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入城(ふりーず)

『勇者さんのレベルが上がったとの、天の声が聞こえましたよ……フフフ、天が状況を言葉で伝えてくれるだなんて、便利極まりない御加護ですね』


 勇者さんの肩に止まっている小鳥さんロボットから、サイサクさんの声がします。


『まだニワトリを倒していないのに急に瞬間移動してしまったようですが、それでもなんとか無事パワーアップを果たせたようで。おめでとうございます』


 勇者さんのレベルが、最高値になってしまったのです。


 ナレーションが言っていました。

 さっきまでの勇者さんはレベル三十八。

 その時点でも最強武器のせいで強敵と化し、私達は逃げるしか無かったのに。


 それが今は、レベル九十九。



 ……すごーく、ヤバイのでは?



『では僕は準備があるので。一旦通信を切りますよ』


 そう言って小鳥さんロボットは勇者さんの肩にしがみ付いたまま、プツンと小さな音を立て、その後喋らなくなりました。


 準備……準備とは一体?


 気になりますが、今はそれを考えている暇はありません。


 勇者さんは、屋根の上から飛び降りました。

 両足で庭に着地。

 そして、ゆっくりとこちらに近づいています。


 釘バットを引きずりながら。

 ゆっくり。ゆっくりと。

 なんだかホラー映画の怪人みたいです。

 勇者なのに。


「お、お庭の芝生が荒れるから、バットを引きずるのはやめてくださいぃ!」


 私はそう叫びました。


 こんな時に、そんなツッコミを入れている場合じゃなかったかもしれません。

 でも気になったので……


 勇者さんは意外と素直に立ち止まり、バットを引きずるのをやめてくれました。

 それどころかバットを頭上に放り投げて……


「こ、コケェッ!?」


 空中の釘バットに気を取られていると、トサカさんの鳴き声。


 勇者さんは右手を挙げ、手の平をトサカさんに向けています。

 そして、特撮番組等でよくある超音波を可視化したような、輪っかが連なった光線を出しました。


 その輪っか光線が、トサカさんの頭に当たっているのです。


「と、トサカさんっ!」


 私は咄嗟にトサカさんを助けようとしました。


 しかし……足が、動きません。

 手も。

 胴も。

 首も。


 動くのは口と目玉だけ。


 これは、何度か掛かったことがある……金縛りの魔法!?


「ぐ……な……いつの間に……?」


 首を動かせないので確認できませんが、ヴァンデ様も私の隣で動けずにいるようです。


 そして勇者さんは、先程真上に投げた釘バットを、左手でジャグリングのように綺麗にキャッチしました。


 そうか。

 どうやら、上空の釘バットに気を取られている隙に、足元から金縛りの魔法を掛けられてしまったようです。

 迂闊でした。以前も似たようなフェイントを仕掛けられた事があるのに……!


