通称(せけんいっぱんでのよびな)
目を開けると。狐のお兄さんと鳥のお姉さんが、私の顔を覗き込んでいました。
「……はっ!」
「わぁ~。妹ちゃん生きてたよ~!」
「だから、死んでないと言ったじゃないですか」
フォローさんとアナウンサーさんが喜んでいます。
その後ろで、カメラマンさんや他のスタッフさん達も安堵しているようです。
辺りを見回します。
ここは、テレビ局前の広場。
少し離れた場所に、巨大ロボットさんの顔だけが転がっています。
その傍には、骨折して、縄で縛られたまま気絶している、デモ部隊のリーダーさん。
そして、
「私は……えっと……」
そうだ、私は空から落ちて、地面に激突したのでした。
それで気を失って……
一応身体中を触って確認してみましたが、どこも怪我はしていません。
痛い所もありません。
どうやら気絶の原因は、地面への激突で負傷したから、という事では無いようです。
単に、高い所から落ちるのが怖すぎたからですね。
「よかった~。三十分くらい気絶してたんだよ~」
私にしては意外と短い時間です。
私も成長しているんですね……慣れただけかもしれません。
「ミィチャン! 目ガ覚メタンダネ!」
巨大ロボットさんが、頭部だけで喋っています。
いつも光っている目が、今は消灯中です。
さすがに故障しちゃったみたいですね。
……私のクリスタルレインボーで。
「……ロボットさん、ほとんど壊しちゃってごめんなさい……」
「ロボットダカラ平気! 気ニシナイデ!」
―――――
「あーあ。やってくれちゃったねミィちゃん」
モニターの中で、博士さんがそう言い放ちました。
ここは、テレビ局前にニョキっと生えた、正方形の建物内。
防音効果バッチリの、魔王軍用秘密会議部屋です。
私は目が覚めて早々に、「会議シヨウ!」とロボットさんに呼ばれて、ここに入りました。
「オジサンのロボットが首だけになっちゃったよ」
「あぅ……さっきは気にしないでって言ってたのに……」
「ジョークジョーク」
博士さんは悪戯っぽく笑いました。
「ホントは感謝してるよミィちゃん。あのままロボが外で暴れたら、修理どころの話じゃなかったからねえ」
操られた巨大ロボットさんに攻撃されて、魔王軍が大きな痛手を被るし。
今まで一般モンスター相手に培った、ヒーローのイメージも台無しになるし。
それらに比べれば、一旦巨大ロボットさんを破壊する方がマシ。
と、博士さんが言いました。
「っていうか、そもそも実はロボにはスペアがあるんだよね」
だから気に病むことはないのよ、と博士さんが手の平を左右に振りながら言いました。
「でも今のままじゃ、またサイサク君に操られちゃうから。スペアも含めて根本から作り直さないといけないのよ。めーんどくさっ」
博士さんは頭をボリボリ掻いています。
サイサククン……
さっきの空での騒動中も気になっていたのですが。
「そのサイサククンさんって言うのは……」
「クンは敬称。名前はサイサクね。オジサンの昔の部下で、とっても優秀だったんだけど」
心なしか、博士さんの表情が陰りました。
「人間だったって……」
「あら、あの会話聞こえてたんだ。そう、オジサンあんまり他人に興味持てないダメな性格で、スパイにも気付かなくって」
確かになんか気付かなそうです。
ダメなオトナっぽいです。
今日会ったばかりの私でもそう思います。
「って事で、オジサンは今すぐサイサク君対策しないといけなくなっちゃった。妨害電波怖いんでロボもしばらくは外に出せないし」
「はぁ……頑張ってください」
「うん。ミィちゃんも頑張ってね。ロボット動かせない分、ミィちゃんに色んな仕事のしわ寄せ来るだろうから」
「はぁ……えっ? えぇぇぇ……」
博士さんは、今まで巨大ロボットさんがやっていた仕事を説明し始めました。
主な任務は、戦場で人間を鎮圧する事。
その他広報、社会奉仕活動として、植林や災害救助、そして子供向けショーのボランティア。
「ミィちゃん強いし戦場だね多分。ボランティアは無いだろうけど……いやあるかも」
「せっせっせっせっんじょぉぉ……」
再び気を失いそうになります。
が、ここは気を確かに持つんです私。
嫌なものは嫌だってハッキリ言わないとダメだよって、前にヨシエちゃんが言っていました。
「あっ、あの!」
「はいミィちゃん。何か質問かな?」
「で、できれば……せんじょおは嫌です!」
「えっ嫌なの? なんで?」
「こっ、怖いからです!」
「ほう、戦場は嫌なのか」
壁に設置してあるスピーカーから、男性の声が聞こえました。
博士さんの声ではありません。
博士さんは、あちゃーって顔してます。
この淡々とした恐ろしい声は……
「ヴぁ、ヴァンデ様……いらしてたんですかぁ……?」
「ああ、博士に用があってな。丁度今来た」
モニターに、ヴァンデ様の姿が映りました。
相変わらずの仏頂面ですけど……
怒ってます……?
