鶏帝国(かみのくに)
ここは病院の一室。
入院中の美奈子さんは、パソコンに入れた自主製作RPGをプレイ中です。
「ストーリーもついに佳境だー」
「佳境っていうか、マトモに作ってる最後のイベントね」
隣に座って漫画を読んでいるちーちゃんさんが呟きました。
ただいま実施中のイベント。
勇者さんは伝説の武器を入手するため、とある小島へとやってきました。
島の中央にそびえ立つ高いお山の頂上に、伝説の剣がブッ刺さってて、横に鎧も転がっている……という設定です。
しかし島に辿り着いた勇者さん達の前に、信じがたい光景が。
「コッケケー」
「おおーニワトリ様~。ありがたや~」
「くぁーぱっぱっぱっぱっぱぱぱぱ」
島の漁村には、大量のニワトリ達が我が物顔で闊歩しています。
そして島民である人間達は、ニワトリさん達を崇め、大事に育てているのです。
人間がニワトリを家畜として飼育しているのではありません。
ニワトリが、人間を奴隷として使っているのです。
勇者さんが島民に話しかけると、こんな返事が。
「こんにちは旅のお方。ここは大ニワトリ帝国ですじゃ。大ニワトリ帝国はこの場所を拠点として、世界へ進出する予定なのですじゃ。人間もモンスターも、今にニワトリの下僕へと成り果てるのじゃよ。こーう御期待!」
そして村の奥、大聖堂に鎮座する巨大ニワトリ。
このお方こそが、この漁村を洗脳支配した大ニワトリ帝国初代皇帝。
そして魔王軍四天王の一角、トサカさんなのです。
これこそ、ついに勇者さんが四天王と初対決するイベント。
そしてちーちゃんさんが言った通り、マトモに作られた最後のイベント。
勇者さんがトサカさんを倒すと、
『諸事情によりカットします』
とのナレーションが流れます。
そして予定していたイベントを全部すっ飛ばして、ラストダンジョンである魔王城の入り口にワープするのです。
ちなみに島に来た当初の目的であるはずの伝説の武具は、結局手に入りません。
でもワープと同時に勇者のレベルがカンストするので、武器なんて必要無いのですよ。
「ちーちゃんさん、ちーちゃんさん」
「何よ」
ゲーム中では勇者さんがトサカさんとのバトル中。
美奈子さんは、ちーちゃんさんの名前を呼びました。
「このニワトリちゃんってさ、混乱魔法も幻覚魔法も使ってこないじゃーん?」
「ええ。そうね」
「どうやって人間を洗脳して、大ニワトリ帝国の国民にしたんだろーねー?」
「『したんだろーねー』って……その辺はあんたが考えた展開なのに、まるで他人事みたいに言うわね……」
つまり美奈子さんは、細かい部分は何も考えていなかったという事です。
しかし、美奈子さん達が作った適当設定に対し、無理矢理辻褄を合わせた解釈を考える。
それが今や、ちーちゃんさんの日課になっていました。
ちーちゃんさんは漫画本を閉じ、設定を考えます。
「ストーリー途中で出てきたでしょ、敵に幻覚を見せるアイテム。あれを……」
「駄目だよちーちゃーん。それは勇者サマがぶっ壊しちゃったからー」
「そう、じゃあ……そうね」
ちーちゃんさんは何かを思いついたようで、眼鏡をクイッと上げながら、椅子から立ち上がりました。
「島民達は元々自然崇拝として海の神、山の神、空の神を崇めていた。食べ物を与えてくれる海の神と山の神、そして知識を与えてくれる空の神。アニミズムって奴? ちょっと違うかも。そして海の幸を食べ肥料へ変換し、農耕の役に立ち、空を飛び……言ってみれば海と山を支配し、空の属性を持つ動物、つまりニワトリ。島には元々野生のニワトリが多く、島民達はニワトリを神の使いとして大事に飼育していた。そこにある日現れた超巨大ニワトリのトサカ。島民たちは自然にトサカを神様として崇め奉り始めた……」
「おおう。ちーちゃん早口すぎてよく分かんなかったけど、なんとなく分かったー。勝手に自分達から洗脳されたって事かー」
「本当に分かってのか疑問が残るわね。まあ別にいいけど」
―――――
「に、ににににんげ……人間! 大変です早く隠れないと! 穴! 穴に隠れましょう!」
大勢の人間さん達がこちらに向かって来ています。
慌てた私は狼の本能に従い、手でザクザクと砂浜に穴を掘り始めました。
しかし私は耳と尻尾以外、見た目ほとんどただの人間の少女で、オマケに非力。
十秒頑張っても三センチくらいの穴しか掘れませんでした。
普通に逃げれば良かったと気付いた時には、既に人間さん達がすぐ近くに来ちゃってました。
「あわわわっわわわっわわ」
「コケッ」
私があわあわ言っていると、トサカさんが落ち着けと言わんばかりに鳴きました。
その鳴き声を聞いた、人間さん集団の先頭に立っているお爺さんが、
「皆の者! この人狼の子供は、トサカ様の御友人であられるそうだ!」
と叫びました。
「おお、トサカ様の御友人!」
「と言う事は……このお方は天使! いやさ神!?」
「おお、神様ー! チビ狼神様ー!」
後ろに並んでいる人間さん達が、大袈裟に騒ぎ始めました。
「ち、チビじゃないです……いやそもそも神様じゃないですけど」
「コッコケコ」
「皆の者! この人狼の子供は、別に神様ではないそうだ!」
お爺さんが再び叫び、騒ぎが納まりました。
代わりに「なーんだ違うのか」という残念そうな声も聞こえてきました。
しかしこのお爺さん、さっきからトサカさんと会話しているような……?
