襲来(きちゃった)
空から落ちて来た人物。
それは、ゲームの主人公。
「貴様、勇者……!?」
ヴァンデ様が驚きの声を上げました。
何故、どうして勇者さんが此処に?
反モンスター同盟の研究所にいると聞いていましたが。
それに突然空から降りてきた、登場方法。
瞬間移動の魔法です。
あの魔法は、一度行った事のある場所に移動できる魔法です。
と言う事は、勇者さんはこの大ニワトリ帝国に来た事がある……?
いや、そんなハズありません。
ゲーム内では、かなり終盤に初めて訪れる場所。
それにソリョさんもさっき、初めて来たような言い方をしていましたし……
『ふうむ。先程の瞬間移動ついでに、この島上空にカメラを複数飛ばしたのですが……ソリョさんは見当たりませんね。死んでしま……っても、勇者さんのお仲間である限り生き返るのでしたっけ? やはり先程聞こえた天の声の通り、逃げてしまったという事でしょうか』
小鳥さんロボットを通し、サイサクさんが喋っています。
天の声……ナレーションの事でしょうか?
ソリョさんが勇者さんの仲間から脱退した時に、どこからともなく聞こえたナレーション。
あれが、遠く離れた勇者さんの近くでも流れていたというのでしょうか。
そして何事が起ったのか確認するため、この島に瞬間移動した。というワケですか?
しかし何故、初めて訪れるはずのこの場所に、瞬間移動する事が出来たのか?
それが分からない……
……いや、そうか。『初めて』じゃないんだ。
別に本人が来なくても良いのです。
勇者さんの『仲間』が一度来てしまえば。
さっき、『まだ勇者さんの仲間だった』ソリョさんが、この島に足を踏み入れたのでした。
その時点でこの大ニワトリ帝国が、勇者さんが使う瞬間移動魔法の移動先候補に追加された。
そして瞬間移動魔法で大ニワトリ帝国を選択した場合、移動する先はこのニワトリ大聖堂前。
『まあ、あの僧侶が逃げようが死のうが、どちらでも構わないのですけどね。そもそも、あのような古色蒼然たる宗教家魔法集団などは、勇者に似つかわしくない。最新の科学を有す、我々反モンスター同盟技術開発部こそ、勇者のパートナーにふさわしいと言えるでしょう』
小鳥さんロボは、ソリョさんが聞いたら憤怒し暴れ出しそうな事を言っています。
そんな小鳥さんを肩に乗せ、ファンタジー宜しく佇んでいる勇者さん。
身に着けている装備は新品でしょうか? 綺麗に光っています。
形はシンプルだけど、とにかく青い。爽やかな青の、爽やかさが行き過ぎて逆に毒々しい真っ青になっちゃったような鎧。
どっかの戦国武将が被っていたような、大きく『愛』の文字……違う、よく見ると『受』の文字飾りを付けた、武者兜。
どう見ても工業用の、絶縁性バッチリそうな安全靴。
滑り止め付き、金の軍手。
そして、ヤンキー漫画の必須アイテム。釘バット。
こ、この装備……これは……
「あれは……最強装備……」
『ほほう? 人狼の子供が勇者さんと同じ事を言っていますよ。有名なのですか? 私にはどうもその装備が史上最強だとは思えませんが……いえ、確かに釘バットは殴られたら痛そうですけどね』
思わず口にしてしまった言葉に、サイサクさんが反応しました。
そうですね。釘バットは殴られれば痛いって言うか洒落にならないと思います……って、そんな事呑気に考えている場合じゃない。
あの見た目最悪ダサイ五点セットは、ゲーム内における最強武具。
この島にある伝説の武具……よりも遥かに強いと言う、設定泣かせな装備アイテム達です。
『せっかく王族から頂いた支度金を、武器ガチャなんて怪しい店に全部注ぎ込んだ時は驚きましたが……あの人狼の反応から察するに、その価値はあったという事でしょうか?』
そうでした。
あの最強武器五点セットは、武器ガチャの最高レア各〇・二パーセント、合計一パーセントの低確率で入手できるアイテム。
コンプリートするには、とんでもないお金と運が必要なはずです。
それをやっちゃったんだから、凄いというか、馬鹿らしいと言うか……
でも、最強武器を揃えているのなら、何故この島に来たのでしょうか?
