取りっぽく受け止めようと頑張っています。
「やった事はあるが、俺が子供の頃は、二人一組でミニゲームをやるというルールはなかった。ただのスゴロクだったな」
お兄ちゃんはチョップを止めて言いました。
それを聞いた鳥居アナさんが「それ、ますますただの人生ゲーム……」と呟きます。
「へえ~。じゃあ、元々子供用だったのがオトナな遊びに変わって、それがまた子供向けに戻って来たって感じなのかな~」
「おそらくそういう事でしょうね。そう言えば以前取材した鬼人族のオニごっこも、元々子供向けの遊びだったものが、大人達の間で生きるか死ぬかの過酷な訓練に変わったと……」
フォローさんと鳥居アナさんが、なんだか難しい話を始めちゃいました。
大人はなんでも仕事に結びつけて大変ですね。
「まあそれはともかくとして~、じゃあクッキーのダンナも、実質はこのゲーム初めてって事だね~」
「そうだな」
その言葉に対し、ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんの目が光りました。
まるで獲物を見つけた狼の目です。狼ですけど。
「じゃあ、アタシがルールを教えてあげるから、一緒にチームを」
「それなら、わたくしがルールを教えて差し上げますので、ご一緒にチームを」
二人同時に似たような台詞を言いました。
台詞が被った事でお互いの顔を見て、睨み合いを始めます。
いけません。原因はよく分かりませんが、このままではまたいつものように喧嘩になってしまいます!
チーム決めをどうするかという最初の話へ戻し、誤魔化してしまいましょう。
「ち、チームはクジとかで決めれば……良いんじゃ、なぃか……なぁ、なんてぇぇ……」
ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんがギロリと睨んで来たため、私は台詞の途中で小声になりました。
しまった。私なにか余計な事言っちゃいましたかね!?
と、冷や汗をかいていると、二人とも冷静になったのか、同時にため息をつき落ち着いた様子へと戻りました。
「まっ、うだうだ言ってもしょうがないし、ミィの言う通りここはクジでいっか」
「そうですわね。遊びなのですし気軽に優雅にいきますことよ」
二人ともなんとか納得してくれたようです。
さっきの様子はあんまり優雅じゃなかったですけどね。
チーム分けのために、簡単なクジを作ることにしました。
紙片に各々の名前を書き、箱に入れて振り、二枚づつ取り出す。
一緒に出た名前の二人がチームになる、というシンプルなものです。
紙に書く名前は、私、お兄ちゃん、ヨシエちゃん、マリアンヌちゃん、フォローさん、鳥居アナさんの六人。
ちなみにパーティーには他のお友達も来ていましたが、夜も遅くなってきたので、先程帰宅しました。
私はお兄ちゃんがいるからと言う事で、もうちょっと遅くまでいても大丈夫です。
ヨシエちゃんは不良人狼少女なのでオーケーです。
いやオーケーじゃないけど、とりあえずオーケーです。
六人それぞれ、紙に自分の名前を書いて……
「あれ。そう言えばカメラマンさんの名前は書かなくてもいいんですか?」
私が尋ねると、牛カメラマンさんは無言でニッコリと笑い、カメラを構えました。
そして親指をグッと立て、頷きます。
それにつられて私も親指を立て、頷きます。
……えっと、どういう事ですか?
「牛尾カメラマンは、ミィ様が御兄弟御友人と共に遊戯に興じる場面を撮影致します」
牛カメラマンさんの代わりに、鳥居アナさんが説明しました。
……って、撮影!?
「あ、あああ、あの、撮影って」
「新四天王ミィさま憩いのひと時~って題名で、お茶の間に流すよ~」
「い、イヤです! ダメですぅ!」
またテレビ放送なんて聞いてません。寝耳に水です。
そんなの、世界中に恥を流すようなものです。
台本付きのスピーチを放送するだけで、私の精神はギリギリだったのに。
無理です。絶対無理です。
「え~、ダメなの? でも、ちゃ~んと魔王軍に許可取ってるのに~」
「きょ、許可とか言われても、私そんなのまったく知らないんですけどぉぉ……誰からの許可ですかぁ」
「えっとね~、昨日、巨ロボさんの頭を回収しに来た人達の中で~、一番偉そうにしてた、アゴヒゲおじさんだよ~」
フォローさんはバッグから一枚の紙を取り出しました。
「これが許可証だよ~」
紙には、こう書かれていました。
『多分イメージアップになるからミィちゃん撮って放送してもいいよ。魔王軍・はかせ』
そして文の後には朱色の押印が一つ。
「博士さん……!」
あのおじさん、何勝手に許可してるんですかぁ……!