「コ、コケ……」


 勇者さんは再び歩みはじめ、トサカさんに近づきました。

 トサカさんは目が虚ろなまま、腰と頭を下げます。


 そして勇者さんは、トサカさんの背中に乗りました。

 私がいつもドラゴンさんの背中に乗っているのと、同じように。


「しまった、操られている! トサカ、気を確かに持て!」

「操られ……? と、トサカさん!」


 しかしトサカさんは、私達の呼びかけに答えてくれませんでした。

 勇者さんの魔法により、完全に操られてしまっています。


 目を丸くし、クチバシを軽く開け、呆けた表情のまま。

 翼を広げ、舞い上がり……


「ケエエエエエエエエ!」



 勇者さんを乗せたまま、空高く飛び立ちました。



「あの方向は……!?」


 動かない顔の視界の端で、なんとかトサカさんの姿を捕捉します。

 トサカさんが向かっているのは……


「魔王城か……!」

「た、たたた大変でしゅぅ! ヴァンデ様ぁ!」


 早く追いかけないと、勇者さんがお城に乗り込んでしまいます。


 お城には屈強なモンスターさん達がたくさんいます。

 でも、今の勇者さんはレベル最高。さらに最強装備付き。

 無双状態。


 ミズノちゃんに、博士さん。スー様。

 悪魔老師さん、妖精さん、バリア自転車部隊のマッチョマンさん、私と同じ人狼達、一緒に仕事をした部隊の方々。

 それに上司のディーノ様、サンイ様、魔王様……


 皆、私と仲が良い、そして強靭なモンスター達。


 でも今の勇者さんは、その誰よりも強いのです。



 大切な仲間達が危ない。



「ぬぬぅぅーん! う、動かない……」


 勇者さんを止めないと。

 しかし体を動かそうとしても、目と口以外はまったく動きません。


 そんな焦る私に、ヴァンデ様が言いました。


「すまん、ミィ……許せ」


 ヴァンデ様は、「はっ!」と、らしくない気合いの入った声を上げました。

 ボンッと、私の顔の周りの空気が爆ぜます。


「うひゃっ!? ヴァ、ヴァンデ様何を…………あ、動ける」


 ヴァンデ様が使った魔法のショックで、私の金縛り魔法が解けました。

 そう言えば、この魔法は攻撃を受けるなりしてショックを与えられれば、解除される仕組みでしたね。


「俺にも攻撃して、金縛りを解いてくれ!」

「こ、攻撃って、でもぉ」

「急げ!」

「ひゃいぃ!」


 私は駆け足でヴァンデ様に近づき、


「えいっ! ごめんなさい!」


 と、お腹を殴ります。

 ぺしんと音がしましたが……


「す、すまないミィ。もっと強い攻撃を……」


 非力すぎる私の力では、金縛りを解くだけの威力が出せなかったみたいです。


「えぇぇ……わ、分かりましたぁ! ぬぬぬーん! 水ー! 消防車ー!」


 私は『なんか色々の杖』を振り上げ、水を発生させました。

 そのまま杖を振り、勢いを付けて放水します。

 濁った水がヴァンデ様の白い肌に、ぴちゃりとかかりました。

 ヴァンデ様は目を閉じ、顔を背けます。


「あ、ご、ごめんなさぁいぃ……」

「いや……おかげで動けるようになった。ありがとう」


 顔を服の袖で拭きながら、そう言ってくれました。

 この杖も、中々役に立ちますね。


「な、なんて落ち着いてる場合じゃありませんでしたぁ!」

「ああ、勇者を追いかけるぞ。しっかり俺に捕まっていろ、ミィ!」


 ヴァンデ様はそう言って、右手で私を抱き寄せ……


「え? うきゃあっ!」


 魔法で、空を飛びました。

 私はヴァンデ様の背中に両腕を回し、しっかりと捕まります。


「俺……私は自分自身を浮かせることは出来るが、スー様のように他人を飛ばす事は出来ない。少々危険だが、ミィは俺にしがみ付いて……」

「ヴァンデ様。こんな時に言うのもなんですけど……私の前では『俺』で良いです」


 そう言うと、ヴァンデ様はちょっとだけ驚いたような顔をします。

 しかしすぐに、いつもの無表情に戻り……そして、ちょっとだけ口角を上げて、


「分かった」


 とおっしゃいました。


 その直後、



「クェエエエエエエエエエエエエ!」



 前方からニワトリの大きな鳴き声。

 トサカさんと勇者さんに追いついたのです。


「トサカさぁぁん! 止まってくださぁい!」

「コケッ……ケ、ケエエエエ!」


 錯乱した様子で上下左右に首を振るトサカさん。

 それでも私の声が届いたのか、多少スピードを落としました。


 が、しかし、勇者さんが再び右手をトサカさんの頭部に向けました。

 更に手の平から輪っか光線を出し、トサカさんの脳を刺激します。


「コッケエエエエ!」


 トサカさんの飛行スピードが上がってしまいました。


「あ……」


 そして目の前に迫る、浮遊大地。

 ついに、目と鼻の先が魔王様のお城という空域まで来てしまいました。


「しまった……! 追い付けない、このままでは勇者が城に……!」


 そう言ったヴァンデ様は、大量の汗を流し、歯を食いしばっています。

 全力で魔法を使い、スピードを出し、なんとか追い付こうと頑張っておられるのです。

 

 しかし空中では鳥であるトサカさんに分があるようで、離されるばかり。


 勇者さんがお城に到着するまで、あと数メートル。

 数秒。


 あと、もう少し……



「ゴッゲエエエエ!?」



 突如、何者かがトサカさんに体当たりしました。

 ただでさえ巨大なトサカさんより、更に巨大な影。


「まったく、やっと追いついたと思ったら……何遊んでるんだいあんたら」

「ドラゴンさん!」


 送迎用のドラゴンさんです。

 大ニワトリ帝国から、この短時間でここまで飛んできたのでしょうか。

 速い。やはりドラゴンは凄いです。


「コケ……コケェェ!」


 ドラゴンさんの体当たりで、トサカさんは正気に戻ったようです。

 勇者さんを振り払うように、身体をぶんぶんとくねらせています。

 勇者さんも、負けじと再び手から洗脳光線を出そうとしました。


 しかしトサカさんが暴れ馬のように跳ね上がり、ついに勇者さんは空へ放り投げられてしまいます。


「コケッケェ~」


 トサカさんは右羽を目の下に置き、アッカンベーのポーズ。


「や、やりましたぁ! さすがトサカさん。勇者さんは……この高さから落ちたら死んじゃいますね……なーむー」


 少し気の毒ですが、我々モンスターの敵である勇者さんに情けをかけている場合ではありません。

 私はホッとして、ヴァンデ様の胸の中で溜息を一つ……



 しかし勇者さんは、地上へと落ちてゆくという最大のピンチにも関わらず、慌てる素振一つ見せません。

 手を伸ばし、釘バットを魔王城に向け……


 ズドン、と、大きな衝撃音。


 釘バットからキラキラと光るビームが出ています。

 いやビームというより、エネルギーの塊のようなものでしょうか?

