最終話 ここから始まる騒々しい日々
■静岡県富士宮市、旧暁製薬生命工学研究所
要所要所に配置された警備班の隊員に会釈しながら、甲太郎は旧暁製薬生命工学研究所の研究棟を歩く。
そして、目的の場所……5階の現地司令室に到着すると、扉を軽くノックする。
「入れ」
扉の向こうからすかさず返事があり、甲太郎は『失礼します!』と答えながら扉を開け、室内に踏み込んだ。
そこに居るのは、国防陸軍の制服に身を包んだ渡良瀬中佐だ。
彼は甲太郎の姿を見て相好を崩す。
「久しぶりだな、芹沢陸士長。いや……もう伍長か」
「お久しぶりです、中佐。それと、正式に辞令が下りて昇格するのは来月からです」
敬礼し、甲太郎がそう生真面目に答えると、渡良瀬中佐は答礼しながら軽く笑った。
「そうだったな。しかし……あれからもう1年か…………」
当時を思い出す様に、しみじみと呟く渡良瀬中佐。
――――――そう、あれから1年の時が流れていた。
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1年前、甲太郎が日本に帰還した後、凄まじい勢いで事態は動いていった。
S作戦の完了を伝えられた官邸は、即座に『芹沢事案』の終結宣言を出し、国防省の官僚グループを黙らせた。
物証は『芹沢博士の血痕が付着したトランクケース』のみ、という強引な宣言だった為、その真偽を疑う者が相当数に上った……だが、宣言以降、芹沢博士の行方はようとして知れず、クリーチャーによる事件も発生しなくなると、時間と共に疑いの声も消えていった。
次に、既存組織への芹沢シンパの浸透を理由に設立された『対テロ即応特務隊』は解体され、所属していた隊員達は日常に戻った。
強引な表現になるが、国防軍隊員の職域は危地である。
平穏な毎日では決してなく、危険な任務に赴く事ももちろんある。
しかし、クリーチャーによる事件が発生せず、『通常任務』に明け暮れる毎日は間違いなく『日常』と呼べる日々だ。
そして、甲太郎自身にも大きな変化があった。
異界から帰還し様々な検査を受けた後、彼が召喚されたのは東京・市ヶ谷にある国防省……その軍法会議の場だった。
EOSの記録を解析した結果、フォーデンの森におけるラプテイルとの戦闘……そして、魔界でのオービター破壊を企図した一連の戦闘は、『国防軍人として』不要不急のモノであったと判断されたのだ。
起動ドライバを外され、被告人席に立つ甲太郎に下された判決は――――1年間の謹慎処分。
謹慎処分は『私情によって無用な戦闘行為に及んだ』という問題の大きさから考えれば、比較的軽い判断だろう。
しかし、その期間が1年にもなるというのは異例だった。
過去の謹慎処分の例でも、最長は半年程度だったはずだ。
……で、あれば謹慎ではなく、もっと重い懲役刑や懲戒免職等の判断を下すのが適切ではないのか?
奇妙な判決に甲太郎は疑問を抱く。
だが、軍法会議議長……中元国防相が締め括りとして判決に添えた言葉が、甲太郎の頭上に浮いた疑問符を拭い去った。
「……これにて閉廷する。ところで、貴官は高校休学中だったな? 謹慎期間終了後、貴官には新たな任務が発令される。それまでに、高等学校の教育課程を修了しておくように。それと、無理せず身体を休めておきたまえ。以上だ」
つまり、この判決は療養を兼ねた長い休みのようなモノで――――――。
「はッ! ありがとうございますッ!!」
甲太郎は、議場から退室する中元国防相を直立不動の敬礼で見送った。
■■■
「時が経つのは早いものだな」
そう口にする渡良瀬中佐に、甲太郎は深く頭を下げた。
「その節は本当にお世話になりました、ありがとうございます」
1年前、S作戦の完了報告を受けて国防省から研究所に戻って来た渡良瀬中佐は、『報告があと30分遅かったら、官僚連中と取っ組み合いの喧嘩をしていた所だ』と、笑いながら語った。
自身のキャリアを危険に晒してまで甲太郎の為に動いてくれた中佐には、幾ら感謝してもしきれない。
「気にするな、頭を上げなさい。それにしても……国防軍への正式入隊、伍長への昇格の上、新設されるEOS戦闘教導隊への配属か。内容だけ見れば異例極まるが、貴官の経歴を考えれば妥当なのだろうな」
