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生魔王様(げきれあ)

 ここは博士さんの研究開発室。

 電子レンジが置いてあるので、焼きそばを暖めるのに便利なお部屋なのです。


「うん、美味しい! さすがミィお姉ちゃんが考えた焼きそばだね。ふふっ」

「はい、まあ考えたというか、夢で見たと言うか……」


 焼きそばを食べて笑顔のミズノちゃん。


「確かに旨い。凄い旨い……けど、オジサンの歳で胃袋にこの大量の油を入れるのはちょっと怖いかも。ねえスーちゃん」

「ウチは平気ッス。若いから」


 博士さんとスー様も、美味そうに食べています。


「コケエエエエエエエエエエエ」


 トサカさんも、羽毛をまき散らして大喜び。



 おかげ様で、『狼さんは大好きだからつい豚さんの家を壊しちゃう焼きそば』も大ヒット。

 私も言い出しっぺとして、アドバイス料とお菓子を頂きました。


 そして、焼きそばも沢山手渡されました。

 作りたての焼きそばではなく、通販用の真空パック版です。

 持ち歩いても匂いが気になりませんし、美味しさ長持ち。


「ミィさん! ぜひ魔王城の皆様方、特に隊長格以上の立場有るお方に、この焼きそばをお配りアピールあそばせ! オーッホッホッホ! オオオオーッホッホッホッホッホ!」


 と大量の焼きそばをくれたのは、笑い方が似ているけれどマリアンヌちゃんではありません。

 マリアンヌちゃんのママさんです。

 趣味で始めたセレクトショップ……という名の総合百貨店経営が上手くいき、今やすっかりやり手女社長になったママさん。

 新ご当地B級グルメのマーケティング戦略にも手抜かりなく、マスメディア、口コミ、様々な方面で話題になっています。



 そして、私は頂いた焼きそばを、魔王軍の皆さんにお裾分けしているのです。

 皆さんと言っても、知らない兵士さんは怖いので、知り合いの方々だけですけど。


 顔見知りのオーガ隊長さんや鬼隊長さん悪魔隊長さん、そしてその部下さん達は喜んで食べてくれました。

 肉肉肉の肉尽くしな焼きそばなので、やはり体の大きなモンスターには好評です。


 悪魔老師さんはご高齢のためか、あまり箸が進んでおりませんでしたが。

 その横で、捕虜である侯爵さんは将棋を指しながら、


「なんだこれは油だらけじゃないか! まったくモンスター共め。こんなものばかり食べておると動脈硬化や痛風になるぞ!」


 と文句を言いつつ、モリモリとおかわりまでしました。

 ちなみに侯爵さんが入っている捕虜収容用のスイートルームには電子レンジもあり、焼きそばもほっかほかです。


 それに妖精さん達も喜んで小躍りしながら食べてましたし。

 人狼部隊の方々は言わずもがな。既に食べた事あるって人狼も多かったです。


 そして今は博士さんのお部屋で、ミズノちゃん達に食べて貰っています。


 この後は広報部の方達や、掃除してくれる妖精さん、バリアの発電自転車を漕いでいるマッチョさん達。

 そして勿論、上司であるディーノ様ヴァンデ様父子にも……



 おお。

 こうやって考えてみると、私も四天王になって急速に顔が広くなりましたね。

 特にコワモテのお知り合いが増えました。

 モンスターだから、怖い顔が多いのは当然ではありますけれど。

 しかし臆病な私にとって、ちょっと前までは考えられなかった事です。



「このご当地焼きそば人気にあやかって、人狼の村も観光客が増えて豊かになるかもねえ」


 博士さんが、豚足の軟骨部分をコリコリ食べながら言いました。


「ヨシエお姉ちゃんが渇望してた、ステーキ屋さんも出来るかもね。ふふっ」


 ミズノちゃんがそう言って可愛らしく笑います。

 確かにこの焼きそばは大人気です。

 しかし、


「人狼は縄張り意識が強いので、観光で豊かになるのは難しいらしいです」


 私達人狼族は、他の種族が村に足を踏み入れる事に敏感なので、観光産業の発達は好ましくないのです。

 少数が遊びに来る程度ならむしろ歓迎するのですが、一気に多くの観光客が来るのは考えもの。

 ビジネスに先鋭的なマリアンヌちゃんママでさえも、やはり多くの他種族を村に入れる事は避けたいようで。

 ご当地グルメ焼きそばは観光資源としてではなく、通信販売や、他市町村のお店へ出荷する形で商品展開するみたいです。


「それにこの焼きそばビジネス、早くも問題が起こってるようなんです」

「問題ッスか、この焼きそばに? とても美味しいッスけど」

「コケッコケッコ?」

「分かった。類似商品、つまりパクられちゃったんでしょ。オジサンも新兵器のアイデアをパクられた事があってさあ。しかも人間の科学者に。なんでだろうと思ってたんだけど、今考えると元助手が機密情報横流ししてたんだよねえ~」


