大空を飛ぶ(いんざすかい)
今朝は魔法だの宗教だのと色々とありましたが、気を取り直してお城に出勤しました。
特に何事も無く業務室に辿り付きました。が、しかし。
何故でしょう。今日はなんだか嫌な予感がします。
不吉な事が起こる、そんな予感。
朝ママの植木鉢を壊してしまったのですが、それの事ではありません。マリアンヌちゃんに直して貰いましたし。
もっと、何か……何というか、大変な事が……
そう思いながら私は机の引き出しを開け、そして予感の正体を知りました。
正確には、思い出しました。
「お菓子がもう無ぁいぃ!」
私はいつも、お仕事机の引き出しの中にお菓子を入れていました。
これは大ニワトリのトサカさんを餌付けするため、及び自分で食べるため。
……ココだけの話ですけど、自分で食べる方が多いです。
昨日ストックが全て切れたので、「新しく持ってこないといけないなあ」なんて思ってたのに。
っていうか帰る前に、実際口に出していたのに。
そもそも、昨晩ちゃんと用意してたのに。
持ってくるのを、すっかり忘れちゃっていました。
それもこれも、獺団十郎のインパクトが強すぎたせいですよ!
獺団十郎、恐るべし……
なんて人のせいにしても仕方ありません。
今日のトサカさんの餌付けはお菓子では無く、焼きそばにしましょう。
「焼きそばも、まだたくさん残ってましたね」
残っているというか、また貰ったというか。
私は別の引き出しを開け、真空パックの『狼さんは大好きだからつい豚さんの家を壊しちゃう焼きそば』を取り出しました。
このお肉たっぷりな焼きそばなら、トサカさんも大喜びです。
しかしこの焼きそば、油が多い。
冷えたままの状態では、ニチャニチャしてあんまり美味しくないのです。
博士さんに電子レンジを借りましょう。
と言う事で私は焼きそばパックとお皿を持ち廊下に出て、お隣の博士さんの実験室前へと行きました。
扉をノックします。
「はっかせさぁーん」
返事が返って来ません。いつもの事です。
勝手に入ってしまいましょう。それもいつもの事。
しかし扉は開きません。
いつもと違って、珍しく鍵が掛かっていたのです。
「留守ですか……」
仕方ないです。
他の場所で電子レンジをお借りしましょう。
私が知っている電子レンジがある場所は、売店、妖精さんのお部屋、捕虜収容搭のスイートルームの三か所。
もしくは湯煎でも良いのですが、お湯を沸かせるような場所は食堂くらいですかね。
一番近いのは妖精さんですね。
妖精さんは物を貰ったり拾ったりするのが好きなので、お部屋の設備も充実しているのです。
博士さんが色々発明品を押し付けていますし。
妖精さんの所までは、徒歩十数分掛かります。
魔王様のお城は広いですからね。ちょっと面倒くさいです。
そう言えば以前魔王様は、魔法で作った電子レンジで温めていましたね。
あーあ、私も魔法が使えたらなあ。
なんて考えつつ、廊下を歩きます。
すると道の途中で、ゴスロリファッションの可愛い少女、ミズノちゃんに出会いました。
「あら、ミィお姉ちゃん。ふふっ、おはよう」
「ミズノちゃん。おはようございます」
「焼きそばなんか持って、どうしたの?」
と聞かれたので、私は今までの経緯をお話ししました。
「なぁんだ、じゃあ私が温めてあげるね」
ミズノちゃんはそう言って、右手の人差し指を立てました。
すると空中に、頭程の大きさがある、水の玉が現れました。
ぐつぐつと煮えていて、湯気が立っています。
「おぉぉ……凄いですね」
なるほど、このお湯ボールで湯煎しようってわけですか。
「お姉ちゃん、焼きそば貸してね」
「うん。お願いします」
ミズノちゃんは手を触れずに焼きそばを浮かし、お湯ボールの中に入れました。
数分後、ホカホカ焼きそばの出来上がり。
熱くて持てないので、とりあえず真空パックのままお皿の上に置きます。
トサカさんの前で中身を出すとしましょう。
「ありがとうございますミズノちゃん」
「ふふっ。じゃあ、私は今からお仕事なの。またねお姉ちゃん」
ミズノちゃんはキュートな笑顔で立ち去っていきました。
うーん、やっぱり魔法って便利!
―――――
「私も魔法が使えたらなぁ……」
「コケッ?」
お城の外庭。城門近くの草むら。
焼きそばを食べているトサカさんを見ながら、ついそんな言葉が口から洩れちゃいました。
「壊した鉢植えを直したり、焼きそばを温めたり。逆に冷やすのも簡単に出来ますよね。アイスクリームが溶けないように。それに空を飛んでみたい……あ、飛んだ事自体はあるんだった」
いつぞやのバリア作戦の時、スー様の魔法で空を飛んだのでした。
速度はゆっくりでしたけど、非常に怖かったです。
「……やっぱり空はいいや。でも魔法使ってみたいなあ」
私は生まれつき魔力が皆無です。
一度でいいから、火の玉を出したりしてみたい。
そんな憧れを、小さなころから抱き続けています。
最強魔法使い、私……
スーパースペシャル凄い魔法で人間さん達を薙ぎ倒し。
巨大化したり、巨乳化したり……えっへへへへぇ……
「ケッ、コケコケ」
妄想に耽っていると、焼きそばを食べ終えたトサカさんが、私の肩をツンツンとクチバシで軽く突いて来ました。
「あっ、おかわりですか?」
「クエッ」
トサカさんは「おかわりじゃねーよ」と言いたげに首を左右に振った後、指ならぬ羽で私を差しました。
「えっ、私ですか? 私がどうしたんです?」
どうやらジェスチャーゲームみたいです。
トサカさんは次に右羽を挙げ、「コケケッケー」と言いながらゆっくりと、前方のスペースを斜め切りするように羽を降ろしました。
「えーと……袈裟切り? 剣道?」
「コッケケ」
違うよ、という意図であろう首振り。
トサカさんは再び右羽で斜め切り。
「えー……あ、もしかして、杖を振って魔法を使うジェスチャーですか?」
「コッケー!」
どうやら正解みたいです。
ジェスチャーを繋げると、『私』『魔法を使う』。
「……も、もしかして。私が魔法を使えるようになる方法を、知っているのですか!?」
「ケッ!」
その通り! って感じに、トサカさんが頷きました。
ええっ。まさか、本当に私が魔法を?
「い、一体それはどのような方法を使うのですか! 何か、秘術のような? 教えてください!」
私は目を輝かせ、トサカさんに問い詰めます。
すると、後方から声がしました。
「ミィ、こんな所にいたのか。探したぞ。実は先月の給料支給額に不備があったんだ」
振り向くと、書類を抱えたヴァンデ様。
そのお姿を見た私は、とりあえず魔法の事は一旦置いておき、「おはようございます」と返事をしようとして、
「おは……よぉきゃあっ!?」
挨拶の途中で不意に宙に浮くような感覚がして、叫んでしまいます。
トサカさんが私の服、首後ろ部分を咥え、持ち上げたのです。
猫が首根っこを掴まれたようなポーズで、私は浮き上がります。
「お、おいミィ!? トサカ、一体何をして」
「クェェェエエ」
「ぅぁぁぁぁああああああ!?」
その大きなクチバシで私を咥えたまま、トサカさんは空高く舞い上がりました。
「おい待てトサカ! ミィ! ミィィ!」
珍しく慌てているヴァンデ様のお声が、下から聞こえます。
「た、たしゅけれぇぇぇ」
私はそのまま、大ニワトリのトサカさんに連れ去られてしまったのです。