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不良人狼少女の就職活動③

「ああ、良いよヨシエちゃ~ん。良いん。良い良いグッド。ヨシエchang……Excellent……」


 荒い鼻息と共に、シャッター音が鳴ります。


「さあヨシエちゃん、次はこれをお口に入れてぇ~……」


 低く、興奮した男性の声。


「い、いいいいいけませーん!」


 私は慌てて扉を蹴り開け、現場に突入したのでした。




 ◇




 その数時間前に遡ります。

 


「マリアンヌの言う通りだ。友達の部下になるのは、やめておいた方が良いかもね」


 お店から出たヨシエちゃんは、私にそう言いました。


「でもヨシエちゃんは一年後、わんわん洞窟に就職するつもりなんですよね? だったらお兄ちゃんの部下になっちゃうのでは」


 そんな疑問をぶつけると、ヨシエちゃんは何故か頬を軽く染め、


「良いんだよクッキーさんは。年上だし……それにトモダチって言うより、アタシの……えっと、その……まあ、とにかく良いんだよ」

「はぁ……?」

「そうだミィ。魔王軍でも時々バイト募集してるって言ってたよね」


 急に話題を変えました。

 まるで何かを誤魔化すようでしたが、まあいいかと私も話題変更に乗ります。


「はい。掃除とか、売店の店員さんとか、ロボットを動かすとか」

「ふーん……一年間のバイトには丁度良いかもね」

「たまに求人広告が、お城の食堂掲示板に張り出してありますけど……多分同じ広告が、人狼職安にも来てると思います」

「じゃあアレだ。急がば回れ?」

「善は急げですか?」


 ヨシエちゃんは狼に変身しました。


「ガウッ」


 マリアンヌちゃんママのデパート前には、『ご自由にお使いください。後で必ず返してください』との説明書き付きで、特殊なイヌゾリが置いてあります。

 イヌゾリは普通雪上の乗り物なのですが、ここに置いてあるソリは一般道を走る事が出来る特別製。

 車輪付きで、犬より力強い人狼が引く用のソリなのです。


 ヨシエちゃんは一頭引き用の小さなソリを選び、取り付けてある紐を口に咥え体に巻き付けました。

 私は促され、ソリの上に乗り、前面の取っ手を掴みます。


「お、重くないですか?」

「ワフンっ」


 ヨシエちゃんは凄い速さで走り出しました。

 私はソリが小石等に乗り上げ揺れるたび、「あ、う、う、う、え、あ、う」と短く声を漏らします。


 という事で私達は、バイト求人を確認するため、村の職業安定所へと向かったのです。




 ◇




 職安へ着いた私達。

 さっそく、魔王軍から出ている求人票を確認しました。


「魔王城のバイト募集は一つだけか。ロボットの洗車、その他雑用。詳しくは魔王軍兵器開発局まで……だってさ。時給は結構いいね」

「そ、その求人は多分やめた方が良いですよぉ……『その他雑用』ってトコで、ワリに合わないくらいこき使われると思います」


 兵器開発局……つまり博士さんが出した求人。

 あのおじさんから散々実験台にされている私は、ヨシエちゃんに忠告をしました。


「そっか。ミィがそう言うならやめとくかな」


 ヨシエちゃん自身もあまり興味は無かったのか、すんなりと別の求人票を手に取りました。


「でも、となると、魔王城以外のバイトを探すしかないね。アタシに合うバイトは……そもそも何だろう?」

「ヨシエちゃんに合う、ですか……そうですね……うーん」


 求人票が挟んであるファイルを、パラパラとめくるヨシエちゃん。

 その横顔を見て、私は考えます。


 ヨシエちゃんは綺麗で、スタイルも良くて、大人びています。

 同性の私でもたまに見とれちゃう程。

 そんな少女に合うバイトというと、やはり容姿を活かせる接客業か、もしくは……



「モデルになってみない!?」

 


 と、後ろに立っていた悪魔のお姉さんが、急に話しかけてきました。


 そうだ、モデルですよ。

 ファッションモデルなんて合いそう。


「先生もきっと、君の事を気に入ると思う! ねえお願い、モデルになってよ!」


 お姉さんはヨシエちゃんの肩を掴み、笑顔で嘆願します。


 ……って、いきなり誰ですかこのお姉さん?