お爺さんは面白い帽子を被っています。
全体的に白くて、前頭部に瞳のような黒い二つの点。頭上には赤いモヒカンのような突起。黄色いクチバシ型のツバ。
つまりは、白いニワトリの顔を模した帽子です。
変なコスプレお爺ちゃんですね。
……いや、違います。この姿は見たことがあります。
「あ、あのぉ。お爺さんは、村長さんですか?」
私はコスプレお爺ちゃんに話しかけてみました。
「はいそうですじゃ……ああ、いや正確には元村長ですな。今は総務大臣、兼文部科学大臣、兼厚生労働大臣、兼外務大臣、兼……他にも色々と役職をやらせて頂いておる者ですじゃよ」
お爺さんはシワだらけの顔を笑顔にして答えてくれました。
このヤケクソ気味に詰め込んだ役職。
やはり間違いない……
「えっとぉ……元村長さんが被っている帽子って、もしかして、ニワトリとお話し出来るようになるアイテムですか?」
「おお、良く知っておられますな。この村に伝わる秘宝ですじゃ」
「……もしかしてここって、大ニワトリ帝国ですか?」
その私の質問に、村長さんは元気良く両手を広げ、叫びます。
「そう、その通り、ここは大ニワトリ帝国ですじゃ! 大ニワトリ帝国はこの場所を拠点として、世界へ進出する予定なのですじゃ。人間もモンスターも、今にニワトリの下僕へと成り果てるのじゃよ。こーう御期待!」
「コッケエエエエエエエエエエエエエエ!」
村長さんの言葉の後に、トサカさんが大地を揺るがさんばかりの大声で鳴きました。
「コケー!」
「コケッコー!」
「ケエエェェェエエ!」
トサカさんの声に連動するように、大勢のニワトリさん達も一斉に鳴き出し、こちらへ駆け寄って来ました。
白いニワトリさん達に囲まれる私達。海岸が真っ白に染まります。
トサカさんだけは薄茶色なんですけどね。名古屋コーチンだから。
そして人間さん達も、
「こけっ! こけっ! こけっ! こけっ! こけっ! こけっ!」
と、お腹の底から出すような勢い良い掛け声を連呼し始めました。
怖い……
「トサカ様、御友人様」
コケコケな儀式に恐怖を感じていると、村民のお姉さんが話しかけて来ました。
「奥の大聖堂へどうぞ。おもてなしさせて頂きます」
「あっはい。ありがとうございます」
人間さん達の村に行くのは不安ですが、しかしここは大ニワトリ帝国。
前世の私の記憶によると、ここは実質モンスター、っていうかトサカさんの領土。
危険は無いでしょう。
ドラゴンさんの方を見ると、「私は行かないよ」って目で私を一瞥した後、再びお昼寝を始めました。
仕方ないので、ドラゴンさんはここで待っていて貰いましょう。
多分村の中はドラゴンさんが歩くスペースも無いでしょうし。
私とトサカさんは、村の奥へと足を踏み入れます。
道を歩いている間も、人間さん達はずっと「こけっ!」と発声し続けていました。
正直うるさいですけど、文句を言う勇気はありませんでした。