お喋り再来(なれなれしい)
猫吉さん達をお城に護送する兵士さん達が来るまで、私達は大ニワトリ帝国で待機する事にしました。
縛った猫吉さん達と共に、大聖堂で休憩します。
「トサカ。何故お前はこんな所で人間達の神として崇められているのだ」
「コケッコケッ」
「……何を言っているか分からん。イエスノーで答えられる質問ならば良いだろうか」
「コッ」
ヴァンデ様がトサカさんに問い詰めています。
どうやらヴァンデ様でさえも、この大ニワトリ帝国をの事を知らなかったようです。
「この国について、魔王様は知っておられるのか?」
「コケッ」
トサカさんが頷きます。
長老さんのニワトリ帽を借りればお話が出来るのですが、その事を言おうとした瞬間、トサカさんが大きな羽で私の口を塞ぎました。
どうやらヴァンデ様には知られたくないようです。
トサカさんは一時的に魔王様に協力しているだけと言っていました。
なので、ヴァンデ様に情報を渡したくないのでしょうか?
私には結構すんなり教えてくれましたけど。
いつもあげているお菓子のパワーでしょうか。
甘いものは強いのです。
「そうか、魔王様は知っているのか。ならば……」
「コケッコ」
どうやら話が長引きそうです。
私は少し外で暇を潰すことにしました。
海岸で寝ているドラゴンさんの様子も気になりますし。
それに……なんというかその……ヴァンデ様といると、緊張するというか……
いや違います別に深い意味はないんですけど!
「……行ってきまぁす」
「ケッケー」
―――――
「ああそうだ。猫吉さん達との戦いで試しに使ってみれば良かったです。この杖」
私は海岸を歩きながら、トサカさんから頂いた『なんか色々の杖』を手に、呟きました。
持ち手部分に埋められている宝石に太陽光が反射し、緑色に輝いています。
「とは言っても、出るのはマッチの炎レベルとの事ですが……」
試しに今使ってみる事にしました。
辺りを伺い、誰もいない事を確認します。
もしかしたら危険かもしれませんからね。
ドラゴンさんはここよりもっと遠くの浜辺で寝ています。
ここは完全に無人。私以外の誰もいません。
「ぬぬぬぬー、炎よ出ろー!」
そう唱えながら、杖を頭上に掲げてみました。
ぽっという可愛らしい音。
杖先を見ると、マッチどころか線香花火のような儚い火花がバチバチと。
「……ぬぬぬぬーん、水よ出ろー!」
ちょろちょろと泥水が。
「うーん。完全に宴会芸レベルですね……」
でも、
「でも楽しい! なんだこれ! これが魔法かあー!」
私は初めての魔法にウキウキワクワクドッキドキ。
はしゃぎながら火花を出し、「回転花火ぃ~」と言いながら杖を振り回します。
火花の残像が線を描き、空中に輝く道を作り出しました。
「わあーキレイキレイ。次は、水よ出ろー! 消防車ー!」
濁った水がちびちび出ます。
それでも更に杖を強く振った瞬間は多少水圧も上がるのか、水が意外と遠くまで飛びました。
遠くと言っても、三メートルくらいですけど。
「よーし次は火と水、一緒に出ろー!」
ジュッという消火音が何度も何度も繰り返されます。
火花と水が絶え間なく出て、自分で消火活動をし続けているのです。
「わあー。くだらなーい!」
本当にくだらない現象です。
だけどなんだか私はハイになって来ました。
こういう事ってありますよね。
「よっしゃー、次は水溜まりを作って」
「あら? あらあらあらー!? おーい、ミィちゃーん! ミィちゃんでしょ! ミィちゃんだー! 久しぶりーミィちゃん! 私よ私ー!」
突如、高波が起こるんじゃなかろうかって程の大声で、名前を呼ばれました。
一艇の小型ボートが島に近づいています。
エンジンなどはなく、完全に手動でオールを漕ぐタイプの小舟です。
驚くべき事に、乗組員はたった一人。
「ヤッホーやほやほヤッホー! えー、なんでミィちゃんここにいるのー!? 奇遇だね奇遇! キグー! あ、干し肉持ってるんだけど食べるー!? 狼なんだし好きでしょ干し肉! ああでもちょっと待ってね、今そっちに行くからさー、いやあこのタイプの船って漕ぐのが大変で大変で」
波しぶきで顔が良く見せませんが、声から察するに女性です。
一人の力だけで、船を漕いでいますよ。
対岸に見える港町から来たのでしょうか。
行き掛けに私が寄った港町とは、別の港町。
人間さん達が住んでいるから近づくな、と言われた町です。
まさか、あの町から一人でずっとボートを漕いで来たのでしょうか?