この島で入手出来る伝説の武具は、今勇者さんが装備している釘バット等より遥かに劣る物。
その事を知らないのでしょうか?
……いや、あの勇者さんの目。視線の先。
も、もしかして……
『それで、次はあの巨大なニワトリを倒せば、パワーアップするのでしたっけ?』
そのサイサクさんの言葉に、私は愕然とします。
知っている。
勇者さんは、トサカさんをじっと見つめながら、釘バットを持つ手に力を込めています。
ゲームでの展開。
勇者さんがトサカさんを倒す事が出来れば、魔王城へワープする。
そして経験値が付与され、勇者さんのレベルは最高値になる。
製作時間が足りずに適当にやっちゃった展開ですが。
何故か。
勇者さんは、その展開を知っている。
「に、逃げてくださいトサカさん!」
「コケッ?」
私が叫ぶと同時に、勇者さんはトサカさんに向かい駆け出しました。
トサカさんと、その近くにいるヴァンデ様は、迎え討とうと構えます。
私は足に力を入れ、短距離全力疾走。
ヴァンデ様達の所へ辿り付く前に、勇者さんに追いつき、スネに蹴りを一発……
「痛っ!?」
勇者さんは私が来る事、それもスネに蹴りを入れてくる事を予見していたのでしょうか。
釘バットでスネを隠すように、ガードしていました。
私はそのまま釘バットを蹴ってしまったのですが……
ちょっと痛い。
数か月ぶりに感じる、皮膚の痛み。
骨は折れていません。
すり傷さえも付いていません。
本当に、ちょっとだけ痛かっただけです。
ダメージ一と言った所でしょうか?
でも、痛い。
私は防御力がカンストしています。
それでも、ダメージが入ったのです。
これが最強武器、釘バットの力。
「貴様!」
私が驚き怯んでしまったのを見て、ヴァンデ様が勇者さんに襲い掛かりました。
走りながら両手に魔力を込め、右手には氷の魔法。左手には闇の魔法。
一瞬で間合いを詰め、二つの魔法を勇者さんに叩き込み……
『へえ。魔王軍軍師でもその程度の魔法なのですね』
サイサクさんが、小鳥ロボ越しに煽りました。
勇者さんは、ヴァンデ様の魔法を全て頭で受け止めます。
正確には頭に装着している、巨大な『受』の文字を飾っている兜。
兜は、まるで空気中に舞う埃を掃除機で吸い込むかのように、あっさりと魔法を全て吸収してしまいました。
「なっ……そんなまさか!?」
ヴァンデ様は驚きながらも、続けて攻撃するため再び魔力を手に込めました。
しかし、兜は次の魔法を待つ事なく……
「あぁ、危ないヴァンデ様ぁ!」
兜から、先程ヴァンデ様が放った攻撃魔法と、同じものが飛び出しました。
この『受』兜の効果は、魔法攻撃無効。および反射。
私は慌てて足に力を込め、ヴァンデ様の前に『ワープ』します。
私の背中に魔法が炸裂し、衝撃音が響きました。
一応、ダメージはありません。
さっき釘バットでダメージを受け、ちょっとヒヤリとしましたが、今回は痛くも痒くもありません。
良かった。まだ私はカチカチなままです。
釘バットが厄介な事には変わりないのですけど。
「ミィ、すまん! 平気か!?」
ヴァンデ様は、飛び出した勢いのまま前に進む私を、体で受け止めてくれました。
「はい、でも、えっと、あの勇者さんの装備は……」
「ミィ、後ろっ……」
ヴァンデ様は、突然私の体を引き寄せました。
そして庇うように抱きしめ、私と体の位置を入れ替えるように、くるりと回り込み……
「ぐっ」
勇者さんに、思いっきり蹴られました。
勇者さんのレベルはまだ低いはずです。
本来ならこの程度の蹴り、ヴァンデ様には全く通じないのに。
でも、最強武器を装備した事により、攻撃力が飛躍的に向上しているのでしょう。
釘バットを装備しているのに蹴りの威力が上がるのは、おかしな話です。
しかしそのようなシステムなので仕方が無いのです。
ヴァンデ様は私を抱いたまま、勢いよく吹き飛ばされました。
「きゃああっ!」
「コケェッ!」
ヴァンデ様と私の体を、トサカさんが胸のフワフワな羽毛で受け止めてくれました。
「かたじけない、トサカ」
「あ、ありがとうございますぅ」
私達は、トサカさんの羽毛の中でお礼を言いました。
しかし……ヴァンデ様でも歯が立たない。
私の自慢の防御も、釘バットの前では不安が残る。
スネキック、じゃなくてクリスタルレインボーも、何故か見透かされている気がする。
いけません。
これは結構絶望的な……気がする……
「コケッ……」
トサカさんが、勇者さんを見て目を丸くしています。
「……いかん、避けろトサカ!」
勇者さんが体に真っ赤なオーラを纏い、釘バットをまるで槍のように真っ直ぐ構え、凄い勢いでこちらへ向かって来ているのです。
確実に。
トサカさんを、殺す気です。
「こ、コケェ」
しかしトサカさんは、その翼で飛び上がり逃げる事もせずに。
逆に翼を閉じてしまいました。
「トサカさん!? は、早く逃げて……」
「ココッケッ」
言葉は分かりませんが、何かを決意したような鳴き声。
私達を、守ろうとしている……?
