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生け捕り(のっときる)

「ぶぶふっ」


 という短い叫び声。


 謎の吸血鬼マスクさんがお兄ちゃんの背中から落ち、砂浜に頭から突っ込んじゃったのです。

 カニのモンスターが掘ったのでしょうか、謎の吸血鬼マスクさんの顔程もある大きな穴があり。

 その穴に、それはもう見事にずっぽりと頭が突き刺さり、腰の辺りまで埋まっちゃいました。


 って、デジャヴでしょうか。

 どこかで見た、いや体験したような光景ですが……まあいいや。



「グアオオオオオッ!」


「きゃあああっ! オバケ! 怪物! クリーチャー! 鬼! 悪魔! 幽霊! フランケン! 血まみれ少女! 万引き犯!」



 問題は、巨大狼に変身しているお兄ちゃんと、混乱してとりあえず怖いものを羅列しているっぽい僧侶さんです。


 お兄ちゃんは、浜辺に大きな足跡を残しながら迫って来ています。

 僧侶さんは悲鳴を上げながらも、意外にも逃げ出さず、風の魔法や、なんかキラキラ光ってる光の魔法を放ち、お兄ちゃんの進行を邪魔しています。

 しかしお兄ちゃんは持ち前の身体能力で魔法を避け、進路をギザギザに取りながら着実にこちらへ近づきます。


「きゃー! きゃー! 来ないで来んな!」


「グオオオオッ!」


「あーん! いやああ! 何て言ってるのか分かんないから普通に喋ってよ! 普通に! プリーズ!」

「それはですね。お兄ちゃんは『妹から離れろ。大人しく捕まれ。勇者はどこだ教えろ。死ね』と、四つの要求をしているのです」


 なんだかちょっと可哀想だったので、狼語の通訳をしてあげました。


「何よそれ! 二番目と四番目の要求で矛盾してるし!」


「ウォォォオオオオオン!」


「えっとぉ……『じゃあ死ね』だそうです」

「もー何よ! 何なのよそれ!」


 お兄ちゃんが大きく飛び跳ねました。

 その巨大な体躯がお日様を隠し、私達が影の中にすっぽりと埋まります。


 そうして一瞬で間合いを詰めたお兄ちゃんは、素早く私を口に咥えます。

 再び高く飛び上がり、僧侶さんから遠ざかりました。


「おおおお兄ちゃん、高い怖いぃぃ」

「ガウッ」


 お兄ちゃんは僧侶さんから離れた場所に着地後、すぐに私を地面に降ろしてくれました。


「ガウガウ?」


 通訳すると、『大丈夫だったか? ケガはないか?』です。


「うん、別にケガとかはありませんけどぉ……」

「ガウゥ」

「あっ、ちょっとお兄ちゃん待っ……」


 お兄ちゃんは私の安全を確認し終えると、すぐにまた僧侶さんの方へ駆け出して行きました。

 さっきのガウゥを訳すと、


『あの人間を倒してくる』


「お、お兄ちゃん! 殺しちゃダメ!」 


 私は咄嗟にそう叫びました。

 殺すという単語に、離れた場所で身構えている僧侶さんの顔が強張ります。

 別にお兄ちゃんは殺すと言ったわけじゃないですけど……

 いや『死ね』って言ってたし、殺す気かも?

 