 博士さん大正解です。

 兵器と違って焼きそばは機密情報なんて無いし、そもそも言ってみればただの『肉大盛り焼きそば』なので、パクリってのも何か違うかもしれませんけど。

 ほぼ同じ内容の焼きそばが、ちらほらと市場に出回っているのです。


 ただこれは言うなれば『肉大盛り焼きそば』のブームとも言え、マリアンヌちゃんママにとっては悪い事ばかりではありません。

 むしろますますの商売チャンスとも言えるのですが……


 類似品の中には粗悪な商品もあり、このままではブームが早々に終わってしまう危険性も。

 そりゃあ、ブームという物はいつかは終わってしまう物です。

 でもその前に、『狼さんは大好きだからつい豚さんの家を壊しちゃう焼きそば』を一過性の流行り物では無く、定番料理として定着させておきたい。

 つまり直近のやるべき事としては、このブーム中になんとしてでも知名度を上げる事。



 そこで、敏腕商売人マリアンヌちゃんママが考えた次の一手なのですが。



「えっと、『四天王ミィちゃん考案! 元祖』……ッスか?」

「は、はいぃ。それを商品名の頭に付けたいって……」


 つまり焼きそばの商品名を『四天王ミィちゃん考案! 元祖・狼さんは大好きだからつい豚さんの家を壊しちゃう焼きそば』と、更に長い名前に変えるのです。

 元祖と付ける事で、この焼きそばこそがブームに火をつけた最初のきっかけである事をアピール。

 そして私の名前を付ける事で……


「四天王が考案! きっと食べると強くなれますわ! なんていう変なおまじない効果による売り上げアップも期待できそうですわね! お母様!」

「そうその通りです事よ、マリアンヌ! オーッホッホッホ!」

「オォーッホッホッホッホ!」

「ゥオオーッホッホッホッホッホー!」


 と、マリアンヌちゃん母娘が二人並んで、ガラス窓が割れそうな程の勢いで高笑いしていました。

 ちなみに商品名に名前を使う事で、私も売り上げから幾ばくかの取り分を頂けるそうです。



 私は恥ずかしいから嫌だと一旦お断りしたのですが……

 どこからかその話を聞いた私のママが「名前貸すだけでお金貰えるのならやりなさい! せっかくの話なのに勿体ないでしょ!」と、勝手に契約しちゃったのです。



 ただ、実際に商品名を変える前に、私もいくつか確認したい事があります。


「四天王って肩書を勝手に使って良いものかどうか、分からなくて。それにスー様は前に『子供を宣伝に使うな』とおっしゃってたじゃないですか」


 以前、幹部会議でのスー様の発言。

 そのおかげで私とミズノちゃんは、テレビや新聞、雑誌での広報活動をせずに済んでいます。

 しかし今回の焼きそばネーミング変更も、それに引っかかっちゃわないか。

 スー様に相談しておきたかったのです。


「ああ言ってた言ってた、スーちゃんったら怖い顔でさ。ディーノ様もタジタジになってぐえっ」

「ウチは優しい顔で諭すように言ったハズッス」


 スー様が博士さんの鳩尾に鋭い拳を入れました。

 焼きそばが口に入っていない時で良かったです。


「優しい顔だったっけ?」


 ミズノちゃんがスー様に聞こえないように、小声で私に囁きます。

 私は言葉に困り、「さ、さあ……忘れちゃいました」と誤魔化しました。

 スー様は、気を取り直したように指で眼鏡を上げました。


「子供を宣伝に使うなって言うのは、あくまでも軍広報の話ッス。別に副業を禁止しているわけでもないし、四天王って肩書に商標取ってるわけでもないし。焼きそばの名前に付けるくらいは構わないッスよ」


 そう言った後に、何かに気付いたように口に指先を当て、


「ああ、でも一応ディーノ様とヴァンデ軍師には伝えておいた方が良いかもしれないッスね」




―――――



 博士さんのお部屋を出た後、私は焼きそばを持って、ヴァンデ様の執務室へと向かいました。

 焼きそばのお裾分け、及び商品名の件をお伝えするためです。


 しかし執務室はもぬけの殻。

 ならば先にディーノ様に焼きそばを食べて頂こうと、廊下へ出ました。

 もしかしたらヴァンデ様も、お父上であるディーノ様のお部屋におられるかもしれませんしね。


 そもそも焼きそばのお裾分けをするのならば、直属の上司で一番偉いディーノ様の所に最初に行くべきだったのかもしれませんけど。

 それは出来ない、のっぴきならない事情があったのです。



 遠いんですよね、お部屋。



 ……はい。これは仕方ないです!