「ダメですトサカさん! 逃げて!」
「トサカ、無茶はやめろ!」
「コケーーッ!」
勇者さんが、すぐ傍まで近づいています。
私はトサカさんの羽に包まれ、身動きが取れません。
間に合わない。
早く、どうにかして……
トサカさんを、移動……瞬間移動……テレポート……
「そうだ!」
私は、左手に握りしめていた杖の効果を思い出しました。
「ヴァンデ様ごめんなさい。に、逃げましょぉお」
「逃げる? どうやって……」
「そのまま私に捕まっててくださいぃ!」
ヴァンデ様は、私の体を守るように抱きしめてくれています。
私は右手でトサカさんの羽をしっかりと掴み、羽毛の中でもぞもぞと左手を挙げ、叫びました。
「ぬぬぬぬーん、テレポートぉ!」
その瞬間、視界がぐにゃりと歪みました。
この『なんか色々の杖』は、火や水を出せるだけではないのです。
本来の機能は、自宅へのテレポート。
仲間達と一緒に、私の自宅へ。
…………
数十秒……いや、数分?
どれくらいか分かりませんが、もうとっくに勇者さんが襲い掛かって来るはずの時間が経ちました。
「ヴぁ、ヴァンデ様……ご無事ですかぁ?」
「ああ……ミィも無事か?」
「はいぃ……トサカさんは?」
「コケッコ!」
トサカさんは一声鳴いて羽を広げ、私達を離しました。
私はヴァンデ様に抱かれたまま、地面に転がります。
ヴァンデ様はすぐに立ち上がり、私の手を取り起こしてくださいました。
「ここは……私のおうちです」
「ああ。そのようだな」
見慣れた家屋に、見慣れた庭。
「どうやら、無事逃げ帰れたようです」
「……そうだな」
ヴァンデ様はいつもの無表情ではなく、どこか苦々しい顔で呟きました。
それを見て私は、ぺこりと頭を下げます。
「あ、あの。申し訳ありませんヴァンデ様。勇者さんを倒すチャンスだったのに……その、逃げて……」
「いやミィのせいではない……俺……私の力不足、それにリサーチ不足だった。まさか勇者が……人間が……あそこまで強く」
『パパパパッパッパーン!』
それは突然に。
軽快な効果音が、私の庭で鳴り響きました。
『勇者はレベルがあがり、38から99になった!』
「……え?」
これは、先程ソリョさんが勇者さんのパーティーから抜けた時にも聞きました。
ナレーション。
天の声。
私の部屋……
窓から見える部屋の中が、光り輝いています。
あんなまばゆい光を発するものなんて、何も置いていなかった……
……透明な箱?
魔王様のお城、庭で拾った箱。
先程も言いましたが、ゲームシナリオにて。
勇者さんがトサカさんを倒した直後、お城へワープします。
その時、透明な箱が発動し、勇者さんのレベルがMAXになる程の経験値を付加するのです。
上を見上げました。
光が窓から洩れている、私の部屋。
その真上です。
屋根の上。
真っ青な鎧に、『受』文字の兜。釘バットを持った人間の青年が、堂々と立っています。
「勇者さんも……来ちゃったんだ……」