長無駄話に潜む重要な情報(がまんしてきく)
「それでその偉そうなオバハンがさあ。ああ、そのオバハンは一応王族なんだけどね、親戚で同じく王族のオッサンがモンスターに捕まったんだって。だから助けろ! なーんて命令するのよ。私はアンタの家来じゃないっつーの、と言っても断るわけにも行かないし、お金や船もくれるって言うからさ。どこに捕らえられてるのか分かんないし、そもそも死んでんじゃないの? とも思うんだけどまあ貰えるものは貰っとこうってね。私ってば、ティッシュ配りとか新商品のお試し支給品とか貰いまくっちゃうタイプなんだよね。そうそう、この前も新しいクスリの支給品配っててさ、よく見ずに『私にも頂戴!』って言ったら、それを配ってたお姉さんが妙な顔をしてさ。良く見ると男性用のちょっとエッチなお薬で」
「え、えっちなおくすりぃ……?」
「あらゴメンね。ミィちゃんにはちょっと早いお話だったかな?」
僧侶さんは、相変わらず話が長いです。
そして、とりとめなく話題が変化していくので、要点が分かりにくい。
私の苦手なタイプです。
しかし私は必死に話を聞きます。
僧侶さんは迂闊にも、勇者さんの現状報告をしてくれるからです。
打倒勇者さんを目指している私にとって、良い情報源なのです。
そして今話している内容は、勇者さんが請け負っている依頼について。
王族の偉いお方が魔王軍に捕まったので、助け出してくれとの事。
その捕まった偉いおじさんとはおそらく、侯爵さんの事でしょうね。
以前バリア作戦の時に捕縛し、現在は捕虜収容搭の最上階スイートルームに入っている。
多分今頃は悪魔老師さんと呑気に将棋でもやってる。
あの侯爵さんです。
でも私は、侯爵さんが現在魔王城に捕らえられていると言う事は黙っていました。
一応機密情報でしょうし。
敵に教えちゃダメでしょう。
僧侶さんは敵である私にべらべらと情報を喋ってくれていますけど……
「そんでそのオバハンからお金をたくさん貰って……あっそうそう。これで金策の必要も無くなったんで、もうミィちゃんのお兄ちゃんと戦う必要も無くなったわけよ。そこは一安心。実はうちの勇者様はね、わんわん洞窟のお宝を奪って換金しようって、ずうーっと諦めずに狙ってたのよ。私は『仲良くなったんだからやめようよ』って言ってたんだけどさ、全然聞いてくれなくて。でもそれが今回の件でやっと考えを改めてくれたのね」
「おお、そうなのですか」
中にはピンポイントで私に関係のある情報も。
ずっと懸念していた、お兄ちゃんと勇者さんの衝突。
その心配が無くなったようです。
……いやでも、これは喜ぶ事ばかりでは無いのかも。
ゲーム内では、お兄ちゃん対勇者さんの戦いは特殊なイベントバトルでした。
勇者さんが普通に戦っても、高ステータスなお兄ちゃんを倒すことは難しい。
しかし、妹である私の死体を見せる事でお兄ちゃんが動揺。
勇者さんがその隙を突き、一方的に攻撃して倒す。
という外道バトル。
でも私が生き残った事で、その戦法も使えなくなりました。
勇者さんは本来の推奨より遥かにレベルを上げ、装備を整えないとお兄ちゃんに勝てない。
お兄ちゃんに勝てないと、人狼族の秘宝を入手できない。
秘宝が無いと大金を入手できない。
大金が無いと船を入手できない。そしてストーリーが進まない。
なので最近の勇者さんは、お兄ちゃんを倒す準備のため、レベル上げアンドお金稼ぎモードに突入していたようです。
その間は、勇者さんの冒険もストップ。当然魔王城にも来ない。私達は平和にお菓子を食べる。
という膠着状態が続いていたのですが。
先程の話によると、お兄ちゃんを倒すまでも無く大金と船が入手できちゃうとの事。
つまり。
勇者さんが魔王城に乗り込んでくる時期が、近づいてしまった。
「あ、あのぉ。それで、何故この島に来たんですか?」
私は更に情報を引き出そうと、聞いてみました。
とは言え、だいたいの予想は付いているのですけどね。
この島中央にそびえ立つ高いお山のてっぺんには、伝説の剣と鎧が転がっています。
おそらくはそれを入手しに来たのだと思うのですが。
「そうそうそれそれ。あのね、王族に呼ばれてお城に行って、そこで変なお話聞いちゃってさあ。この島に、伝説の? 剣と鎧? なんて胡散臭いものがあるってさ。旅費も出来たし、じゃあ行って確かめてみっかって事で来たのね。いやーそれに海の近くって言うから美味しい物とかもたくさんありそうだしね~。昨日もさっそくフグ食べたよフグ。お金があるって素晴らしい!」
やはり思った通り、武具が狙いのようです。
しかしそれよりも私が今聞きたいのは、「勇者さんも一緒に来ているのか?」という事。
私の今の目的の一つは、勇者さんを倒す事です。
それも、サンイ様達に内緒で勇者さんに接近し、不可抗力的に「ごめんなさ~い倒しちゃいましたぁ~」って言えるような方法で。
今のシチュエーションならその言い訳も立つでしょう。
ここで僧侶さんに出会った事は、かなりのチャンスなのです。
しかしどうもこの僧侶さんは、たった一人、女性の細腕一本……いや二本でオールを漕いで来たように見えるのですけど……
「でも勇者様は忙しくてさあ。今も反モンスター同盟とかいう変な奴らと会ってて。またそこの技術開発部長ってのがムカツクのなんのって! もう! 思い出すだけでムカツク! いっつも私を見下してるのよね! それで私はあいつらに会いたくないから勇者様とは別行動。先にこの島に一人で下見に来たってワケなのよ」
聞き出すまでも無く、僧侶さん単独で来ているという事を喋ってくれました。
そっか。勇者さんはいないのですね……
じゃあどうしましょう?
