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御期待(ください)

 魔王様のお部屋にも焼きそばを届けに行くべきか、行かざるべきか。

 そんな事を先程まで悩んでいたのですが。というか行かないって結論になりかけていましたが。

 偶然廊下でナマ魔王様に会っちゃいましたし、ここで渡してしまいましょう。


「こ、これ、焼きそばでしゅ。です。おおお口に合えば幸いでふ」


 台詞を噛みまくりながら焼きそばをお渡しすると、魔王様は笑いながら受け取ってくれました。

 仮面で御尊顔は見えませんが、「ハハハ」と笑っておられます。


「ではさっそく頂きましょう」


 と言って魔王様は、廊下途中に設置してある丸テーブルと椅子に座られました。

 ちなみにその休憩コーナー的なスペースは、先程私が焼きそばを落としそうになった窓のすぐ前にあります。というより正確には、その窓が休憩コーナーの一部なのですが……どっちでもいいか。


 しかし魔王様。さっそくお食べになられるとは。

 この真空パックの冷えた焼きそばは、電子レンジや湯銭などで温める事を前提とした商品なのです。

 そのままでも食べられるとは思いますが、油とかが固まっちゃってニチャニチャしてるかも。

 特にこの焼きそばは、ただでさえ油が多いのに。


「あ、あのぉ。お部屋で温めた方が美味しく頂けますよ」

「大丈夫、すぐ温めますので」

「へ?」


 魔王様は椅子に座ったまま、その真っ黒な左腕をテーブルの上にかざしました。

 すると閃光を立て……プラズマと言うのでしょうか? 何だかバチバチしたものが発生。

 そのバチバチ君が集まり、四角い箱の形になります。

 開閉出来る窓があり、温度調節ボタン、ワット調節ボタン、時間調節ボタン、それにオーブンやグリル機能に切り替えるボタン。

 これは……


「で、電子レンジ?」

「はい。魔法で作った電子レンジです。電気要らずです」


 魔王様は魔法の電子レンジにパックの焼きそばを入れ、ボタンを押しました。

 一秒も経たない内に「ちーん」とベルのような音がします。

 見た目に反し、温め終わりの音がなんとも古風です。


 電子レンジを開けると、真空パックに包まれていたはずの焼きそばが、いつの間にか広いお皿の上に盛り付けされています。

 それにたった一秒しか温めていなかったのに、ほかほかと湯気が出て。本来なら一分半温めないといけないはずですが……


 やっぱり魔法って便利ですね。


「美味しいです。お肉がたっぷりなのが嬉しいですね」


 魔王様は焼きそばをお食べになりながら、お褒めくださいました。

 白い仮面が少し……本当にすこーしだけ上にずれて、顎部分に出来た隙間の中、真っ黒な影に焼きそばが吸い込まれていきます。


 ど、どうやってお食べになっているのでしょうか……

 っていうかこれは本当に食されているのでしょうか?

 なんか焼きそばが虚空に消えているような気も……


「この焼きそばは、ミィさんが考案したらしいですね」

「はい。考案と言うか、夢で見たというか……」

「夢?」


 焼きそばを吸収もといお食べになっている魔王様に、私はご当地焼きそば誕生の経緯を説明します。


「たまに夢に出てくる昔のお友達……というか正確にはお友達に似ている自称神様が、地域活性化のアイデアとして教えてくれたんです」

「……それは、予知夢と言うことですか?」

「い、いいえ、違います違います! そんなんじゃなくてホントにただの夢。夢オチです。夢の中に出てきた料理をお友達のママに話したら、ホントに商品化してヒットしちゃっただけです」


 危ない危ない。

 予知夢だなんて、不思議ちゃん子ぶってる痛い女だと思われるところでした。

 実際問題として、ただのくだらない夢から生まれた焼きそばですからね。


「なるほど、それはそれでまた面白いエピソードですね……ちなみにその御友人に似ているという神様とは、どのようなお方ですか?」

「ええと、眼鏡かけてる女神様です。あんまり気合い入れてない時の女子大生みたいな、だぼっとしたファッションで。多分普段は真面目なんでしょうけど、多少お酒が入ってるのか妙なテンションで、ヒーロー変身アイテムのバックルがどうとかに拘ったりするお方で」

