必殺技(たえてよけてける)
考えたくなかった現実が私に襲い掛かってきます。
ミズノちゃんが、私を殺す。
ミズノちゃんは、私の敵。
私は何故、ミズノちゃんの所属派閥をきちんと確認しなかったのでしょうか。
勝手に同じ仲間だと思い込んで。
いや、違います。
正直に言うと、派閥が同じだろうが違おうが関係ないと思っていました。
きっと仲良くなれるさと、勝手に信じていました。
私が甘かった。
急に前世の記憶を取り戻し。
シナリオを把握して。
最強技を取得して。
パワーアップまで済まして。
自分が世界の中心にいるような、錯覚。
違うと分かっていたのに。
すでに私が知っているゲームシナリオとは、別の物語が始まっています。
ゲーム設定がゆるゆるだったせいで、その隙間、辻褄を合わせるかのように、ゲーム製作者だった私でも知らない事がたくさん起こっています。
魔王軍に入ったというのに。
これからは、常に死と隣り合わせなのに。
馬鹿みたいに、気軽に考えていたのです。
動かない身体。
こちらへゆっくり近づいて来るミズノちゃんの姿を、ただ見るだけ。
奥には、倒れたまま喋る事も出来ずに睨んでいる戦士さんと、使えなくなった手足を引きずりながら胴体だけで這っている僧侶さんの姿が見えます。
「せっかくお友達になれると思ったのに、残念」
ミズノちゃんは右手を前に突き出し、人差し指で私に触れてきました。
「安心してねミィお姉ちゃん。寂しい思いをしないように、すぐにクッキーお兄ちゃんやヨシエお姉ちゃんも同じトコに送ってあげるからね」
私の首筋から頬にかけてゆっくり撫でながら、楽しそうに笑います。
「この骨を砕く魔法、直接触らないといけないのが不便だけど、私は好きなの。血で汚れないから。ふふっ、ねえ、首の骨と頭蓋骨。どっちの方が楽に死ねるかな?」
ミズノちゃんが、お兄ちゃんとヨシエちゃんまで殺すというのなら。
私も、覚悟を決めないといけません。
ミズノちゃんは左手も前に出し、両手で私の額と首の両方に触れました。
「決めた。どっちも壊しちゃおっ」
折れる音。砕ける音。潰れる音。
そういう音は、何も一切しませんでした。
「……解けた」
覚悟を決めて、甘さを捨てないと。
間髪入れずに、ミズノちゃんのスネに蹴りを入れます。
府抜けたような軽い音。まったく効いていないようです。
でも、もう一度蹴ります。これもまた効いていません。
三度目の蹴りを入れようとした所で、ミズノちゃんはやっと何が起きたのか理解したようで、反撃のために左手を伸ばしてきました。
その手で私の胸に触れ……
何も、起こりません。
「どうして動けるの……?」
ミズノちゃんが驚愕の表情を浮かべます。
「ミズノちゃんがさっき言ったじゃないですか。金縛りは攻撃を受けたら解除されるって」
「……どんなトリックで、骨が砕けなかったのかって聞いてるの」
「今の私ははぐれメタルなんです」
「はぐれ……何?」
「いえ、今のは何でもないです」
会話しながらも、ミズノちゃんは執拗に攻撃を続けてきました。
私の身体に触れ、魔法を流し込む。
しかし私はビクともしません。
骨折の魔法は効かないと分かると、火の玉を作り出し、私を燃やす。
しかし、それも無駄に終わります。
合間に私もミズノちゃんの足を蹴り上げます。三回目、四回目、これで五回目。
ミズノちゃんの影が私の身体に重なりそうになったので、飛び跳ねて避け、一旦距離を取りました。
「影と影が重なるだけなら金縛りは掛けられないみたいですね。伸びた影が、直接相手の身体に触れた時……って条件ですか?」
距離を取って攻勢が止まったついでに聞いてみました。
「……うるさいわね」
「それによく見ると、影の色もちょっと変化するみたいですね。分かりやすい目印です」
「うるさいうるさい! うるさいって言ってるでしょ!」
そう叫んだミズノちゃんが右手を頭上へ掲げると、手の平の先に、本人の身体よりも大きな火の玉が現れました。
私は、長老さんの言葉を思い出します。
『防御を活かして相手の攻撃を耐え』
