第75話 RTB
『フラググレネードを使った時限爆弾』と言っても、そう大したモノではない。
そもそも、あり合わせの材料で即席で造るモノだ。
グレネードの安全ピンを抜いた上で、発火レバーが飛ばないように余りの包帯を巻く。
包帯は時間と共に徐々に緩んでいくように、巻き方とテンションを調整しながら、グレネードを2重3重に包んでゆく。
そうして出来上がった2つの時限爆弾(正確に言えば『遅延爆弾』になるだろうか?)を、甲太郎はこじ開けたメンテナンスハッチの中に慎重に設置する。
ハッチの中……制御装置の基部は無数のケーブルと電子回路基板が詰まっており、少し調べた所、グレネードでも十分に破壊できそうだった。
「これでよし……」
甲太郎はやはりメンテナンスハッチを慎重に閉め、『ふう』と一息つく。
大体の計算になるが、仕掛けたフラググレネードはおよそ30分程で包帯が解け、爆発するはずだ。
「それじゃあ、帰りましょうか」
甲太郎の言葉に、リューカとアズーは大きく頷いた。
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往路に使ったメンテナンス通路は、取りこぼしが無ければ全てのトラップを潰してある、今度はその通路を逆走し、転送ルームを目指す。
のんびりしている余裕はないが、帰るだけなら十分な時間がある。
甲太郎達はアズーに合わせて、マラソンのような速度でメンテナンス通路を走り抜ける。
SF映画のセットのような場所を3人で黙々と走り抜けるという、シュールな光景が暫くの間続く。
そうこうしている内に、床と天井が透明になっているメンテナンス通路の中間地点に差し掛かる。
道程は残り半分……トラップに散々邪魔された往路と違い、帰路は順調だと甲太郎が思ったその時、変化が起こった。
「む!?」
リューカが立ち止まり、疑問の声を上げる。
「リューカ? どうし――――ッ!?」
つられて立ち止まった甲太郎は彼女に声をかけようとし、その異変を感じ取った。
「振動? このオービターでか?」
それは極僅かな振動だったが、アズーもそれを感じ取り、思わずと言った風に疑問を口にする。
オービターは衛星軌道上に浮かぶ施設だ、地震など起こるはずはない。
軌道上の宇宙ゴミに接触したか、内部で何か異変が起こったか……。
即座にそれだけの事を思い浮かべた甲太郎の耳に、リューカの叫び声が飛び込んで来た。
「コータローッ! 『中』を見ろッ!!」
そう言いながら、透明な床を指さすリューカ。
それに倣い、甲太郎も床を……正確にはそこから見えるオービターの内部構造を覗き見る。
すると、彼等が走って来た制御室方向から、オービター内部を照らし出す灯りが1つ、また1つと消えてゆく様が目に入った。
甲太郎の顔がみるみる青くなる。
「まさか……。あのグレネード、爆発しちゃった……?」
「ど、ど、どうする!? コータローッ!!」
これ以上ないくらいに慌てた様子で叫ぶリューカ。
顔や態度にこそ出ていないが、アズーも同じようなモノだろう。
甲太郎はEOSのヘルメットの中で、ダラダラと冷汗を流しながら声を出した。
「…………は」
「「は?」」
同時に、オウムの様に繰り返すリューカとアズー。
「は……走れえええぇぇぇ――――ッ!!」
甲太郎の絶叫が響き、3人は一斉に転送ルーム目がけて走り出す。
しかし、すぐにアズーが遅れ始め、甲太郎とリューカは示し合わせたように2人がかりでアズーを抱え、全力で駆ける。
「あああああッ! 聞きかじっただけの細工なんて、本番で試すんじゃなかったああぁぁぁッ!!」
「コータローッ! 今は泣き言はいいッ! とにかく走れええぇぇぇッ!!」
制御室から転送ルーム方向へどんどん灯りが失われてゆくのに対し、甲太郎達は螺旋状のメンテナンス用通路を進まなければならない。
EOSのパワーアシストをフルに使い、必死に走る甲太郎とリューカ。
そして、最初に撃ち抜きこじ開けた、転送ルームへの扉が視界に入る。
「リューカ! 『投げる』ぞッ! 3! 2! 1ッ!」
「そりゃあぁぁッ!!」
甲太郎とリューカは、抱えていたアズーを、こじ開けた扉の穴から転送ルームに投げ入れる。
扉の向こうから『ドンガラガッシャン!』と凄まじい音が聞こえてくるが、今は気にしている余裕はない。
チラリと後ろを見やれば、既にそこまで明かりが消え、暗闇が迫っていた。
2人が転送ルームに足を踏み入れると、アズーが何やらコンソールパネルを操作したのか、かつて見た転送ゲートが、その巨大な口を開いていた。
しかし、やはり制御が失われつつあるのか、その光の輪郭には頻繁にノイズが走り、今にも消えてしまいそうだ。
「2人とも、早くッ!!」
アズーが叫び、3人は揃って転送ゲートに跳び込む。
それと同時に周囲の灯りが消え去り、転送ルームは暗闇にのまれた。