「ウォォン!」


 お兄ちゃんは、『分かった、生け捕りにする』と言っています。


 その言葉を聞き、私はホッとしました。


 情報を聞きだすため捕虜にしたい、という考えもあります。

 でもそれよりも、なんというか……一応仲良くなっちゃったので、死んじゃったら悲しいと言うか……

 さっきも無用なお世話だったとは言え、突如現れた巨大なモンスター(お兄ちゃんの事です)から私の事を助けようとして、抱え上げてくれましたし。


「な、何よお! やる気!? ミィちゃんのお兄ちゃんだからって手加減してやんないんだからね!」


 僧侶さんは強気な発言。しかし足が震えています。

 仕方ないでしょう。自分より何倍も大きなモンスターと対峙しているのです。

 さっきから攻撃魔法を放ち続けていますが、それも全部避けられていますし。


 ボスキャラであるお兄ちゃん相手では、基本的にサポートキャラである僧侶さんに、勝ち目はないのです。

 戦ってもケガするだけ。


「あ、あのぉ! お願いだから、早く投降してくださぁい!」


 私は叫びましたが、僧侶さんは差し迫った危機にパニック状態なのか、聞こえなかったようです。


「やあってやろうじゃないの! 舐めんなよ! 私だって教団ではちょっとは名の知れた魔法使いだったのよ! 中央北南寄りの暴れん坊とは私の事よ!」


 そう言ってまたキラキラな光属性っぽい魔法を放ちます。

 しかし勘の良いお兄ちゃんは、魔法を発動するモーションを見ただけでどこに飛んで来るのかが分かってしまうようで、軽々と避けています。


「あーもうヤダ! あーもう何なの! 来ないでってば変態!」


 ついに僧侶のさんの目前に迫るお兄ちゃん。

 後ろに飛んで逃げようとした僧侶さんは、転んで尻もちを付いちゃいました。

 そしてペタンと地面に座った体勢から、魔法を使う事も忘れ、その辺の砂や貝殻を拾って投げています。


「ヤダヤダ食べないで! 私美味しくないよ、一応聖職者のクセにお肉ばっかり食べてるから臭みが強いよ! ああそうそう、聖職者だからきっとお兄さんにもバチが当たるよ! お腹壊すよ! 胃潰瘍になるよ! 盲腸炎になるよ! 寄生虫もいるかも!」

「ガウ……」


 大声でわめきながら手足をジタバタさせている僧侶さんを見下ろしながら、お兄ちゃんの動きが止まりました。


 殺さずに生け捕りにする。と私と約束してくれましたが。

 多分あの顔は、「どうやって捕まえようか?」と困っている顔です。


 力の差は歴然。

 倒しちゃうのは簡単でしょう。


 でも力の差が大きいからこそ、殺さず捉えるのが困難なのです。

 噛み付く、ひっかく、押さえ付ける。何をやってもペキッと殺しちゃいそう。

 しかも僧侶さんは暴れています。

 大人しくさせようとしたら、またそれで殺しちゃうかも……


「あのおー!」


 私は僧侶さんに「大人しく捕まってください」と呼びかけようとして、今更ながらそう言えばこの人間さんの名前を知らなかった事に気付きます。

 心の中では「僧侶さん」と呼んでいますが、実際口にして呼んだことはありませんでした。

 どう呼びかけましょうか?

 じゃあとりあえず、お姉さんって事で。


「えー……お、お姉さん! 大人しく捕虜になってくださぁーい!」

「いやーんもう来るな来るな来るなー!」


 聞いてくれませんでした。

 もっと近くに行って説得しようかと考え、歩を進めた、その時です。


「おいクッキーぃ! そのクソ女ァとっ捕まえるんなら、俺が縄ァ持ってっからよぉ!」


 お兄ちゃんが島に上陸した地点から、声が聞こえました。

 謎の吸血鬼マスクさんが、無事穴から抜け出せることが出来たようです。

 腰に付けていた縄をほどきながら、お兄ちゃん達の方へ走って近づいています。


 ……けど……あれって……ええ!?


「……あんた……なんで?」


 暴れていた僧侶さんは、吸血鬼マスクさんの『顔』を見て、ピタリと大人しくなりました。


「ガウゥ……」


 お兄ちゃんが唸ります。

 訳すと、


『……おい謎の吸血鬼マスク。マスクが取れてるぞ』


 さっきまでハマっていた浜辺の穴を見ると、マスクが落ちています。

 穴から脱出する時にズリ脱げたのでしょう。


 しかし吸血鬼マスクさんは狼語が分からないのか、自身の顔の異常事態にまだ気付いていません。

 縄の端をビッと引っ張り真っ直ぐにして、悪役チックな笑いを浮かべ、僧侶さんに近づいて……


「ウラセ……なんでいるのよ?」

「はぁ!?」


 そこでやっと気付いたようで、自分の顔をパチンと叩いて、さっきまで被っていた物が無くなっている事を確認しました。


 あの吸血鬼さん……いや人間さん? いや吸血鬼? 元人間?


 とにかく、吸血鬼マスクさんの正体は……

 元勇者さんの仲間、戦士さんでした。

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