博士(おじさま)
「ロボットいいよねー!」
ある日、美奈子さんがちーちゃんさんに言いました。
「いい……って、また何かに影響されたの? どうせ今やってるアニメ映画でしょ?」
図星でした。
「まあそういうワケで、私達のゲームにもロボット出すぞー! 二十メートルくらいのデカいの!」
「どういうワケよ」
「でも問題があるんだよちーちゃんパイセン」
そう言って美奈子さんは缶チューハイをプシュッと開けました。最近出た新商品です。
「問題って?」
「勇者が二十メートルのロボットに乗ってたら、魔王軍なんてすぐ壊滅でしょー?」
「そうね。そもそも世界観違うし」
「一体どうしたら……あっ、このチューハイまっずいなぁ。ちーちゃん、そのオニギリと交換してよー。チェンジ! チェンジ!」
「嫌よ」
ちーちゃんさんはそう冷たく言い放ち、持っていた雑誌に目を戻しましたが、
「……って、そうだ。それよ。チェンジしてしまえばいいじゃない」
と、何かを思いつき、顔を上げました。
「オニギリくれるのー?」
「違うわよ。ロボの立場をチェンジ……つまり敵側、魔王軍のロボットって事にするのよ」
「なるほどぉー。あ、和田君。このチューハイあげるからそのチョコ一個ちょうだーい」
「おういいぞ……ってこれ飲みかけじゃん!」
和田さんは文句を言いながらも、持っていた六個入りチョコ菓子から一つ取り出し、美奈子さんに渡しました。
「サンキュー和田君。あっ、でもさちーちゃん。ロボットが敵になったらなったで、今度は勇者がロボを倒せないじゃーん」
「適当な理由付けて動けなくすればいいでしょ。いっそ勇者が乗っ取って自爆させるとか」
「なーるー」
「うわっ! このチューハイ不味っ!」
「うるさい和田君」
その後の設定会議により。
開発者兼操縦者の博士が、魔王城からロボットを遠隔操作している事。
勇者に裏金資金援助している『反モンスター同盟』が、ロボットの遠隔操作乗っ取りマシーンを開発し、それを勇者に渡す事。
などを決めていきました。
「ちなみに博士はダンディなオジ様ね」
「いいけどー。ちーちゃんこそ、何かに影響されてるでしょー、それ?」
まあこのせっかく作った設定も、結局ゲーム未実装のままで。
博士のダンディなオジ様ぶりは、ちーちゃんさんの頭の中だけに存在する事になったのです……
―――――
「ヤッパリ、反モカ……」
私の『反モンスター同盟』という言葉に慌てるリーダーさんの様子を見て、小鳥さんが呟きました。
「フォ郎クン、今スグ管制ヲ敷イテクレ。万ガ一ロボガ暴レタ時、一般モンスターニ見ラレナイヨウ」
「は~い。分かりました~」
フォローさんはそう返事をして、スタッフさん達に何かを指示し始めました。
「僕ハ、ミィチャント、秘密ノ四天王会議スルカラ!」
「へ? わ、私とですか……って、えええぇぇぇぇ!?」
突然地面が割れ、真っ白い、箱みたいな正方形の建物が、ズズズッと生えてきました。
三、四人のモンスターが入れそうなサイズです。
「おわーっ! 一体なんだこれはー!」
リーダーさんがうるさいです。
「サア、コノ中ニ!」
「はいぃぃ……」
私はちょっとビビりながらも、小鳥さんに促されるまま扉を開け、箱の中に入りました。
テーブルと椅子が床に固定されており、奥には壁と一体になっているモニターが。
壁は一面鉄製みたいで、黒く光っています。
「あのぉ、この部屋は一体……」
「ココハ完全防音デ……あー、この喋り方めんどくさいんで、こっから普通になってもいいよねえ。四天王同士だしさ」
「はぁ……」
と生返事をした後に、異変に気付きました。
小鳥さん、いえ巨大ロボットさんの声が、先程の台詞の途中……
いつもの電子音っぽいロボ声から、普通の男性の肉声に変わったのです。
「……って、えっ? えええっ!? しゃ、喋り方って」
「ちょい待った。驚く前に、そのモニターのスイッチ入れてちょうだい。テーブルの上にリモコンあるでしょ?」
「は、はい……」
モニターを付けると、机に肩肘をついた、痩せ型の男性が映りました。
顎ひげを軽く蓄えていて、ぼさぼさの髪に、白衣を着ています。
「はいどうも。こんばんはミィちゃん」
「あ、こんばんは……あの、あなたは……」
「オジサンは、ロボット作ったり動かしたりしてる、まあいわゆる博士的な人だよ」
博士……そうか、そう言えば巨大ロボットさんは、博士さんが動かしているという設定になっていました。
「驚いてたみたいだから一応説明しとくわ。普段のロボの声は、オジサンが作ったボイスチェンジャーでね。マイクに向かって喋ると、変換してくれるのよ」
博士さんは、横に置いてあったマイクを手に取りました。
「コンナ風ニネ。まあ、ロボっぽいキャラ作って喋るのが超めんどいんだけどね」
「はぁ……え、めんど……?」
「だからね、普段ボランティア活動やヒーローショーやテレビ出演の時は、ほとんどバイト君に操縦させてんのよ。でも今日は新しい四天王が来るっていうからさ、オジサンが直々にやってんのよね」
「ば、バイト……? えぇ……」
「そう言えば過去に二度会ってるんだっけミィちゃん。顔画像解析で過去データベースを検出したら、そう出て来たんだけど」
「解析……? データベースってのは、えっと……子供達の顔は全部覚えているって、さっき言ってたのは……」
「一度目は日時から判断してヒーローショー中。二度目は軍の任務中、どうやらオジサンが操縦してた時みたいで……結構最近だけど、どこで会ったの? ごめんね、オジサン覚えてなくてさあ」
私の中で、巨大ロボットさんのヒーロー像が、ガラガラと音を立てて崩れていきます。
「……半月くらい前、魔王様のお城で会いました」
「へえそうなの。覚えてないなあ……あー、でもしんどいわ。もう夕飯時だし。オジサンあんまり若くないから夜勤嫌なんだよねえ」
そう言って博士さんは、大あくびを一つ。
……ちょっと……ちょっと待ってください!
