不良人狼少女の就職活動①
「そろそろアタシも働こうかな」
ここは、マリアンヌちゃんが経営するショップの、オーナー室。
私はお仕事が終わった後、なんとなく遊びに来ていました。
そしてお茶とお菓子を楽しんでいると、ソファに寝転がって漫画を読んでいたヨシエちゃんが、冒頭の台詞をポツリと呟いたのです。
「……はたら……え? ヨシエちゃん、今なんて……?」
「だから、働こうかなって。就職」
私は思わずヨシエちゃんの顔を見ます。
「働くって、ヨシエちゃんがですか?」
「そうだよ。アタシが」
そんな向上心ある言葉を、ゴロゴロしながら足や尻尾をパタパタさせるという、自堕落な体勢で言っています。
でも、ヨシエちゃんが働く……
最近はこの部屋で食べたり寝てたりしてるだけな感はありますが、一応設定としては『不良人狼少女』となっているヨシエちゃん。
その、なんというか、言いづらいのですが……
「無理ですわ! およしなさい! どうせ上司を殴って、初日午前中に即クビですわよ!」
言いづらい事を、マリアンヌちゃんがズバッと言っちゃいました。
ヨシエちゃんの尻尾がピタリと止まります。
ヤバイです。怒っちゃいました? また喧嘩になっちゃいます?
と、私は慌てましたが、
「……まあ、そりゃあ上司がイヤなヤツだったら殴るけどさ……でも初日じゃなくて、三日目くらいだよ……多分」
ああ、怒ってはいませんでした。
意外と冷静に、自分の性格を分析した上で、脳内シミュレーションをしてみたようです。
「そもそもどうして働きたいと思ったんです?」
そう尋ねると、ヨシエちゃんは私とマリアンヌちゃんの顔を交互に見て、溜息を付きました。
「ミィもマリアンヌも、それに年下のミズノまで働いてるのに、アタシは毎日ブラブラしてるだけだからさ……なんか焦っちゃって」
「ヨシエちゃん……」
「ヨシエさん……ぶふぉっ」
真剣な空気になりかけましたが、マリアンヌちゃんが急に噴き出しました。
「くふっ……くっくく……し、失礼致しましたわ。でもヨシエさんが焦るって……ぷふー、ふふふ……い、いりぇりぇりぇりぇ、やみぇりぇくらしゃいまし。ほめんらさい」
ヨシエちゃんは、マリアンヌちゃんの頬をつねって伸ばしました。
マリアンヌちゃんの頬は柔らかく、良く伸びます。
私のほっぺ程じゃありませんけど!
……自慢にはならないですね。
「茶化したらダメですよマリアンヌちゃん」
「そうれすわね。失言、お許しくださいませ」
マリアンヌちゃんが頬をさすりながら謝ると、ヨシエちゃんは「うん」と頷いた後、話を再開しました。
「アタシは村の連中から、不良少女とか呼ばれてるけどさ」
ヨシエちゃんがそう呼ばれているのは、前世の私達がそんな設定にしちゃってたせいです。
申し訳ない。
「でも人狼は学校無いし、暴走族とかチームとかも無いし」
「確かにそうですわね。だから『テメエどこ中だァん?』とか『お控えなすって』とかお言いになる機会もありませんし、『北高のヨシエ』とか『殺人カミソリヨシエ』とか『キングジョー』みたいなアダ名も無いし。隣の工業高校との全面戦争もありませんものね。ヨシエさんとしては物足りない気持ち、分かりますわ」
「べ、別にそんな事がしたいわけじゃないけどさ……」
「あら、そうですの? 何故ですの? 不良なのに?」
「いや……」
マリアンヌちゃんの言葉に、ヨシエちゃんが若干引いています。
ヤンキー漫画や任侠映画が好きなマリアンヌちゃんの知識は、若干偏っているかもしれません。
「とにかくさ、学校にも行ってないのに不良ってのは、なんかオカシクないかなあって思い始めて」
不良という言葉の定義としては、別におかしくはないと思いますが。
ただまあ確かにイメージ的に、学生じゃないのに不良ってのは、なんとなく違和感があるかもしれません。
「ただ毎日なんとなく、ここでコーヒー飲んだり、漫画読んだり、近辺をブラブラ散歩したり、たまにナンパされたり」
「ナンパ! ヨシエちゃん、綺麗ですからね」
ヨシエちゃんは歳のワリに色んなトコが育ってて、オトナっぽい雰囲気なのです。
めんどくさがって、お化粧はあまりしていないのですけど。
「それ、自慢ですの? 可愛いからナンパされるんだ、困っちゃうな~と」
「うん、まあそれもあるけどさ」
ヨシエちゃんは勝ち誇るわけでもなく、さらっと言いました。
マリアンヌちゃんは少しむくれるように睨みつけます。
「で、そのナンパしてくるロリコン野郎を、殴ったり噛み付いたりして、ストレス解消したり……で、昨日ふと気付いたんだ。これ不良って言うより、町のチンピラじゃないかってね」
「チンピラって、そんなに自分を卑下しなくてもぉ」
寝転がったまま喋っていたヨシエちゃんは、体を起こし、立ち上がりました。
「だからアタシは働こうって決心したんだ。不良も今日でおしまい。もう他のモンスターを殴ったりもしないよ、多分……おそらく……極力……ムカついた時以外……」
語末が若干怪しかったですが、親友であるヨシエちゃんの決意に私は感動しました。
私も立ち上がり、ヨシエちゃんの手を握ります。
「凄いです。偉いですヨシエちゃん!」
「ミィの方が凄いし偉いよ、四天王にまでなって。だからアタシも頑張ろうって思えるんだ」
ヨシエちゃんも私の手を強く握り返して来ました。
これこそ青春ですね!
