第71話 罠の回廊
爆煙……と言うのは正確ではないだろう。
京子曰く、装弾筒付翼安定徹甲弾を模して造られたという40ミリ砲弾は、その針のような重金属製の侵徹体とオービターの扉……目標装甲物との相互浸食により諸共液状化し、その飛沫と『扉だったモノ』の破片を爆発的に飛散させた。
それがあたかも爆煙の様に見え……甲太郎は緊張に耐えるために歯を食いしばりながら、煙が晴れるのを待つ。
1秒、2秒、3秒――――。
徐々に煙が薄れ、彼の目に飛び込んで来たのは、大きな穴が穿たれた扉の成れの果てだった。
オービターの外壁に損傷はないようで、室内の空気が外に吸い出され大気流動が起きている様子も無い。
「フゥ~ッ」
盛大に安堵の息を吐き出す甲太郎に、リューカとアズーが駆け寄った。
「よくやった!」
甲太郎の肩に腕を回し、ガックンガックン揺さぶりながら感嘆の声を出すリューカに、彼は心底安堵したと言った様子で答える。
「本来であれば、ドアブリーチングってショットガンとか、それ専用の爆薬を使ってドアノブを吹っ飛ばすモンなんだけど……。本当に上手くいって良かった……本っ当に良かった!」
「そのリニアカノンなら、どんな扉もこじ開けられそうだな」
楽し気な声色で話しかけてくるアズー。
(あー……。じゃあ、リニアカノンの事は『マスターキー』とでも呼ぼうか)
甲太郎は呆れ交じりに、胸中でそう呟いた。
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甲太郎達はフォーメーションを組み、メンテナンス用通路を進む。
アズーが盾役として先頭に立ち、甲太郎が真ん中、そしてリューカが最後尾だ。
慎重に歩みを進めていると、前方の床と天井から突然無人銃架が現れ、蛇が鎌首をもたげるようにその銃口を3人に向けビームを放った。
「ッ!?」
アズーは両腕を盾にしてビームを防ぐ。
その腕部装甲には、撃破した人形から拝借したトーガのような服が巻き付けられている。
人形の服はビームに対してもある程度耐性があるようで、タレットが放ったビームを受け止め、霧散させた。
「このッ!!」
タレットが2射目を撃つよりも早く、甲太郎がアズーの脇からマシンピストルの狙いを定め、発砲。
『タンッ! タタンッ!』と乾いた銃声が立て続けに響き、タレットは銃口のレンズを撃ち抜かれ沈黙する。
「よくやったぞ、2人とも!」
今まで『後方』を警戒していたリューカが声を上げる。
甲太郎とアズーは軽く手を振ってそれに答えると、改めて先に進み始める。
リューカが後方を警戒しているのには理由があった。
それは――――。
「ッ!? またかッ!!」
3人が通り過ぎ、何も無いと思われていた後方の床からタレットが現れ、すかさずリューカは左手に握っていたスローイングダガーを投擲……タレットを撃破する。
メンテナンス用通路に踏み入ってからずっとこの調子だ。
前方後方問わず、床や壁、そして天井から無数のタレットが3人を襲い、気の休まる暇がない。
「流石に厳しいな……。コータロー、その武器はあとどの位使える?」
リューカはタレットの銃口に突き立ったスローイングダガーを抜きながら問う。
タレットの数が多いため、彼女は使ったスローイングダガーを回収し、ダガーの残数をなるべく温存しながら戦っていた(タレットの爆発などで破損する物もあり、100パーセント回収できるわけではなかったが)。
「残弾100発を切りました。アズーさん、制御室まであとどのくらいですか?」
甲太郎がアズーに問いかけると、彼は前方の床を指さしながら答えた。
「道程はちょうど半分といった所だ。あれを見てくれ」
甲太郎とリューカが顔を向けると、通路の床と天井が透明になっている部分が目に入った。
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3人は透明になっている部分に立ち、自分達の足元と頭上に交互に目を向ける。
恐らく内と外を目視確認するための『覗き窓』のような物なのだろう。
甲太郎はその場に膝をつき、拳で床を軽く叩く。
