会釈(かいわこまんど)
「どうしたの和田くーん。アホみたいな顔してー」
難しい顔をしながらパソコン画面を見ている和田さんに、いつものように酔っ払っている美奈子さんが話かけました。
「いや、ステータスアップ系ドーピングアイテムを使う時に、決定ボタン連打するとさ……」
「あー、アホみたいな顔はいつも通りだったわー」
「いや聞けよ。決定ボタン連打すると、ピンポンピンポン言いながら、何故かそのステータスがカンスト値、999になっちゃうんだよね」
それを聞いた美奈子さんは、ちーちゃんさんに話を振ります、
「だってさ。ちーちゃん先生。どう思いますかー」
「それは和田君が五回まわって会話コマンドでピンポーンって、くだらない小ネタを仕込んだからバグったんでしょ」
「あーなるほど。それか」
「さすがちーちゃん師匠ー」
「そのどうでもいい五回まわって~って仕様を消しなよ和田君」
ちーちゃんさんの提案に、和田さんは少し考えて、こう答えました。
「いや、めんどくさいからこのままで行こう」
決定ボタンとは、『剣モ』においては、会話コマンドを実行するボタンと同じです。
私の実験によると、この世界で会話コマンドに相当する行動は、『会釈』……
会釈。つまり、軽く挨拶やお辞儀をする事。
お辞儀。つまり、頭を下げる事。
要するに、私が秘薬を飲んだ直後にヘッドバンギングをすることで、決定ボタン連打の効果が発動。
ヘッドバンギングしている間にステータスアップ中だった『ぼうぎょ』『まほうぼうぎょ』『すばやさ』のステータスがカンストに……
これが、私に秘薬が効きすぎた理由だと思われます。
この前世の記憶と、結論に辿り付くのは、もうちょっと後になって。
一人になって、落ち着いて考えてみてからでした。
残念ながら今の私には、落ち着いて考える余裕は無かったのです。
「長老、大変です! 人間が!」
999という馬鹿げたナレーションに皆がざわつき、『なんか神の声の人が間違えたんだろ。噛んだとか』という空気になりかけていた時です。
エルフの男性が慌てて部屋に飛び込んできました。
「人間がやって来ました!」
その鬼気迫る様子に、私たちはとりあえず999の事は横に置くことにしました。
「人間が来たくらいで今更どうしたと言うのです。珍しいけど、今までもたまにやって来ていたでしょう?」
長老さんが、嗜めるようにそう言いました。
人間……
もしかして、昨日カフェで暴れた人間さん二人組が、復讐のために暴れてたり?
そんな悪い予感がしたのですが……
「勇者が、勇者たちがやって来……うわぁ!」
「邪魔すんぞぉ、エルフの長老さぁん」
……もっとタチが悪い人達が、押入って来たのでした。
―――――
「おいエルフどもぉ~。何も言わずに秘薬をくんねーかなァ?」
部屋に入って早々の傍若無人なセリフ。
勇者さんの仲間、戦士さん。
相変わらず人を馬鹿にしたような口調です。
あれ?
この人、私のクリスタルレインボーで棺桶になっていたはずですけど……
「ああ、そうだぁ。クスリのついでに金と食い物もくれよぉ」
「ちょっと! いい加減にしなさい! そんな言い方じゃくれるわけないでしょ!」
怒鳴り声と共に、女の人が部屋に入ってきました。
神官のような、コテコテなRPGの回復役っぽい恰好をしています。
この女の人、私の前世で見た覚えがあります。
ツ●ールに用意されていた汎用キャラグラフィックの女の人です。
「うるせえなぁ。新参は黙ってろクソ女ぁ」
「勇者様も何か言ってやってよ!」
ゆうしゃ「
はい
→いいえ
」
「さすが勇者様!」
何が『さすが勇者様!』なのかは理解できませんでしたが……
どうやら勇者さん御一行に仲間が増えて、三人になってしまったようです。
新メンバーの女僧侶さんです。
戦士さんも何故か生き返ってるし……
しかし、何故ここに勇者さん達がいるのでしょうか。
エルフの秘薬イベントはまだ相当先、戦士さんが裏切っちゃった後の予定だったはずです。
まあそもそもゲーム中に実装されてない没イベントでしたが。
「ミィ、ヨシエ、俺の後ろに隠れていろ」
お兄ちゃんが小声で指示しました。
その言葉に従って、私達は急いでお兄ちゃんの影に隠れようとします。
特に私は顔もバレてる事ですし。
……チラッ。
あ、しまった。
今隠れる直前、勇者さんがこちらを見ていたような……
わ、私の事に気付いてませんよね……?
