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不良人狼少女の就職活動④

 名刺に書かれていた、カメラマン事務所の住所。

 悪魔さん達が住む町にある、三階建てビルの一室です。



 事務所入り口には『サイクロプコ・カメラ事務所』と書かれています。

 名刺に書かれている名称と同じ。

 どうやら事務所は本物みたいです。

 ただ、どんなお仕事をやっているのかは、怪しいものですけどね!


「す、すみませーん……」


 ドアノブに手を掛けると、鍵が掛かっておらず、すんなりと開きます。

 あらら、不用心ですね。


「お邪魔しまぁー……」


 私は恐る恐ると入っていきました。


 中には、おそらく応接用のテーブルとソファ。冷蔵庫に小さなキッチン、そして大量の本が積まれています。

 入口付近から見える範囲では、誰もいません。

 留守でしょうか?


 ……いや、奥にも部屋があるみたいです。

 扉が一つあります。

 誰かいるかも?


 私は事務所内に侵入し、奥の扉を開けました。

 不法侵入ですが、今はそんな事を言っている場合ではないでしょう。

 でも一応言っておきます、ごめんなさい。


「……失礼しまぁー……」


 奥の扉を開けても、誰もいませんでした。


 ここは、更衣室?

 ハンガーラックに大量の衣裳。

 棚にも、カツラや宝石類などが並び。

 それに、縦長いロッカーがいくつも設置されています。


 更に奥にも部屋があるらしく、扉が……


「いやぁー、さっそくピッタリなモデルを連れて来てくれて、助かったわぁ~」

「はい! ヨシエちゃんならきっと先生も気に入ると思ってました!」


 誰かが事務所に入って来ました。

 最初に喋ったのは男の人。

 次に、女の人……これはさっき職安で出会ったお姉さんの声です。


 私は慌てて一つのロッカーを開けました。

 衣裳がギッチリと詰め込まれています。

 私は衣裳に潜って埋まるようにし、ロッカーの中に身を隠しました。


 耳を澄まし、会話を盗み聞ぎします。


「じゃあヨシエちゃん。まず今日は宣材写真を取るからね」

「洗剤?」


 お姉さんとヨシエちゃんが話しています。


「宣材写真ってのは、ウチにはこんな人材がいますよ~って、偉い人達に紹介するための写真よ」


 エロい人達に紹介!?

 ヨシエちゃん、ダメ、断るんですよ!


「と言っても、ここはタレント事務所じゃなくてカメラマンの事務所だから、モデルさんの紹介ってよりはカメラマンの腕をアピールするための写真ね。でも被写体もとっても大事な要素よ」

「ふーん、分かった。いいよ」


 いけません、騙されてますヨシエちゃん!

 私はロッカーの中で頭を抱えます。


「奥の部屋がスタジオになってるのよ」

「さあ、行くよぉんヨシエちゃん」


 お姉さんの声に続いて、低くてゴツい男性の声。

 どうやらこの声の主が、カメラマン先生らしいです。

 なんだか粘っこい喋り方ですが……


 と考えていると、私が隠れているロッカーの前から足音が。

 ヨシエちゃん達が通行したようです。


「ここは更衣室?」

「そうよ。色んな衣装も用意してて……でも今日は衣裳を使わないわ。ヨシエちゃんは全部脱いで撮影ね」


 ぜ、ぜ、ぜ、全部脱ぐ!?


「そうだね。分かってる」


 ヨシエちゃん!?

 どうしてそんなにあっさりと受け入れているんですかぁ!


 頭を抱えて悶絶している間に、三人は更衣室より更に奥の部屋……スタジオへと入っていきました。

 私は我に返り、ロッカーから出て……出て……出……



 衣裳が引っ掛かっているのか、ロッカーの扉が開きません。



 ……ば、馬鹿な……


 私が太ってるわけじゃありませんよ!

 あくまでも衣裳が!

 衣裳が引っ掛かってるんです!


「はぁい始めるわよぉヨシエちゃん。お口を大きく開けて笑ってね」


 シャッター音が聞こえました。

 ついに撮影が始まってしまったようです。



 何故ですかヨシエちゃん!

 こんな展開になったらいつも「キモッキモッ死ね殺す」とか言いながら相手の男の人を半殺しにしてるのに!

 どうして今日は一悶着も起こすことなく、さらっと撮影オーケーなんですか!


 これが芸能界の魔力なのですか!?


「ダメですよヨシエちゃーん!」


 と、私は叫ぼうとしました。

 しかし衣裳に埋まっているため、篭りに篭った小声。

 ヨシエちゃん達には気付かれません。


「良いよ、良いよ~ヨシエちゃぁ~ん……」


 おじさんのねちっこい声。

 そして無数のシャッター音。


「んがぁーっ!」


 私は躍起になって、ロッカーの扉を蹴りました。

 しかし、ひ弱な私の蹴りではビクともしません。


 次に私がやったのは、体全体を後ろに引いた後、反動を付けながら扉へタックル。

 ガタッと音がしました。

 おや、ちょっとだけ扉が開いたような……?