「は、恐縮です」
渡良瀬中佐の言葉の通り、来月から甲太郎は『軍属』から国防陸軍へ正式に入隊し、量産型EOSの配備開始に伴い新設される、EOS戦闘教導隊へ配属されることが決まっていた。
辞令はまだだったが、関係各位・各部署には既に内示されている。
渡良瀬中佐の言葉の通り、内容だけ見れば異例な人事だったが、今現在日本で……いや、世界で唯一のEOSでの実戦経験を持つ人物――――甲太郎が教導隊に配属されるのは自然な流れと言えた。
「これから忙しくなるな。最初の任地は……東京だったか?」
「はい、練馬の駐屯地に」
「そうか……お姉さんとも中々会えなくなるなぁ。それに確か、復学した高校で友達も何人か出来たんだろう?」
渡良瀬中佐がそう口にする。
甲太郎は謹慎期間中に復学し、そこで数人の友人に恵まれていた。
彼等はクセの強い連中だが、甲太郎の身の上を知っても態度を変えずに居てくれる、気の良い連中だ。
少し前に渡良瀬中佐と電話で話す機会があり、その事を報告すると、中佐はまるで我が子の事の様に喜んでくれた。
その時の事を思い出し、甲太郎は少しの気恥ずかしさを覚えながら答える。
「いえ、EOSのメンテの為に隔月くらいの頻度でこちらに顔を出すことになるかと……。自分のEOSは試作機ですし、新兵器や新機構のテストベッドを兼ねているので、今日の様に姉に直接見てもらう必要があるんです」
「そうだったか……ん?」
渡良瀬中佐が相槌を打った直後、司令室の扉がノックされた。
先刻の甲太郎の時と同じように中佐が『入れ』と答えると、扉を開けて京子が入室してくる。
1年前に比べ、心労が減った為か目の下のクマが薄くなり、ボサボサだった髪もよれよれだった白衣も少しばかり整えられ、若干ではあるが不健康そうなイメージが鳴りを潜めていた。
京子は渡良瀬中佐に敬礼する。
「報告します。EOS試作1号機のメンテナンス、及び芹沢陸士長への起動ドライバの再装着を完了しました」
「ご苦労」
渡良瀬中佐が簡潔に答える。
甲太郎、京子、そして渡良瀬中佐……。
この面子が此処に揃うのは1年前の騒動以来だ。
――――『芹沢事案』解決後に解体された対テロ即応特務隊の元メンバーが、(謹慎していた甲太郎は別にして)何故未だにこの研究所に居るのか……?
その答えは甲太郎の目の前にあった。
壁に設置された大型ディスプレイが映し出す映像。
研究棟地下、秘匿区画最奥部……ゲートルームの監視カメラが捉えているのは、1年前と変わらずそこに口を開く『ホライゾンゲート』の姿だった。
そう、異界への門はそこに在る。
――――というのも、『ホライゾンゲート』の取り扱いについて、未だに政府内で結論が出ていないからだ。
日本で……いや、人類史上初であろう『異世界へ繋がる事象』を前にして、そう簡単に結論が出ないのは当然の事なのかもしれない。
斯くて今日も、永田町の何処かでは喧々諤々の議論が繰り広げられているはずだ……それこそ『取っ組み合いの喧嘩』になってもおかしく無い程の。
……それはともかく、極秘事項であるホライゾンゲートが今だ開いたままである以上、警備は必要だ。
その為、解体され人員が削減されはしたものの、元対テロ即応特務隊の人員がそのままこの研究所で警備任務に当たっているのだった。
甲太郎が大型ディスプレイを見ながらそんな事を考えていると、京子が声をかけた。
「ごめんね。ゲートが開いたまんまじゃ、アンタも未練を断ち切れないでしょ」
「…………未練なんて無いよ」
京子が口にした『未練』という言葉。
甲太郎は内心の動揺を隠しながらそっけなく答えた。
すると、今度は場の空気を和ませようとしたのか、京子は茶化すように語り出す。
「え~? あの時のハグ、キスなんかより情熱的だったじゃないの~」
甲太郎は顔を真っ赤にしながら、売り言葉に買い言葉で堪らず言い返した。
「ちょッ……いきなり何言いだす!? 俺の事より姉さんはどうなのさ? 誰か良い人いないのかよッ!!」
――――甲太郎の言葉が終わると同時、室内の体感温度が数度下がった。
「…………へぇ? そーいう事言うんだ?」
「ひぃッ!」
京子の周囲に闇が渦巻いて見えた(勿論幻覚の類だろうが)。
