思念(つごうがいい)
勇者さんが会釈をしました。
それは、決定ボタンを押したのと同義。
私の視界が歪み、体がふわりと浮かびました。
どこまでも白い光が続いている空間に、ピシリピシリと大きなヒビが入っていきます。
「わわっ……にゃぁ!? 何が起こってるんですかぁぁ?」
「金次郎ゾーンが惜しまれながらの閉店をしてるんだよー。まったくあの勇者め、黙って急に会釈してー。事前に一言欲しいよね。はいいいえしか喋れないんだけどさー」
魔王様はそう言って、はぐれないように私の左手を握ってくれました。
どうやら勇者さんが決定ボタンを押した事で、この真っ白な世界が崩壊を始めたようです。
「勇者だー! 勇者が城に乗り込んで来たぞー!」
どこからともなく、騒ぎ声が聞こえてきました。
「城門近くにいた兵士が全滅だ!」
「勇者を見失った! 城内のどこかに隠れているぞー!」
勇者さんが来た事で慌てている、という事は、魔王軍の兵士達でしょうか?
「私達が金次郎ゾーンに閉じこもってた間の出来事が、記憶に流れ込んでるみたいだねー」
魔王様はそう言って、まぶたを閉じました。
「ほら、ミィちゃんも目を閉じてごらんよー? ミィちゃんの知り合いの思念が見えるハズだから。都合の良い説明展開ってヤツだー」
「は、はい……?」
よく意味が分かりませんでしたが、言われた通りに目を閉じます。
すると不思議な事が起こりました。
まぶたの裏に、ここではない別の場所の様子が映っています。
…………
「魔王様! 魔王様は!? 魔王様どこッスかー! って、サンイ様もいないッスけどお!?」
「ディーノ様も部屋にいないようだねえ。まあまずは落ち着きなよスーちゃん」
「落ち着いてる場合じゃねーッスよ!」
眼鏡がズレるほど騒がしく慌てているスー様と、それをなだめる博士さん。
魔王城の最深部。魔王様、ディーノ様、サンイ様のお部屋近くの廊下にいるようです。
「ふふっ。お父様ならさっき霧になって飛んでっちゃっいましたぁ~。ディーノ様もこの窓から外に飛び出して行っちゃった」
ミズノちゃんが、開け放たれている廊下の窓を指差し言いました。
その窓の近くに設置されている休憩スペースに座り、優雅にくつろいでいます。
「もー、何やってんスか幹部どもは! こういう時は兵士達を指揮しつつ、ボスキャラとしてデーンと城の奥で待ち構えておくもんッス!」
拳を握りしめ持論を語るスー様。
しかしミズノちゃんは興味がなさそうな顔をします。
「へぇ、そうなの……そんな事よりスー様、ミィお姉ちゃんどこに行ったか知らない?」
「そんな事とは何スかあああああ!」
「だから落ち着きなって、スーちゃん」
スー様が地団駄を踏んでいると、ミズノちゃんが椅子から立ち上がり、廊下を駆け出しました。
ひらひらなゴスロリ服が風になびきます。
「私、ミィお姉ちゃんを探してくるね」
「ああっ、ミズノさん! 勝手な行動は控えてくださいッス!」
「ふふっ。ごめんなぁ~い、でも行ってきまぁ~す」
…………
まぶたの裏の映像が切り替わりました。
「は~い、中継スタートしま~す」
フォローさんの声です。
そして広報部ロケ部隊の姿が見えます。
どうやらニュース中継をやっているようです。
「はい、こちら鳥居です。私はただいま、魔王城を眺める事が出来る丘にいます」
鳥居アナさんの言葉の後、牛カメラマンさんが空に浮くお城へカメラを向けました。
「現在、勇者が魔王城に出没したとの事です。機密のため城内の様子を放送する事は出来ませんが、皆さん安心してください。魔王軍の精鋭がただちに勇者を鎮圧し……」
「ええ~!? たったったた大変だよ~鳥居さ~ん!」
フォローさんが別のスタッフから数枚の書類を受け取り、慌てた声を出しました。
すぐにその書類を鳥居アナさんに渡します。
「……えっ!? これは……?」
鳥居アナさんも驚愕の表情を浮かべました。
しかしそこはさすがプロ。
すぐに表情を元に戻し、視聴者へ情報を伝えます。
「ただ今緊急のニュースが入りました。この写真を見てください」
鳥居アナさんが、先程受け取った書類中の一枚をカメラに映します。
それは引き延ばした写真でした。
巨大なロボットが十数体、集団で空を飛んでいます。
魔王軍四天王の巨大ロボットさんではありません。
巨大ロボットさんはガッチリと重量感のある体形でしたが、この写真のロボット軍団はスマートでシャープ。
それに、真っ黒です。
「人間のロボット兵器が、魔王城へ向かって来ているとの事です!」
…………
「大変ですわ! 大変ですわーー!」
また映像が切り替わりました。
マリアンヌちゃんが興奮して、テレビにしがみ付きながら叫んでいます。