「あ、知り合いなんだね~。この魔王軍のハンコも本物だから、逃げられないよ妹ちゃ~ん」
「よろしくお願いします。ミィ様」
そう言いながら、テレビクルー三人組が親指を立てました。
テレビ業界で流行ってるんですかね。その親指のポーズ。
クジは、ゲームには参加しない牛カメラマンさんが箱から引きました。
その結果、チームが決定します。
私と鳥居アナさんチーム。
お兄ちゃんとフォローさんチーム。
そして、ヨシエちゃんとマリアンヌちゃんチーム。
「アタシとマリアンヌ……?」
「くっ、わたくしとヨシエさん……おほほほ……引き直しなさりませんこと?」
引き直しはダメです。
しかし見事に同性同士のチームに別れました。
「や~。残念だったね~ヨシエちゃん達、ホントはクッキーのダン……痛てっ」
ヨシエちゃんもお兄ちゃんと同じように、フォローさんの脳天にチョップをお見舞いしました。
また余計な事を言うからです。
「も~。あんまりチョップされると、ボク、ハゲちゃうよ~」
フォローさんはそう言いながら、髪型の乱れを正しています。
大袈裟に痛がるフォローさんに、私はつい吹き出してしまいました。
「御友人達の朗らかな冗談に、闘いの事を一時忘れ談笑するミィ様……」
鳥居アナが、なにやら小声で独り言を……
……それ、何かの練習ですか?
今のシーンにどんなナレーションを付けようかという、イメトレですか?
もしかしてフォローさんの『余計な一言』も、撮影映像に起伏を付け、盛り上げるためにやっているんですか?
恐るべし業界人……
私も、迂闊な行動をしないように気を付けないと……
「これが最新版の人狼ゲームですわ!」
チームも決まった事で、マリアンヌちゃんが人狼ゲームのボードを開きました。
その豪華……というわけではないし、見た目は去年版からあまり変わっていないのですが……最新版という言葉の持つ魅力で、光り輝いて見えます。
「ちょっと失礼。よく見せてください……えっと、ジャンケン、逆立ち、創作ダンス……」
鳥居アナさんがボードの各マスを指で追いながら、読み始めました。
どんな指令があるのか確認しているようです。
「ざっと見ましたけど、放送に不適切な文章はありませんね」
「わ~。チェックありがとう鳥居さん。マジメだね~」
「放送についてだけでなく、子供達の風紀も管理しないといけませんからね。私がこの中で最年長ですので」
「でも、ボクとしてはもっと不適切な内容があった方が、盛り上がって良かったんだけどね~」
そんな大人の会話がなされている最中でも、カメラが常に私の姿を撮り続けています。
落ち着かない状況のまま、ゲームがスタートしました。
「では、俺とフォ郎のチームからだな」
お兄ちゃんがルーレットを回し、出た目の数だけコマを進めました。
「指令は『パートナーに軽くチョップ』……すまんな」
「え~、なんでボクが叩かれる方って決まってるのさ~」
漫才みたいなやり取りに、私は思わず笑って……はっ。
「お兄様とその御友人のやりとりに、ミィ様は可愛らしい笑みを漏らし……」
鳥居アナさんが呟き、チャンスとばかりにカメラがこちらを映し始めました。
油断ならない……!