 ディーノ様のお部屋は、魔王城の最深部近く。

 それはつまり、魔王様のお部屋近くでもあります。


 魔王様のお部屋かぁ……そうだ、魔王様にも焼きそばのお裾分けをするべきでしょうか?

 うーん、でもこんな事で会いに行っちゃっても良いんでしょうかね?


 私が魔王軍に入隊してもう何か月も経っていますが、実は未だに魔王様とは、実際にお会いする機会がありませんでした。

 いつもモニター越し。ナマ魔王様を見た事無いです。


 私だけでなく、ミズノちゃんもナマ魔王様と会ったことが無いって言ってました。

 博士さんやスー様でさえも、一度か二度程らしいです。

 多分ヴァンデ様も、ほとんど無いかもしれません。

 こうなると、一般の兵士さん達の大多数も、ナマ魔王様を知らないでしょうね。


 そう言えば以前、お城の内装工事案を決める大会中。

 妖精さん達が、酢豚とシューマイと中華スープ、それに紹興酒を魔王様のお部屋に運んでいました。

 その時私は好奇心で「魔王様のお部屋の中ってどういう感じでしたか?」と妖精さんに聞いたのですが、


「部屋の中までは入れて貰えなかったんで、扉の前に料理を置いて来ただけさ。でもなんか扉から良い匂いがしたよ。外国の高いお酒みたいな」


 と、どうでも良い情報しか得られませんでした。


 ディーノ様とサンイ様、悪魔老師さん達みたいな古株の方々は、流石に何度もナマ魔王様とお会いしているでしょうけど。


 ここまでお会いする機会が少ないという事は、魔王様自身の意思で、皆を寄せ付けないようにしているのかもしれません。

 その理由は、例えば、魔王様のハイパー強い魔力のせいで、普通のモンスターは近づいただけで爆発して死ぬとか。


 恐ろしい……やはり不用意にお部屋に入るのはやめておきましょう。



 なんて考え事をしながら、ボケーっと廊下を歩いていたせいで。

 足元にあった、床の亀裂に気付きませんでした。


「うきゃあっ!?」


 基本的に魔王城は、奥に行けば行く程ボロっちいのです。

 私は亀裂につま先を挟み、盛大にずっこけ、床に顔を打ちます。

 不本意ながらカチカチ少女の異名を取る私ですので、別に鼻頭を強打しようがダメージは無いのですが……


 しかし、手に持っていた真空パック焼きそばをポーンと放り出してしまいました。

 運悪く、焼きそばの軌道線上に開かれた窓が。

 しかもあの窓の下には、広いお池が広がっています。

 池を回避して周りの岩場に落ちたとしても、ここはお城の五階。

 衝撃でグチャグチャになって、真空パックに穴が開いちゃいます。


 いけない!


 食べ物を粗末にしたら天罰が下るよ。とお婆ちゃんが言ってました。

 全長百メートルを越える巨大な妖怪が、食べ物を粗末にした人狼にお尻ぺんぺんをして、ついでに山を引っ張って地形を変えたり、治水工事を手伝ったりするのです。

 しかもその妖怪は、私達狼にとって天敵の姿をしています。猟銃、しかもショットガンです!

 うわー怖いぃ!


 でも今更慌てても、時すでに遅し。

 焼きそばは綺麗に窓を通り抜け、そのまま外へ。

 そして池に落ちて、ポチャンと言う水音を……立てない。


 水音を立てるどころか、同じ窓から再び室内へ舞い戻って来ました。

 誰か……偶然空を飛んでいた鳥さんや天狗さんとかが受け取って、投げ返してくれたのでしょうか?

 私は立ち上がり焼きそばを拾い、窓の外を覗いてみました。

 誰もいません。


 私が首をかしげていると、後ろから聞きなれた男性の声がしました。


「間一髪でしたね」


 その声に、私は振り向きます。

 真っ黒な影のような、霧のような。

 とにかく『黒い人の形をした何か』がふよふよと揺らめいています。

 シルエットだけを見ると、大きなマントを羽織った魔法使いというイメージを連想させます。

 でもしっかりと形を持っているわけではなく、蜃気楼のようにおぼろげな黒い体。

 触れると突き抜けちゃいそうな……怖くて実際には触れませんけど。


 そしてお顔につけている真っ白な仮面。

 少し笑っているのか、指先まで真っ黒な右手で仮面を押さえ、少し肩を震わせておられます。



「ま、ままっままま、魔王ひゃまっ!」



 初ナマ魔王様を見た驚きのせいで、私の舌は上手く機能してくれませんでした。

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