「ああ、良いよヨシエちゃ~ん。良いん。良い良いグッド。ヨシエchang……Excellent……」


 荒い鼻息と共に、更にシャッター音が鳴ります。

 どんどんねちっこくなる、男性の喋り方。

 何か危険な予感です。

 いけない、急がないと……


「さあヨシエちゃん、次はこれをお口に入れてぇ~……」


 興奮した男性の声。



「い、いいいいいけませーん!」



 私はそう叫びながら、慌ててロッカーの扉を蹴りました。


 するとガタッと音がして、やっと扉が開いたのです。

 私は大量の衣装と共に、勢いよくロッカーから飛び出しました。

 そのまま転がって、対面の棚に突撃。

 棚の中の衣装や小道具を大量にぶちまけ、大きな音を立てました。


「ヤダ何今の音。地震? 泥棒? ちょっと助手ちゃ~ん、見て来てよぉん」

「はい、分かりました先生!」


 スタジオへ繋がるドアが開き、助手のお姉さんが顔を出しました。


「あら……あなた、さっきの赤毛の……?」


 お姉さんが驚いている隙を付き、隣をすり抜けます。

 そのまま扉に入り、スタジオ内に突撃するつもりです。


 あのスタジオでは今、ヨシエちゃんがエッチな恰好でエッチな写真やエッチなビデオを撮られているハズ。

 私が暴れるなりして、助け出してあげないと……!


「ヨシエちゃん! 大丈夫ですか!」


 そう大声を立てながらスタジオに入り、


「ヨシエちゃ……」

「ワオンッ?」


 ……狼語通訳。『ミィ、どうしてここにいるの?』です。


「よ、ヨシエちゃん……?」


 ヨシエちゃんは裸で写真を撮られていました。


 ただし、毛皮に包まれた、狼の姿で。

 口には骨形のガムを咥えて。


「あらん、あなたヨシエちゃんのお友達? それとも妹さん? 赤い髪がチャーミングねぇん」


 カメラを手にしている、大柄ムキムキマッチョな一つ目の男性悪魔さんが、身をくねらせながら言いました。

 そのお顔は厚めのお化粧が施してあり、女性っぽい衣裳を身につけています。


「ヨシエちゃん初撮影の見学かしらぁん? もうすぐ終わるから、そこで待っててねぇ~ん」

「えっ……あっ……はい……」




 ◇




「えっちな撮影~? ヤダァ~ん、誤解ー。ショック―。サイちゃんのお仕事は、子供と動物のプリティーな写真専門なのぉん!」


 カメラマン先生が、お尻をプリプリ振りながら言いました。

 お名前はサイクロプ子さん(芸名)。

 筋肉質で巨大な男の方ですが、虫も殺せぬ繊細な乙女ハートの持ち主。

 しかもちゃんと『カレシ』もいるらしいです。


「まったく、ミィったらそそっかしいね」


 ヨシエちゃんが、ため息交じりに笑いました。


 助手のお姉さんがヨシエちゃんをスカウトしたのは、イヌゾリを引っ張る狼姿を見ての事。

 つまりヨシエちゃんは、狼モデルとして雇われたのです。

 服も全部脱ぐというか、狼に変身したらゲームシステム的なもので勝手に脱げるというか……別にエッチな事でも何でもないのです。



「その悪質勧誘事件って、この事かな?」


 助手のお姉さんが新聞を見せてくれました。

 そこには、さっき鳥居アナさんから聞いた事件と、同じ内容の記事。

 ただし、犯人グループが今朝捕まったと書いてあります。


「あちゃー。あははは、確かに私がヨシエちゃんを勧誘した時と、まったく同じような手口だ! ごめんね、あはは」

「はぁ……こちらこそ早とちりしちゃって、申し訳ありません」


 私はぺこりと頭を下げます。

 サイクロプ子さんは逞しい胸筋を上下に揺らしながら、大きく笑いました。


「助手ちゃんが悪いんだから、気にしないでいいのよぉん! それより、お友達想いに感動しちゃったん!」


 そう言って、懐から封筒を取り出し、ヨシエちゃんに渡します。


「はいヨシエちゃん。今日の分のお給料よぉん。保険料や税金分は差し引いてるからねぇん」

「うん。サンキュー先生」

「次の撮影は明後日よぉ~ん」



 そして私達は、助手のお姉さんからお茶を頂いた後、帰路に着きました。




 ◇




「あの、ヨシエちゃん……今日はごめんなさい」


 二人並んで歩きながら、私はポツリと謝りました。

 すでに夕方。

 空が赤く染まっています。


「ごめんって……何が?」

「私勘違いして、初仕事のお邪魔しちゃったみたいで……」


 おずおずと言うと、ヨシエちゃんは軽く笑い、私の首に手を回し乱暴に抱き寄せました。


「ひゃぅっ?」


 頬と頬がくっつきます。


「よ、ヨシエちゃん……?」

「別に謝る事はないよ。心配してくれたんでしょ? アタシも嬉しかった」


 そしてガシガシと私の頭を撫でてきました。


「今日はミィにたくさん世話になったし。初給料でケーキでも奢るよ」

「えっ! ケーキ!」

「生クリームが良い? それともチーズケーキ?」

「チョコクリームでお願いしますぅ!」



 私達二人は、喫茶店へと歩き出しました。

(不良人狼少女の就職活動 おわり)

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