「えっとぉ……今のは……」
「ミィちゃんまだ小さい子供だし、戦場怖がるのは当然だって。ね、オジサンに免じて怒らないであげて」
「別に怒ってはいないが……」
ヴァンデ様は博士さんを一瞥した後、モニター越しに私の目を見つめてきました
「今日はご苦労だった。お前のおかげで巨大ロボットを奪われる事を阻止し、被害を最小限に抑えることができた」
褒めてくださいました。
ヴァンデ様は怖いけど、褒められるのは嬉しいです。えへへ。
私はついついニヤけました。
「戦場に行かせる気も無い。巨大ロボットと違い、お前の技は大勢を鎮圧するには向かないからな」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ、そうなの?」
ヴァンデ様の言葉に、私と博士さんが同時に反応しました。
「でもでもそれじゃあ、ロボの代わりはどうすんのよ」
「それについては、博士に新たな兵器を開発して貰う。早急にな。サイサク対策と同時並行でだ」
「えっ。マジで」
急に新しい仕事を振られ、博士さんが冷や汗をかいています。
頑張ってください。
その後ちょっとしたねぎらいの言葉をかけ、ヴァンデ様はモニターからフレームアウトしました。
そのまま部屋から出たようです。
博士さんは青い顔をして、
「オジサンまた休日なくなっちゃうよ。クソブラックだよ」
などとブツブツ呟いています。
しばらくふてくされた後に、博士さんが急に顔を上げて言いました。
「そうだ。あのデモやってた人間は、魔王城に連れて行くんだってさ」
捕虜にして、サイサクさんの情報を聞き出すらしいです。
あの人は反モンスター連盟でなく、平和なんとか会の人だったので、引き出せる情報にあまり期待はしていないようですが。
「あの人間を助けちゃった事は、ちゃ~んとオジサンが隠蔽しておくから、安心してね」
「あ、ありがとうございます」
「それと、ミィちゃんをこの部屋に呼んだ、そもそもの用事を済ませておかないと」
「用事?」
さっきまでの話は本題ではなかったのでしょうか。
「ミィちゃん。『カチカチ少女』と『ゴリラ娘』では、どっちがいい?」
「なんですかそれ……えっと、なんだか分かんないけど、とりあえずゴリラは嫌ですけどぉ……」
―――――
秘密会議部屋から出ると、スタッフさん達が慌ただしくセッティングしていました。
「あ~、妹ちゃんやっと出て来た~!」
フォローさんが私に駆け寄って来ました。
「ほらほら、早く早く~! 生放送終わっちゃうよ!」
「放送って……まだやるんですか?」
「当然だよ~。まだ時間残ってるからね~」
た、逞しい。
さすが報道のプロです。
私はフォローさんに連れられて、巨大ロボットさんの頭部の前に立ちました。
「よろしくお願いします、ミィ様」
「は、はい! よろしくお願いしますぅ!」
アナウンサーさんが律儀に挨拶してきました。
「巨ロボさんは頭だけになっちゃったけど~。おおむねさっきと同じでお願いしま~す」
「任セテネ!」
「はい早速スタジオから中継貰いま~す」
カメラマンさん横の小さなテレビに、ニューススタジオの様子が映っています。
「放送機器のアクシデントが解決したようです。再び新四天王のミィ様に中継が繋がっております。鳥居アナ、お願いします」
スタジオのニュースキャスターさんから、こちらのアナウンサーさんにバトンが渡ります。
「はい、鳥居です。先程は失礼いたしました。今日はもうすぐ四天王に就任されるミィ様より、ご高説を拝聴しようと思います。まずは同じ四天王の巨大ロボット様より、ご紹介して頂きます」
アナウンサーさんはさっきと同じ台詞を言った後、巨大ロボットさんの顔を見ました。
「巨大ロボット様は急用との事で、顔のスペアパーツを通じて、音声だけを頂いております」
「ヤア皆サン、巨大ロボットダヨ! コンナ恰好デゴメンネ! 本体ハ今、凶悪ナ人間ノ軍隊ト戦闘中ナンダ!」
あ、そういう設定で行くんですね。
「僕ハ絶対勝ツカラ、安心シテネ!」
しかし、よくこんなにガラッとキャラを変える事ができますね。
「ソレヨリ今日ハ新シイ、強イ味方ヲ紹介スルヨ! マダ小サイケド、勇者ヲ倒シタ程ノ実力者!」
勇者さんは倒してませんけど。
ともかく、私の紹介に入りました。
もうすぐ私の台詞です。
えっとまずは、『ワタクシが今回新四天王に就任いたしました』……
「上空百キロカラ落チテモ大丈夫! バズーカ、ミサイルモ平気ナスーパーガール!」
……おや?
巨大ロボットさんが、さっきと違う口上を……
「通称『カチカチ少女』! ミィチャンダ!」
「……カチカチ少女?」
そうして私は新四天王『カチカチ少女』として、お茶の間の皆さんの記憶に刻まれたのです。