「何あんたキモッ。気安く触れんな」


 突然現れた謎のお姉さんに、ヨシエちゃんは持ち前のヤンキー睨みをかましながら、手を振り払いました。


「ああ、ごめんなさい。でも私、あなたがここに入って来た時からずっと見てたの。会話もこっそり聞いてた」

「えっ……ストーカーさんですか……?」

「うわヤバッ」

「違うってば、もう」


 私達の反応に、お姉さんは笑顔で手を振り否定します。


「私はとあるカメラマン先生の助手兼弟子をやってるの。それで今日は被写体モデル募集の広告を持って、ここにやってきたんだけど……君を一目見てピーンと来たの!」

「ピーンとって……アタシに?」

「そうよ! 君ならトップモデルになれる!」

「トップ……モデル?」


 ヨシエちゃんは不審そうな顔を崩しません。

 が、耳と尻尾がピョコピョコ動いています。


 女の子なのです。

 モデルにスカウトされて、褒められて、嬉しくないハズがありません。


「凄いです! ヨシエちゃん!」

「ふ、ふーん……? そうかな?」


 私がそう言うと、ヨシエちゃんの尻尾がますます大きく動きました。


「ちょうどお仕事探してるみたいだし! ねえ、やってみない? と言っても、まずは先生との面接試験があるんだけど……一応先に言っておくと、報酬はこんだけ!」


 お姉さんは求人票を取り出し、給料欄を見せてくれました。

 そこには、アルバイトとしては破格な数字の並びが。


「こ、こんなにくれんの……?」

「もちろん! 撮影のたびお弁当も出るよ!」


 ヨシエちゃんはチラリと私の顔を見て、一瞬だけ不安そうな表情を浮かべました。

 しかしすぐに決心したようで、


「分かった。せっかくだしやってみるよ」




 ◇

 



 マリアンヌちゃんはお姉さんの案内の元、さっそくカメラマンさんの事務所へと行ってみる事にしました。

 私はこの後お仕事があるので、ここでお別れです。


「ねえ、赤毛のあなたも興味があるのなら一緒にモデルになってみない? 丁度、子供モデルも募集中でさ」

「い、いえ……私はそういうのは、ちょっと無理ですぅ……」


 ヨシエちゃんは普通のモデルっぽいのに、一歳しか違わない私が何故子供モデルなのか、腑に落ちませんが……

 なんにせよ、モデルなんて引っ込み思案な私には無理です。

 カメラの前で「笑ってよ」と言われた瞬間、多分気絶します。


「そう、分かったわ。興味が出たら連絡してね?」


 お姉さんはそう言って名刺を渡してくれました。

 事務所の住所も書いてあります。


「じゃあ、ヨシエちゃん。面接頑張ってくださいね」

「うん。ミィも仕事頑張ってね」


 そう挨拶をし、私達は別れました。




 そして私はお城に戻りました。


 一応、朝に一度出勤していたのですが、特にやることがなく、ヨシエちゃんの就活に付き合っていたのです。

 四天王は暇……いや、時間に融通を付けやすいのです。


「ミィ様、おはようございます」

「あ、おはようございます」


 廊下を歩いていると、広報部テレビ部門のメンバーである、鳥居アナウンサーさんと出会いました。

 既にお昼近くですが、おはようのご挨拶をします。


「急に不躾な質問で申し訳ございませんが、何かスクープなどはありませんか?」


 仕事熱心な鳥居アナさんは、ニュースのネタをいつも探しています。

 一発大きなネタを上げて、いつまでもロケ部隊のアナウンサーではなく、スタジオのキャスターに抜擢されたい。との夢を持っているのだとか。


 それは花形職への憧れだけではなく、ロケ部隊にいる口だけは上手いサボリ魔狐さんから解放されたいという、切実な思いも多少ありそうです。


「スクープですか……うーん、私の知ってるニュースは……中型ロボットのパーツが強化された事くらいですかね。ちょっとやそっとの魔法じゃ腕が折れないようになりました」

「なるほど、ありがとうございます。特集すれば、興味ある視聴者は食いついてくれそうですね」


 しかしスクープとは言えないようです。

 鳥居アナさんの微妙な表情が語っています。


「今あるニュースになりそうなネタは、中型ロボット強化に、人間社会で流行っている新食感のお菓子を極秘入手した事、サンイ様が新しく書かれた魔王様の讃美歌に……」


 ブツブツと呟いています。

 とりあえず私が言えることは、サンイ様のニュースはやめておいた方が良いと言う事ですね。


「それに、悪質なモデル勧誘事件……」

「……えっ?」


 私は耳をピクリと動かし、鳥居アナさんの呟きに反応しました。


「ちょっと待ってください、そのモデル勧誘事件って言うのは?」

「はい? ああ、興味がおありですか? 勧誘員、それも安心させるため女性勧誘員が、街中で少女に『君ならトップモデルになれる』と甘言を使いスカウトしてですね」


 トップモデル……さ、さっきのヨシエちゃんと同じ状況です……?


「アダルトビ……ええと、その、無理矢理エッチな撮影をしてですね。その映像をネタにして、さらに脅すという悪辣な事件がありまして……ミィ様?」


 私は、城門に向かって走り出しました。


 ポケットから名刺を取り出します。

 先程、お姉さんから頂いた名刺。

 ここには、事務所の住所が書かれています。


 もしかしたらこの住所も、偽物かもしれませんが……

 でも、このままジッとしてはいられない。



 何故、あの時あのお姉さんの事を、もっと疑わなかったのか。

 何故、私も事務所まで一緒についていかなかったのか。


 後悔が頭をよぎります。



 ヨシエちゃん、ピンチかも。

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