 そのエネルギーが伸び、浮いている大地の外壁に突き刺さったのです。


 バットから出ているエネルギー波はすぐに縮み、勇者さんの体は引き寄せられるかのように魔王城に近づき……


「あっ、いけない! このままじゃ……!」



 勇者さんは、お城の外庭に降り立ってしまいました。



「いかん、やめろ! 止まれ勇者っ!」


 勇者さんに少し遅れて、トサカさん、ドラゴンさん、そしてヴァンデ様と私の順で、お城の外庭に辿り着きました。


 庭には大勢のドラゴンさんやペガサスさん。そしてモンスター兵士さん達がいます。

 しかし、そのモンスター軍団でも勇者さんを止められなかったようです。


 勇者さんが通った後と思われる、城門への道。

 そこに、巨大なドラゴンさんや悪魔さん、鬼さん、オークさん、それに私と同じ人狼も……

 数体のモンスターが倒れています。


 私達より、たった数秒早く庭に着いただけなのに。

 その数秒で、こんなにも多くのモンスタ―を。


 そして勇者さんは、今まさに正門をくぐり、城内に入ろうとしています。


「だ、ダメ……!」


 私はそう呟き、足に力を入れ駆け出しました。

 自分で言うのもなんですが、他人からはワープに見える程の素早い走り。


 しかし、それでも間に合わない。

 勇者さんがお城に入ってしまう。



 勇者さんがお城に入る。

 それは、このゲームの暫定クリア条件。


 フリーズし、ゲーム自体を強制終了しないといけなくなる。


 ゲームだと再起動するだけ。

 でも、もしこの世界でフリーズが起こったら?


 どうなる?


 皆、死ぬ……?



「と、とまってええええええ!」


 私は叫びました。


 しかし、勇者さんは私をチラリと一瞥した後。




 足を、城内に踏み入れました。





 ぱっと、目の前が明るくなりました。





 一面真っ白……光に包まれているのです。


 近くにいたはずの、ヴァンデ様やトサカさん、ドラゴンさん、そして多くのモンスタ―さん達。

 誰も見当たりません。



 ここは、どこ……?



 フリーズしてしまった世界……?



「私は……」


「ミィさん」



 急に名前を呼ばれ、後ろを振り向きました。

 そこには、知っているお顔が二つ。


「……勇者、さん?」


 一人は勇者さん。

 地面に姿勢よく正座し、釘バットを隣に置いています。


 そして、もう一名。

 さっき私の名前を呼んだ方。


「ついに勇者がここへ来てしまいました。そして、ミィさんも」


 と、落ち着いた男性の声。

 聞くだけで何故か私達モンスターに畏怖の念を抱かせる、不思議な声です。


「……魔王様?」


 黒い影に白い仮面。

 モンスターの王。

 魔王様。


「安心してくださいミィさん。この真っ白な空間は精神世界とか、そういう小難しそうなアレではありません」

「は、はぁ……?」

「もっと具体的な、俗物的な空間……ふふ……ふふふふ」


 魔王様が笑っておられます。

 不思議な笑い声です。

 男性の声なのに、何故か女性らしさがあり……


「ふふふ……ふっふっふー」


 ……いや、女性……


 女性らしさとかって問題じゃないです。

 これは完全に女性の声ですよ!


 いつもの魔王様は男性の声。

 でも、今の魔王様は女性の声。

 ふっふっふと笑っている途中で、急に声が切り替わったのです。


 え?

 何?

 なんで?


「ふっふふへへへへー。いやー、この瞬間がいつまでも来なけりゃいいやと思いつつ、それでも心のどっかでは待ち望んでいたのだよー。ミィちゃーん」


 魔王様は、声質も喋り方も、ついでに私の呼び方もガラリと変わっちゃいました。


 どうしてでしょうか。

 この女性の声も、聞き覚えがあるような気がします。


 どこで……?


 なんとなく勇者さんの方をチラリと見ると、目の色も表情も何も変えずに、ただ魔王様を見ています。


「ミィちゃん、アーンド、勇者サマ……は正直余計だけど。まあいいやー。待ってたよー。むっふふふー」


 魔王様は、白い仮面に手を掛けました。


 いつもは黒いもやっとした霧のような体だったのに。

 仮面を外した瞬間、その体の実態がハッキリと形作られました。


 白く細く爪が長い綺麗な手。

 痩せ気味の体形。

 肩まで掛かっている、黒から染め直した淡い茶髪。


「あ、あなた……魔王様ぁ……え? な、何故……えぇぇ?」


 魔王様は仮面を地面に捨て、私にその素顔を見せてくれました。



「……わ、私……?」



 魔王様の顔は、私の顔でした。



 正確に言うと、私の『前世』の顔。




 美奈子さんが、そこに立っていました。

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