第55話 魔王の最後
「教えてくれコータロー。この魔界で、お前の身に何があった?」
自分を見据える、深く青いリューカの瞳に惹き込まれそうになりながら、甲太郎は魔界に流れ着いてからの出来事を語り始める。
「それほど大したことがあった訳じゃないですが……。そうですね、この世界に漂着して、まず……俺は再生した魔王と対峙したんです――――――」
■魔界、『遺跡』
甲太郎は右手に予備のヒートマチェットを握り、魔王と相対する。
対峙する魔王は元より武器を持たない……しかし、大槌のようなその拳と禍々しい大爪が何にも勝る武器であると一目でわかる。
甲太郎もアンチマテリアルピストルを撃ち尽くし、これを投棄。
EOSにはフラググレネードが残っているものの、それが魔王に致命打を与えられない事は先刻証明済みだ。
何より爆発物を使い、この施設を損傷させ、万が一にも『門』が閉じるようなことがあってはならない。
グレネード程度で傷つく施設なのかは不明だが、少なくとも甲太郎にはそれを試すつもりは無かった。
お互い、中・遠距離の攻撃手段を持たない状態……自然と、両者の戦闘は近接距離の乱打戦へと移る。
両者踏み込み、甲太郎はヒートマチェットを振るい、魔王は拳を振るう。
双方一歩も引かず、切り裂き、叩き付け、薙ぎ払い、捻り潰そうとする。
一見互角に見える戦いは、しかし――――甲太郎の劣勢だった。
魔王はヒートマチェットで斬られた傷を即座に再生して見せる。
炭化した傷口が腐り落ち、新たな体組織が形成された。
そして、魔王はその再生能力に任せ、防御を捨てて両の拳で甲太郎に襲い掛かる。
狙いはEOSの損傷部分、胸部から脇腹にかけての亀裂だ。
右手のヒートマチェットで攻撃し、左腕で防御する甲太郎に対し、両の腕で襲いかかる魔王は、単純に手数で甲太郎を圧倒した。
左腕の防御を搔い潜り、魔王の拳が亀裂を打ち据えるたびに、徐々に亀裂はその口を広げ、甲太郎の視界は痛みに歪んだ。
甲太郎の胸中で、『このまま押し切られるか』と焦燥が膨れ上がったその時、状況に変化が訪れた。
止めとばかりに、大きく振り上げた拳を甲太郎に叩き付ける魔王。
しかし――――EOSの装甲を砕くかと思われたその拳は、『ペチン』と間の抜けた音を立てて亀裂入りの胸部装甲に阻まれた。
「なんッ!?」
「グゥッ!!?」
状況が理解できず、両者の動きが一瞬止まる。
その一瞬が切っ掛けであるかのように、魔王の全身から蒸気が噴き出す。
「ガァッ!? グガアァッ!!? ガアアアアァァァァァッ!!!?」
吐血しながら絶叫する魔王。
全身から蒸気を噴き出し、生きながら腐り落ちてゆく。
本来蒸気を噴き出すのは、クリーチャーの体組織の再生活動に伴う現象であったが、魔王に起こっている現象はそれに当てはまらない。
魔王は明らかに死に瀕している――――いや、今まさに『死んで』いた。
肉が腐り落ちその場に倒れ伏した魔王は、恨めし気に甲太郎を睨むと、頭まで腐敗し完全に死に絶える。
「これは……一体…………?」
あまりにもあっけない幕切れに、甲太郎は暫し茫然と立ち尽くした。
■■■
「魔王が……、自滅した?」
甲太郎の話を聞き、リューカが疑問を口にする。
「恐らく……『再生し過ぎた』んじゃないかと。いくらクリーチャーと言っても、何の代償も無しに肉体を再生出来るわけじゃない。通常はカロリー……体力を消耗して再生するんですが、魔王は何の補給もせずに何度も何度も再生していましたから……」
「成程な、エイジ・セリザワの再生技術も万全ではなかった……いや、短時間にそう何度も生き返るような事態を想定していなかったという訳か」
アス―に向かって頷きながら甲太郎は続ける。
「当然と言えば当然の話ではあります……。俺はただ『粘り勝ち』しただけで、特に大したことはしてません」
そう述懐する甲太郎に、リューカは首を横に振った。
「いいや、お前が魔王を連れてゲートに飛び込んでくれなければ、王国軍に甚大な被害が出ていただろう。感謝するぞ、コータロー」
ストレートな感謝の言葉に、赤くした頬を掻く甲太郎。
そんな彼に、今度はアズーが疑問を投げかけた。
「しかし、今の話では甲太郎殿がこの集落に身を寄せている理由が未だ不明のままだ。魔王との戦いの後、一体何があったのか教えてもらいたい」
「ああ……、これも大した話じゃありません。あの地下施設を探索して、制御装置的なものを見つけられなかったんで、外には何かないかと思ったんです。……今考えれば運が良かった。ちょうど夜で、外に出てすぐに悲鳴が聞こえて来たんです」
「悲鳴?」
リューカが気になった単語を繰り返す。
「悲鳴というか、叫び声というか……。とにかく、魔族の子供がデカいミミズの化け物に襲われてたんです。それで思わず助けに入って、ミミズの化け物を倒したところでいい加減限界だったのか意識を失って……気付いたらここに運び込まれてたって訳です」
「ミミズの化け物……『這いずり』か。とにかく、同胞を助けてくれたこと、感謝する」
『ギィ』と頭を下げるアズー。
それとは対照的に、リューカは呆れたと言わんばかりに『ふぅ』とため息をついた。
「全く……無茶をする。本当に、無事で居てくれて良かった」
リューカが呟いた時、3人が居る小部屋に一体の魔族が駈け込んで来た。
そして、何かを伝えようと『ギャアギャア』と叫ぶ。
その叫びに、アズーと甲太郎がほぼ同時に反応した。
「何!? 『這いずり』共が?」
「ちッ! またか!」
リューカとアズーの視線が一斉に甲太郎に注がれる。
「魔族の言葉が分かるのか!? コータロー!」
「いえ……。ただ、ここに来てからこれで3度目なので」
そう言いながら、甲太郎は壁に手をつきながら立ち上がり、集落の出口に向かって歩き始める。
「甲太郎殿、何処へ?」
「襲撃してきたミミズの化け物……『ワーム』を迎撃します」
簡潔にそれだけ答え、甲太郎はどんどん通路を進んでゆく。
「待てコータローッ! ああもう! 無茶ばかりしおってッ!! アズー、来いッ!!」
「了解」
周囲の魔族達が騒めく中、リューカとアズーは甲太郎の背を追った。