仕事一筋人間だと思っていた姉は、どうやら内心では『そういった事』を人一倍気にしていたらしい。
つまり、地雷を踏み抜いてしまったわけで――――。
甲太郎は助けを求めようと視線を巡らせて渡良瀬中佐を探すが……年の功と言うものか、中佐はいつの間にか部屋の隅に退避していた。
『ええ?』と呆れ驚く甲太郎の肩に、ギロチンの刃が落とされるが如く京子の手が置かれた。
「そんな度胸があるんなら、週末に予定してる艦載式荷電粒子砲の試射標的になってもらおうかしら? EOSの装甲強度の限界に挑戦しましょう」
「スミマセンでしたッ!」
甲太郎は勢いよく頭を下げる。
オービターで戦った『人形』、そのビーム兵器のデータからリバースエンジニアリングされ試作された艦載式荷電粒子砲は、最新式の複合装甲すら『消し飛ばす』威力があった。
EOSなど欠片すら残らないだろう。
京子の提案に甲太郎が慄いていたその時、突如警報が鳴り響いた。
「何だッ!?」
いち早く渡良瀬中佐が反応し、セキュリティシステムをモニターしていた部下に報告を求める。
「ホライゾンゲート活性反応! エーテル量増大!」
「世界間通路から何か来……は、速いッ!!?」
オペレーターが矢継ぎ早に報告する。
しかし、その報告が終わるか終わらないかというタイミングで、明滅するホライゾンゲートから1つの影が勢いよく飛び出した。
その『影』は(無駄に)華麗な宙返りを決めると、これまた華麗に着地する。
ゲートルーム内の監視カメラが捉え司令室の大型ディスプレイが映し出したのは、白地に赤いラインのEOS。
そのEOSはとんでもない大音声で叫んだ。
「コータローは居るかぁ――――――ッ!!」
あまりの出来事にその場に居合わせた全員の動きが止まる。
渡良瀬中佐すら、館内放送で警戒を呼び掛けようとマイクに手を伸ばした姿勢で固まっていた。
大型ディスプレイは、白いEOSが近くにいた職員を掴まえて何事か話し込む様子を写している……恐らく甲太郎の居場所を聞いているのだろう。
そして、少しの間をおき司令室の扉が三度ノックされ、今度は渡良瀬中佐が答える前に『バァン!』と扉が開かれた。
『勝手知ったる』と言わんばかりの様子で入って来たのは――――銀髪の少女。
ここに来る途中で『変身』を解除したのだろう彼女は満面の笑みを浮かべ、元気に挨拶する。
「キョーコ、チューサ殿! お久しぶりです! コータローも元気そうで何よりだ! ホライゾンゲートが開いたままだった事、お前にすぐ会えた事は実に僥倖だ」
「え……っと。りゅ、リューカ?」
甲太郎は目を丸くしながら問う。
眼前の少女はこの1年で『色々』成長したのか、少し背が伸び、スタイルもより女性的になっていた。
「ああ、私だ! すまないがこちらも急ぎでな、本題に入るぞ」
そう言うと、リューカは渡良瀬中佐と京子を交互に見る。
「現在我が国は厄介な問題に直面しています。そこで、是非ともコータローの力を借りたい! と、いう訳で、コイツを暫くお借りします!」
「「ア、ハイ」」
綺麗にハモる渡良瀬中佐と京子の返事。
今の返事は肯定を意味するものではなく、『思わず口をついて出た返事』だ。
しかしリューカはそんな事はお構いなしに、甲太郎の腕をがしっと掴むと彼を引っ張って行く。
「ご協力感謝します! ほらコータロー、行くぞッ!」
「ちょっと中佐、姉さん!? あ、ま……待って、リューカちょっと待って! ああああああ、この無茶苦茶っぷり何だか懐かしいぃぃぃッ!!」
成す術なく引きずられて行く甲太郎。
2人はホライゾンゲートの前に立つと、(甲太郎も観念したのか)変身してゲートに跳び込んだ。
――――その様子を監視カメラの映像で確認した後、皆が一斉に口を開いた。
『ええええええぇぇぇぇ――――――――ッ!?』
皆の叫びが研究棟を震わせる。
「……あの、中佐? ど、どうしましょう?」
「どうしましょうって……と、とにかく報告だ! 官邸と国防省にッ!!」
オペレーターの問いに答え、動揺しながらも渡良瀬中佐は指示を飛ばす。
その声で呆気に取られていた他の隊員達も、『えらいこっちゃ』と一斉に動き出した。
そんな大騒ぎの中、京子は肩を震わせていた。
