第77話 ネバー・セイ・グッバイ
■トーラス王国、ヘレネア山中腹、旧魔族本陣
日が傾きかけ、青空が茜色に染まりつつあるヘレネア山。
その中腹にある旧魔族本陣……現在は『魔界の門』監視部隊が駐屯し、彼等が寝泊まりするために設営されたテント群の中、軍議等が行える1番大きなテントに甲太郎達は集まっていた。
テント内に設置された大型のテーブルと周囲に並べられた椅子……その周囲にルーカス将軍を始め、甲太郎、リューカ、アーベル、フランが立っている
机上のランプに照らされ、5人の影が揺れた。
甲太郎とリューカの顔を交互に見据えた後、ルーカス将軍が口を開く。
「まずは姫様、よくぞご無事でお戻りになりましたな。コータロー君も、ケガをしていたとの事だが、命に別状は無いようで何よりだ」
「ハッ! ありがとうございます!」
「自分のケガはフランさ……ギャレット十士長に診て頂きました。その……色々とご支援頂き、感謝致します」
リューカは王国軍式の敬礼でそれに応え、甲太郎も国防軍式の敬礼でそれに倣う。
ルーカス将軍は満足気に頷くと、表情を引き締める。
「早速だが、貴官等が見聞きし経験した事を報告してもらいたい。全員、着席したまえ」
着席を促すルーカス将軍だが、直立不動の姿勢を崩さずリューカが口を開いた。
「恐れながら、将軍。コータローが使っていた銃……火を噴く武器は今何処に?」
「ん? ああ、そうだな。まずはその件を済ませてしまおう」
そう言いうと、ルーカス将軍は自身の脇に置いていた背嚢から大きな布の包みを取り出し、机の上に置く。
『ゴトリ』と重々しい音を立て置かれた包みは、布を取り払わなくてもその大きさと形から、それがアンチマテリアルピストルなのだと分かった。
魔王との戦いの時、弾切れになり投棄した自分の装備――。
甲太郎は驚きと共にルーカス将軍の顔を見る。
「何、共に戦った戦友の装備だ、無下には扱わんよ。それに、これは大きさも形も違えど、以前に預かったモノと同じ理屈の武器なのだろう? 『決して使おうとはせず、このまま保管するように』と言っていたからな。私が預かっていた」
甲太郎は布越しにアンチマテリアルピストルに触れ、そしてルーカス将軍に深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。さ、皆着席しなさい」
そう言うと、ルーカス将軍は上座の席に腰を下ろした。
甲太郎達も将軍の対面に並んで着席する、全員が席につくのを待って将軍が口を開く。
「『銃』と言ったか、コータロー君の武器の話が出た所で……ついでだがあの金属製の巨大な『ハコ』についても詳しく聞きたい。あれは一体何だ?」
『巨大なハコ』……高度医療ユニットの事だ。
父が改良型の起動ドライバを使ってこの異界に持ち込んだ国防陸軍の次世代装備。
アンチマテリアルピストルと同じく、あれもここに放置したままだったことを、今更ながらに甲太郎は思い出した。
「あれは高度医療ユニットと呼ばれる……強引な言い方をすれば『運搬できる病院』です。もちろん、運搬には竜車をより強力にしたような機材が必要なんですが……『白衣の男』は『特殊な手段』でこの場所に持ち込んだと語っていました」
甲太郎の答えを聞き、ルーカス将軍は顎に手を当てながら呟く。
「『運搬できる病院』……。成程な、つまりはあのハコを使ってクリーチャーとやらを大量に作っていたということか。君は、アレの開け方を知っているか? いくら調べても開け方ひとつ分らんのだ」
「扉の開き方は知っていますが……この起動ドライバと同じく、白衣の男本人にしか開けられないようになっているはずです」
ルーカス将軍は『むぅ』と唸った。
甲太郎はさらに続ける。
「『白衣の男』があの中で何らかの研究をしていたと考えると、何か危険な薬品などが有るかもしれません。無理に開けるのは止めた方が良いと思います。自分としても、アレは持って帰りたいのですが……物理的に無理なので、ここに放置せざるを得ません。幸いにして、高度医療ユニットの外装は薬品の漏出などを想定して頑丈に作られていますから、放置する分には問題ないかと」
「分かった、その『高度医療ユニット』とやらには手を出さないよう通達を出しておこう。平地ならいざ知らず、アレを担いでヘレネア山を下山するのも不可能だからな、囲うなりして封印するほかないだろう」
