第59話 死地に生きる
「アズーさん、聞きたい事があります。異界……アルカディア大陸への侵攻の目的は何ですか?」
魔界で生きる事の厳しさを語るアズーに、甲太郎が疑問をぶつける。
しかし、その問いは疑問とも呼べないような答えの分かり切った物だ。
『侵攻』の目的など、征服や略奪、そして敵対するものを滅ぼす為だと相場が決まっている。
事実、魔王から『この世界を奪う』と宣言されたリューカは、甲太郎の質問の意図が理解できずに首を傾げた。
だが、アズーは少しの間無言で甲太郎の顔を見、声を上げた。
「リューカ殿の世界を我らの物とするため……。そして、この集落を維持するためだ。より正確に言えば、この付近にある複数の集落、そのコミュニティを……と言う事になるが」
「やっぱり……」
肩を落とし、首を横に振りながら答える甲太郎。
方やリューカは、アズーの答えに再び首を傾げる。
「集落の維持? どういう事だ?」
その疑問に答えたのは甲太郎だ。
「さっきのアズーさんの台詞、『多くの犠牲を払って徐々に個体数を増やす』っていう言葉。こんな過酷な状況でも、彼ら魔族は少しづつ人口を増やしている。けど、数が増えればいつかこの集落の許容人口を超えてしまう」
「それの何が問題なんだ? 増えたのならば何処か別の……いや、そうか! あの『天空の眼』か……」
甲太郎はリューカに頷いて肯定の意を示す。
「我々の感覚で言えば、人が増えたなら集落を拡張するか、新たな土地を開拓すればいい。けど、この世界ではあの『眼』の所為でそれが出来ない。地中を掘って地下を拡張しようとしても、岩にぶち当たったり、ワームが徘徊する範囲に踏み込んでしまったりと限界があります」
そこまで語った甲太郎は視線をリューカから再びアズーに移した。
「生活圏を拡大できない状況で増えた人口をどうするのか? 『集落の維持』というのは『口減らし』ですね? そして恐らく、異界への侵攻はそのための手段なのでは?」
甲太郎に正面から見据えられ、アズーは『ギシリ』と首を縦に振った。
その2人のやりとりに驚いたのはリューカだ。
「待てコータロー! 私の世界への侵攻が魔族の『口減らし』だと!?」
「色々腑に落ちない所はあったんです。まず、毎回千名程度の戦力で異界に攻め込んでいる事……。50年という長期の間があるとはいえ、戦力の逐次投入と言って問題ない。戦力を部隊単位に分けて個別運用できるだけの能力があるのに、これはおかしい。けど、実情は『逐次投入している』のではなく『そうせざるを得ない状況だった』……という事です」
甲太郎は再度アズーに問う。
「多分、ここと周辺の集落を合わせて、50年で増加する人数が千名程度なのでは?」
「そうだ」
アズーが簡潔に肯定する。
そこに、リューカが口を挟んだ。
「つまり、私の世界に攻め込んできた連中は、一族から捨てられた者達だったと!?」
「半分正解だ。異界への侵攻部隊は各集落からの志願者で構成される。故郷から『捨てられた』と同時に、故郷を『捨てた』者達なのだ……。遥か昔、我ら魔族は増え過ぎた同族をただ荒野に放逐するのみだった。しかしそれは、ただ『死ね』と命じるのと同義だ。故に、己が命を儚んで軽挙に走る者がたびたび現れた。さらに、あの『天空の眼』が放逐された者達を捉えれば、集落も巻き添えで一族諸共滅ぶ危険が付きまとった」
アズーは淡々と語る。
「ある時、1人の魔族があの『遺跡』を発見した。水も食料も無く、住むには適さない場所だったが、そこに『門』が口を開いた。好奇心に駆られたその魔族は門を潜り……、そして豊かな異界の情報を広く魔族に齎した。それからは、今のように各集落から人員を募り、侵攻軍を編成する事が定例となるのに時間はかからなかった。残る者からすれば、異界は『安全に同族を捨てられる場所』であり、逝く者からすれば『あわよくば手中に出来るだろう理想郷』なのだから」
「……そういう、事だったのか」
リューカの脳裏に魔王の言葉が蘇る。
『お前達は何だ』という彼女の問い、それに対する魔王の答え。
『我々は何者でもない。既に命を捨てた者であり、この地で望む未来を手に入れる』
命は捨てたと嘯きながら、未来を望む矛盾した言動。
あの言葉は不退転の、あまりにも悲壮な決意の表れだったのだ。
湧き上がるやるせない思いに俯くリューカ。
そんな彼女にアズーが声をかける。
「どのような理由があるにせよ、リューカ殿から見れば我々は侵略者であり、正しく『魔族』だ。恨んでくれて構わない。貴女方にはその権利がある」
アズーの言葉に、リューカは『フン』と鼻を鳴らす。
「今の話を聞いて『はいそうですか』と言えるほど、私は冷血ではないぞ。どう考えても、悪いのはあの『天空の眼』ではないか」
「……驚いた。『魔族など、この世界で滅べばよい』と言われてもおかしく無いと思っていた……。神の炎に焼かれて滅べ、と」
その言葉を聞いたリューカの眉間に皺が寄る。
「お前は私を何だと思っているんだッ!? 今の言葉の方が腹が立ったぞ!!」
いきり立つリューカを『どうどう』と宥めながら、甲太郎がアズーに話しかけた。
「『神の炎』……、もしかしてソドムとゴモラですか?」
「そうだ。ニホンにて神に焼き滅ぼされた悪徳の街の伝説を知った時、我等の境遇と重ねずにはいられなかった」
その姿と、そして理知的なキャラクターに似合わず、センチメンタルな言葉を口に上せるアズーに、甲太郎は首を横に振りながら答えた。
「つまり、あの『天空の眼』が神様だと? そうだとしても、無差別に大地を焼き払うなんて邪神か悪神の類でしょう。さっき姫様が言った通り、悪いのはあの『目玉』です」
そこで甲太郎は『ふう』と息を吐き、言葉を区切る。
そして、リューカとアズーの顔を交互に見ながら、重々しく口を開いた。
「話を聞く限り、資源とかの問題は別にして……、あの『天空の眼』をどうにかすれば、とりあえずは異界への侵攻をせずに済む……って事ですよね?」
「「?」」
甲太郎の言葉に、リューカとアズーは顔を見合わせた。




