金縛り(けっこうつらい)
「なんだテメェこのガキィ!」
戦士さんがナイフを振り上げ、ミズノちゃんに襲い掛かります。
しかし急にミズノちゃんの姿が地面に吸い込まれるように消え、ナイフは空を切りました。
「っ!? どこに消えた……?」
戸惑う戦士さんの足元、影の中からにゅっと二本の手が伸び、両足首を掴みました。
鈍い音がし、戦士さんの両足がねじ曲がり、倒れます。
その直後にミズノちゃんが影の中から生えるように現れました。
「ぐおおぉお! こ、このクソガキがぁ!」
「お兄さん、口わる~い。私そういうの嫌いなの。ちょっと黙っててね」
「むぐ……っ?」
戦士さんが口を閉じたまま、目を見開き、動かなくなりました。
これは昨日カフェで見せた、金縛りと呼んでいた技でしょうか。
昨日の人間さんは口だけは動いて喋っていましたが、今回は喋る事もできないようです。
目玉だけでミズノちゃんを睨んで、殺気を放っています。
「さあ、そっちのお姉さんの方だけど」
ミズノちゃんは僧侶さんが倒れている方へと振り向きました。
「ぐっ……」
僧侶さんは痛みをこらえるように唸り声を上げ、顔中汗まみれにしながら、折れている左足を両手で押えました。
ズレている骨を、自分で無理矢理戻します。
「う……あああっ!」
みしっという嫌な音がし、僧侶さんは苦痛を我慢できず、声を漏らしました。
「ヤダ。痛そ~」
ミズノちゃんは笑顔で、僧侶さんの様子を見ています。
僧侶さんはミズノちゃんを睨んだ後、再び自分の左足へ視線を戻し、何かを呟き出しました。
その手の平が金色に発光しています。
「へえ。折れた骨を一度まっすぐに並べないと、くっ付ける事もできないんだ。まあ人間の魔力じゃその程度よね」
そう言ってミズノちゃんはしゃがんで、僧侶さんの折れたふとももに触れます。
「私は簡単に治せるよ」
「……っ! 足が治って……?」
僧侶さんは飛ぶように立ち上がり、ミズノちゃんから距離を取りました。
どうやらミズノちゃんは、触っただけで僧侶さんの骨折を治癒したようです。
僧侶さんは素早く杖を構えて……
「はいストップ」
「……体が……っ!?」
僧侶さんも金縛りに掛かってしまいました。
一瞬ですが、ミズノちゃんの影が伸び、僧侶さんに触れたように見えました。
あの伸びる影は、金縛りを掛けるためのトリガーなのでしょうか。
「触れただけで骨折。そして触れただけで回復……お嬢ちゃん、とても魔法が上手いみたいね……」
荒い息を整えながら、僧侶さんが言いました。
僧侶さんに掛かっている金縛りは、昨日と同じように、喋る事が出来るタイプのようです。
「あら。褒めてくれるの? ありがとう」
「……お嬢ちゃんはモンスターみたいだけど……なんで、急に私達を襲って来たのかな……?」
「ふふっ、急にじゃないよ。昨日の夜からお姉さんの影の中にお邪魔してたの」
「昨日から……!?」
ミズノちゃんは、相変わらずの無邪気な笑みを浮かべます。
「ホントはお姉さんの影に潜んだまま、エルフを百人くらい殺して、あなた達のせいにしちゃおうかなって思ってたんだけど」
「な、何を言っているの?」
「まさか自分から長老のお家に強盗しに行こうだなんて。都合が良すぎて笑っちゃうよね。ふふっ」
「勇者様の事……? あなた一体」
「でもお姉さん達が、勇者の強盗をやめさせるっていうから。殺しちゃうけど仕方ないよね。勇者に見つからないような場所に死体を捨てれば、いくらなんでも生き返る事はできないでしょ?」
「……あなたもしかして」
「勇者を使って、人間とエルフに戦争させちゃう」
ミズノちゃんは声を弾ませます。
「私の上司の考えなんだけど、とっても楽しそうでしょ」
人間とエルフの戦争。
確かにゲームシナリオ上では、勇者さんが強盗する事でエルフ達が怒り、人間との仲が悪くなるはずでした。
その後はエルフもモンスターと同じように勇者さん、そして他の人間達をも襲うようになり……
「……それで終わりじゃないでしょ?」
僧侶さんが苦々しく言いました。
「そうやって人間とエルフを消耗させて、魔王軍が良いトコ取りするってワケ?」
「大当たり。すご~い。頭は回るみたいねお姉さん」
ミズノちゃんはそう言いながら、僧侶さんの元へ歩いて近づいて行きます。
