勇者と魔王(げーむのせかい)
仮面を外した、魔王様の正体。
「な、な、何故……私!?」
それは、前世の私。
美奈子さんでした。
「あー、今私を見て『私』って言ったねー? 言ったよねー? ミィちゃん」
「は、はい……」
驚愕する私に対し、魔王様は間延びした口調で言いました。
自分じゃ気付かなかったけど、前世の私ってこんな喋り方だったんですね……
「やっぱりねー。どーもミィちゃんは、製作スタッフの誰かの転生体なんだろうなあと思ってたけどー。夢に昔の友人が出て来たって話してくれた時も、その友人の特徴がちーちゃんっぽかったしさー」
魔王様は、私の顔を勢いよく指差しました。
「予想通りだー! ズバリ、あなたの前世は美奈子でしょーミィちゃん!」
「はい、そうです……けど……いや、でも……ええっと……いや……えっ? あの……その……えええ?」
魔王様は妙なテンションで、私の前世を言い当てました。
私は言葉が続きません。
誰にも教えた事が無い『私の前世』が、容易く看破されてしまった。
しかも言い当てたのが、その私の前世であるはずの美奈子さん自身。
驚きと疑問で、頭が錯乱しています。
というか、私に「あなたの前世は美奈子さん」と言ってる魔王様の方こそ、美奈子さんそのものじゃないですか!
一体どういう事ですか?
私の前世は美奈子さん。
魔王様も美奈子さん。
美奈子さんの魂が分裂して、私と魔王様、二つの身体に転生した……とか。
魂の双子とか、なんかそういうスピリチュアルな展開ですか?
「あはははー、違う違う。私は転生体じゃないんだー」
混乱する私の心を読んだかのように、魔王様が言いました。
「私は美奈子の生まれ変わりじゃないし、別に美奈子の記憶も持って無い。別人……あ、いやー、若い頃はミナコって名乗ってたわー。ごっむぇーん」
「えぇ……っと……?」
「つまり私は正真正銘の『魔王様』ってキャラクターなのー。製作チーム皆で作ったゲームの登場人物ってわけなのよー」
「で、でもぉ……」
魔王様の言葉を聞き、私の頭の中にますます疑問が沸いてきました。
改めて前世の記憶を辿ります。
まず、美奈子さんそっくりのキャラなんて、ゲームにはいなかったはずです。
それにそもそも、魔王様のキャラクターも『黒い影に白い仮面』というビジュアルしか決まっていなかった。
魔王様の正体が、美奈子さんそっくりのキャラクター。
そんな設定、知りません。
そんな設定、無かったはずです。
「意味分かんない知らねーよそんな事ー! って顔してるねー。でもミィちゃんが美奈子の来世ってんなら、それも当然かー」
魔王様は、クスッと笑いました。
遥か昔、鏡で見た笑顔と同じです。
「ミィちゃんが美奈子だった時、どうやって死んだか覚えてるー?」
「どうやってって……それは……」
突然妙な質問をされました。
私は、前世における最後の記憶を思い出します。
「……お見舞いに来たちーちゃんさんが帰った後、病室に一人で剣モをプレイして……ゲームがフリーズして……そのフリーズ画面を見ながら、隠していたお酒を飲んでいました」
病人だったし、ちーちゃんさんに怒られるしで、しばらく禁酒してたんですけど。
あの時は、どうしてもお酒を飲みたいって気分になって。
「それでー?」
「それで……実は、そこから記憶がありません」
これが、私の美奈子さんとしての最後の記憶なのです。
以降の記憶は、思い出せません。
いや、そもそも記憶するような出来事があったかどうか……
この最後の記憶について考える時、私は胸の中が不安でいっぱいになってしまいます。
よほど深刻な顔をしちゃっていたのでしょうか、魔王様が「大丈夫ー?」と言って、私の頭を撫でてくれました。
「そっかそっか。あのね、そのままポックリいっちゃったんだってさー。ったく、医者に止められてたってのに酒飲んで、腹出して寝てー。皆悲しむ前に呆れてたよー」
「えぅ……も、申し訳ございません」
そんなダメダメな死に方だったのですか。
我が前世ながら、私も呆れてしまいました。
「まっ、それで美奈子が死んじゃった後にチームの皆がさ……うーん、説明するより前に、まずはこれ見て貰おうかなー?」
魔王様はどこからともなくテレビのリモコンを取り出し、左上の赤いボタンを押しました。