どうやらここはマリアンヌちゃんのお店にある、オーナー室のようです。
「勇者が! そしてロボットが魔王城に! ミィさんやミズノさんのピンチですわ!」
「よし、助けに行くよマリアンヌ」
ヨシエちゃんは気合いを入れるように尻尾を立て、牙を光らせて言います。
「ええ、ええ! 勿論ですわ! わたくしの魔法で勇者をブッ倒してさしあげ……ええと、空の上にどうやって行くんですの?」
「…………考えよう……そうだ。マリアンヌの家で、ペガサス飼ってたよね?」
「タイミング悪くお爺様達がペガサスを連れて出張中ですの! ああもう! あーもう! むっきいいい!」
マリアンヌちゃんはイライラしているようで、近くにあった雑誌をビリビリと破りました。
「騒がしいですわよ。どう致しましたのマリアンヌ?」
そこへ、マリアンヌちゃん以上に高そうなドレスと宝石で身を包んだ、マリアンヌちゃんのママがやって来ました。
「そうですわ! お母様の魔法で、わたくし達をドーンと魔王城まで吹き飛ばして」
「何やら分かりませんが、お城に着く前に確実にお死にになるのでおやめなさいな。わたくし加減が出来ませんことよ?」
「……ミィ、ミズノ……無事でいてよ……!」
ヨシエちゃんが、祈るように呟きました。
…………
再び、映像が切り替わります。
「おい爺さん、さっきのラジオニュース聞いてたか? なんか勇者とロボットが来てるらしいぞ」
「うむ……王手じゃ」
「あっおい!」
悪魔老師さんと侯爵さんが、鉄格子ごしに将棋を打っています。
ここは城内の捕虜収容搭最上階スイートルームのようです。
そこに、若い悪魔さんが慌てた様子で駆け込んできました。
「老師、やはりここでしたか! 大変です城門で……」
「分かっておるよ。丁度区切りも付いた」
そう言って悪魔老師さんは立ち上がりました。
「まだまだワシも若いもんには負けておれんからのう」
そしてすぐに、搭の階段へと向かいます。
その姿を見ながら、侯爵さんが叫びました。
「おーい爺さん! 捕虜の身で言うのもなんだが、あんまり無茶すんなよー。爺さんなんだからさ!」
…………
「おい人間。なんで勇者が魔王城にいるんだ?」
お兄ちゃんが棒付きのさつま揚げを片手に、大型テレビを見ながら言いました。
周りでも、テレビを見たモンスター達が騒めいています。
どうやらここはモンスター達が住む港町。
そこにある、休憩所兼食堂施設のようです。
「知らないわよお兄さん。私もう勇者の仲間じゃないんだから」
ソリョさんはクレープを食べながら答えました。
帽子を深く被っています。
周りに人間だという事がバレないようにするためでしょうか。
「知らねえのかよ。つっかえねぇクソ女だなァ」
ウラセさんが、うどんをすすりながら憎まれ口を叩きました。
ソリョさんはそれを睨みつけながら、クレープをまた一口。
「あっでもあのロボットは多分反モンスター同盟って奴らの兵器よ。何よ黒く塗りたくってカッコ付けちゃってさあ。ゴキブリかっての。あいつらホントいけすかない奴らでさあ。聞いてよお兄さんこの前も私……」
「いや、その話は後で聞く」
お兄ちゃんはさつま揚げの残りを一気に平らげ、立ち上がりました。
「急いで魔王城に向かう。俺の背中に乗れ」
「向かうってぇ……今からかァ!?」
「魔王城に!?」
「ああ、そうだ」
お兄ちゃんは食堂の出口に向かって歩き出しました。
「待て待てクッキーぃ! お前さっき長距離泳いだばっかで疲れてんだろォ。今度は走るってのかぁ? こっから魔王城までどんだけあると思ってんだァ」
「疲れてなどいない。それに空に浮かぶ城へ行くため、途中で軍の移動用ドラゴンなり巨鳥なりを借りる」
「ヤダヤダ待ってよお兄さん! 魔王城って、私なんかが行ったらヤバイでしょ! ヤバイって!」
人間であるソリョさんは、お城へは行きたくないようです。
渋るソリョさんに、お兄ちゃんは布のようなものを投げ渡しました。
「それを付ければ大丈夫だ。正体がバレない」
「これって……」
吸血鬼マスクさんの、マスクです。
「いやいや無理でしょ! 無理だってば!」
「よし、行くぞ」
「無理だって!」
…………
「ミィ……ミィー!」
誰かが、私の名前を呼んでいるようです。
「ミィ、どこに……どこに行った……!?」
ヴァンデ様です。
心配顔で辺りを捜索しています。
いつものクールなキャラ作りを忘れて。
必死に、そして不安そうに。
私を探してくれています。
「コケェー!」
「また急に消えちゃって。困った子だね」
トサカさんとドラゴンさんも、宙に浮いて上空から私を探してくれているようです。
「ミィ……どこに……返事をしてくれー!」
心配かけてごめんなさい。
私は、ここに……
…………