第62話 ワームズ・ネスト
日没を待ち、魔族に見送られて集落を出た甲太郎達は、一路南を目指す。
アズーの話によれば丸1日ほどの行程だが、日中は動くことが出来ないためそれ以上の時間がかかる。
寒暖の差が極端な赤い砂漠を、ワームを始めとした危険生物に警戒しつつ歩みを進める……。
決して楽な道程ではなかったが、その間、リューカは笑顔を絶やさなかった。
今が幸せであるかのように。
甲太郎もリューカの様子を見て、『その事』に気付いていた。
彼女が語った『甲太郎をニホンに連れ戻す』という使命……。
それが果たされるという事は、2人の決別を意味する。
お互いに口には出さなかったが、その事は痛いほど感じていた。
一歩進むごとに、2人に別れの時が迫る。
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目的の岩場に近付き、周囲を索敵する。
甲太郎もリューカもEOSを装着し、かなりの範囲を探るが、ワームらしき生命反応は検知されなかった。
しかし、周囲の砂……その表面を見れば、ここがワームの巣である事は明らかだ。
目につくのは、砂が風で洗われて出来た砂紋ではなく、何かが這い回った跡……。
それも1匹や2匹ではなく、数十匹分はあろうかというその『跡』は、徐々に収束し、口を開ける洞窟の中に続いていた。
甲太郎は慎重に洞窟を覗き込む。
ホライゾンゲートがある『遺跡』と同様に、壁や天井に幾何学模様が刻まれ、床には無数の『何かが這いずった跡』が続いている。
甲太郎はリューカとアズーを振り返る。
「行きましょう。ワームは振動に反応します、極力足音を立てずに……特にアズーさんはすり足でお願いします。それから、以降の会話は全て無線を使います」
『無線……、確かこうだな? 出来ているか?』
『了解した』
すぐさま外部スピーカーではなく、無線を使って返事をしてくる2人。
甲太郎はリューカに『OKだ』と答えた後、意を決して先へ進む。
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『妙だな……』
緩やかに下る通路内の様子を暗視モードで見回しながら、リューカが呟く。
甲太郎もアズーも、その違和感に気付いていた。
周囲の様子を見るのに、EOSの暗視モードが必要なのだ……つまり、周囲の幾何学模様が光を発していない。
甲太郎の脳裏に『この施設は機能を停止しているのか?』という考えが過った時、彼のEOS……その戦闘サポートAIが警告を発した。
<進行方向約500メートル地点、大きく広がった空間を確認。さらに熱源及び動体反応を多数確認>
『俺が先行して様子を見ます。2人はここで待っていて下さい』
『お前の体は万全ではない、私が行こう』
リューカが答えるが、甲太郎は首を横に振った。
『いえ、EOSを使った隠密行動はコツがいります。リューカ……さんはそこまで訓練してないですよね?』
『むぅ……、致し方ない。十分に気をつけろよ?』
言葉に悔しさを滲ませるリューカだが、存外あっさりと引き下がってくれた。
ここで口論をして余計な時間を食う方が危険だと理解しているのだろう。
『俺のEOSのカメラ映像を2人にも共有します。アズーさん、何かあれば指示をお願いします』
『了解した。もし何かあってもワーム相手なら遅れは取らないだろうが、地の利は相手にある。リューカ殿の言う通り、気をつけてくれ』
返事の代わりにアズーに手を振ると、甲太郎は単身先行する。
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EOSを隠密行動モードに切り替え各駆動部の音を最小にし、壁に添うように……しかし決してEOSの装甲が壁に当たらないように、細心の注意を払いつつ、甲太郎はじりじりと先に進む。
自身が身に纏うEOSの装甲形状を細部まで把握していないと出来ない芸当だ。
そうこうしている内に、甲太郎は地下空間の手前に到達する。
幾何学模様が刻まれた通路が壊れ、土と岩が剥き出しの大きな空間が広がっていた。
その空間に蠢く、無数のワーム達。
暗視モードで捉えた映像と、HMDの端に映る赤外線ビジョンの映像から、確認できた数はおよそ100匹。
この数であれば、ワームは問題にならない。
しかし――――――。
『2人とも、映像は届いてますか? 通路が終わっています。崩落した跡をワームが再度掘り返したんでしょうか?』
甲太郎の疑問にアズーが答える。
『いや、通路が伸びていただろう方向を拡大出来るだろうか?』
アズーに言われるがまま、甲太郎は地下空間の奥を拡大表示する……すると。
『あれは……扉か?』
タダでさえ暗視モードで分かり辛い上に、ワーム達が暴れたせいだろうか、土やホコリがこびり付き、カモフラージュされたようになっているものの、確かに最奥に人工物があった。
どうやら通路の一部のみが壊れ、そこをワームが住処にしているようだ。
『先史文明人の遺跡は頑強だ、まず崩落などしない。だが、そうなるとこの部分が壊れているのが不審といえば不審なのだが……』
甲太郎の背後に近付いてきたアズーが疑問を声に出す。
勿論、アズーの背後にはリューカも居る。
リューカは兎も角として、アズーはその巨体に似合わない静粛性だ、まったく駆動音が聞こえなかった。
彼の鋼鉄の身体は、姉……京子が作った物だという。
無駄に凝り性な姉らしい性能だと、甲太郎は胸中で苦笑いを浮かべた。
『ここで迎え撃ちますか? 他の通路は無いようです、ここを押さえれば全滅させるのも難しく無いと思いますが……』
唯一の出入り口であるこの通路を押さえれば、ワームは逃げ場が無く、さらに甲太郎達は正面のみに攻撃を集中させることが出来る。
甲太郎は2人に意見を求める、アズーがそれに答えた。
『確かに、全滅させれば危険は減るが、その分食い扶持も減る。こちらから打って出て、ワームを追い払うように立ち回りたい。我が儘を言ってすまないが……』
『この世界で暮らす者の言う事だ、是非もないさ』
申し訳なさそうにするアズーと、ひらひら手を振りながら『大した事では無い』と受け流すリューカ。
そんな2人を見つつ、甲太郎も頷いて肯定の意思を示す。
『了解。遺跡は頑丈とは言え、あの空間は地層が剥き出しですから、念のため銃火器は使わないでおこうか……。それじゃあ、向かって来るヤツは倒す、逃げるヤツは見逃す、そんな感じで?』
甲太郎が確認すると、アズーは右手の親指と人差し指で厳ついマルを作りながら答えた。
『それで頼む』
リューカもそれに続く。
『異論は無い』
『OK。カウント3で突入します。準備を!』
甲太郎は地下空間……そこに蠢くワームの群れを見据え、静かに、しかしハッキリと告げた。