いやそう言えば勇者さんは、お兄ちゃんとも面識が……
ば、バレた?
ゆうしゃ「
→はい
いいえ
」
「え? 急に何? 勇者様」
「コイツたまにワケわかんねぇよなぁ」
……今のはバレたって事なんでしょうか?
しかし勇者さんは、別にこちらを襲うような素振りをしてきません。
っていうかこの人、何を考えているのか分からないです。
「秘薬を渡すことは出来ません……それでもまあ一応聞かせて貰いますが、あなたたちは何故秘薬が欲しいのですか」
エルフの長老さんが、勇者さん達に尋ねました。
「それが聞いてくださいよ村長さん。あ、里長? 長老さん! この馬鹿がですね!」
と僧侶さんが早口で言って、戦士さんを指差しました。
「この馬鹿が、よりにもよって小さな女の子に負けて死んじゃって! せっかく買った高い剣もそこに置きっぱなしになってるみたいで。マヌケですよね。あ、私が魔法で生き返らせてあげたんですけど。勇者様の仲間になると何故か死んでも生き返る事出来るんですよね。知ってます? 凄いですよね。なんででしょうか。勇者様の仲間じゃなくなった瞬間、死んでも生き返らなくなるらしいんですよ。私の考察ではおそらく勇者様に星の加護的な? 何かそういうのがあって? あ、でも勇者様の仲間のためだけに、蘇生魔法とか、蘇生アイテムとか、教会の生き返らせるコマンドがあるのってなんかおかしいですよね。多分もっと深い何かがあるんじゃないかと思ってて。そうだ、地獄のコンニャクの」
「失礼。秘薬が欲しい理由だけを教えてくれませんか?」
僧侶さんの要点が分からない長話に、その場の皆の頭が痛くなりかけた時、長老さんがやっとツッコミを入れました。
「あ、ごめんなさい。それで、要は小さな女の子に負けちゃうようなままじゃダメだってことで、秘薬でパワーアップしたいんです」
なんと、私のクリスタルレインボーで戦士さんを倒しちゃったことで、シナリオが前後しちゃったみたいです。
それにしても勇者さんの仲間になると、簡単に生き返る事が出来るんですね……まあ確かにゲームでもそうですが。
ズルいです。
「ただの小さな女の子じゃなくて、モンスターだっつってんだろぉ……」
戦士さんが苦々しく呟きました。
「ちょうどそこにいるようなぁ、忌々しいクソ人狼の……」
そう言って、戦士さんは、お兄ちゃんの方に顔を向けて……
隠れて覗いていた私と、目が合いました。
「……」
そしてニヤッと厭らしい笑いを浮かべました。
「ひっ」
私は急いで顔を引っ込めたのですが、
「なぁ~んで、そのお嬢ちゃんがここにいるんだぁ~?」
完全にバレてしまいました。
「ナニナニ。えっ、もしかしてこんな小さい女の子に負けたの?」
ゆうしゃ「
→はい
いいえ
」
「えっダサッ」
「黙れ。このお嬢ちゃん、ガキのクセに妙ぉな技使うんだよぉ」
そう言って戦士さんは、私を睨みつけました。
その視線に対し、お兄ちゃんも戦士さんを睨み返します。
「そこのオニーサぁン。そんなに怖い目で見ないで、安心してよぉ。別にここで急に襲ったりはしないからさァ」
戦士さんはそう言って。
ナイフを投げてきました。
腰に差したナイフの位置が私から死角になっていたため、戦士さんがナイフを抜く瞬間は、見えませんでした。
私より数十倍耳が良く殺気に敏感なお兄ちゃんやヨシエちゃんも気付かなかったので、まさに物音も殺気も立てない早業だったのでしょう。
私は、戦士さんがナイフを投げるために腕を振っている途中に、気付きました。
ナイフには、洞窟の時の剣と同じように魔力が込められているようで、ギラリと鈍い光に包まれています。
慌ててお兄ちゃんの顔を見ると、まだ何が起きようとしているのか気付いていない様子です。
