おじさんと飴
粉々に砕かれる音。
飴玉達は、ゆっくりじっくり味覚を刺激するという使命を、全う出来ずにいます。
口に入れた瞬間に歯で噛まれ、すり潰されてしまうのです。
「博士さんは、せっかちさんですね」
ソファに腰掛け自分の出番を待ちながら、私は呟きました。
ここは博士さんの研究室。
私はいつものように、開発協力者として呼ばれました。
聞こえは良いですが、要は新兵器の実験台です。
博士さんは実験前の機器メンテナンス中。
私はそれが終わるのを待っているのです。
「せっかち? オジサンが? まっさか~、問題は先送りにするタイプなのに」
そのタイプは、せっかちかどうかって事と、関係があるのかどうか分かりませんが……
博士さんは機械を弄りながら答え、再び飴玉を口に入れ、そして即噛み砕きました。
「その飴の食べ方が、せっかちさんの食べ方なんですよぅ」
さっきから博士さんは、飴を口に入れては粉々にするという食べ方を、何回も繰り返しているのです。
「あっ。もしくはストレスが溜まっている人も、そんな食べ方するって聞いた事あります」
私は昔マリアンヌちゃんから聞いた言葉を思い出し、そう言いました。
「ストレスねえ。そりゃオジサンストレスばかりだよ」
博士さんは、またもや飴を口に入れました。
ただ指摘されたからか、噛み砕かずに口の中で転がしています。
「どんどん仕事が舞い込んで来るし、オジサンだけ幹部会での報告がアホみたいに長いし、ミズノちゃんはすぐオジサンの作った武器壊しちゃうし、スーちゃんもすぐ怒るし、ミィちゃんはお菓子食べてばっかりだし」
「わ、私のオヤツは関係ないですよね!?」
博士さんはクスリと笑い、そしてやっぱり飴を噛み砕いちゃいました。
また私で遊ぼうとしている……そうはいきませんからね!
私は憤慨し、左手に持っていたチョコレートを頬張りまし……
ああ、確かに食べてばかりです。
チョコを口に入れるのはやめて、包装紙に包み直し、横に置きました。
「まあでもストレスは関係ないかもねえ。実はオジサンね、こんな食べ方になったのには大きな理由があるんだよ」
「大きな理由……飴の食べ方なんかに、ですか?」
博士さんはドライバーを回す手を止め、私の方を向きました。
「気になる?」
「……まあ、少し」
私が答えると、博士さんはニカーっと笑い、語り始めました。
◇
「オジサン、本当は死ぬまで大学で研究するつもりだったんだよね。大学院を卒業した後も学校に残って、実はちょっとだけ講師もやってたのよ」
「講師って……博士さんが先生……?」
意外です。学生さんが可哀想……いやそれは失礼な感想ですね。
「でも魔力と電気の混成研究結果をディーノ様に見つかっちゃって……いや認めて貰って、魔王軍にスカウトされたんだよね」
その魔力と電気のなんとかって研究により、学生の頃から多数の兵器を作っていたようです。
在籍者が堂々と兵器を作っちゃうなんて、なんとも危ない大学ですね。
いや、モンスターだから当然かもしれませんけど。
「で。新入社員研修でグループワーク中にさ、オジサン喉を痛めてて、咳をしまくってたんだ。そしたら急に隣の子がチョップしてきて……」
突然チョップを喰らい、博士さんは机上に顔をぶつけてしまったらしいです。
その隣の子は、ウェーブがかった長髪をポニーテールに纏め、眼鏡を掛けている、ちょっとツリ目気味な女性。
「うるせーッス! 次咳したら殴るッスよ!」
と、博士さんに言い放ったそうです。
もう殴ってますけどね。
「なんて怖いオンナノコなんだ……と思いながらオジサンはふと気付いた。チョップを受けた後、喉のイガイガが治ってたんだ」
チョップついでに、治癒魔法を掛けてくれていたらしいです。
そしてその眼鏡の女性は、博士さんを睨みつけながら、無言で喉飴までくれたとか。
「なんだ、意外と優しいオンナノコなんだな……なんて思いながら、喉飴を受け取ったんだけど」
受け取った直後、
「また咳したら、喉だけでなく全身に痛みが走る事になるッス」
と、恐ろしい台詞を呟いたとか。
「やっぱり怖いオンナノコだ……なんて思いながらも、その喉飴の包装紙を破り、口に入れ、いつものように速攻ガリガリと噛み砕き」
「ちょ、ちょっと。ちょっと待ってください博士さん」
私は博士さんの回想モードをストップさせました。
「いつものようにって何ですか。その時点で、もう飴玉をすぐ噛んじゃう食べ方してたんじゃないですかぁ」
そもそもこのお話は、何故博士さんがそんな飴玉の食べ方をするようになったのか、というエピソードだったハズですが。
「そうだよミィちゃん良く気付いたねえ。よく考えたらこの話関係ないよ。もっと前から飴を噛んで食べてるよオジサン。あっはっは」
へらへらと笑い始めました。
「で、そのグループワーク中のチームメイトに、今妖精さん部隊で隊長やってるオッサン妖精がいてさ。気が合って、色々あげたり貰ったりの仲をずっと続けてて。この今食べてる飴も彼が出張先で買ってきたお土産なのよ」
尚も当初目的の話題とは関係ない事を喋る博士さん。
このおじさんは、混乱魔法にでも掛かっているのか……
いや、ただ私をからかって遊んでいるだけなのか……
確実に後者なのです。
「そう言えばオジサン物心ついた頃から飴噛んで食べてるよ。赤ちゃんの頃から母親のおっぱいに噛み付いてたらしいし。こりゃあ生まれつきの癖だね。それが大きな理由だ、うん」
後者なのです。