硬質な音が響き……しかしその音はガラスのモノでも、プラスチックのモノでもない。
――――やはり、未知の材質で形作られているようだった。
3人が頭上を見上げれば、どこまでも続く漆黒の宇宙と、オービターの周囲に浮かぶ偏光ミラーの列が確認できる。
そして足元を見下ろせば、真空管に似た謎の装置がびっしりと敷き詰められたオービターの内部構造が目に入った。
その『真空管』は直径5メートルほどで、中にはフィラメントの代わりに謎の装置が組み込まれている。
そんな『真空管』が数十万、いや数百万ほどもオービターの内壁に敷き詰められている光景は、甲太郎に昔何かの雑誌で見た宇宙素粒子観測施設の内部写真を思い起こさせた。
尤も、オービターの中は水で満たされてはいないが……。
そして、その真空管の群れの中を貫くメインシャフトも見える。
人形と戦った部屋では、メインシャフトは甲太郎達と並行に立つ『柱』だったが、今この床から覗くメインシャフトは『梁』の様に横たわっている。
現在、甲太郎達はメインシャフトに対し垂直方向に立っている訳だが、これはオービターの中心方向に人工重力が発生している事を意味する。
上手く言葉に出来ない妙な違和感が甲太郎を襲うが、彼は軽く頭を振ってそれを振り払った。
「さて、先に進みますか」
星の子供達の技術とオービターの規模に圧倒されはしたが、兎も角、一息つくことは出来た。
「うむ、そうしよう!」
「了解した」
リューカとアズーは大きく頷きながら答えた。
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さらに進むこと暫く……甲太郎のマシンピストルも、リューカのスローイングダガーも底を突きかけていた。
さらに、ここまで複数のセキュリティドアを撃ち抜いてきたおかげで、リニアカノンにも最後の弾倉が装填されている。
甲太郎がげんなりとした様子で口を開く。
「今更だけど……このトラップの量は侵入者を撃退するのと同時に、侵入者を疲弊させる目的もあるんじゃ?」
その言葉に、やはり生気のない声音でリューカが答える。
「確かにそんな気はするな。警戒し通しで流石に気疲れしてきたぞ……」
そんな2人をチラリと確認し、アズーは先程と同じように前方を指さした。
「それももう終わりだ。見てくれ、あれがゴールだ」
指さす先には、今までのものとは趣の違うセキュリティドアが見える。
甲太郎はアズーを追い越して先頭に立ち、慣れた様子でリニアカノンを構えた。
「2人とも、下がって!」
警告の後、発砲。
セキュリティドアを吹き飛ばし、その向こう側に踏み込んだ3人が目にしたのは、辺り一面の宇宙空間……そして、頭上に浮かぶ巨大な赤い星だった。
メンテナンス用通路の終着点……オービターの制御室は床も天井も、全ての面が透明で、巨大なドーム状の空間だった。
人形達と戦った部屋よりも遥かに大きい、ドーム球場程度なら余裕を持って収まりそうな全面パノラマの大空間。
そして頭上に浮かぶ赤い星、あれは――――。
「あれは……魔界か?」
リューカが驚嘆と共に呟く、甲太郎も眼前に広がる光景に驚きを禁じ得ない。
しかし、アズーの警告が2人を現実に引き戻した。
「2人とも、警戒をッ!」
アズーは部屋の中央を見据える。
そこに在るのはやはり、柱のように聳えるメインシャフトの終端。
今まで目にして来たメインシャフトと違うのは、シャフトの中央部分が球形になっており、その幾何学模様が刻まれた球体に無数のコードが繋がっている事だった。
――――つまりはそれが、オービターの制御装置。
そして、その制御装置の向こうから、巨大な影が現れる。
「通路内のトラップ群は、我等を疲弊させるためのモノ……。で、あれば、最後にボスが待ち構えているのは自明だな」
「……まあ、ヘレネア山といい魔族の集落といい、事あるごとにデカブツと戦ってたから、今更驚きはしませんけどね」
アズーの言葉に甲太郎が答える。
3人の前に姿を現したモノ……。
それは全高10メートルはある、巨大な『人形』だった――――。