私の……いや、子供達の夢をぶち壊すような事言いまくってる、このおじさんは一体何なんですか!
っていうか、
「全然ダンディなオジ様じゃないんですけどぉ……」
まさか、ちーちゃんさんの理想のオジ様がこれって事なんですかね。
「とは言え、今回はオジサンが操縦中で助かったってトコかな。妨害電波とか出されちゃ、バイト君じゃどうにも出来なかっただろうしねえ」
「あ、あのっ」
「待って待って。オジサンに聞きたい事も多いだろうけど、まず今回の件をどうにかしないと。早くしないとロボット乗っ取られちゃうよ」
博士さんがそう言った後、モニターの映像が二分割されました。
片側は今まで通り博士さんの姿、もう片方に巨大ロボットさんの全体図が映りました。
ロボットさんの図は白図ですが、腰の部分の一部が赤く塗ってあります。
「これはロボットさん……?」
「この赤い部分に燃料タンクがあんのね。だからミィちゃんがパンチやらキックやらでココをぶち抜いて、燃料抜いて、ロボットを動けなくして欲しいのよ」
博士さんはそう言った後に、「修理めんどくさいから出来るだけ綺麗に壊してね」と小声で付け加えました。
「燃料を抜いて、ですか。なるほどぉ……」
確かに、シンプルで良さそうな作戦です。
しかし、この作戦には大きな欠点がありますね。
「す、すみません……パンチやキックでぶち抜くのは無理なんですけど……」
「平気平気。ロボットの素材は、魔王様のトレーニング人形より脆いのよ。アレを粉々にしたんだよねミィちゃん。そんなゴリラパワーがあるなら充分余裕だって。いやあオジサン頭脳労働専門で非力だから、ゴリラパワーには憧れちゃうなあ」
「ご、ゴリラじゃないんですけどぉ……!」
私はクリスタルレインボーについて説明しました。
博士さんはちょっと驚いた後に、
「なるほど。ミズノちゃんとの闘いで何度も甘蹴りしてたけど、そういう理由だったのね。いやあ、あの映像上空から撮ってて、音声は上手く入ってなくてさあ。完全に舐めて戦ってるんだと思ってたよ」
と、納得したような顔になって言いました。
「舐めて戦うなんて、私なんかには無理です……」
「しかし、うーん、じゃあ仕方ないからプラン変更」
「変更、ですか?」
博士さんは再び一度あくびをした後、説明し始めました。
「前にミィちゃんが壊した人形を見たんだけど。片足を完全に粉々にするだけでなく、尾てい骨、つまりお尻の部分まで砕いてたのよね」
博士さんがそう言うと、画面に映っていたロボットさん全体図の、お尻左半分と左足にかけてが青く塗りつぶされました。
腰部分の赤と一部が重なり、紫色になっています。
「腰部分の燃料タンクは、ちょっと左寄りに設置されてんのよね。だから左足にミィちゃんの技使えば、この図の紫色の部分……燃料タンクの一部に穴が開くはずさ」
「なるほどぉ。わ、わかりました」
「修理は大変になっちゃうけどね」
「はぁ……」
「とにかく、今ならロボットも体育座りしてて足蹴り放題だから。操られて動き出す前にやっちゃってよ」
「は、はい! そうですね、今なら」
私は急いで部屋を出ようとしましたが……
「あっ。ごめんねミィちゃん。最初に無駄話多かったみたいだわ」
「……はい?」
「ロボット、動き出しちゃった」




