幸福(ゆびぱっちん)
「幸せですかー! 幸せですかー!」
「はぁ……えっとぉ……しああせぇ……?」
獺団十郎さんの指パッチンとボックスステップダンスの足音が、私の頭の中でこだましています。
老猫のフサオさんも、そのメインクーン品種の巨大な身体で地面をドスドス響かせ、首輪の鈴をチリンと揺らしながら、獺団十郎さんの真似をして指パッチンをしました。
それに続くように、その他二名いる勧誘員モンスターさんも同じようにパチパチ。
私の視界が揺らめきます。
幸せ。
幸せかぁ。どうなんでしょうね。
私って幸せなんですか?
生まれた時から最弱モンスター。
魔法も使えず、力も弱く。
チビで、スタイルが悪く、ちんちくりん。
臆病だし。
引っ込み思案だし。
滑舌も悪いし。
良い所ないですね私。
ダメだ。ダメダメだ……こんな……こんな私なんて……
こんな……私が………………幸せだなんて。
幸せだぁぁあああ!
「はい! 幸せです! しわーせ! きゃはははは」
「お、狼様!? お気を確かになさるのじゃ!」
元長老さんが私の肩を揺すります。
でも大丈夫。私の気は確かです。
だってこんなに幸せなんだしぃ。
「私、幸せなんですー!」
そうですよ私幸せじゃないですか。
何故なら、えっと、アレです。
しわわせだからです!
「しゃーっせっですぅぅー!」
「ふははははは。魔王軍四天王よ、幸せであろう! さあ入るのだ、カワウソ幸せオーラ研究所に入るのだ! そして全財産を浄財するのだー!」
「幸せですぅ…………じょ、ジョーザイってなんですか?」
「寄付の事なのだー!」
「なーるー寄付のことですかー知識が増えて幸せでーすぅ」
この状況に対し、自分の心の奥底で危険信号が灯っています。
でもよく分かんなくなってきました。幸せだもんで。
「所長、ニワトリ国の洗脳術を探りましょう」
フサオさんが、獺団十郎さんにそう耳打ちしました。
きっとこのフサオさんも、今の私のような感じで幸せになったんだろうなあ。そうだろうなあ。ああ幸せだにゃあー。
「おお、そうだ。ついいつもの癖で……四天王の人狼よ、幸せであろう? この村を洗脳しニワトリ国家を作った方法を喋るのだ。さすれば更に幸せになれるぞ」
「洗脳とは何の事じゃ! そもそも大ニワトリ帝国建国のきっかけは、古くよりこの村に伝わる神様が降臨して……」
長老さんが抗議していますが、それより私は獺団十郎さんの言葉が気になりました。
「ぬっへへへぇー……更にしゃーわせぇになれるぅ……?」
「ああ、喋れ。喋るのだ」
もっと幸せにしてくれるそうです。
そっか、それはありがたい。
「喋る気になったか?」
はい。私が知っているありのままを話すとしましょう。
「はぁい。えっとですねぇ、網に住むニワトリさんが、薬は使わず、風車が? オーガのニックさんがぁ……御利益だそうですぅ」
「……は?」
「以上、それが私の知ってる全部でぇす」
「…………は?」
獺団十郎さんやフサオさん達が困惑しています。
何故でしょうか?
私は全部正直に話しましたよ。
多少うろ覚えで、自分でも意味が分かってない部分が多いですけど。
「所長ー、幸せオーラの加減を間違えて錯乱させすぎたのかもしれません。もう一度やってみましょう」
フサオさんがそう言って、また鈴を鳴らしながら白装束の襟元を正しました。
「うむ、そうだな。さあ四天王よ、もっと幸せにしてやる。某の目を見て……」
「見つけた」
ふと誰かが背後から、私の頭にポンッと手を置きました。
するとモヤモヤしていた頭が晴れ、謎の幸福感と高揚感が引いて行き……
「ほへぇー」
なんて呆けたような溜息。
つまり、いつもの私に戻りました。
「強い幻覚効果を掛けられていたようだな。耐性魔法を使った。これでしばらくの間、再び幻術を見ることは無い」
「おや少年。君もモンスターのようだが、この人狼のお仲間ですかな?」
獺団十郎さんが、私の背後に現れた方に話しかけました。
フサオさんは、その大きな目を見開いて驚愕しています。
私は振り向き、後ろに立っているお方を確認します。
「ヴぁ、ヴァンデしゃま……?」
「すまない、探すのに遅くなった」
そう言ってヴァンデ様は私の手を握り、引き寄せました。
そのお顔にはちょっとだけ……ホントにちょーっとだけ、笑顔が……
「あぅっ、あ、あの」
そして私は、急にヴァンデ様に肩を抱かれ、顔が真っ赤になっちゃいました。
「おやおや。どうやら某達の邪魔をしたいようですな、少年?」
獺団十郎さんがヴァンデ様を睨みつけました。
ヴァンデ様はいつもの無表情に戻り、
「ところでミィ。何だこのモンスターどもは?」
と私に尋ねました。
私が「宗教の方達で……」と説明しようとすると、フサオさんの後ろにいた勧誘員悪魔さんが、
「だ、団十郎先生ー! こいつは魔王軍の軍師、ヴァンデですよー!」
と叫びます。
ヴァンデ様もよくテレビとかに出ている有名人ですからね。
当然、知られていました。
でも獺団十郎さんは知らなかった様子ですが、やはり宗教教祖のお方は浮世離れしているのでしょうか。
ともあれ、狼狽する勧誘員さん達を横目に、ヴァンデ様は呟きます。
「あの大きな猫は、どこかで見た気がするが……?」
「多分テレビですぅ。宗教のコマーシャルに出てる猫さんで……」
「まあ良い。よく分からんが、こいつらを倒しても問題なさそうだな、ミィ」
ヴァンデ様の問いに、私は慌てて何度も頷きます。
「こんな所で軍師と四天王が……くっ」
さっきまで自信満々な顔だった獺団十郎さんが、勧誘員達の方を向き、初めて不安そうな顔をちらつかせました。
元イケ面老キャットのフサオさんも難しそうな顔をしています。
その他二名の勧誘員さんはオロオロと。
「……団十郎」
フサオさんが、ポツリと言いました。
テレビコマーシャルやさっきの演説では可愛らしい声だったのに、急に渋くて低い声になっています。
すると獺団十郎さんが、
「そうか、仕方ないですな。分っかりましたぞアニキ」
と言って……
「ぎゃっ!?」
「ああぅ!」
素早い動きで、味方であるはずの勧誘員モンスター二名を殴り倒しました。
二名は一瞬で気絶し、地面に横たわります。
立っているカワウソなんとか研究所のモンスターは、獺団十郎さんとフサオさんだけとなりました。
突然の暴力沙汰に、元長老さんら人間さん達は「わあっ!」と悲鳴を上げ後ずさりしました。
「えっ! ど、どうして仲間を……?」
私も、獺団十郎さんを見ながら後ずさりして……とんっと、背中に何かがぶつかりました。
「おっとーお嬢さ~ん」
「きゃぁっ!?」
私がぶつかったのは、化け猫のフサオさん。
皆が獺団十郎さんに気を取られている隙に、私の後ろに回り込んでいたようです。
フサオさんは油断していた私の胴体に、その大きな手を素早く回し、羽交い締めにします。
出刃包丁の切っ先のような爪が、私の首筋に突き付けられました。
「ミィ!」
「おっと、ヴァンデさ~まァ~! 動くとこのガキの首を掻っ切りますよ~!」
その叫びで、ヴァンデ様は静止しました。