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暗転から視界が戻り周囲を確認すると、甲太郎達3人は赤い砂漠に投げ出されていた。
どうやら転送ゲートの制御が不安定で、転送座標にズレが生じたらしい。
甲太郎が再度周囲を見渡すと、少し離れた所に地上側の転送ゲートの目印となった岩場が目に入った。
『とんでもない所に投げ出されたわけでは無いようだ』と、甲太郎が胸を撫で下ろした時、自身の足元にある『それ』に気付いた。
――――『影』がある。
近くに投げ出されていたリューカとアズーも、その事に気付いたらしい。
同時に空を見上げ、リューカが天を指さした。
「アレを見ろッ!!」
彼女が指差すのは『天空の眼』、オービター。
そう、彼等3人は太陽の光の下に投げ出されていた。
「そんな!? 早く物陰にッ!!」
甲太郎が叫ぶが、アズーが『待った』をかけた。
「いや、オービターをよく見てくれ。周囲の偏光ミラーが反応していない」
以前にオービターが地上を攻撃した時には、周囲の偏光ミラー群の角度調整に伴い、光を反射しキラキラとしたエフェクトが確認できた。
しかし、現在は偏光ミラー群は沈黙したまま、何の反応も無い。
「…………このまま様子を見よう」
ありありと緊張が窺える声音で、アズーがそう提案する。
甲太郎とリューカは同時に頷いた。
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――――結論から言えば、オービターは何の反応も示さなかった。
いや、正確に言えば反応はあった。
地上からでも肉眼でハッキリと確認できる変化――。
オービター本体の周囲に浮かぶ偏光ミラー群。
その『天空の眼』の白目に当たる部分が崩れたのだ。
オービターの制御が失われ、偏光ミラー群も統制を失い、その隊列を崩したのだろう。
魔族の集落への帰り道、天空の眼を見上げる度に、その姿は徐々に変わっていった。
集落に辿り着き、魔族の長への報告と、そして身体を休めるために、最後に一晩世話になったのだが、その夜はちょっとしたお祭り騒ぎになった。
オービターの制御から離れた偏光ミラー群が魔界の重力に引かれ落下し、さながら流星雨のような光景が繰り広げられたのだ。
甲太郎達3人は、『これで完全に地上が攻撃されることは無くなった』と安堵した。
詳しい事情を知らないアズーの子供達が、食い入るようにその流星雨を見つめていたその姿が、甲太郎とリューカの心に、深く印象に残った。
そして夜が明け……今、甲太郎とリューカはホライゾンゲートの前に立っていた。
その2人に向かい合うように、アズーと数十名の魔族が立っている。
2人を見送るために集った者達だ。
アズーが1歩前に出る。
「2人とも、本当に世話になった。いくら感謝してもしきれない。何の礼も出来ない我が身が情けないが、せめて約束は果たそう。君達がそのホライゾンゲートを潜ったらこの地下空間を大岩で塞ぎ、厳重に封印しよう」
その言葉を聞いたリューカが、難しそうな表情で腕を組みながら声を出す。
「なあアズーよ、本当にこの魔界でやっていくつもりか? オービターから見た魔界は、赤い砂漠だらけの星だった……。もしよければ、トーラスで魔族がやって行けるように、私が王都に掛け合っても……」
その提案を、アズーは首を横に振って断った。
「いや、ありがたい申し出だが遠慮する。これはドクター長道から聞いた事なのだが……我等魔族は魔界という過酷な環境でも徐々に個体数を増やしている。そんな我等が急に豊かな大地に移れば、爆発的に個体数を増やし、瞬く間にその土地に溢れるだろう。そうなれば、元からその地に住まう者達との戦いは避けられない」
アズーは傍らに居る己の家族、そして仲間たちを見、そしてリューカの顔を見る。
「そんな事は、我等の本意ではない。我等はこの地で生まれ、この地に骨を埋める……。だが、現状のまま甘んじるつもりはない。その為の『希望』だからな」
そう言って、アズーは胸のメンテナンスハッチを開け、長道博士から渡されたという金属ケースを取り出した。
「甲太郎殿、日本では理想郷を『まほろば』と言うそうだな?」
「は? ええ、そうですが……」
急に話を振られた甲太郎は、若干戸惑いながら答える。
『大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し美し』という文言は、学校の授業で習って知っていた。
「此処が我等の住まう場所。時間はかかるだろうが、10年後、100年後、或いは千年後に、此処が『まほろば』だと胸を張って言えるように、我等は希望の種を蒔いてゆこう。それが、先代魔王が夢見た未来でもあるのだからな」
アズーの言葉には、何の気負いも憂いも無い。
その言葉を聞いたリューカは『余計なお世話だったか』と苦笑した。
そうして、アズーと多くの魔族達に見送られながら、甲太郎とリューカは再びホライゾンゲートに飛び込んだ。




