勇者(かみなりのまほうをつかいがち)
「勇者様……瞬間移動の魔法で来たの……?」
僧侶さんがそう呟き、直後に手足の痛さに喘ぎました。
勇者さんはその声に振り向き、剣を腰の鞘に納め、僧侶さんと戦士さんの方へと歩き出します。
私はミズノちゃんの止血を試みようとしますが、胸に穴が開いた状況の止血方法など知らず、ただオロオロするばかりで……
「そ、そうだミズノちゃん。回復の魔法! 早く!」
ミズノちゃんが僧侶さんの足の骨を一瞬で治していた事を思い出し、提案しました。
しかしミズノちゃんは、苦しそうに微笑みます。
「ふふっ……魔力、使い切っ……ちゃった……みたい……」
そう言って血混じりの咳をしました。
「ミズノちゃん、喋ったら駄目です!」
「誰かから……何かから……魔力を、吸い取れればいいんだけど……ふふっ、お姉ちゃんは……魔法、使えないもんね……」
何かから、魔力を……?
「ちょっと、ちょっと待っててください!」
私は背負っていたバッグを前に出し、中身をごそごそと漁りました。
「これ……このお守りどうですか!」
カフェの店長さんから頂いた、エルフの恋愛成就のお守りです。
「エルフの魔力が籠ってるって言ってましたよね!」
「……くれるの……? なんで……? 私は……お姉ちゃんを、殺そうと……」
「いいから、早く!」
私はミズノちゃんの手に、お守りを握らせてあげました。
ミズノちゃんは集中するように息を深く吸い……
ゆうしゃ「
→じゅもん
」
勇者さんの声……いや、選択音がしました。
顔を上げその音の方を見ると、勇者さんの手から光線が出て、こちらへ向かっています。
いけない、このままではミズノちゃんに当たって……
私は慌てて、ミズノちゃんを庇うように両手を広げ立ちはだかり、光線を受け止めました。
弾けるような音がし、光線は消えて無くなります。
無事だった私を見て、勇者さんは考えるように顎に手を当てました。
そして何かを思いついたように軽く頷いた後に、腰に差している、先程ミズノちゃんを貫いた剣を鞘から抜きました。
「ダメ! 勇者様、その人狼の子は私達を助けて……」
僧侶さんがそう叫んだ時には、既に勇者さんは剣を振り上げ私に切りかかっていました。
早い。戦士さんやミズノちゃんの攻撃とは比べ物にならない、スピードの乗った一撃です。
しかしそれはあくまでも相対的な話。
今の私にとって、いくら速度が早かろうが、その剣技を避けるのは容易い事でした。
続けざまに二刀目、三刀目と来ましたが、全て避けます。
勇者さんは無表情のまま……いや、もしかしたら驚いているのかもしれませんが、剣を振り下ろす事を一旦やめました。
休憩でしょうか。このまま諦めて帰ってくれないかな……
なんて事を考えていると、ふいに勇者さんが左手を挙げ、
ゆうしゃ「
→じゅもん
」
手の先から、大きな雷を放ちました。
しかし何故かその雷は、私ではなく、空高くへと発射されます。
「えっ?」
その不可解な魔法に気を取られ、私はつい雷が上がった方向へ顔を向けてしまい……それと同時に、私の首に何かが当たりました。
勇者さんが私の首を斬ろうと、右手に握っている剣を横なぎに払っていたのです。
「フェイント……っ」
もちろん攻撃は跳ね返したのですが、ふいを突かれた事に驚き、
突如、激しい爆音が私の中に響き渡りました。
勇者さんが空に放った雷が、雲を貫き、更に電気を帯び、そして首への一撃に気を取られた私に降り注いだのです。
身体は平気です。
痛くも痒くも……いやちょっと痒いですけど、ダメージは無いようです。
しかし怪我をしたかどうかよりも、勇者さんのトリッキーな戦法に、私は恐怖を感じました。
フェイントからの斬首。と思わせて、実は最初の魔法もフェイントのためだけではなく、追い打ちのための攻撃準備。
数時間前の、秘薬を飲む前の私なら確実に死んでいます。
そして何より。
雷は、怖い。
私が怯んだ事を感じ取った勇者さんは、剣を前に突き出し、例の呪文コマンド選択音を鳴らしました。
剣先が光りはじめます。魔法を込めているのでしょう。
斬るのは駄目なので、一点集中の突きで貫くつもりなのでしょうが……
それでも今の私には効かないと思います……きっと……多分……いや、どうなんでしょうか?
何だか怖いので、私は避ける準備をしつつ、勇者さんの手元を凝視します。
勇者さんは深く腰を降ろし……
急に、勇者さんが後ろに飛び跳ね、その場から離れました。
次の瞬間、さっきまで勇者さんがいた場所に火柱が上がります。
「あら……当たらなかった……わね……ふふっ、残念……ぐぅっ……」
後ろを見ると、ミズノちゃんが右掌を前に出し立っています。
火柱はミズノちゃんの魔法でした。
息も絶え絶えですが、どうやら胸の傷を回復し、命を取り留める事ができたようです。
そんなミズノちゃんの姿を見て、勇者さんは再び考えるように顎に手を当てるポーズをしました。
そしてやはり先程と同じように、軽く頷いて、
ゆうしゃ「
→じゅもん
」
「あ、勇者様待っ」
という僧侶さんの台詞が終わる前に、勇者さん、戦士さん、僧侶さんの三人が宙に浮き、空の彼方へ飛び立ちいなくなりました。
どうやら洞窟の時のように、瞬間移動の魔法を使い逃げたようです。
勇者御一行の姿が見えなくなり、私はとりあえず安堵します。
って、安心している場合じゃありませんでした!
ミズノちゃんの怪我は……
『ピーッ』
という音が鳴り響きました。
振り向くと、ミズノちゃんが口に手を当て、口笛を吹いていました。
急な口笛への疑問は横に置くとして、私は、ミズノちゃんの身体が大丈夫そうな事にほっとします。
と思いましたが、やはりまだ体力がきちんと戻っていないのか、ミズノちゃんは口笛を吹き終わると同時に激しく咳き込みました。
「だ、大丈夫ですかミズノちゃん」
私はミズノちゃんの元へ駆け寄ろうとしました。
しかし、急に視界が暗くなります。
「……え?」
視界と言うより、辺り一面が急に夜のように暗くなったみたいです。
というより、何か大きなものの日陰に入ったというか。
ふと頭上を見上げてみます。
「ええぇぇぇ?」
巨大な黒い影が。いや、影と言うかこれは、
「……おっきいカラス?」
いつも私を送り迎えしてくれるドラゴンさんよりも、一回りくらい大きいカラスさんです。
私が驚いていると、大ガラスさんはミズノちゃんの横に降り立ち、首を下げました。
「これ……返すね。魔力無くなっちゃってるけど……」
そう言ってミズノちゃんは、私にエルフのお守りを渡しました。
そしてふわっと浮かび上がり、大ガラスさんの背中に乗ります。
大ガラスさんはミズノちゃんの送迎用のモンスターなのでしょうか。
ミズノちゃんが100人は乗れそうな、贅沢なサイズですが……
「あ、あの、ミズノちゃん」
受け取ったお守りを握りしめ、私はミズノちゃんへ呼びかけます。
でも何て言えば良いのか、次の言葉が思い浮かばず……
そんな私を見て、ミズノちゃんは悲しそうに笑いました。
「……ごめんなさい……ありがとう」
そう呟いたミズノちゃんを乗せて、大ガラスさんは空高く飛び去っていきました。