「正解のご褒美に、金縛りを解いてあげるね」
肩を叩くと、バキンという音と共に僧侶さんが動き出しました……が、
「うわああああああああっ!」
右手で左肩を押さえ、叫びました。
左手がだらりと垂れています。
肩の骨を粉々にされたようです。
僧侶さんは左肩の痛みに喘ぎながらも、後ずさりしてミズノちゃんから距離を取ろうとします。
「ごめんね、痛かったでしょ。あの金縛りって何か攻撃を受けないと解けないの」
再びミズノちゃんの影が伸び、僧侶さんと重なりました。
僧侶さんはピタリと動かなくなり、今度は声も出せなくなったようです。
そこにミズノちゃんが近づいて行き、今度は右の二の腕に触れます。
「こんな風にね」
鈍い音を立て、僧侶さんが動き出し、再び叫び声をあげました。
今度は左腕だけでなく右腕も垂れ下がり。
苦痛に耐えかね倒れ込み、涙が頬を伝っています。
「これで回復魔法も使えなくなったけど……うーん、なんだかバランス悪いね。おまけのサービスしてあげる」
ミズノちゃんはそう言って、僧侶さんの両足を掴みました。
「や、やめて……」
「ふふっ。やめて欲しいの? 絶対ヤダ」
パキッと、軽い音。
「あああああああああああっ!!」
僧侶さんの両足が、まるで服の中には何も入っていないかのように、ぐにゃぐにゃに折れ曲がりました。
泣き叫びながらも、這いつくばって逃げようとしています。
「面白ーい。まるで芋虫さんみたいで可愛いね」
ミズノちゃんはそう言って笑いながら、一部始終を呆然と眺めていた私の方へ顔を向けました。
「ね。ミィお姉ちゃんもそう思うでしょ?」
そこで、私もやっと気が付きました。
声が出せません。
体も動きません。
私もいつの間にか、ミズノちゃんに金縛りを掛けられています。
いつから……?
「やだぁ。ミィお姉ちゃん、やっと気付いたの? ここで最初に私と話したすぐ後に、もう動けなくなってたんだよ」
え……?
何故……?
どうしてミズノちゃんは、私にも金縛りを掛けたのでしょうか。
僧侶さんと戦士さんは魔王軍にとって敵だから理解できますが、私は……
「どうして、って目をしてるねミィお姉ちゃん。あのね。昨日私達が出会った事は、最初は本当にただの偶然だったの」
ミズノちゃんが語り掛けます。
「昨日は酔っ払いの人間達に絡まれて大変だったよね。でも気付いてた? あの人間達、誰かにマインドコントロールされてたみたい」
何を言っているのでしょう。
「もちろん術者の匂いは残らず、人狼にも気付かれない方法で。ふふっ。一体誰の仕業なのかしらね」
何故ミズノちゃんがそんな事を知っているのですか?
「実はミィお姉ちゃん達が人間と戦ってる姿、全部見てたの。ヴァンデが四天王候補に選んだって言うからどんなものかと思ってたけど……」
今、ヴァンデ様の事を呼び捨てに……
「弱いね。弱い。例の必殺技ってのは見せてくれなかったけど。それでもとっても弱くてびっくりしちゃった。でもね、逆に思ったの。だからこそミィお姉ちゃんとはお友達になれるかなって。お友達になって、私達の味方に引き込んで。そしてその必殺技ってのも上手く利用できるかも、って」
さっきミズノちゃんは『上司の考え』と言ってました。
ミズノちゃんの上司は、ヴァンデ様のお父様、ディーノ様の事だと思ってたのですが……
「だからね。本当は昨日殺すつもりだったけど、やめてあげたの。秘薬でパワーアップする予定って言ってたけど、あんな薬の効果は微々たるものだし、脅威に感じる事は無かったもの」
殺す? どうして?
「でもこの芋虫のお姉さんの影に入ってる間に、聞いちゃった。ミィお姉ちゃんってば、少なくともこの人間達より遥かに強くなっちゃったらしいね。あの薬でそんなに強くなるはずないと思ってたけど……お姉ちゃんってレアモンスターだし、もしかしたら特別製なのかも」
ミズノちゃんが何を言っているのか、分かりません。分かりたくない。
私は……だって私は、昨日もミズノちゃんと、あんなに楽しく……
「一応ヴァンデが見込んだモンスターだし、万が一って事もあるかなって考え直したの。このままお姉ちゃんが勇者を殺して四天王になっちゃったら、サンイ様が困るだろうし。だからね、ミィお姉ちゃん……」
ミズノちゃん、あなたは……
「今ここで殺してあげるね」