ヨシエちゃんと、長老さん、ついでに戦士さんの横にいる僧侶さんの顔を見ても、やはりまだ気付いていません。
私は『危ない』と叫ぼうとし、
「あ」
危ないの『あ』の字を言ったところで、ナイフが戦士さんの手を離れ、投げ放たれました。
その刃は、お兄ちゃんの顔に向かっています。
「ぶ」
お兄ちゃんはその瞬間、ナイフに気付いたようです。
急な攻撃に驚き、反射的に左手を前に突き出し、頭を逸らそうと動きました。
「な」
しかし、お兄ちゃんの頭の動きに追従するように、ナイフの軌道が変わりました。
何かしらの魔法でしょうか。
このままでは間に合わない、お兄ちゃんの頭にナイフが刺さってしまう。
そう思った私は、とっさにお兄ちゃんの前に飛び出し、
「いー」
私は、ナイフを額で受け止めました。
カンッという軽い音がし、ナイフが弾き飛び、床に落ちました。
「ーーぃぃぃ……あれ?」
ナイフに気付いてから、今この瞬間までの間……
世界が、スローモーションのように、ゆっくりと流れていました。
自分が今何をやったのか、頭が、理解が追い付かず。
なんだか足元がふわふわしています。
「……おォ……?」
戦士さんが私の顔を見て、変な唸り声を上げました。
「ミィ……? いつの間に前に……いや、それより今ナイフが……?」
お兄ちゃんの言葉に、私はナイフが刺さった……いや、『当たった』額をさすってみました。
でも別に痛くもないし、血が出てるということもなく。
周りを見ると、部屋にいる皆が驚きの表情を浮かべています。
いや勇者さんだけはよく分からない表情でしたが。
「999……」
長老さんが呟きました。
ヨシエちゃんが私に、そして僧侶さんが戦士さんに、それぞれ何かを言おうと口を開けました。
しかし言葉が出ないのか固まったままで、先に戦士さんが言葉を発します。
「驚いたぁ。このチビ、瞬間移動でも使えるのかぁ? でもなんでナイフを弾いたんだぁ……」
その言葉から間髪入れずに、
「試してみるかぁ」
再びナイフを投げようとしました。
今度は目標を私に定めて。
さっきよりもさらに素早い動作で。
素早い……と思うのですが、これも何故か私の目にはスローに映りました。
私はとりあえず戦士さんの横に回り込み、持っているナイフを叩き落とそうと……非力な私の力ではビクともしません。
しかたないので腕に絡み付き、無理矢理に止めました。
「うォ!?」
腕にしがみ付かれたことでバランスが崩れ、戦士さんがよろけて片膝をつきました。
あ、これはチャンス。隙だらけです。
私は足に渾身の力を込め、戦士さんの向こうズネを思いっきり蹴り上げました。
「えいっ」
ぽこっ
「……なんだ今の蹴りはぁ……」
会心の一撃が出ることに賭けたのですが、案の定駄目でした。
結局いつもの私のへっぽこキック。ダメージゼロです。
しまった、逆に戦士さんを挑発するような結果になっちゃったのでは……
「なんで、洞窟で俺を殺した技を出さねえんだぁ……? 弱い俺に同情でもしてんのかァ……?」
そう言って戦士さんが私を睨みます。
私は、更にナイフで攻撃されると考え、その場から飛び退きました。
お兄ちゃんが慌てて私の元に駆け寄って来ます。
「なんなんだよてめえぇ、そんな強いクセに、弱いフリして……その上俺に手加減かぁ?」
戦士さんは体を震わせ、絞り出すような小声で言いました。
なんだか危ない空気です。
このパターンはきっとまた、何か飛び道具とかを出しそうな。
私は次の攻撃が来る事を覚悟しました。
しかし……
「白けた。俺ぁ先に宿に帰ってるわァ」
戦士さんはそう言い残し、部屋から出て行きました。




