人間スイーツとゴスロリ幼女③
立ち入り禁止の扉を抜け、しばらく歩くと、厨房に辿り付きました。
部屋の中に誰かいます。
白い割烹着に、白い帽子。
コックさんの服装をしているおじさんです。
お菓子工房にいるコックさんと言えば、
「パティヒ……パシチエ……」
「パティシエね。お姉ちゃん」
「はい。そのパヒヒ……コックさんですね」
私の滑舌はともかくとして、コックおじさんは、私達が厨房に入って来た事にも気付かず、
「ウヒヒヒヒヒ……良いぞ良いぞ、今日も売上は上々だ。金が腐る程やって来るね……」
と、人間さんらしからぬ悪そうな顔で笑っています。
もしかしてモンスターなのかな……
とも思いましたが、私のあまり効かない鼻でも分かる、濃い中年人間男性の臭気。
間違いなく人間です。
そしてその傍にも、若い女性の人間さんが一人。
手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされ、オマケに檻に入れられています。
どうやら気絶しているようです。
「あの檻の人間さん、さっき私達の前に並んでた、お姉さんじゃないですか?」
「ホントだぁ~。ふふっ、檻に入ってるって事は、人間は人間をペットにするのかな。楽しそうな趣味だね」
「趣味……なんですかね?」
世の中には色々な趣味があると聞いています。
特にああいう、多分性的なものに関しては、なるべく見ないフリでスルーしてあげるのがオトナな対応だとか。
という事で、檻についてはもう言及しない事にしましょう。
今私達は、厨房内で堂々と会話しています。
しかしコックおじさんは全然気付かずに、
「ウヒーヒヒ……お前も『新食感!エクエク!!エクレア!!!!!!』になるのだー……ヒッヒヒ」
と、倒れているお姉さんに向かってウヒウヒ笑い続けています。
ミズノちゃんは、既に開いた後の扉を大袈裟にノックしました。
「ねえ、おじさん。ごめんくださぁ~い」
「ウヒヒ……ヒー!? だ、誰だあ……?」
やっとこちらに気付いてくれました。
「子供……いや外見には騙されん。さては『新食感!エクエク!!エクレア!!!!!!』のレシピを盗みに来た企業スパイ……」
「あのね、『!』を沢山使ってる所悪いんだけど、私達にエクレアを売って欲しいの。明日売る分、ちょうだい?」
「おのれ産業スパイめ……そうはいかんぞ……ウヒヒヒ……」
「それで、売ってくれるの? くれないの?」
ミズノちゃんとコックおじさんが問答を続けます。
しかし、話があまり噛み合っていません。
おじさんは鼻息を荒くして、檻に入っているお姉さんを指差しました。
「ふふん……この女が気になるようだな……ヒヒヒ」
いやあ、気になるっちゃ気になりますけど……
人間さん同士のそういう男女のアレには、基本ノータッチで行きたい所です。
「この女は『お姉さん美人だから特別にエクレア!!!!!! を売ってあげるヨ。皆には秘密だヨ。ウヒヒヘヘヒ』と言ったらのこのこ付いて来た馬鹿女さ……君達スパイの御明察通り、これから『エクレア!!!!!!』の材料となるのだ……ウヒヒヒ」
「はあ……?」
聞いてもいない事を喋り始めました。
「ミズノちゃん、あのおじさんの言っている意味分かります?」
「わかんなぁ~い。ちゃんと聞いてなかった……あら、これって新食感エクレアかしら?」
ミズノちゃんは、目の前のテーブルに置いてあったお皿を持ち上げました。
そこには、一口サイズの小さなエクレアが二つ。
「ウッヒヒヒ……目聡い小娘め。それは味見として作った試作品……貴様らスパイになど食わせるものか……ヒヒヒ」
「いただきまぁ~す」
ミズノちゃんはおじさんの言う事は気にせず、さっそく一つ食べちゃいました。
「う、ウヒヒヒ……無視とは……中々やるねえ君」
