第65話 罪科と赦しと
銀髪の少女は、命を弄ぶ星の子供達の所業を『思い上がりも甚だしい』と斬って捨てた。
或いはアズーと知り合わず、『魔族』という種をよく知らないままであれば、そんな感想も抱かなかったかもしれない。
程度の差こそあれ、甲太郎やリューカ達も他の生物の命を贖って生きているのだ。
仮定の話だが、もし星の子供達の生き残りが居て、『お前達も家畜を糧としているだろう』と言われれば、甲太郎は反論することが出来ない。
それでも星の子供達の行いに忌避感を覚えるのは、魔族が明確な個の意思を持ち、感情を持つ種だと知ったからだ。
つまる所、意思の疎通が出来るか否かが好悪の分水嶺なのだろう。
そしてリューカの言葉は、甲太郎にとっても鋭い棘となる。
地球において人間を、異界においては魔族を……その命を弄んだ大罪人。
父――――芹沢栄治。
更に棘はもう1つ……その父を殺めた自分自身。
父の凶行を止める為と自分に言い聞かせ、任務を果たした。
しかし、その大義は『日常を壊した父への復讐』や、『他者からの信用を取り戻したい』という利己的感情の裏返しであり、『課せられた任務』も、元を正せばその任務に彼自身の意思で『志願』したのだ。
自分に星の子供達を責める資格は無い……それ所か、傍らに居る銀髪の少女に、星の子供達共々責められて然るべき――――。
そんな内罰的な感情に、甲太郎の心は塗りつぶされそうになる。
彼がEOSのヘルメットの奥で『ギリッ』と奥歯を噛みしめたその時、アズーが思ってもみない提案をした。
「ここからは甲太郎殿と2人で話したい。リューカ殿、すまないが少し外してもらえないだろうか?」
アズーの言葉に驚く甲太郎。
思わずリューカに顔を向けると、彼女もまた甲太郎を見ていた。
お互いEOSを装着していて表情は分からないはずなのに、何故か内心を見透かされているような気分になる。
リューカは1つ頷く。
「……分かった。私は少し離れていよう」
「あの! いい、ん……ですか? アズーさんの話、続きを聞かなくて……」
背を向けようとするリューカに、甲太郎は思わず声をかけた。
彼女は右手をヒラヒラと振る。
「正直に言えば、聞きたい。しかしお前は、私がお前の父の事を知ることを望まないだろう? だから……今はいい」
甲太郎の内心を知ってか知らずか――――恐らくは、ほぼ察しているのだろうが……リューカは何でもない事のように答えた。
――――だからだろう、甲太郎の口からその言葉が自然に滑り出た。
「ゴメン。それから、ありがとう……リューカ」
そう言いながら甲太郎が頭を下げると、『ふへへ』という何とも気の抜けたリューカの笑い声が聞こえてきた。
「今の一言で私は満足だ。ほれ、さっさと話しを済ませて来い」
彼女は甲太郎の背中を『グイ』と押し、自分はスタスタと少し離れた壁際に歩いて行った。
そんなリューカに再度軽く頭を下げ、甲太郎はアズーに向き直った。
「ここからの話は、貴方達の言う『機密事項』に該当する……そう、ドクター長道は言っていた。その為、リューカ殿には外してもらった。ここまで言えば私が何を話すのか、もう見当はついているだろうが……それでも甲太郎殿には話しておかなければならない」
アズーはそう前置きし、本題に入る。
「ヘレネア山にてエイジ・セリザワ自身が語ったように、私は彼に解剖され、生体翻訳機にされた。その時に、エイジ・セリザワは魔族が人為的に作られた種族である事と、先に話した記録因子に気付いたようだ」
甲太郎の脳裏に、父の言葉が蘇る。
『彼らの体組織……、特に遺伝子は素晴らしい! 芸術的だよッ!』
そう、父は魔族の遺伝子を『芸術的』と評した。
魔族が何者かの手によって創られ、さらにその遺伝子に手が加えられている事を示唆していたのだ。