私がこの島に来た時は、海越えにドラゴンさんの飛行能力で三十分掛かりました。
人間さんの港町からも、だいたい同じくらいの距離があると思われます。
そんな距離を、あんな小さな人力船で。
中々前に進まないでしょうし、波に航路を邪魔されたでしょう。
「いやー遠いねえこの島。港から見るだけなら、すぐ近くにあるように感じてたのにさ。いざ航海したら五時間も船漕ぎっぱなしだったよー! 腕パンパン!」
「ご、五時間!?」
腕パンパンってレベルではないでしょう。
疲労で骨折しちゃいますよ。
「あっはははは。ごめんごめん五時間は言い過ぎかー! そうだなー、正確には四時間五十分くらい!」
「ほぼ同じですけどぉ……」
そこで私はやっと、相手の顔を確認する事が出来ました。
話しかけて来たことから分かるように、ボートに乗っているのは私の知り合いです。
でも、モンスターの知り合いではありません。
数少ない、人間の知人です。
「言い過ぎって言えばさー、聞いてよミィちゃん! 昨日私、対岸に見える港町のホテルに一人泊まったんだけどさ、そこの料理! 名物とか言う変なカラフルな魚の煮物。店の看板には『はっ旨い旨すぎる、旨すぎて他の魚が食えなくなるゾ!』なんて書いてあって。どんなに美味しいんだろうかと思って食べてみたら、まあフツー。確かに美味しいけど、そこまででもないの。これ過大広告って奴よね。言い過ぎー。ちなみに私が今までの人生で食べた中で、一番美味しい魚はね、炎の町の炎の川に棲んでる熱耐魚って種類のお魚でさ、これがいくら熱しても焦げないの。焼き魚なのにお刺身みたいな食感でさ。あっ、食感と言えば最近人間の社会では新しい食感のお菓子が出て。私それにハマっちゃってさ。もしかしてモンスターの国にも似たようなのがあるかもしれないけど」
その女性は、岸に辿り付き、ボートを桟橋に止めるまでの十数分間、ずーーっと喋りっぱなしでした。
お喋りな人間さん。
そんな知り合いは一人しかいません。
勇者さんの仲間、僧侶さんです。
「ミィちゃーんおっ久しぶり~」
「あぅぅ……」
ボートから降りた僧侶さんは、いきなり私に抱き付いてきました。
相変わらず人間とモンスターの壁を越えて、馴れ馴れしい……いやフレンドリーなお方ですね
「よぉーしよしよしよし、ミィちゃんヨーシヨーシヨシヨシ」
抱き付くだけでは飽き足らず、私の首に手を回し、喉の下をコチョコチョと撫でてきました。
「わ、私猫じゃないんですけどぉ……!」
「えー? でも耳と尻尾が嬉しそうにピョコピョコ動いてるけど?」
「うぁ……ち、違うんですよこれはぁ」
やはりこの人は苦手です。
「人狼も喉の下を撫でると喜ぶのね。うーん、やっぱりミィちゃんは私の良い研究対象だわ」
いつの間にか実験動物にされちゃってたようです。
不名誉な……!