第61話 滅びた大地に種を蒔く
甲太郎とリューカの答えを聞き、アズーは頭を上げると姿勢を正す。
「まず最初に、これだけは言っておきたいのだが……あの『天空の眼』を無力化した暁には、我等魔族がリューカ殿の世界に攻め入る事は止める。『新たな魔王』である私の名において、そのようにする」
アズーの言葉に驚いた甲太郎とリューカの2人は、揃って目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待てアズーよ! 新たな魔王? お前が!?」
「さらっと凄い事言った!?」
手の平を向けて騒ぐ2人を宥めると、アズーは簡単に経緯を説明する。
「先程、長に私の考えを話した。あの『天空の眼』を叩き、我ら魔族が異界への侵攻をせずとも暮らしていけるよう、この世界を復興したいと……。長から『お前が指揮を執れ』と命じられた。魔族における指揮官とは、君達の言葉でいう『魔王』だ。本来であれば一番力に優れた個体が選ばれ、長に認められて魔王となるのだが……今の私に敵う魔族は居ないだろうからな、『実質的な魔王』という事になる」
自身の鋼鉄の胸板をコンコンと叩き、そう語るアズー。
その様子を見ながら、リューカは『成程』と呟いた。
「魔王とは役職なのか。トーラスに当てはめれば、長が国王で魔王が軍隊の指揮官……将軍に該当するという訳だな」
「そういう事だ。勿論、中には納得しない者も居るだろうが……我が力を示し、認めてもらえるよう尽力しよう」
そう言いながらアズーは胸のメンテナンスハッチを開くと、中から金属ケースを取り出す。
日本を発つ直前に、長道博士から渡された物だ。
彼の手の平との対比で、そのケースは殊更に小さく見える。
「『天空の眼』を叩き、空と大地を取り戻し、皆でこの種を蒔く為に」
「種?」
甲太郎の疑問の声にアズーは答えた。
「ああ、長道博士からもらったものだ。過酷な環境に強い作物の種が数種類入っている。博士が主義を曲げてまで託してくれたのだ……これで魔界を豊かな地に復興することが、彼の善意に報いる事だと確信する」
「ちなみに私は『ショガンジョージュ』とやらのアミュレットを貰ったぞ!」
アズーに続き、リューカがお守りをポケットから取り出し、自慢げに甲太郎に見せた。
そんな2人(正確には1人と1体)を見て、甲太郎は頬を綻ばせた。
「そういう事なら、是が非でもあの『天空の眼』を叩かなきゃいけませんね。ただ……姫様にはここで待っていて欲しいんですが……」
その言葉を聞き、リューカが眉を逆立てた。
「おい! ここに来てそういう事を言うのかお前はッ!? 今の話は3人で力を合わせようという流れだっただろう!!? しかも、私の事は名前で呼べと言ったのに、まだ姫様と呼ぶか!」
「いやしかし、あの『眼』は非常に高度な技術で造られた遺物です。どんな危険があるか分かったもんじゃない。そんな所に連れて行くわけにはいきません! それに、『恩返し』をしたい相手に頼るとか……」
抗弁する甲太郎に、リューカは『ずい』と詰め寄った。
「どんな危険があるか分からないからこそ、今ある最大戦力で臨まねばならんのだろう! それにな、今の私の使命は、お前を無事にニホンへ連れ戻すことだ。私に言わせれば、お前を危地に向かわせる事の方が――――うん?」
そこまで早口に捲し立てたリューカは、何やら思いついたのか急に黙り込む。
顎に拳を当て『むむむ』と唸り、そして甲太郎を横目で見つつ『ニヤリ』と口の端を吊り上げた。
途端に、甲太郎の胸中に嫌な予感が膨れ上がる。
「そうだ、そうだ、そうなのだ! お前をすぐに連れ戻さねばならんところを曲げて! 大いに曲げて!! あのふざけた『天空の眼』を叩くというお前の我が儘を許してやるのだ。これはもう、私が提示する条件の10や20は飲んでもらわんと釣り合いがとれんよなぁ~」
心底楽しそうに、意地の悪い表情を浮かべてそんな事をのたまう銀髪の少女。
「し、しかしですね……」
「しかしも何もあるものか。今後私の事は名前で呼ぶ事! それから、勿論私もついて行くからな! これは覆らざる決定である!」
尚も反論を試みた甲太郎だったが、取り付く島も無く押し切られてしまった。
考えて見れば彼女は王族だ……、彼女自身がどの程度政治に関わっていたのかは分からないが、国政に携わる人々が身近にいる環境で育ったのは間違いない。
そんな相手に口先で勝とうなどと、土台無理な話だ。
甲太郎が『ぐぬぬ』と押し黙ったのを見計らって、アズーが切り出した。
「話は纏まったようだな」
「……無理矢理押し切られたんですけどね」
肩を落とす甲太郎、一方リューカは上機嫌だ。
「悔しかったら口先でも私に勝てるよう精進するが良い! ほれ、私の名を呼んでみろ?」
「うう……その……、リューカ……さん」
茹ったような赤い顔で彼女の名を呼ぶ甲太郎。
リューカは『うんうん』と頷く。
「呼び捨てで構わんのだがな、まあ良い。この辺で勘弁してやろう」
「味方と合流できたはずなのに、アウェー感が増してるのは何でですかね…………?」
ただ単に聞こえなかったのか、或いは意図して無視されたのか、甲太郎のその呟きに答えは返ってこなかった。
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「さて、だいぶ話が逸れたが……」
頃合いを見て、アズーが話を本筋に戻す。
「あの『天空の眼』に至る手段……まだそうと決まった訳ではないが、確かに心当たりがある」
表情を引き締める甲太郎とリューカ。
「それは?」
「この集落からほぼ南の方角に、先に撃退したワーム共の巣がある。その巣が、ホライゾンゲートのある『遺跡』と同じような造りをしているらしい……。昔、私が生まれるよりも前、資源や新たな住処を求めて探索に出た同胞が、命からがら持って帰った情報だそうだ。古い情報で当の魔族も既に死んでいる為、詳細は不明だが……あたってみる価値はある」
リューカは右手の人差し指を立て、それをゆらゆらと揺らしながら答える。
「なに、何のあても無いよりは遥かにマシだ。では、日暮れと共に出るか?」
アズーは『ギシリ』と首を縦に振った。
「そうしよう。ただ、先の戦いで取り逃がしたワームの残党が居るだろう……。まず間違いなく戦闘になる、覚悟しておいてくれ」
甲太郎とリューカは揃って頷いた。