すると地面から大きなスクリーンが、草木のように生えました。
「おおぉ……この画面は一体……?」
「へへへー、私ってばラスボスだからさ、いつでも見れるんだよねー。おお、そこで黙って座ってる勇者もついでに見てて良いよー。っつか見ろ」
「いつでも見れるって、何をですか?」
私の質問に、魔王様はニヤリと笑って、
「エンディング! スタッフロールー!」
そう答えて、リモコンの再生ボタンを押しました。
「え、エンディング……?」
そんなもの、このゲームには無かったと記憶しています。
フリーズして終わりです。
でも目の前にあるスクリーンでは、黒い背景に下から白い文字が流れる、それっぽい映像が始まっています。
シナリオや、システム、フリー素材以外の描き下ろしイラスト、写真、テストプレイ、等の係名の横にそれを担当したメンバーの名前が書かれています。
ちーちゃんさんの名前、美奈子さんの名前、ちーちゃんさん、和田さん達多くのメンバーに、ちーちゃんさん、ちーちゃんさん……
「ちーちゃんさん、担当した部分が多すぎです」
「あははー。いやー、働き者だったからねー」
メンバーは数人ぽっちだったので、短いスタッフロールです。
大学名と、ゲーム研究部のオリジナルロゴが流れ、そろそろ終わりっぽい雰囲気。
そして、最後に……
『親友、美奈子に捧げる。ゲーム研究部一同』
直筆の文字画像です。
ピシッとした綺麗な文字。
ちーちゃんさんの直筆でしょうか。
「ちーちゃんや和田君達さ、美奈子が死んだ後にゲーム製作を再開して、完成させたんだよ。美奈子はゲームが未完成だったのを心残りにしてたからってね。しかも魔王の性格モデルを、私……いやあんたの前世。美奈子にしてさ」
スタッフロールが終わった後、魔王様が説明をしてくれました。
「ただ美奈子モチーフにするだけじゃなくてー。元々すっからかんだった魔王の設定に、新しくファンタジーや中二な要素を付け足したんだ。今の私の設定はね、千年前に人間との戦争で負けた、多くの魔物達の恨みつらみや魔力の痕跡が集まって生まれた、邪悪な存在なのさー! 考えたのは勿論ちーちゃん!」
私は魔王様の説明を聞きながらも、既に文字が流れ終わりただの真っ黒な画面になったスタッフロールを、ずっと見つめ続けていました。
「美奈子が言ってたらしいじゃーん。生まれ変わったらこのゲームに転生したい。魔王になって、好き勝手滅ぼすってさ。いやまさかミィちゃんとして、本当に転生してるとは思わなかったけど……ミィちゃん?」
魔王様に呼ばれましたが、返事をする事が出来ません。
スクリーンを見ながら、涙が止まりませんでした。
私の中の美奈子さんの記憶が、溢れ出しています。
「……へっへっへー。その涙。私も千年生きて来た甲斐があったよー」
魔王様がそう言って笑います。
勇者さんは、ずっと黙って見ています。
私は右手の袖でごしごしと涙を拭き、魔王様の顔を見ました。
「話を続けても大丈夫ー?」
「はい……ぐすっ」
なんとか泣き止み、擦れた返答をします。
「まっ、そういうワケで私は美奈子の姿形をしてるってわけー。それにちゃんとゲームも最後まで作られたから、フリーズも解消されたの。原因は城門入ってすぐの回復ポイントがバグっててー、それ取り除いたんだー」
「回復ポイント、ですか?」
「うん。謎のヒーリング二宮金次郎像があったでしょー? あれ今は無いの」
そう言えば、そんな物がゲームではあったような……
そして確かに、今のお城で金次郎像を見た事は無いです。
「ミィちゃんも必死にフリーズ回避してくれようと、お城の内装工事とか気にしてくれてたよねー。ありがとー、でも実はもう解決してたのさ。うへへへ」
「そうだったんですか……そ、それならそうと言ってくだされば、人体模型君達と戦わずに済んだのにぃ……」
「ごめんごめん、だってあれはあれで楽しそうだったからさー。それにその時はまだミィちゃんが美奈子の転生体だって確証は無かったし。むしろ和田君あたりだと思ってたー」
一番危惧していたことが実は無駄な心配であった事が判明し、私はちょっとガックリしちゃいました。
しかし、フリーズが無くなったと言うのなら……
「でも、この今いる真っ白な空間は何ですかぁ?」
私と魔王様と勇者さんの三人だけの世界。
どこまでも真っ白な光が続いている、この状況は一体?