『とんでもない異物を抱えてしまった』と、只管に渋い表情をするルーカス将軍に、甲太郎は再び頭を下げた。
「その、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いや、謝る必要は無いよ。さて、では本題に戻ろう……ウィクトーリア十士長、報告を」
「ハッ!」
ルーカス将軍の命を受け、リューカは『魔界の門』に飛び込んでからこれまでの経緯を話し始めた。
■■■
リューカが語るニホンと魔界での出来事は、常人であれば間違いなく真偽を疑う内容だ。
アズー……生体翻訳機となった魔族の脳とニホンに流れ着いた事。
甲太郎の姉である京子を始めとした国防陸軍の協力を得、EOSを託された事。
そこで突如襲撃してきた『サイクロプス』と呼ばれる敵と交戦した事。
報告を聞くルーカス将軍、アーベル、フランの表情は話が進むにつれて険しくなっていく。
アズーと共に魔界に渡り甲太郎と再会した事。
魔界の窮状を知り、その原因である衛星……『天空の眼』を3人で破壊した事。
そして、アズーと別れトーラスに帰還した事……。
リューカが語り終える頃には、ルーカス将軍は深い皺が刻まれた眉間に指を当て、アーベルは天を仰ぎ(テントの天井しか見えないが)、フランは眼を閉じ右手でこめかみを押さえていた。
三者三様のリアクションに共通するのは『驚き』と『呆れ』だろうか……。
ルーカス将軍が口を開く。
「正直、話の半分も理解できなかったが……とんでもない無茶をしたという事だけは確かなようですな」
ルーカス将軍が眼光鋭くリューカを睨む。
――――と、同時にアーベルとフランもリューカに視線を向けた。
「ぴッ!? そ、その……自分としてはそう無茶をしたつもりは無いのですが……」
『ビクリ』と身体を震わせながらリューカはそう答える……が、それは悪手だった。
ルーカス将軍は『はぁ』と重々しくため息をつく。
「自覚も無いとは……これは厳重注意が必要ですな……」
その将軍の言葉に、フランが合わせる。
「先程も申し上げましたが、今回ばかりは洒落や冗談では済まされません。姫様…………お覚悟を」
最後に、胸に拳を当て祈りながらアーベルが口を開いた。
「姫様……ご武運を」
職務上怒らせてはいけない人物であるルーカス将軍と、プライベートで怒らせてはいけない人物であるフランの2人に睨まれ、リューカは『ガタガタ』と震え出す。
しかし次の瞬間、突然甲太郎の手を取ると椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「じ、自分はコータロー救出作戦……シエラ作戦の途上です! コイツをニホンに送り届けなければなりませんッ! と、いう訳で失礼しますッ!!」
そう捲し立てると、甲太郎の手を引き脱兎の如くテントから飛び出し、『魔界の門』……ホライゾンゲートに走り出す。
「ちょッ!? リューカッ!!?」
咄嗟に机上のアンチマテリアルピストルを片手で抱え、甲太郎は自身の手を引く銀髪の少女の背中に叫ぶ。
何とかの馬鹿力というモノか、有無を言わさぬ力で手を引かれ、甲太郎は成す術が無い。
背後からは『姫様ッ!!』と、ルーカス将軍達が叫ぶ声が聞こえてきた。
「リューカッ! 助けてもらっておいてこんな事言うのは気が引けるけど、お説教から逃げるのは良くないって!!」
甲太郎の声に、リューカは振り返らずに答える。
「逃げるのではないッ! 物事には順序があるという事だッ!! さあ、ゲートに跳び込むぞ、『変身』しろッ!!」
「ああもうッ! 無茶苦茶だッ!!」
そうして2人は同時にEOSを身に纏い、ホライゾンゲートに飛び込んだ。
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目の前でリューカと甲太郎が『魔界の門』に飛び込む様を見て、ルーカス将軍、アーベル、フランの3人は唖然としていた。
『門』の監視をしていた兵士も、突然の事にポカンとしている。
「これは……厳重注意だけでは済まないな……」
ルーカス将軍が呟き、フランがそれに続いた。
「何らかの罰が必要である事、私も同意いたします。それも、とびきりのモノが……」
『ヒュウ』と鳴くヘレネア山の風、それ乗ってに運ばれてくる2人の怒気に中てられて、アーベルの肌が粟立つ。
彼は再び、胸中で神に祈った。
■日本、静岡県富士宮市、旧暁製薬生命工学研究所
今まで何度か経験した、光の中を飛び抜ける行為。
