信頼(たよれる)
フサオさんは私を羽交い締めにしたまま、倒れたモンスターさん二人組に目線を向け、口を開きました。
「こっから先は、そいつら信者には見せられねーような事をしようと思ってまして、ちょっと眠って貰ったんですよ~。後で洗脳のし直しだぞ団十郎」
「分かっておりますぞ、アニキ」
獺団十郎さんが手をパンパンと叩き、私とフサオさんに近づきながら言いました。
フサオさんの事をアニキと呼んでいます。
何故? どういう事? 獺団十郎さんがリーダーじゃないんですか?
確かに、フサオさんの方が歳は上っぽいですが……
「……そうか、どこかで見た事あったと思っていたがお前は」
ヴァンデ様が、フサオさんの顔を見て言います。
「化け猫にしては規格外の体躯、そして銀色のたてがみ。以前、化け猫の町の駐屯地で見たぞ。元魔王軍の兵士だな。数か月前に早期退職したと聞いていたが……確か名前は……」
記憶を探るように、顎に手を置きます。
「猫吉だったか」
「へぇ、ボンボンのお坊ちゃまなクセに、下級兵士だったあっしの事まで覚えてくれてたんですねー。でも今はフサオって芸名でさぁ」
ネコキチ……?
ふ、フサオって名前は嘘だったんですか!?
それに元魔王軍って……大企業にお勤めなさっていたのでは?
ああーっ!
もしかして、あのコマーシャルも全部嘘だったのですか!
「そ、そんなぁ……じゃあ痴呆症になった奥さん……キンメダイさんは……?」
「金目鯛なんて気の毒な名前のメス猫、いるわけねーだろー!」
「ああー! やっぱりそうだったんですかぁー!」
私も変な名前だなとは思っていたんです。
でもでもでもでもぉ!
他人の名前にツッコミを入れるのは失礼かなと思って、スルーしてたのにぃ!
ふ、ふーん!
いいですもん!
不幸な家族はいなかった、メデタシメデタシ! って思う事にしますもんだ!
「それで、軍を抜けた後に宗教を始めたのか? さっきミィに掛けていた幻術を利用して……おおかた、幸福感を無駄に増強させる類のものか」
「その通りでさぁ。幻術に加え、それっぽい教祖を立ててね。ちょうど昔からの弟分でね、顔だけはそれっぽく偉そうなカワウソがいましてねえ。コイツのことですが」
「どうも、某は獺団十郎と申す。以後お見知りおきを」
獺団十郎さんはぺこりとお辞儀をし、茶化すように言いました。
私が人質になっているせいで、ヴァンデ様の前でも余裕しゃくしゃくなようです。
うーん、私にそんな人質としての価値があるとは思えませんが……
「だが、体が大きいだけの老猫でしかないお前が、そんな高等な幻術を使えるとは思えないな。貴様、除隊前に何かアイテムでも盗んだか」
「さすがお坊ちゃま、半分正解で。でも心外だにゃあ、軍から盗んだのではないですよ、拾ったのです。だからヴァンデ様も知らないアイテム。それがどんなものかって事まで教える義理はありませんけどね。それよりも、コチラもお坊ちゃまに聞きたい事がありましてねえ」
なんてヴァンデ様と猫吉さんが喋っている間、私はバレないようにそろ~っと左手を動かしてみました。
猫吉さんは大きな右手で私の胴と右腕を抑え込み、大きな左手を私の首に突き付けています。
となると一応、私の左腕は自由。
非力な私は、巨大な猫吉さんを振り払う事はできませんが、この自由な左手を使って何か打開策は無い物か……?
「このニワトリ国家。どうやってこんな大勢の人間を、こうも完璧に洗脳しているのかー? あっしらもの信者も増え続けてましてね。そいつらをここの人間達みたいに、思うがままにコントロールしてみたいのでさぁ」
その猫吉さんの言葉に、元長老さんが反論します。
「洗脳などされておらんわい! 我々大ニワトリ帝国国民は古くから」
「コケッ!」
「人間と鳥は黙ってろ! 食うぞ!」
猫吉さんは獅子や虎のような迫力で叫びました。
元長老さんと、その周りの人間さん、そして小さなニワトリさん達は恐怖で口をつぐみます。
……ついでに、私も怖くて竦みました。
「で、どうなんですかいヴァンデさ~ま~?」
そして猫吉さんは、再び軽い口調に戻りました。
ヴァンデ様は猫吉さんの恫喝にも表情を崩さず、冷静に答えます。
「知らんな。私はこの村の件についてはノータッチだ。そもそも今日初めてここに赴いたし、初めて実態を知った」
「……へぇ、そんな余裕な態度で良いのですかねー?」
猫吉さんは、左手の爪を私の首筋に近づけました。
爪先が当たり、私の肌が軽くへこみます。
「ほーら、もうちょっと力を入れたら、このお嬢ちゃんの首がカッ切れて、血の海になっちゃいますよー?」
脅迫する猫吉さん。
ニヤニヤ笑っている獺団十郎さん。
しかし、ヴァンデ様もそのお顔に軽く笑みを作り……
「貴様ごときが、ミィを傷付けられるはずがない」
ハッキリと、そうおっしゃられました。
「はあ? あっしがちょっとこの左手に力を入れるだけで、もうこの人狼の首は……」
猫吉さんが何か言ってますが、その内容は私の頭に入って来ませんでした。
ヴァンデ様が、私の事を信頼してくれているのです。
しかも笑って。
ただその事が嬉しくて。
そうだ、これが……
幸せ?