「そして我等の遺伝子に刻まれた記録因子を、自分の研究に流用した」
「……ッ」
アズーの話を聞いた時から感じていた『嫌な予感』の正体はコレだ。
星の子供達が魔族に施した『記録因子』の技術は、父が求めていた『記憶を保持したまま死者を蘇らせる技術』……その中核を成すモノだ。
流石に、予め魔族と言う種の存在と、彼等が自身の研究の『答え』を持っているなどと、そこまでは予測していなかったはずだ。
つまり、自分の研究の『足し』にならないかと、その程度の理由で魔族を切り刻み……結果大当たりを引いた、という事だ。
今までも何度か肌身で感じていたが、自分の父親が倫理観の欠片すら失ってしまっていたという事実を、甲太郎は改めて突き付けられる。
だが――――――。
「大した男だと感心する。異なる世界の、異なる文明の、遥かに高度な技術を極めて短時間でモノにしたのだからな」
「え?」
アズーの意外な言葉に、甲太郎は間の抜けた声を上げた。
「いや、その……何を言って……?」
「ん? エイジ・セリザワの才能は懸絶していた……という話だが?」
甲太郎の困惑をよそに、アズーは当たり前のように語る。
「父を恨んでないんですかッ!?」
食ってかかるようにアズーを問い詰める甲太郎だが、当のアズーは動じない。
「元の身体を切り刻まれ、鞄に詰められた時には恨みもしたよ。しかし、先代魔王達との仲立ちをしながら、奴の行動を見、そして話をするうちに、私は惹き込まれていったのだ……。あの男の知恵と技術にな」
「知恵と技術……」
「それらは、生きるのがやっとの我ら魔族が持ちえなかったモノだ。通訳の傍ら、あの男と様々な話をして知識を吸収する度に、『コレこそが我等魔族を救う光明だ』と、確信を深めた」
そこでアズーは一旦言葉を切り、甲太郎を見据えた。
「まあ、最初は恨みもしたが……今の状況に至れたのは間違いなくエイジ・セリザワのお陰でもある。日本の法と倫理に当てはめればあの男は犯罪者なのだろうが……多少は感謝もしている、という事だ」
「…………それは」
恐る恐る、甲太郎は声を絞り出す。
「それは……気を遣ってくれてるんですか?」
「事実を述べたまでだ、私の主観が多分に入ってはいるがな。ああ……それと、エイジ・セリザワが記録因子を流用した際、彼は自身の研究の為に因子を改良していた……。星の子供達にとって重要だったのは、魔族が彼等を主人と認識する事。魔族を道具と認識していた彼等は、魔族個々人の記憶に価値を見出してはいなかった。そこで、だ……、甲太郎殿はヘレネア山での先代魔王の言葉を覚えているか? 頭を再生して蘇った時だ」
突然話題を変えたアズー。
甲太郎は言われるままに記憶を探った。
「確か、先手を譲れと言った……とか何とか……」
「そうだ。あの時、先代魔王は死ぬ直前の記憶を保持していた。本来の記録因子の働きは、予め書き込まれた星の子供達の記録を世代を越えて受け継がせ、『切っ掛け』があればそれをフラッシュバックさせて、魔族を制御下に置く事だった……。エイジ・セリザワはそのシステムに手を加え、魔族個々人の記憶領域として記録因子を改変して見せたのだ」
甲太郎にとって、今の話はやはり父の異常性の証明にしか聞こえなかったが、それもアズーは否定して見せる。
「『研究の為に魔族を好き勝手に弄くり回した』と見るか、はたまた『星の子供達の支配が絶対ではない事を証明した』と見るか…………見方は複数ある。何より親と子は別の個体だ。あまり深刻にならない方が良い。長々と語ったが、まあそういう話だ」
甲太郎は言葉が出ない。
代わりに、無言で深く頭を下げた。
「さて、そろそろ戻ろう。先程からリューカ殿がこちらを窺っているからな」
そう言ってアズーは話を切り上げる。
甲太郎とアズーは、共にリューカの下へ歩き出した。