「あら、美味し~い」
「そうだろうそうだろう……ヒヒヒ」
「そ、そんなに美味しいんですかぁ?」
ミズノちゃんは満足そうにエクレアを頬張り、味の感想を述べます。
「そうね、美味しい……けど、別に新食感って感じはしないかも? 何だか馴染がある味と食感。くにくにしてて、つるつるしてて、シコシコ、ガリガリ……あ、これって」
ふと、気付いたように言います。
「これって魂。人間の魂ね」
「えっ、た、魂ですかぁ!?」
「ヒヒッ。そう、その通りだよ……試作品だから、この女の魂のほんの一部だけだがね……ヒヒヒ」
コックおじさんは、楽しそうに説明し始めました。
「ウヒヒヒ。人間の魂……それが『エクレア!!!!!!』の新食感を生み出すのだよ。ヒヒ、この味、この食感を出すのに何年も苦労して……」
なんと、人間の魂を使って、美味しいお菓子を作っていたらしいです。
それって共食いじゃないですか。
随分とエグイ商売ですね。
っていうか、普通に犯罪な気もします。
まあでも人間さん達の問題なので、私にとやかく言う権利は無いですね。
しかしなるほど、それで人間さん達にとっては『新食感』だったわけですね。
でも、人間の魂が主食であるミズノちゃんにとっては……
「なーんだ。ただの魂か。確かに美味しいけど、なんかちょっとガッカリ」
「ヒヒヒ……え? ガッカリ……だと、小娘?」
おじさんはミズノちゃんの言葉を聞き、苦労話を語るのを止めました。
「もっと衝撃を受けないのか……? 魂をエクレアに入れるなんて、一体どうやって? とか、人間の魂食べちゃった、共食いしちゃった。とか……」
「共食いじゃないでぇ~す。それに人間の魂を入れた料理なんて、魔族にはありきたりなのよ。エクレアは初めてだけど」
「ま、魔族だと……? ウヒヒ……き、君達は一体……す、スパイじゃないのか?」
コックおじさんは、私達の事を怪しみ始めたようです。
いけません。
このままじゃ私達の正体がバレて、騒ぎが起こってしまいます。
また自警団の人とかが来ちゃうかも。
私としては、この後もなるべく静かに帰還したいのですが。
「み、ミズノちゃん。あまりあのおじさんを刺激しない方が……」
しかしミズノちゃんは、この状況に特に危機感を感じていないようで、
「はい。お姉ちゃんも食べるでしょ? あ~んして。あ~ん」
と、私にエクレア試作品の余りを勧めてきました。
この中には、あのお姉さんの魂の一部が入っているとの事です。
食べちゃっても良いんでしょうかね?
恥ずかしながら、私はモンスターのクセに、人間のお肉も魂も食べた事は無いのですが……
でも、たくさんの人間さんもこれを食べてるらしいですし。
美味しいと評判らしいですし。
見た目も、とても美味しそうですし。
「お姉ちゃん。あ~ん」
「は、はい。あーん……あむっ」
食べちゃいました。
「美味しい?」
「そうですね、意外とクセも無く……それに、魂の味を知らない私には、確かに新食感です。くにくに……つるつる……シコシコ……ガリガリ……ぬちょぬちょ……」
端的に言うと、
超おいしい。
「しかし思わぬ展開でしたが……これで私も、人間さんの魂を食べたって事になるんですね。モンスターとして、一皮剥けた気がしますぅ……!」
「ふふっ、おめでとうお姉ちゃん」
「ヒヒヒ……何だか知らないけど、おめでとう……ウヒヒ」
ミズノちゃんとコックおじさんが拍手で祝福してくれました。
私は照れて、「いやぁ。おかげ様で」と言いながら頭を掻きます。
「ウヒヒ。僕のスイーツが役に立ったようで、良かった良かった…………………………え、モンスター?」
「あっ……」
「あら」
「ヒヒッ……君達、モンスターなの?」
私の迂闊な一言で、バレちゃいました。