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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第7話 北への旅路

■トーラス王国北部、街道沿い


 満天の星空の下、街道沿いの岩に背を預け、甲太郎(こうたろう)は焚き火にあたっていた。

 もちろん、彼はミスティックなど使えない、日中に街道を歩きながら拾い集めた枯れ枝や枯れ草に、ファイヤースターターで火を点けたものだ。


 甲太郎は、(あぶ)った干し肉を(かじ)りながら星を見上げる。

 異界の空だ、彼が知る星も、星座も存在しない。


 「……それどころか、月も全然違うしなぁ」


 地球から見上げる月、その模様はウサギやカニに例えられるが、異界の月の模様は翼を広げた鳥の様に見える。


 食事を終えた甲太郎は、近くの川から鍋に水を汲んで来て火にかける。

 集落内の井戸水ならともかく、生水を口にするのは流石に避けたい、煮沸消毒したお湯を冷まし、革製の水筒に入れて明日の分の飲み水にする。


 その後、装備品の手入れを行う。

 コンバットナイフにショートソード、そして9ミリ拳銃。

 整備道具が無いため、通常分解して布で軽く拭く程度だが、やらないよりはマシだろう。

 ちなみに9ミリ弾は残り45発、EOSのオプション兵装であるアンチマテリアルピストルの12.7ミリ弾は残り49発。

 さらに、EOSは後ろ腰のコンテナに各種グレネードを格納するスペースがあるが、現在フラググレネードを4個、ナパームグレネードを2個格納している。

 補給のアテなど無い上、ヘレネア山に到着すれば魔族との戦闘が想定されるため、弾薬は極力温存したい。


 コルドール村を発って4日目の夜、ここまで、良くはないが悪くもないペースで道程を消化していた。

 コルドールからヘレネア山……、正確には麓のアードラ要塞まで、徒歩であれば10日程だという。

 そして、その間の街道上に3つの集落があり、昼に1つ目の集落を通過した所だ。


 「このお金が無かったら、村ごとに稼ぎながらの旅になってたはずだからなぁ……。ホントに助かった」


 ベッカー先生から渡された巾着袋を握り締めながら、甲太郎はしみじみと呟く。

 この世界の物価を考えれば、切り詰めて行けばこのお金だけでアードラ要塞まで辿り着けるだろう。


 甲太郎はマントに包まり眠りに付く、日本に残る姉や、同僚たちの顔を思い浮かべながら。



■翌日、コルドール村


 村は滅多に無い喧騒(けんそう)に包まれていた、村の外れの草原に100台程の幌馬車(ほろばしゃ)が停まっている。

 正確に言えば、馬ではなくサウラスが()いている車両であるため、異界の人々は竜が牽く車……、『竜車』と呼んでいる。

 さらに貴人用と思われる、いかにも高価そうな馬具を装備した馬が20頭程、サウラスと共に草を()んでいる。

 『馬』と言っても、地球のそれとはやはり差異があり、全体的に大型のがっしりした体格で、その頭にねじれた角が生えている。


 そんな動物たちの周りで、多くの兵士たちが休憩していた。

 昼食のための大休止(だいきゅうし)、十数名ごとの隊に別れ、その中で持ち回りの調理担当が大鍋で料理を作る。

 その(かたわ)らで世間話に興じる者、草の上に寝転がる者、竜車での移動で強張(こわば)った身体をほぐす為に運動をする者……、皆思い思いに過ごしている。


 「姫様、どちらへ?」

 

 コルドール村の村長との挨拶を済ませ、村の中心部へ向かおうとするリューカに声をかける者があった。


 「おお、フラン。この村に『剛剣(ごうけん)』殿がいらっしゃると聞いてな、お会いしに行こうと思うのだ」

 「了解しました。それではいつもの様に、私とアーベルが護衛に付きます」


 そう言うと、栗色の髪の女兵士、フランシスカ・ギャレットは、同僚のアーベル・クルスと共にリューカについて行く。


 「むぅ……。『剛剣』殿にお会いするだけだぞ、危険など無いだろうに」


 リューカが唇を尖らせると、金髪の美丈夫、アーベル・クルスが(いさ)める。


 「いけません。姫様は勇者でもあらせられます、万が一があってはなりません」

 「アーベル、お前は硬過ぎる。もっとこう、柔軟にだな……」


 そんなやり取りをしながら歩く内に、目的の場所に辿り着く。

 周りのものより一回り大きい家の中から、複数の子供達の声が聞こえてくる。


 「学び舎ですか……」

 「うむ、先ほど村長殿から『剛剣』のバルド・ベッカー殿が、この村で学び舎を開いていると聞いてな。ちょうど休憩中のようだ、お邪魔させて頂こう……。失礼する!」


 フランに答えながらリューカは扉を開く、中には四人の子供達と、村長から聞いていた外見に合致する人物……、『剛剣』と称えられた英雄、バルド・ベッカーその人が居た。


 「何と、その鎧は……。私はこの学び舎の主、バルド・ベッカーと申します。姫様におかれましては、このような場所にどのようなご用件でしょうか?」


 豊かな髭を(たくわ)えた老人は、リューカが(まと)う銀鎧……、その胸部に施された打っ違(ぶっちが)いの剣の紋章、王家の紋章を見て、眼前の少女が何者であるのかを知る。