チリンと、猫吉さんの首の鈴が鳴りました。
「すず」
私は、ポツリと呟きます。
その言葉に、猫吉さんの腕が強張りました。
私はそれには構わず、左腕を挙げます。
首筋に巨大な爪が突き立てられ……そのまま無傷で跳ね返しました。
「なっ、痛あっ!?」
鉄のような私の肌に生爪を押し付けた事で、逆に猫吉さんにダメージが入ってしまったようです。
羽交い締めにしていた腕の力が弱ります。
私は左手で、猫吉さんの首の鈴を掴みました。
猫吉さんは慌てたように、後ろに下がりながら、私を突き飛ばそうとして……
ぶちりと、首輪から鈴が取れました。
「幻覚。鈴……そうです。私知ってますよ」
猫吉さんは私が手にしている鈴を見て、目を見開き、襲い掛かって来ました。
しかし私は足に力を入れ、周りの皆さんからは『ワープ』に見える動きで、素早く後ろに下がります。
猫吉さんの猫パンチは空を切りました。
「指パッチンもダンスもインチキでぇぇ、ほ、本当はこの鈴で幻覚を出してたんですよね!」
私はヴァンデ様の後ろに隠れるように逃げながら、そう叫びました。
「ガキぃぃい……!」
「あ、アニキ~!」
猫吉さんと獺団十郎さんの顔色が変わりました。
やはり図星だったようです。
「ミィ、よくやった」
「えっ。えっへへへへー。むふふふ」
ヴァンデ様が褒めてくれました。
私は顔がふにゃふにゃに……はっいけない。気を引き締めて!
まだ猫吉さん達をやっつけたわけではありませんよ。
「馬鹿にしやがって、ガキどもー!」
ほら、猫吉さんたらザ・悪役みたいな台詞を元気に言ってます。
私とヴァンデ様は、身構えました。
「軍師だか四天王だか知らんが、良い気になってんなー!」
猫吉さんの体がモコモコと膨れ上がっています。
身体能力アップ系の術を使ったのでしょうか?
ただでさえ巨体だったのが、更に巨大な……もう比喩で無く本当にライオンになっちゃいました。
「ふん。化け猫でなく化け風船だったのか?」
「黙れガキ。もういい、小細工せずにぶっ殺してやりまさぁ! あっしはお坊ちゃんのようなエリート様が大っ嫌いなんでね、いつか殺してやろうって思ってたんですよー!」
「うひー、アニキ! かっこいいですぞー!」
巨大になった猫吉さん。
二足歩行も捨て、四足歩行となりゆっくりとこちらに近づいてきます。
私はヴァンデ様の影に隠れ……い、いや、それじゃダメです。
「わ、わわわわ私が相手ですよぉぉぉぉ……!」
そう叫びながら、一歩前に出ました。
「……ミィ?」
「わわわ私、ヴァンデ様をお守りするっててて」
こ、怖いです。ライオン怖い。
私の防御力なら大丈夫、死にはしない。
でも、怖いものは怖いのですよ!
「約束、やくそくしましたからぁ」
そうだ。イローニさんと約束したんです。
こんなライオンさんにヴァンデ様が負けるとは思いません。
今ここで、私が出しゃばって守る必要は無いかもしれません。
それでも、私がヴァンデ様をお守りしないといけないのです。
「面白い。さっきはどうやって爪を弾いたのか知らねーですがね……今のあっしは、さっきの数十倍のパワーをぉぉ!」
ガリッ。と。
小気味良い音がしました。
猫吉さんが私に攻撃した音ではありません。
ヴァンデ様が猫吉さんに攻撃したわけでもありません。
勿論、私でも、村人さん達でも無い。
「クエっ」
巨大化した猫吉さんより、更に巨大なニワトリさん。
トサカさんです。
「クックエェ~」
トサカさんが、猫吉さんの頭をガブリと咥えています。
「おぶぶぶなやなああにゃああああごぉ」
首から上をすっぽりとクチバシに挟まれ、猫吉さんはもがいています。
さすがのライオンさんも、巨大ニワトリさんには勝てないらしく……
「あ、アニキー!」
獺団十郎さんが、トサカさんの足元でわめいています。
しかし戦いを挑む勇気まではないようです。
そこにヴァンデ様がスタスタと近づき、手を伸ばします。
カワウソさんは、
「ひゅぅー」
と気の抜けたような呼吸を一回して、眠っちゃいました。
―――――
「あっぶ、ああぶううう」
これは猫吉さんの呻き声。
トサカさんが、猫吉さんの足を咥え、海すれすれを飛んでいるのです。
たまに石切りのように水面に当たる猫吉さん。
最初は「やめろー!」とか「殺すぞー!」とか威勢が良かったのですが、どんどん元気が無くなって「あぶあぶ」言うだけになっちゃいました。
「ああやって、獲物を弱らせておられるのじゃよ」
と教えてくれたのは、元長老さんです。
獲物って……食べる気なのでしょうか?