それを経験する度に、目の前には違う世界が広がっていた。
だが今、甲太郎の眼前に広がっているのは暁製薬生命工学研究所の最奥部……彼が異界に漂流する切っ掛けとなったあの部屋だった。
けたたましい警報が鳴り響く中、正面の扉が開き、NBC防護服を着込んだ対テロ即応特務隊の隊員達が入室してくる。
そして、その中から1人駆け寄って来る人物がいた。
――――甲太郎の心臓が跳ねる。
防護服のマスク越しでも、その人物が誰なのか分かった。
甲太郎とリューカは『変身』を解除する。
「姉さん……ッ!」
恐らく、他のフロアから全力で走って来たのだろう……。
京子は甲太郎の目の前で立ち止まると、『ハアハア』と大きく肩を上下させながら呼吸を整えた。
「はぁ……はぁ……。こ、甲太郎ッ! ケガは!? 身体に異常は無いッ!?」
そう言いながら、京子は甲太郎の身体にベタベタと触れる。
「いや、俺は大丈夫。それより、父さんは……その……」
「うん……。リューカちゃんとアズー君から聞いたわ。この言い方が適切かは分からないけど……お疲れ様。よくやったわ」
甲太郎に最後まで言わせるのは酷だと思ったのか、京子は先んじて事情を把握している事を伝える。
「それから……リューカ達が父さんの墓を作ってくれたんだ。ヘレネア山っていう高い山の上でさ、凄く眺めが良い所なんだ……。だから、だから…………」
京子は甲太郎の肩に手を置く。
「そう……。お別れは出来た?」
甲太郎は無言で頷いた。
その様子を見た京子は傍らに立つリューカに顔を向けた。
「本当にありがとう、リューカちゃん」
「いえ、私は部下に埋葬するよう命じただけです。それより、此処に来る直前に王国に寄りまして、コータローのケガは治癒の能力者に診せてあります。ほぼ治っているはずですが、念のため暫く安静にした方が良いでしょう」
リューカの言葉を聞き、京子は深く頭を下げる。
「何から何まで、感謝してもし切れないわ。せめてEOSのメンテくらいはさせて頂戴。2人ともこっちに来て」
そう言って、京子は2人の手を引いた。
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数時間の後、EOSの臨時メンテナンスとバッテリーの交換を済ませ、リューカは再びゲートルーム……ホライゾンゲートの前に立っていた。
彼女の眼前には、甲太郎と京子……そして対テロ即応特務隊の隊員達が立っている。
甲太郎は今まで着ていたボロボロの迷彩服から、リューカも袖を通した病衣に着替えている。
本来であればすぐにでも精密検査を受けなければならないのだが、無理を押してリューカの見送りに駆け付けたのだ。
ゲートルームに揃った面々の顔を見回して、リューカが口を開く。
「それでは、私はこれで失礼します……。京子殿、本当にコレは頂いてしまって良いのですか?」
そう言いながら、彼女は左腕の起動ドライバを示す。
京子は肩を竦めながら答えた。
「それ無しで帰りはどうするの? リューカちゃんを丸腰でワールド・トラフィックスに放り出す訳にはいかないわ。それに、貴女のEOSは『試験中の事故で大破、破棄した』って事になってるから、今更返却されても逆に困っちゃうのよね」
そして、京子は表情を引き締めて言葉を続ける。
「リューカちゃんなら問題ないだろうけど、一応念のため……。EOSはこっちの世界でも、恐らく貴女の世界でも、個人が持ち得る中で最高峰の力よ。だから、『使い方』には十分に気をつけてね」
「はいッ! ありがとう、キョーコ」
背筋を伸ばしてそう答えると、リューカは甲太郎に向き直った。
「コータロー、別れは言わずにおく。起動ドライバがある限り、世界を違えようと我等は一緒だ」
そう言って笑う銀髪の少女、甲太郎は思わず彼女を抱きしめる。
「リューカが居なかったら日本に帰ってこられなかった。本当に、ありがとう」
「フフッ。世話になったのはこっちだよ」
リューカは甲太郎の背中に腕を回し、一層強く抱きしめた。
少しの間――――リューカは甲太郎の背中を軽く叩き、時間だと告げる。
「皆の協力に感謝します! コータロー、キョーコと仲良くするんだぞ! それでは皆、達者でなッ!!」
そう満面の笑顔で叫ぶと、白いEOSを身に纏い、銀髪の少女はホライゾンゲートの向こうへ姿を消した。
こうして、3つの世界を巻き込んだ一連の『芹沢事案』は終結する。
――――そして、1年の時が流れた。