私が縮みあがっていると、鳥居アナさんが笑顔で話し掛けてきました。
「さあミィ様。我々の番ですよ」
「あ、はい……」
鳥居アナさんはカメラ目線になり、
「それではこれより、ミィ様にルーレットを回して頂きます」
と、ハキハキ流暢な声で喋りました。
やりづらいです……
「あぅっ……」
私は緊張で手が震え、ルーレットを盤上から外す失態をさらしてしまいました。
「おっと、ミィ様のあわてんぼうでキュートな一面が出てしまったようですね」
「……ミィさん。この方達、ずっとこの調子で撮影なさるおつもりなのかしら?」
「わ、わかりません……」
私は改めてルーレットを回し、コマを進めました。
辿り着いたマスに書かれている指令を読みます。
「二人で炭酸ジュース一気飲み。です」
「なるほど。私はそういうの得意ですよミィ様」
鳥居アナさんが自信ありげに微笑みました。
私は苦手です……これは早々に指令失敗を覚悟しました。
「ここにキンキンに冷えたコーラがありますが」
「一気飲みするなら、出来れば冷えていないジュースがいいんですけど……」
お腹壊しちゃいますから。
私がそうお願いすると、マリアンヌちゃんが「ちょうど良いものがありますわ」と言いました。
「わたくしが今日用意させて頂いたプレゼントの中に、オーダーメイドの林檎炭酸ジュースがありますの。今なら室温のままですことよ」
「え。そんな高級そうなもの、ありがとうございます」
マリアンヌちゃんは指をパチンと鳴らしました。
「メイド……そう言えば、わたくしが自分で包ませて頂きましたので、どの包装紙がどのプレゼントなのかは、メイドも知らないのでしたわね」
お嬢様なのに自分の手で包装したんだ、とヨシエちゃんが尋ねると、
「当然ですわ。プレゼントにはそういう『心』が大切ですの」
と、答えました。
良い狼です。マリアンヌちゃん。
「メイドに説明するより、自分で取って来た方が早いですわね。皆さん、少々お待ち遊ばせ」
マリアンヌちゃんは優雅に立ち上がり、部屋を出ました。
プレゼントは、パーティー会場のホールに置いてあります。
ここから廊下を隔てた、隣の部屋です。
「人狼族長老の孫という立場ながら、気取る事の無い淑女。ミィ様はそのような御友人に恵まれ……」
鳥居アナさんがメモしながら呟いています。
仕事熱心すぎて少し心配になってきました。
コトンという、何かを落としたような音が聞こえました。
「あらなんですの、このピンクの箱は?」
隣の部屋からでしょうか。
マリアンヌちゃんの声が聞こえます。
「煙が……ええっ!? なんですの! 一体なんなんですの!?」
「わーっしょい! わーっしょい!」
「や、やめてくださいましー!」
「お嬢様ー! お嬢様を離しなさい、貴様ら……うわー!」
「わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!」
「ぐえー!」
そしてポンッという破裂音がした後に、静まり返りました。
「……今の声は……?」
何かトラブルが起こったに違いないと、私達はホールに向かいます。
もしかして強盗や凶悪犯が乗り込んで来たのでしょうか。
私は緊張して拳を握りしめます。
ホールの扉を開けました。
テーブルやその上の料理が荒らされているという事は無く、どうやら強盗ではなさそうです。
しかし、部屋の真ん中に……
「ま、マリアンヌちゃん……!」
マリアンヌちゃんが、うつぶせで倒れていました。
お嬢様らしからぬ、バンザイをした状態で……なんとも痛ましい光景です。
その周りには、ボディーガードの黒服さん達三人も、同じように倒れていました。
マリアンヌちゃんの傍には、蓋の空いたピンクの箱が一つ転がっています。
これは一体……
「大丈夫ですかマリアンヌちゃん!」
私たちは、マリアンヌちゃんや黒服さん達の元へ駆け寄ります。
お兄ちゃんがそっと抱えると、マリアンヌちゃんはゆっくり目を開け、言いました。
「は、箱が……箱が……」
「箱?」
「あ~!」
フォローさんが急に声をあげ、どこからか取り出した大きめの画用紙に、何かを書き始めます。
書き終えると、画用紙を私に見せました。
「妹ちゃん、これ読んで~!」
「え? えっと……」
まるでバラエティ番組などで見る、スタッフさんの出すカンペのようですが……
「これは殺狼事件だあ。こうみょうに? しくまれた、トリックがあるー……?」
「な、なんだって~!」
自分で書いて読ませたクセに、フォローさんは大袈裟に驚いています。
「わたくし生きておりますわ~……」
マリアンヌちゃんが声を振り絞りながら、起き上がりました。
どうやら怪我も無く、無事のようです。
私達はひとまず安心しました。
黒服さん達も起き上がりました。鳥居アナさんが手を貸しています。
「ありがとうございます……あの、サイン良いですか?」
黒服さんの一人がどさくさに紛れて、鳥居アナさんにサインをねだりました。
「妹ちゃん、次次、次の台詞~!」
「えっ、あっ……は、犯人はこの中にいるー……」
「え~! うそ~! 一体誰~?」
フォローさんの声がホール内にこだまします。
「ただビックリ箱開けて腰抜かしただけじゃないの?」
ヨシエちゃんが冷静に突っ込みました。




