帝国対宗教(しあわせとは)
『そうそう、魔法の杖やったがね』
トサカさんは、テレパシーで私にそう伝えながら、部屋の隅を羽差しました。
そこには宝箱が置いてあります。
宝箱です。
ゲームでよく見る、ポツンとある宝箱。
大事なモノを入れているはずなのに、何故かこれ見よがしに「ご自由にお開けください」とでも言わんばかりに無防備に置いてある、宝箱です。
『あんま良い物じゃにゃーけど、お菓子のお礼だがぁ。いつもあんがとね』
「い、いえいえ! えっとぉ、こちらこそ魔法の杖なんて頂いちゃって、ありがとうございまひゅ。す」
私は宝箱の方に歩きながらお礼を返し、噛みました。
いつもコケコケコなトサカさんに、テレパシーと言えどこうも普通に話しかけられ、調子が狂っちゃったからです。
気を取り直し、私は宝箱をパカッと開けました。
鍵も掛かってません。なんたる無防備な事でしょうか。
中には木の杖が入っていました。私の肘から手首くらいまでの長さです。
指揮棒のようなシンプルなデザインですが、持ち手部分に、爪先程の小さな緑の宝石がはめ込まれています。
「わぁ。これが魔法の杖ですかぁ……!」
私は目を輝かせ、杖を取り出します。
『頭上で振れば発動するもんで、うっかり使ってしまわんようにねぇ。そりゃあどえらぁ杖でよ。魔力の無いニワトリでも、火が出せるし、水が出せるし、自宅に一瞬で帰れるんだがね』
「おおお! 凄いですね!」
って所で、また思い出しました。
この杖は便利アイテム『なんか色々の杖』ですね。
元々は、魔力消費無しで、勇者さんの自宅マップにテレポート出来るというアイテム。
しかし勇者さんは『一度行った場所に自由に行ける瞬間移動』という、もっと便利な上位互換魔法を使えます。
この杖意味ねーじゃんって事になったので、戦闘中に使えば火と水の魔法が発動するという機能を無理矢理付け足したアイテムなのです。
そう言えばニワトリ大聖堂のマップに、特に意味も無くポツンと置いてましたよ。
『まあ火はマッチ程度で、水は泥水だけどさあ。非常時に使えるがね』
そう、戦闘面についてはオマケ程度でした。
勇者さんが使える一番弱い魔法より、更に弱い魔法。
いや本当はもっと強い魔法が出るはずだったんですが、間違えて設定して、めんどくさいからそのままにしちゃって。
うーんそこは残念なのですが……でもせっかく貰ったものに文句をつけるのも、ねえ……?
まあでも、でっかい火の玉とか出せても怖いし、ロウソクに明かりを灯せるレベルな方が私には合っているかもしれません。
『なんと言っても自宅に帰れるのは便利だがぁ』
そう、この杖の本来のウリはそこなのです。帰りの交通費が浮いて超便利!
ゲーム中では勇者さんの自宅でしたけど、私が使えば私の自宅に戻れるはずです。多分。
それにこの杖、値段がすさまじく高い一品でしたよ。
「ほ、ホントに貰っちゃっていいんですかぁ?」
『ええよぉ。どうせ俺使ってなかったがや』
ならばお言葉に甘えて貰っちゃいましょう。
これで私も憧れの魔法使いですよ!
『あ、そうだ。その帽子も総務大臣に返し取ってちょう。一休みした後、魔王城に行こまいか』
そう言ってトサカさんは、藁の上でお昼寝を始めちゃいました。
―――――
ニワトリ帽子を元長老さんに返そうと、大聖堂の外に出ました。
すると、
「みなさ~ん。幸せになりたいですか~? なりたいですよねー!」
「なんだ! 俺たちは既に幸せだぞ!」
「そうだそうだ!」
村人さん達がざわついています。
「いいえ~幸せではないのです。それは本当の幸せではな~い!」
「幸せだって言ってるだろ! その証拠にこのニワトリ様達のふわっふわな羽毛を見ろ!」
「コケーッ!」
「そうだそうだ!」
「はい見ましたけどー……えー、幸せとニワトリの毛並みは無関係ですよみなさ~ん! あなた方は不幸! 不幸なのです! そしてその不幸を、我らが先生が払拭してくれるのですよ~!」
私はそのどよめきの渦中に近づいてみました。
「とにかく、ニワトリ王国の皆さん。我々と共に、幸せオーラの研究をしましょう!」
「大ニワトリ帝国ですじゃ! 帝国! 後に世界を統べる事となる高潔なる国。カルト宗教はお呼びではないのじゃよ」
「そうだそうだ! 大臣の言う通り!」
「我々は宗教ではありませ~ん! 税金控除のために体面上は宗教法人という事にしているだけで、立派な科学研究団体ですよ~!」
人間である村人さん達に囲まれて、モンスターさん達が幸せ云々言ってます。
白装束に身を包んだ、悪魔さんや化け猫さん達数名です。
なんだか怖い雰囲気ですが、私は元長老さんに近づき、ニワトリ帽をお返ししました。
「あのぉ……これ、お返しします。ありがとうございました」
「おお、狼様。これはわざわざ申し訳ありませんじゃ」
「な、何か立て込んでいるようですが?」
ここで知らんぷりして帰っちゃうのも不人情だなと思い、私は何が起こっているのか聞いてみました。
「はい。このモンスター達が、幸せなんとかというカルト宗教の勧誘でしつこいのですじゃ」
「宗教ではありませ~ん」
「個人を勧誘するのならばともかく、国教にしろとの図々しい申し出でのう。とかく新国家を建国する時には、このような怪しい山師がすり寄って来るものですじゃ」
「な、なるほどぉ……」
つまり、宗教の勧誘員が「我々を大ニワトリ帝国の公認宗教にして、国民全員入信しろ」との大胆な交渉をしているようです。
そもそも大ニワトリ帝国自体が、トサカさんのニワトリ洗脳術によって建国された、宗教国家みたいな面があるのに。
そこに更に別の宗教が絡んでくると。
ややこしい話です。
しかも大ニワトリ帝国の国民は人間とニワトリなのに、宗教勧誘しているのはモンスター。
ますますややこしいです。
「はっはっは。ニワトリ国の皆さん、某どもが宗教ではない事を証明いたしましょうぞ」
勧誘員達の一番後ろにいる、一人だけ服装が違うモンスターさんが笑ってそう言いました。
リーダー格でしょうか?