「猫吉達は城に連れて行く。もうすぐ護送用の兵士が来る。コマーシャルを打つほどの宗教団体、軍で利用できるかもしれないからな。鈴での幻覚を利用していただけではあったが……」
ヴァンデ様が言いました。
とりあえず食べられる事は無いようです。良かったですね猫さん達。
ちなみに獺団十郎さんとその他二名の勧誘員は、気絶したまま縄で縛られています。
「鈴と言えばミィ。どうしてあの鈴が幻覚用のアイテムだと知っていた?」
「えっ。あ、はい。それはそのぉ……」
知っていた理由。
案の定、前世の記憶です。
あれは勇者さん達が、私の故郷にあるわんわん洞窟のイベント……つまり私の死亡イベントをこなした直後のお話です。
わんわん洞窟の秘宝を奪い、お金持ちの依頼主から報酬を貰う勇者さん。
そして次なる高収入の依頼を受けます。
それは化け猫ダンジョン奥深くに住む怪物、巨大猫のおヒゲを奪い取る事。
化け猫ダンジョンとは、化け猫の町すぐ近くにあるダンジョンです。
そして巨大猫とは、私が以前化け猫の町カジノで戦った、あの巨大猫さんと同じ種族。
化け猫族では無く猫。超巨大な猫です。
「ほら、私の実家の猫。アホみたいに可愛いでしょ?」
と、ちーちゃんさんが自慢しながら持ってきた猫の写真を、そのままパソコンに取り込んでグラフィックに転用した敵。
ニワトリのモンスターではなくただの巨大ニワトリであるトサカさんと、似たような種族です。
ともかく、その化け猫ダンジョン内で手に入るアイテムこそが、今回猫吉さんが使っていた『幻覚みせちゃう鈴』なのです。
普通に戦っても倒せない巨大猫さんの首に、その鈴を付ける。
すると猫さんはずっと笑いっぱなしになるので、皆でボコりましょう!
というボス戦イベントですね。
ちなみに鈴はそのボス戦で壊れます。
きっと私がわんわん洞窟で生き残った事で、勇者さんは化け猫ダンジョンには行かなかったのでしょう。
歴史、というかゲームのストーリーが変わり、鈴も壊れないままダンジョン内の宝箱に。
そしてその後、偶然鈴を手に入れてしまった猫吉さんが、その力を利用して宗教を作った。
……って所でしょうね、多分。
しかし、「前世で知ってましたの、うふふふ」なんて痛い説明は出来ませんよね。変な子だって思われちゃう。
「て、テレビで見ました。民放です」
「そうか」
ヴァンデ様はそれ以上追及しませんでした。
ふう、無事に誤魔化せましたよ。
「あらためて狼様、そして狼様の上司のお方。今日はあの化け猫達から大ニワトリ帝国を救ってくださり、ありがとうございますじゃ」
元長老さんはそう言って、ニワトリ帽を被った頭を深々と下げました。
それに続き、村民さん達も頭を下げます。
そして小さな白きニワトリさん達も、「クワパパパ」と多分お礼を言っています。
「あっ、いえ。えへへへ、そんな大したことはぁ……」
まさか人間さん達に感謝されるとは思っていませんでした。
私はニヤけながら頭を掻きます。
「コッケエエエエ!」
海の上で、トサカさんが叫びました。
クチバシから猫吉さんが離れ、海に潜り「がぼがぼ」と溺れ、またすぐに足を咥えられ宙に浮きます。
「トサカ様も言っておられますじゃ。『ミィちゃんは大ニワトリ帝国の守り神だがね!』と」
名古屋訛りなその言葉に、私は村人の皆さんと一緒に笑います。
「ミィ」
笑っている私の肩を、ヴァンデ様が軽く掴みました。
「さっきは、俺を守ろうとしてくれて、感謝している……これからも、頼りにして良いか?」
そう言って、ちょっと照れるように目線を逸らし……
「はははい! た、頼りにしちゃってくだひゃい!」
私の方はちょっと所か盛大に照れ、顔を真っ赤にして返事をしたのでした。