 立ち上がり、(うやうや)しく頭を下げる老人に、リューカは慌てて答える。


 「いや! 今この身はただの軍人、『剛剣』と称えられた英雄に頭を下げられては立つ瀬がありません! どうか楽にして頂きたい」


 リューカは『ふう』と息をつくと、ベッカー翁に軽く頭を下げる。


 「もう察しておいでのようですが……、私はリューカ・アルゼー・ウィクトーリアと申します。後ろの二人は、私の護衛をしてくれている、フランシスカ・ギャレットと……」


 リューカの言葉と共に、フランが一歩前に出て一礼する。


 「こちらが、アーベル・クルスです」


 フランに倣い、アーベルも一歩前に出て一礼する。


 「これはご丁寧に、痛み入ります」


 ベッカー翁が再度頭を下げると、再度リューカがそれを止める。


 「いやいや! 我ら三人とも王国軍人、ベッカー殿の後輩に当たります、どうか頭をお上げ下さい!」


 リューカに続いて、アーベルが声をあげる。


 「『剛剣のバルド』の名は、知らぬ者は居りません。私も貴方の英雄譚を寝物語に聞き育ちました。礼を尽くさねばならぬのは我々です」


 ベッカー翁は好々爺(こうこうや)のような笑みを浮かべ、三人の顔を見た後、リューカに話しかける。


 「巷の噂程度の物ではありますが、姫様のお話は伺っておりました。ご立派になられて……。しかもその剣、今代の勇者になられたという話は真で御座いましたか……、陛下もさぞお喜びでありましょう」

 「う、うむ……。まあ、その……、そうだ! 私がここに伺った要件なのですが!」


 正面から褒められて照れているのか、居心地が悪そうに、リューカは露骨に話題を変える。


 「是非ベッカー殿に、魔族討伐軍に加わって欲しいのです! 貴方が参加してくれれば、皆の士気も上がりましょう! 指揮官であるルーカス将軍からも許可は得ています」


 ベッカー翁は『はっはっは』と笑うと、首を横に振る。


 「英雄などと呼ばれたのも昔の事。もちろん剣に関しては、まだまだ若い者に遅れをとるつもりはありませぬが……。流石にこの歳になりますと、長距離の行軍は身体に(こた)えるのです。私の腕を買って頂けて光栄の至りではありますが、皆の足を引っ張るのは本意ではありませぬ故、辞退させて頂きたく……」


 ベッカー翁の言葉に、リューカは一瞬だけ残念そうな表情を浮かべるが、すぐに切り替える。


 「いえ、無理なお願いをしたのはこちらの方です。それに、後進の育成も立派なお役目です」


 リューカは、さっきから部屋の隅で固まってる四人の子供達に微笑みかける。

 ちなみに子供達は、『とんでもない美人が、これまたすごい美人と美男を連れて来た!』とただならぬ雰囲気を感じ取り、借りてきた猫のように大人しくしていた。


 「痛み入ります……。ところで、代わりと言っては何ですが、討伐軍に推挙(すいきょ)したい者がおります」

 「んん? 推挙?」


 ベッカー翁の言葉に、思わず聞き返してしまうリューカ。

 だが同時に、英雄が推す人物に興味が湧いてくる。


 「わ、わかりました。して、その人物は?」

 「申し訳ありませんが、今この村におりません。五日前に、一人でヘレネア山に行くと言って村を発ちました」

 「一人で!?」


 リューカは驚いた声を上げる。


 「はい、『アードラ要塞で止められるだけだ』と言ったのですが、何やら調べたい事があると……」

 「随分な変わり者のようですね……。どのような人物なのですか、名は?」


 ベッカー翁は、またも笑いながら答えた。


 「はっはっは、正しく変わり者でしたな。黒髪黒目の変わった風貌(ふうぼう)の青年でして、名をコータローと申します」



 その頃、北部の街道沿いで……。


 「ぶえっくしょん!! ……か、風邪か? うおぉぉッ、こんな所じゃ風邪でも大事になりかねないぞ!?」


 甲太郎のくしゃみが空に響いた。


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