人込みが邪魔で、顔が良く見えませんが……
「証明? 一体何を証明すると言うんだ!」
「そうだそうだ!」
「そこの、さっきから『そうだそうだ』と言っているお方。某をよ~~~く見て頂こうか」
「そうだそ……な、なんだ? 分かった、見ててやる!」
パチリパチリと音がします。
どうやらモンスターさんが、指を鳴らしているようです。
「ヘイヘイヘイヘイ幸せ幸せ! 幸せですかー!」
一体何が始まったのでしょうか?
村民さんも突如始まった奇妙な事態に、一旦口をつむぎ、とりあえず見ているようです。
私は人垣をかき分け、勧誘員達が見える位置まで進みました。
「幸せですかー! 幸せですよー!」
「…………え? あれ? あれれれ? 幸せです。幸せでーす! 僕は幸せでぇぇぃす!」
「お、おい? どうした、しっかりしろ!」
さっきまで宗教に懐疑的だった人間さんが、急に嬉しそうな大声を上げています。
黙って見ていたギャラリーも、再び騒々しくなりました。
私はやっと様子が分かる位置まで来れました。
人間さんが涙を流しながら「幸せだー俺は幸せだ―」と言いながら膝をつき、周りに介抱されています。
その前に立ちはだかり、指パッチンを連打してるモンスターさん。
紋付羽織袴を着て、立派なカイゼルヒゲを蓄えている、偉そうな化けカワウソさん……
……あ、あのカワウソさんは!?
「どうです皆さーん。この男性は様々な束縛から解放され、今まさに幸せとなったので~す! この速攻性、この効果。こちらにおわす、我らが獺団十郎所長が長年の研究、鍛錬の末身に着けた超高等かつ超高次元スピリチュアル魔法、幸せオーラ……」
指をパチパチしているカワウソさんの横で、その手下っぽい白装束姿の化け猫さんが説明を始めました。
しかしその説明の最中、カワウソさんの姿を確認した私は……
「あー! インチキの人!」
周囲の喧噪と熱気に押され、珍しくちょっとだけハイになっていたのでしょうか。
私らしからぬ大きな声で、ついそう叫んじゃいました。
でもでもあのカワウソさん、今朝テレビで見た獺団十郎さんですよ!
マリアンヌちゃんが言ってた、インチキの人なのです。
「おいなんだこのガキ……」
「はっはっは。人間とニワトリだけの島と思っていたら、こんな可愛らしい人狼のお嬢さんもいたようですな」
獺団十郎さんは、私に文句をつけようとしたモンスターさんを制止し、そう言いました。
なんだか思っていたより穏やかなカワウソさんです。
「しかし某どもはインチキではありませんぞ。宇宙神秘的高密度幸福エネルギーと呼ばれる、超次元の物理学的仕事量を……」
「あっ、カチカチ少女!?」
獺団十郎さんが講釈しようとしていると、隣の白装束の化け猫さんが、私の顔を見ながら小さく驚嘆の声を上げました。
良く見るとこの化け猫さん、フサオさん!
テレビに出てたエリートの不幸猫、フサオさんじゃないですか!
「どうしたのだ。今某がこの人狼の子供に幸せオーラの説明を……」
「しかし所長、このガキ……い、いえこの一見子供に見えるモンスターは、魔王軍の四天王ですよ」
「……何? 魔王軍だと?」
「あっはい……え、えへへへぇ……」
フサオさんの方も、私の事を知っていたみたいです。
いやあ、なんだか有名人みたいで照れちゃいますね。ふへへへ。
「なるほど軍人であられましたか。某は魔法科学団体、カワウソ幸せオーラ研究所の代表、獺団十郎ですぞ。ぜひお見知りおきを」
獺団十郎さんが握手を求めて来ました。
私はつい「あっはあよろしくお願いします」なんて言いながら、握手に答えちゃいました。
インチキとは聞いていましたが、なんだか実際に会うと怖そうなモンスターではなさそうですし。
「しかし、そうか……魔王軍が関わっていたのですな。人間がニワトリに支配されている島。必ず何かカラクリがあると思っていたが……」
「えっ?」
獺団十郎さんは、握手していない方の手で、指をパチリと鳴らしました。
私は、何故、でしょう? 頭が、なんだか、ボヤっと。
「その大規模な洗脳術、あるいは催眠術の方法。あるいはそれを取得した人材、力を秘めたアイテム。何にせよ、某達が頂戴しますぞ。四天王殿」