とりあえず僧侶さんを捕まえて捕虜にすべきでしょうか?
うーん。なんだかんだ結局仲良くなっちゃったんで、それも気が引けるのですが。
「ミィちゃん、今私の事捕まえようって思ってるでしょ?」
「えうぅぅぅ!?」
突然、僧侶さんが私の目をじっと見つめながら、そう言いました。
「そそそそんな事はありまひぇん!」
心を見透かされ慌てます。
さすがは勇者さんの仲間。ただのお喋りに見えて、意外と鋭いみたいです。
「いいよ隠さなくても。ミィちゃんなら酷い事しなさそうだし、もう捕まっちゃっても良いかな~」
僧侶さんはそう言って砂浜に座り込み、空を見上げました。
その顔に太陽の光が照り付けています。
何故だかちょっと寂しそうな表情で、ヤケクソ気味な態度です。
「でも三食とオヤツと昼寝、適度なスポーツが条件ね。部屋にはテレビラジオ、ダブルのベッドに冷蔵庫、電子レンジ、本棚、クローゼット、シャワールーム……」
「……そ、そういう捕虜用の部屋はあるにはありますけど、もう埋まってましてぇ……」
「えっ! 冗談で言ったのにホントにあるんだそんなスイート収容所! 入ってるって誰? どんな囚人? 人間? モンスター? あっ分かった大昔、魔王がまだ魔王と名乗る前に戦ってたとかいう、半魚人の王様でしょ!」
「いえその、えっと……あっ、誰かは知りません」
危ない、ついうっかり侯爵さんの事を喋ってしまう所でした。
「ふーん、四天王のミィちゃんでも知らない重要な人物なんだね。ってことはやっぱり半魚人の王様かな。そう言えばさっきボート漕いでる時に、半魚人の子供を見かけたんだけどさ。いやあテッカテカに鱗が光ってて、なんだかキモカワイイよねアレ。鱗一つ頂戴って言えばくれるかな? くれるかも? 試しに言ってみれば良かったかも。試しにやってみるって言えばさあ……」
侯爵さんの事を勘付かれる事も無く、他の話題に移りました。
私はホッとします。
昔の半魚人の王様ってのはよく知りませんけど、多分ちーちゃんさんが酔っ払って考えてた中二的世界観の設定上のキャラですね。
悪魔老師さんも似たような昔話を言ってた気がします。
「……でね、それで私も試しに、木をこすりつけるだけで火を起こそうとしてみたのよ。でも駄目、全然駄目。何十分こすっても煙の一つも経たないし、腕は痛くなるし。どうせ火の魔法使えるから良いじゃん! って事で魔法を使って火を起こしたの。いやーあれは無駄な時間だったなあ。再生するタイプのスライムをずっと切り刻んでた時くらい、無駄な時間を過ごしちゃったよー。そのスライムってのがなんとも綺麗な色しててね。一部分だけ切り取って小瓶に入れてみようかなって、やってみたんだけど。次の日の朝には小瓶がパンパンになってて、触れた瞬間破裂。破片でほっぺたが傷付いちゃってもう大変。治癒魔法で一応治ったんだけど、しばらくはなんだか気になってお化粧も濃くなっちゃって。ちょうどその時は金欠で代わりに食費が」
僧侶さんは再び長い無駄話を語り始めちゃいました。
私はそれを聞きながら考えます。
先程、僧侶さんが「もう捕まっても良いかな」とか言ってましたが、
「じゃあ、捕まってくれますか?」
と言ったら、素直に捕まってくれるのでしょうか?
ただの冗談にも聞こえたので、なんとも微妙な所ですが。
どうしましょう、一応提案してみましょうか?
などと思っていた時でした。
海から突然、大きな波音。
そして、
「ウォォォオオオオオオンッ」
と、大きな咆哮。
狼の鳴き声です。
訳すと、
「ミィ。危険だ、離れろ」
私と僧侶さんは驚いて、音がした方を見ます。
巨大な狼が、凄まじい速さで、海を泳いでこちらへ向かって来ていました。
「ガウゥゥウッ!」
その巨大狼は、地面に足が付く所まで辿り付くやいなや、走り出しました。
水や砂に足を取られる事も厭わず、血走った目で。
「な、何よアレぇ!?」
僧侶さんは立ち上がり、私を抱えました。
多分私と一緒に逃げるために抱え上げたのでしょうが、突然抱っこされ私も「うあぁ」と驚きます。
それに私は逃げる必要は無いのです。
僧侶さんは逃げた方が良いかもしれないけど。
だって、あの巨大な狼は、
「私のお兄ちゃんですぅ!」
「お兄ちゃん、あんなんだったっけぇ!? それにあの上に乗ってるプロレスラーは!?」
よく見ると謎の吸血鬼マスクさんもいました。
お兄ちゃんの背中にしがみ付き、「おォいクッキー! 落ち着け俺が落ちるだろォ!」って叫んでいます。