「私はてっきり、フリーズしちゃった世界が始まったのだと思ったんですけどぉ……」
「はっはっはー、違う違う。これはただ、ゲーム画面が真っ白になっちゃってるだけさー。金次郎像撤去しても、画面がしばらく白く反転する現象自体は何故か解消されなかったんだー。でもフリーズとは違うよ。私はこの空間に、金次郎ゾーンと名付けた!」
なるほど、バグは完全に消えたわけじゃなかったのですね。
にしても、金次郎ゾーンというネーミングセンスはどうかと思いますが……
「金次郎ゾーンはメタ的な空間。この世界が実はゲームの中だって事を知ってるヤツしか入れないんだー。私とミィちゃんと……それに、勇者サマ。あんたも実は知ってるんでしょー?」
ゆうしゃ「
→はい
いいえ
」
「へっへっへー。やっぱりそうだったかー」
「ゆ、勇者さんも、自分がゲームのキャラクターだって知っていたんですかぁ!?」
「それどころか本来のシナリオまで把握してるよねー? まあ、魔王である私がそうなんだから、勇者なら当然だよねー」
言われてみれば勇者さんは、トサカさんを倒せばパワーアップする事を知っていました。
それに、武器ガチャで入手出来る見た目ふざけているダッサい武具が、実はゲーム中の最強武器である事も。
どちらも本来、実際に体験してみるまでは知りようが無い事です。
「そしてこの金次郎ゾーンは、プレイヤーが決定ボタンを押せば、元の世界にもどーる!」
魔王様が勇者さんを指差して言いました。
「決定ボタン……?」
私は、ちらりと勇者さんを見ました。
何を考えているのかさっぱり分からない顔で、じっと座っています。
ゲームにおける決定ボタン。
それは、この世界における……
「会釈! そう、会釈さー。勇者が会釈すれば、私達皆元の世界に戻れる。あーでも待って待って勇者サマー。まだお話したい事があんだよー!」
魔王様は慌てて手を振ります。
勇者さんはピクリとも動かず、まだ会釈をするつもりは無いようです。
「私も勇者もさ、この世界がゲームだって知ってる。それはねー、シナリオ通りに進めようって義務を背負って生きて来たって事なのさ」
魔王様は、私の目を見つめておっしゃいます。
「ちーちゃんの考えた中二設定を守ってさ。魔王軍を正式立ち上げした後からは、オープニング映像通りの白い仮面をずーーーっと被ってた。もう五百年近くもだよー。鼻の頭がかいーのかいーの」
「そ、それは大変でしたね……」
「設定通りに腰痛まで発症してさー! それも大した腰痛じゃないけど、重病のフリして部屋に引きこもってたんだよー! もう仕方が無いから毎日ヤケ酒だよー!」
「お酒は趣味なのでは……」
さすが美奈子さんがモデルのキャラなだけあって、ファンタジーな世界の魔王様になっても飲酒は欠かさないようです。
「それで千年掛けて魔王に成り上がって、魔王軍も整えて。ついに勇者も生まれ、ゲーム本編が始まる下地が出来たんだー。そして私は千里眼で勇者の様子を時々盗み見しながら、シナリオ通りに進んでいるか確認してた」
魔王様は、再び勇者さんに顔を向けました。
「序盤のイベントは順風満帆だったよねー。ほとんどのモンスターを一撃で倒せるようなバランス崩壊ゲーだし、そりゃまあそうなんだけどさ。まあそれでも時々負けて教会に戻ったりしてたねー。バランスが大味なせいで、急に極端に強い雑魚が混じってたりするから」
思い出し笑いをする魔王様。
勇者さんは相変わらず微動だにせず、魔王様の話を聞いています。
「わんわん洞窟で全滅した時は丁度酔っ払っ……いや用事があって、千里眼では見てなかったんだけどさ。『ああまたレベル足りないのに挑んじゃったか』くらいにしか思わなかったんだけどー……それから数日後、ディーノ君が言ったんだ『私の息子が、スネキックを持つかもしれない者をスカウトしました』ってね。そこから色々変わったの」
ディーノ様の報告……
「わ、私の事ですかぁ……?」
「うん。洞窟で死ぬはずのミィちゃんが、何故か魔王軍にスカウトされた……せっかく始まったシナリオが、私の知っている物とは違ったんだ」
そう言って魔王様は、いつの間にやら手にしていた缶ビールを一口飲みました。
「あー旨いー! ……で。私はどうしようか迷ったよー。ルート修正掛けるべきなのか? このままシナリオとは別の歴史を辿っていいのか? 勇者サマは頑張って大筋を辿ろうとしていたみたいだねー?」
ゆうしゃ「
→はい
いいえ
」
「ふふふーん。でもさ、ミィちゃんが魔王軍に入ってくれたおかげで、私の作った魔王軍がなんだか変わったんだ。些細な変化かもしれないけど……なんだか皆、前より仲良しになっちゃってさ。それ見てたら私ってばー……」
魔王様が、ニッコリと笑いました。
「惜しくなっちゃってんだよねー。この世界を無くしちゃう事が」
「世界を無くす……?」
突然出て来た過激なワードを、私はつい反復してしまいました。
そんな私の頭をポンと軽く撫で、魔王様は言います。
「そうだよ、無くなっちゃうんだ。私が勇者に倒される、それはイコール、ゲームクリア。それは更にイコールすると、世界の終わり……でしょ?」
ゆうしゃ「
→はい
いいえ
」
勇者さんが答えます。
世界の終わりって……
世界を征服しようとする魔王を、勇者が倒したら。
世界が終わる?
なんだか本末転倒じゃありませんか!?
「そんでさあ勇者サマー。さっき、まだクリアしてないのにスタッフロール見せてあげたでしょ? あれはさ」
魔王様は中指を立て、やっちゃいけないポーズをしちゃいました。
この酔っ払いの悪ノリ加減。
これは間違いなく私の前世、美奈子さんのモノ。
「あんたにゲームクリアはさせてやんないぞー、って意味を込めてたのさーっ!」
ゆうしゃ「
はい
→いいえ
」
勇者さんは軽く頭を下げ、会釈をしました。