感動のシーンに浸っている私達を見ながら、マリアンヌちゃんはヨシエちゃんの肩に手を乗せました。
「美しい友情は良いのですけど……それで一体、どこで働く気ですの?」
「あ、そうですね。ヨシエちゃんに似合う職業……一体どんなのがあるでしょうか? ケーキ屋さん? お花屋さん?」
「そういう可愛らしいのは、ヨシエさんのイメージから遠い気がいたしますが……」
私達の言葉に、ヨシエちゃんはニヤリと笑いました。
「なんですの、その笑みは……あっ……も、もしかして……」
「うん。まあアタシが働くなら、あそこしか無いかなって」
マリアンヌちゃんは、ヨシエちゃんの考えをすぐに察したようです。
さすが仲良しなお友達。
でも私は分かりませんでした。仲良しなのに。
「……? どこです?」
「それは、わんわ」
「あー! ダメ、ダメですわ! それは重大、悪質、邪な抜け駆けむぐぅっ」
マリアンヌちゃんが急に叫びましたが、ヨシエちゃんの手の平で口を塞がれてしまいました。
「わんわん洞窟。クッキーさんの部下になるんだよ」
◇
「ダメだ。ヨシエを雇う事は出来ない」
ヨシエちゃんは早々に就活失敗してしまいました。
働くと宣言した、翌日の事です。
いつもお寝坊なヨシエちゃんが早起きし、お兄ちゃんが出勤するよりも早くにうちに訪ねて来て、「働かせてください」と頼んだのです。
不慣れな口紅まで塗って。
そして結果は先程の通り。即不採用。
お兄ちゃんは『働かせてください』の『さい』の部分と被るくらいに、速攻でお断りの返事をしたのでした。
「ど、どうして、クッキーさん?」
ヨシエちゃんは断られるにしても、もうちょっと会話のキャッチボールを経てからだと思っていたようです。
それがこんな即答で、ショックを受けています。
私は可哀想になって、お兄ちゃんに文句を言いました。
「どうしてですかお兄ちゃん! お兄ちゃんにとってもヨシエちゃんはお友達なんだから、もうちょっと話を聞いてくれても良いじゃないですか!」
私の『お友達』という言葉に、何故かヨシエちゃんはますます悲観した顔になっちゃいましたが……
一方お兄ちゃんも私に責められ、たじろきます。
「だ、だけどだなミィ……」
「だけど、何ですか?」
困り顔で説明してくれました。
「わんわん洞窟は規則で、十三歳からしか働けないんだ」
「……年齢制限あったの?」
「ああ。これは大昔からの決まり事……と、長老から言い渡されている」
もっともな理由があったのですね。
ヨシエちゃんはホッとしています。
「ヨシエはまだ十一歳だろう?」
「うん……もうすぐ十二だけど」
「そうか。そう言えばもうすぐ誕生日だったな。プレゼントは何が欲しい?」
お兄ちゃんの言葉に、ヨシエちゃんは驚いたように、
「え……く、くれるの?」
と聞き返します。
「当然だろう?」
というお兄ちゃんの言葉に、ヨシエちゃんは頬を染め、指をモジモジし始めました。
「あ、アタシは……その……クッキーさんがくれるものなら何でも……ゆ、指輪とか!」
「分かった。装備アイテムだな」
お兄ちゃんの返事に、私は何か、ヨシエちゃんの望んでいる物との食い違いと言うか、違和感を覚えましたが……でもまあよく分からなかったので、口には出しませんでした。
「じゃあ俺は仕事に行ってくる。またな」
そう言ってお兄ちゃんは出勤しました。
ヨシエちゃんはずっとポーッと放心しています。
「よ、ヨシエちゃん? 風邪ですか?」
「え? ああ、うん、いや……あのさ。くれるって、プレゼント」
「はぁ、そうみたいですね」
クールなヨシエちゃんらしくない、ニヤけた笑みを浮かべています。
いつもは「フッ」とか「ふーん?」とか短くカッコよく笑うのに。
「ヨシエちゃん、あの、それで……就職活動はどうするんです?」
そんな私の問いには答えず、ヨシエちゃんはしばらく笑っていました。