第64話 記録の記憶
「落ち着いたか? アズーよ」
「正直、まだ少し混乱しているが……問題ない」
リューカの言葉に答えるアズー。
彼は床に腰を下ろし、頭を押さえてはいるものの、その声音は落ち着いていた。
「まさか、機械の身体への拒絶反応ですか?」
甲太郎もアズーを気遣う。
「いや、生体部分と躯体のマッチングは良好だ。あの文字を読んだ途端、知り得ないはずの情報が大量に頭に浮かんできてな……」
「知り得ない情報……?」
「知らない事が浮かんできた? どういう事だ、それは」
2人揃って首を傾げる甲太郎とリューカに、アズーは努めて落ち着いた声で語り掛けた。
「少し長い話になるが聞いてくれ。この世界の惨状とあの『天空の眼』、そして我等魔族の起源とホライゾンゲートが作られた理由……それら全てを繋ぐ『歴史』の話だ」
そしてアズーは話し始める。
彼自身知るはずのない、記録の記憶を――――――。
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かつて、この魔界と呼ばれる世界には『ヒト』の種が存在した。
彼等は長い長い寿命を持ち、自分達を『星の子供』と呼んだ。
彼等『星の子供達』はその長い寿命を背景に、高い技術力を養い、高度な文明社会を築き上げる。
長らく繁栄を謳歌した彼等だったが、1つの星に根差す文明には必然の……通過儀礼と言っても良い、避けられない大きな問題が降りかかった。
――――――資源・エネルギー問題。
長命種である彼等の人口増加率は押しなべて低かったものの、より便利で、より贅沢な生活を希求すれば、モノもエネルギーも不足するのは道理だ。
苦難の時代の戸口に立った彼等は、その困難を打開すべく団結…………することが出来なかった。
貧すれば鈍するのはどこの世界でも変わらない、そして長命種故の特性が、彼等を分け隔てた。
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「長命種故の特性?」
リューカが疑問を差し挟む。
「彼等は概して600年から700年ほどの寿命を持ち、長寿の者は1000年以上生きる者も居たようだ」
それに応えるアズーは語尾に『ようだ』と付け、断定することを避けた。
突如自身の脳に湧き上がって来た出所不明の情報を『読み上げている』から……なのだろう。
「何か事件や事故があった場合、当事者がそれだけの年数を生き続ける。つまり、世代交代による喜怒哀楽……『感情の風化』が非常に遅い。結果、彼等の中に激情がうず高く積み上げられ、或いは深く静かに沈殿していった」
「成程な。長く生きるのも良い事ばかりではない……か」
得心がいったとばかりにうんうん頷くリューカ。
アズーが語る歴史はさらに続く。
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暫くの間、国家間でいがみ合っていた彼等『星の子供達』も、目に見えて……実生活に支障をきたすレベルまで資源とエネルギーの不足が進行すると、渋々ながら手を取り合った。
彼等はエネルギー不足を解消するために、衛星軌道上に『天空の眼』……大規模太陽光発電施設『オービター』を建造した。
オービターは順調に稼働し、膨大な電力を生み、地上に送電し始める。
地に光が満ち、エネルギー問題は解決した。
しかし、満たされ、さらに欲が出たのか、程なく新たな問題が噴出する。
オービターの帰属と、そこから生み出されるエネルギーの利権問題である。
元より片手で握手し、もう片方の手で殴り合っていた上辺だけの協力関係だ、瓦解するのもそう時間はかからなかった。
膨大なエネルギーを元手に相争う星の子供達。
――――――そしてある日、突如オービターが大地を焼き払った。
オービターの周囲に浮かぶ集光用の偏光ミラー群が地表に狙いを定め、収束した太陽光が降り注ぎ、全てを等しく灼き滅ぼした。
システムの暴走か、何者かが仕組んだのか……或いは本当に、争い続ける彼等に神なる存在が愛想をつかしたのか…………その真相は闇の中である。
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「あの『天空の眼』は、兵器ではなく発電施設だったんですか……」
甲太郎は感嘆と共に言葉を吐き出す。
しかし、同時に疑問も湧き上がる。
「しかし、資源不足の中でよくあんな巨大なモノを作りましたね」