ミズノちゃんが火の玉を私に放り投げてきましたが、私は意に介さず前へと進みます。
猛火が私を包み込み、轟々と燃え盛ります。が、私はそのままゆっくりと炎の壁を突き抜けました。
一瞬髪の毛が燃えてしまわないか気になりましたが、どうやらそれも平気のようです。
『素早さを活かして相手の攻撃を避け』
ミズノちゃんの影の色が変わり、伸びて向かってきました。
私は駆け出し、影に触れないようにミズノちゃんの横に回り込みます。
『会心の一撃が出るまで、とにかくスネを蹴って蹴って蹴りまくりましょう』
ミズノちゃんは私の姿を見失ったようです。
その隙をついて、蹴りを一発。六回目。これも不発です。
蹴りによって、再び私の姿は捕捉されました。
骨を折る魔法だけでなく、火の魔法も通じないと判断したのか、水、氷、電気、風……様々な魔法を次々に放ちます。
さらに合間合間に、懲りずに影を伸ばしてきます。
しかし、どれも無駄でした。私は耐えて、避けて、蹴り続けます。七回。八回。
これで九回目の蹴り。
「……何よ! 魔法が効かないのは分かったわよ! なのに何でさっきからそんな貧弱な蹴りばかり……ふざけてるの!?」
魔法の猛攻中、ミズノちゃんが喚きだしました。
「例の……魔王様の人形も砕いた必殺技ってのを、さっさと出せばいいじゃないの! 私を子供だと思って舐めてるの!?」
「この蹴りが、その必殺技なんです」
絶え間ない魔法攻撃を耐え、避けながら、私は説明しました。
「弱っちい蹴りですけど……偶然会心の一撃が出れば、ミズノちゃんの言う通り魔王様の人形を砕くような威力になる、特別な蹴りなんです」
ミズノちゃんの顔色が変わりました。
「私の会心の一撃率は二パーセントだそうです。このままミズノちゃんの攻撃を耐えて、避けて、ずっと蹴り続ければ……」
私は、目の前に飛んできた光の玉を左手で受け潰し、言いました。
「ミズノちゃんは死にます」
そう言い放った直後に、隙が出来たので抜け目なく蹴り上げて。
「これでちょうど十回目です」
「何よ……何よ……何よ何よ何よ!!」
ミズノちゃんの攻勢が激しくなりました。
その顔には先程と違い、恐怖の色が浮かび……
「無駄です。これで十一回目」
魔法攻撃を気にせずに、蹴りを放ちます。
ミズノちゃんが後ろに下がって逃げようとしましたが、すぐに追いついて、またすぐに蹴る。蹴る。蹴る。
ミズノちゃんが私の影の中に逃げ込もうとしたので、踏ませないように回り込み、蹴る。蹴る。
もう何回蹴ったのか、分からなくなってきました。
「何で……どうして……私……」
魔力が切れかかっているのか、ミズノちゃんの放つ魔法の一撃一撃が、心なしか先程より小さくなっているように見えます。
その隙に乗じて、蹴る。
「私はただ、サンイ様の言う通りに……みんなに褒められるように……」
ミズノちゃんの魔法が、ついに止まりました。
ガス欠のようです。
「私は、私はただ……」
更に、蹴りを、
「お友達が欲しかった……」
その一言を聞き、私は蹴るのをやめました。
ミズノちゃんは、泣いていました。
さっき覚悟を決めたはずだったのに。
モンスターらしく。魔王軍らしく。ヴァンデ様みたいに、冷酷になろうと思ったのに。
「私はミズノちゃんのお友達ですよ」
気付くと、私はそんな、さっき捨てたはずの『甘い』事を言っていました。
ミズノちゃんは、驚いたように顔を上げます。
その目は、涙で赤く充血していました。
さっきまで恐ろしいモンスターだったのに、今はただ歳相応の少女にしか見えません。
「私は、ミズノちゃんのお友達です」
同じ台詞をもう一度言いました。
「……私は」
ミズノちゃんが何かを言いかけた、その時。
ドンッという、大地が揺れるような音がしました。
いつの間に。
ミズノちゃんの身体を、剣が貫いています。
背中から刺され、胸から剣先が突き出て。
素早く剣が引き抜かれ、同時にミズノちゃんは血を吐き倒れました。
ミズノちゃんの背後には……
「勇者……さん……?」