弟が再び異界に行ってしまった悲しみ故……ではない。
可笑しかったのだ。
不思議と2人を心配する気にはなれなかった。
あの2人なら、暫くすればひょっこり帰って来るだろう。
何の保証も無く、そう確信している事が可笑しかったし、そして何よりも――。
次にあの2人が帰って来た時には、甥っ子の顔も見られるかもしれない。
そんな呑気な考えが真っ先に浮かんできた事に、京子は我慢しきれず『プフッ』と噴き出した。
■トーラス王国、ヘレネア山中腹
抜けるような青空が広がるヘレネア山の中腹。
警備に当たっている王国軍兵士達が目を丸くして見守る中――――。
「さあ行くぞコータロー! まずは王都リーベルに向かうぞ!!」
「いやちょっと待って! そもそも世界の壁ってこんな『ちょっとそこまで』みたいなノリで越えるモンじゃないでしょッ!?」
「1度出来た事が2度と出来ないなんて道理はない! 成せば成るモノだ」
「ああああ! 全然変わってないこの娘――――ッ!!」
甲太郎は頭に両手を当てて天を仰ぐ。
「あーもうッ! どーしてこうなったああああぁぁぁぁ――――――ッ!!」
そう叫ぶ甲太郎を、いつかと同じように2つの太陽が燦々と照らしていた。
■魔界
アズーは集落の片隅で目を覚ます。
疑似的にでも睡眠を取れるというのは、精神を安定させるのに有効なのだな……と、彼は思う。
そんな事を考えていたアズーのもとに、1人の魔族が慌てながら駆け寄って来た。
「どうした? む…………本当かッ!? 直ぐに行くッ!!」
魔族の脳波言語で何が起こったのかを聞いたアズーは、急いで集落……洞窟を出る。
外は朝日に照らされた、日の光が満ちる世界――――。
その光景の中、多くの魔族がそれぞれの仕事に従事していた。
道具を揃え付近の探索に出ようとする者達、集めてきた資材で『家』を作る者達、そして畑仕事に赴こうとする者達。
『天空の眼』……オービターが沈黙して以来、魔族はアズーの指揮のもと、魔界の復興の為に働いている。
比較的安全な日中に周囲を探索し、ワームを始めとする危険生物の生息地などを調べ、生活圏を広げていった。
星の子供達が残した遺跡を調べ遺物を回収し、その資材を利用して『家』を建てた。
その家は所詮廃材の寄せ集め……隙間だらけのバラック建築だったが、今まで空気の淀んだ洞窟の中で暮らしていた魔族達には、外の澄んだ空気の中で生活できるだけでもありがたかった。
……しかし、未だに洞窟の中で生活する魔族もいる。
家の供給が間に合わないという理由もあるのだが、自発的に洞窟の中に残る者達が居たのだ。
『天空の眼』を、未だに畏れの対象として見る者達だ。
アズーは彼等を無理に外に出そうとは考えていない。
無理な変化は破滅を齎す。
彼等の子や孫が何にも縛られずに外の世界に羽ばたいてくれれば――――アズーはそう願っていた。
アズーは立ち並ぶ家々を一通り眺めると、知らせの通りに畑に足を向けた。
家が並ぶ区画の隣に、大小の石を並べただけの粗末な石垣に囲われた畑があった。
――――ここに、長道博士から渡された『種』が蒔かれている。
そんな畑の周りに、大勢の魔族達が集まっていた。
彼等はアズーに気付くと、彼の為に道を開ける。
視界が開けたその先に見えたのは――――。
「お、おおおお!」
アズーは思わず『それ』に歩み寄り、地に両膝をつく。
彼の目に映ったモノ……それは『芽』だった。
赤い土から顔を出した命。
その緑の葉は未だ弱々しく頼りない。
しかし、それは何にも勝る『希望』の証だった。
『魔族はこの地でやっていけるのだ』と確信させる、鮮やかな緑――――。
周囲の魔族達が喜び、転げ回って騒ぐ中、アズーは天を仰いだ。
見えるのは、空に浮かぶオービターの中核。
瞳は閉じ、今や未来は開かれた。
彼は共に戦った2人の顔を思い浮かべる。
そして、『希望』を託してくれた異世界の人々の顔を。
そう、ここは『まほろば』。
これより緑芽吹き、再生してゆく世界――――――――。
■■■
この直後、『遺跡』を封印する大岩をぶち破って現れた懐かしい人物に、アズーは半ば強引に連れられて新たな戦いに身を投じることになる。
――――が、それはまた別のお話。