アズーは『その疑問は当然』と頷く。
「建造自体はそれ程難しくはなかったようだ。甲太郎殿の予想通り、衛星軌道への転送ゲート……まさにこの施設を使い、急ピッチで建造が行われた。そして、『星の子供達』には資源のアテがあった……。ここから、我等魔族が絡んでくる」
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『天空の眼』……オービターによってエネルギー問題は解決を見る。
他方、資源の不足に関しては『異なる世界からの収奪』という方針が採られた。
オービター建造時、衛星軌道への転送ゲートを使用した事からも分かる通り、星の子供達は時空間に関する技術に長けており、『異世界』の存在を予てより把握し、知悉していた。
必要な資源を求め新たに宇宙を探索するより手っ取り早かった。
しかし、この計画にも障害が存在した。
標的となる異世界に、星の子供達とは別種の『ヒト』の種が存在したのだ。
無論、標的となった異世界とはアルカディア大陸が存在する世界であり、『別のヒト種』とはリューカ達の祖先である。
そこで星の子供達は、安全に、かつ最小限のコストで異界を制圧すべく、ある兵器を作り出す。
それが『魔族』、異次元侵略用の生物兵器。
ホライゾンゲート通過時の負荷に耐え得る強靭な肉体を与えられ、それは戦闘時にも大きなアドバンテージとなった。
侵攻した異界において個体数を増やす為に爆発的な繁殖能力を付与され、さらに世代交代のサイクルを早め、インスタントに大軍団を編成できるよう、寿命を数年に調整された。
そして、異界のヒト種を滅ぼした後に魔族自身も滅ぶよう、数世代で子孫を残せなくなるように、その遺伝子に自滅因子が組み込まれた。
星の子供達にとって、魔族はあくまで『道具』に過ぎなかった。
その為、魔族は言葉を持たず、同族間のみで脳波によるコミュニケーションを行うようデザインされた。
『道具』が口を利くのが煩わしかったのだ。
さらに、魔族の遺伝子に組み込まれたのは自滅因子だけではない。
機械工学などと比べて、命を扱う生命工学は不測の事態が起きやすい。
星の子供達は、万が一自滅因子が機能せず魔族が生き残った場合に備えて、その遺伝子にもう1つの因子を組み込んだ。
記録因子――――――。
星の子供達が『主人』なのだと、世代を経ても認識できるよう、魔族の遺伝子に直接情報を書き込んだ。
自滅因子と記録因子、遺伝子の2重螺旋に刻み込まれた2つのフェイルセーフ……、それは星の子供達と魔族の間に打ち込まれた、絶対的な『主従の楔』であった。
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「待て! 待てアズー! 造られた!? お前達がッ!?」
「……そうだ。我々は、我々は自然に発生したのではない。人為的に造り出されたのだ……リューカ殿の世界を侵略するために。そして、推測するに今生きている魔族は、星の子供達が懸念した通り、自滅因子が働かなかった『突然変異』の末裔という事だろう」
驚き、食ってかかるようにアズーを問い質すリューカ。
それに答えるアズーは僅かに躊躇いを見せたが、先に語った言葉を肯定した。
自分達が生命工学で造られた『道具』に過ぎなかったなど、その衝撃は想像を絶する……。
しかし悲しいかな、鋼鉄の顔は感情を表さない。
「何の装備も無しにワールド・トラフィックスを渡れるのも当然だ。我等は正にその為に造られたのだからな……」
「魔族は道具として造られた存在? しかも、自滅因子に記録因子!? その『すたーちゃいるど』とやら、一体何様のつもりだッ!! 思い上がりも甚だしいッ!!」
既に滅んだ星の子供達の『蛮行』に、やり場のない怒りを滾らせるリューカ。
彼女を宥めながら、甲太郎は『ある予感』に身を震わせつつ、アズーに語り掛けた。
「記録因子……アズーさんが今話した事も、その因子が?」
「そうだ。どうやら星の子供達は、資源不足による対立から彼ら自身が滅ぶ直前までの情報を遺伝子に書き込んだようだ……。恐らくは魔族に『造られた理由』を認識させるためだろう」
「それは……その技術は…………」
甲太郎はどうにか声を絞り出す。
嫌な予感が全身を這い回った。
「星の子供達の歴史はこれで終わりだ。しかし、この話にはもう少しだけ続きがある。そして、ここからは甲太郎殿の父上……エイジ・セリザワが関わって来る――――」
アズーの言葉に、甲太郎の心臓が大きく鼓動した。




