ジュース
「♪おおかみーさんがーたべちゃうぞーぉ~」
と、周りに誰もいないのを確かめた上で、鼻歌まじりに歩く狼少女。
それは私。プチ・ギガント・ウェアウルフのミィです。
今は魔王様のお城の廊下。大勢のモンスターさん達の間をすり抜けて、大声で歌いながら歩いています。
あれ? さっき誰もいないって確認したはずなのに。よくよく見ると沢山いますね。皆さん変な顔をして、私をジロジロ見ています。どういうことでしょうか一体……まあいっかどうでも。あははははは。
「♪豚肉鶏肉トカゲ肉~羊にネズミにホモサピエンス~」
「おや。ごきげんですねミィ」
突然私の前に、眼鏡をかけた女の人が現れました。
気の抜けた女子大生みたいなダボっとした服装の女性です。
「あーあはははは。あれー、あなたはちーちゃんさん!」
「チーチャンサンではありません……私です。美と栄華と白物家電を司る女神ですよ……」
「えっ! そんなの司ってたんですね! あはははは」
彼女は女神様です。
そのお姿は、私の前世の御友人である「ちーちゃんさん」にソックリなのです。けど違うらしいです。
この女神様は私の夢にしか出てこないイマジナリーフレンド的な存在なのですが……ってコトは、今見ているこれは夢?
「夢ではありませんよ……幻覚です」
「あっ今勝手に私の考えを読みましたね。ってゲンカク。あーゲンカクですかー。なるほどー知ってます知ってますパンに合いますよねきゃはははは」
「何と間違えたのか知りませんが、幻覚です。まぼろし。つまりミィ、あなたは今何かしらの理由により状態異常『混乱』に陥っているのです……ラリってるって事ですね」
「えっロリってる!? ロリってなんていませんよ失礼な! 私オトナですしぃー! 大人の魅力に包まれてますぅ! 巨乳キャラですぅ!」
「お黙りなさいペタンコのガキが……舐めてると潰しますよ」
女神様が眼鏡をクイッと指で上げて睨み付けます。眼鏡が光ってますね。あっはははははは。
「ミィ様! ミィ様! こんにちは!」
突然別の子の声が割り込んできました。
「おや、お客人のようですよ……では私はこれで消えましょう」
その台詞通り、女神様がス~ッと消えちゃいました。便利なお体ですね。なんかウケる。
「キャハハハハハハハ」
「ミィ様!? 今日はいやに陽気ですけど、何かあったんですか!?」
「なんもないでーす。ロリってませーん。私レディなんです。レディの狼です。わおーん!」
「ロリって何ですか! っていうかミィ様って狼の遠吠えするようなタイプでしたっけ。いや人狼だけど!」
と誰かがツッコミましたが、私は気にせず……というか頭がぐるぐる回ってて何かよく分からないので、とりあえずスキップしました。イエイイエイ。軽やかなステップ。
「どうしたんですかミィ様、急に鈍いステップを踏んで! っていうか、私の言葉聞こえてますか!?」
「聞こえてますぅー。あなたはだ~れ~ぇ」
私はそう言って、先程から聞こえる声の方へとようやく振り向きました。
視界がグニャグニャですが、小さな女の子がいるような。いないような。いない。帰ろ。
「帰らないでくださいよ! 私ですよ私! 元アルバイトで巨大ロボットの操縦をやって、今は正社員で中型ロボットの操縦をやってる! 妖精です!」
「ちょー硬ラビット……?」
「違います! 確かに硬いけどラビットじゃないです! 中型ロボット!」
「中辛の夫……?」
「違います! でも音の響きは近づいた! 中型ロボットです!」
「下町ロケット……?」
「遠くなった! 中型ロボット!」
「バリカタのセット……?」
「ラーメンじゃないです!」
などと問答を繰り返していると、チューバッカマペットの妖精さんが廊下の先に誰かを発見したようで、「あー博士!」と叫びました。
「博士博士ー! それにスー様も! 大変大変大変です!」
「おやどうしちゃったのよ妖精さん。オジサンに用?」
中年男性っぽい声が聞こえます。その後に、
「あ”-! 遠目からも様子がおかしいと思ってたら、ミィさんってば混乱魔法にかかってるッスよ!」
と、気が強そうな若い女性の声。メガネかけてるっぽい声です。
「ほー、ミィちゃんともあろう者が魔法にねえ…………あっ」
「『あっ』って何スか、第一精鋭部隊長兼兵器開発局長? 何で逃げ出そうとしてるんス?」
「いやあ、オジサンにも色々と都合が」
「もしかしてミィさんが混乱している理由に、心当たりがあるんスか?」
「いやあ」
「心当たりがあるんスね?」
「違うんだよスーちゃん。オジサンは悪くないんだけどさあ」
「悪いんスね?」
怖そうな女性の台詞の後、「うぐぅ」というまるで中年男性がお腹を殴られたかのような呻き声が聞こえました。
一方の私は、ますます爽快な足取りで流麗なステップを踏みます!
「とにかくまずは、ドスドスと重い足取りで踊ってるミィさんの状態異常を治してやるッス。ウチの治癒魔法で!」
◇
「そうか。博士が研究のため取り寄せた、混乱効果を持つ人間の新薬……外見が紙パックのジュースに似ているのだが、運搬中に廊下へ一つ落としてしまい、それをミィが拾って……拾い、ひろ……ぷっ……ぷくく……拾い食い……ふふふっ」
「わ、笑わないでくださいヴァンデ様ぁ……!」
ヴァンデ様の執務室。正気に戻った私は、博士さんと共に『不始末』の報告をしています。
そしてヴァンデ様は『不始末』の原因を聞き、珍しく笑いが止まらないようです。
……恥ずかしいぃぃぃ……
「拾い食いじゃないですぅ……! だってだって、部屋の扉の前に綺麗に直立で置いてあったんですよぉ。牛乳の配達みたいに」
「牛乳……ぷくく……だが、それでも……く、くふ……くくく……」
「それでも普通は落ちてるジュースは飲まないでしょ。ミィちゃんったら食いしん坊さんなんだから」
「うぅぅ……」
博士さんが容赦無い追い打ちをかけてきました。元はと言えば、このおじさんのせいなのにぃ……!
「くく……こほん。とにかく博士、今後はアイテムの管理をしっかり頼むぞ」
「へぇ~い」
博士の返事には微塵もやる気が篭っていませんでしたが、それでもヴァンデ様は一応納得したようで、深く頷かれました。
そしてまた私の顔を見て、
「……ふふっ」
と、思い出したように一笑。
「うううぅ~ぅ……笑わないでくださいぃ……!」
それから夜ベッドに入るまで、私の頬は一日中真っ赤に染まりっぱなしでした。
教訓。落し物の横領は駄目ゼッタイ。軽犯罪ですし。いやモンスターだから犯罪じゃないけど。