「そうですか、眼鏡の。しかも女神なのに私服なのですか。なるほどなるほど」


 眼鏡の女神様ってのがツボに入ったのでしょうか、魔王様がクスリと笑うように一瞬肩を震わせられました。


「……しかしご当地グルメには、焼きそばが多いですよね」


 魔王様がポツリと呟かれました。

 モンスターの頂点に君臨するお方でも、そんな庶民的な感想を抱かれるのですね。



「そう言えばミィさんと実際にご対面してお話するのは、これが初めてですね」


 焼きそばを食べ終わった魔王様が、魔法の電子レンジとお皿とお箸を消しながら、そう言われました。


 これは魔王様にとっては、ほんの何気ない一言だったのかもしれません。

 しかし魔王様との初マンツーマンで少しテンパっている私は、過重に『気を遣うモード』になっているため、些細な返答でさえも、脳をフル稼働して言葉を選ぼうとしています。


 偉い人に「初めてですね」と言われた場合、どう返すのが正解なんでしょうか?

 とりあえず最初は「はい、初めてです」と言うのが良いでしょう。事実初めてなのですから。

 で、次は?

 おべっかで「今日やっとお話することが出来て光栄です。この機会をずっと待ち望んでいました。あなたのファンです」とか言うべきなのでしょうか?


「は、はいぃ! えっと、そのぉ、本日このようなご対面の機会をいただきぃ……」

「ミィさんには感謝しています」

「ふぇ……え、か、感謝ですかぁ?」


 突然のお言葉に、私は狼狽します。

 結局おべっかは言えませんでしたが、そんな事は吹き飛びました。


 何か魔王様に感謝されるような事、私やりましたっけ?

 普段の真面目な勤務態度……いや、働かずにお菓子食べてるだけの日もありますよ。

 焼きそば? ああ、焼きそば! さっきの焼きそばですか!?


「ミィさんが来て、幹部達の空気が変わりました」

「く、空気が変わった……ですかぁ?」


 それって、私が知らず知らずのうちに何か変なガスとかを発生しているって事でしょうか?


「つまりは、職場の雰囲気が良くなりました」


 ああ、空気ってそっちですか。安心しました。


「サンイさんがディーノさんを過剰にライバル視していて……あれは別に仲が悪いわけじゃないですよ。もう何百年も一緒にいますので、お二人なりの競い合いって奴です……が、それに部下の方々が触発されて、一部少しばかりギスギスしていたのですよ」


 私が入る前の幹部事情。

 うーん、いつもヘラヘラしてる博士さんや、コケコケしてるトサカさんが、ギスギスしている所はあまり想像出来ませんが。

 と言うと魔王様は「そうですね。その二人やスーさんは、特に問題はありませんでしたよ」とおっしゃられました。


「問題は、感化されやすい年頃のヴァンデさんとミズノさんでした。どちらも上司を慕うが故、必要以上に深刻に考えて。時には過剰な行動に出た事もある」


 ヴァンデ様とミズノちゃんですか。

 言われてみると、ちょっと前のヴァンデ様は今よりずっと不愛想なお顔で、派閥が派閥がと口癖のようにおっしゃってました。それが最近は、派閥のハの字も口にされていないような。

 ミズノちゃんも、サンイ様のために私と戦ったり。勿論今はお友達です。


「今やミズノさんは、サンイさんよりもあなたの方に懐いています。ヴァンデさんも、父親以外の事にも目を向けようとしている。全部ミィさんのおかげですよ」

「え、えへ。そうですか? 私は別に何も……」


 本当に何か特別な事をした覚えは無いのですが。

 しかしそう言われると照れてしまいます。


 私が頭を掻いていると、魔王様は白い仮面を右手で押さえながら立ち上がり、窓の外を眺められました。


「ミィさん、あなたは我が軍の、いやもしかすると世界の転換のきっかけなのです」

「てんかん……? ですか?」


 何やら難しいお話が始まりそうで、私は姿勢を正しました。

 転換っていうと、何かが変わるって事でしょうか。

 私が何かを変える?


「よく分かりませんけど……えっと、それはサンイ様が言われてたように、私がスネキックを使えるからですか?」

「いいえ。それだけではありません」


 魔王様は、その仮面越しに私の顔をご覧になりました。

 私はそのお姿に、言い様の無い安心感と、畏れる気持ちを抱きます。


「ミィさん、これから何が起ころうとも、あなたの思うままにやってください。私はそれを見届けたい……」

「は、はい……?」


 突然よく分からない期待を寄せられちゃいましたけど……

 どう返事をしたらいいものか迷っていると、魔王様は、


「焼きそば、ありがとうございました」


 と言って、自室へとお戻りになられました。


 私はどっと疲れちゃって、しばらく椅子に座ったまま、スライムさんのようにぐでーっとテーブルに突っ伏すのでした。

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