第53話 赤い荒野の片隅で
■魔界、遺跡
太陽と共に天空の『眼』が地平線の彼方に沈むのを待ちながら、アズーはこの世界の生物……、そして魔族の生きる様を語る。
「あの星は地表を監視し、生物や人工的な構造物に死の光を降り注ぐ。その為、この世界では日中に野外で活動することは出来んのだ。死の光は先程見たように、およそ馬鹿げた威力で容赦なく地上を焼き払う。必然と、この世界の生物はその生活圏を地下や巨石の影、渓谷の底といった日の光が届かない所に限定され、夜間に活動するようになった」
アズーの語りを聞きながらリューカは空を睨む。
先刻目の当たりにした、天を衝く巨大な炎が脳裏に焼き付いて離れない。
「見ての通り、全て焼き尽くされ碌な資源が無い。この地に生きる数少ない生物は我々魔族を含め、皆過酷な環境で飢えに苛まれながら生きている。隙あらば奪われ、弱ければ食われる……弱肉強食の理が支配する、『既に滅びた世界』だ」
リューカの視線の先、人造の星だという天空の『眼』は、太陽と共にじりじりと高度を下げ地平線に差し掛かりつつある。
EOSの望遠映像によって映し出されるその凶星は、ただ只管に不気味で、恐ろしかった。
しかし、相手が何であろうと……それこそ天に浮かぶ星であっても、彼女の闘志は砕けない。
「私が飛んで行って、アレを破壊するのはどうだ?」
リューカの提案に、アズーの動きが止まる。
「何だ? どうかしたか?」
「…………驚いていた。我々の共闘は甲太郎殿を救出するまでの一時的なもの。貴女には、あの星に挑む理由など無いはずだ」
リューカは通路の壁に背を預け、腕組みしながら答える。
「世界を丸ごと焼き払うなどと、あんなふざけたモノが気に入らんだけだ」
若干苛立たし気な彼女の声色は、今の言葉が心の底からのモノである証左だ。
アズーは呆れると同時に、義憤に駆られるリューカに感謝しつつ、簡潔に事実のみ答えた。
「飛んでゆくのは無理だろう。貴女のEOS、そのBSブースターで飛べる限界高度のさらに上……宇宙と呼ばれる空よりも高い場所にあの星は在る」
アズーの言う通り、BSブースターは吸入した大気を噴射することで推進力を得る。
大気圏以遠への飛行は不可能だった。
「ええい、忌々しいッ! そもそも何であんな馬鹿げたモノが空に浮いている! 人造と言ったが、あんなモノを造ったのはいったい何処の阿呆だ!?」
憤懣やるかたなし、といった風に吐き捨てるリューカ。
「かつてこの世界には高度な文明を誇ったヒトの種が存在した。この『遺跡』もあの『星』も、彼等の置き土産という訳だ」
「傍迷惑な土産だな……。その『かつて居たヒト』とやらは、あんなモノを造る知恵がありながら、地を焼き尽くせばどうなるかくらい分からなかったのか? 全く、頭が良いのか悪いのか理解できん」
「その言葉には全面的に同意する。だが、行動を制限されるのは確かに煩わしいが、日の光が届かない所を重点的に探索すれば甲太郎殿を見つけられる可能性が高いという事でもある。この世界の状況に憤ってくれるのは有難いのだが、救出任務を果たす事にのみ注力するべきだ……彼の反応は?」
アズーの言葉に、リューカは『うむぅ』と唸った。
確かに、甲太郎の救出……S作戦の完遂が何よりも優先される。
「お前の言う通りだな。コータローの反応は依然微弱だが、大体の方角程度であれば……向こうだ」
そう言いながら、リューカはある方向を指さす。
その指し示す先を見て、再度アズーの動きが止まった。
「どうかしたか?」
首を傾げながら問うリューカに、アズーは答えた。
「偶然にしては出来過ぎか……。あの方角には、私が生まれ育った集落があるのだ」
■■■
太陽と、そして天空の『眼』が地平線の向こうに落ちきるのを待つ。
その待ち時間に、リューカはEOSのチェックを行ったのだが……京子の言う通り、確かにEOSの動作に『重い』所がある。
だが、EOSは元々の性能が飛び抜けているのだ。
多少動きが鈍った所で、生身で戦闘行動を取るなどという選択肢は無かった。
尤も、『無用な』戦闘など回避するに越したことは無いのだが……。
チェックを済ませ、そんな事を考えている内に辺りに夜の帳が落ち、2人は『遺跡』を出た。
向かうはアズーの故郷である。
大雑把にセンサーが指し示す方角にあり、他に目ぼしい『日の光から隠れられる場所』も無い、というのが行き先を決定した理由であったのだが……。
「進めば進んだだけ、反応が大きくなるな……。アズーよ、お前の故郷まであとどのくらいだ?」
変身を解除し、左手首の起動ドライバの反応を見ながら歩くリューカは、そうアズーに問う。
起動ドライバの極小モニターは『ピン、ピン』と光を明滅させていた。
「あの砂丘を越えた先に岩場がある、そこの洞窟が目的の場所だ」
正面の砂丘を指さすアズー。
月明かりに浮かび上がる砂漠、振り返れば『遺跡』の入口が隠れる岩場が小さく見える。
月光に照らされるその風景は幻想的ですらあったが、その眺めが世界の滅びによって出来上がったものだと思うと、リューカの胸中はやるせない思いに塗りつぶされた。
そんなリューカの胸中を知る由もないアズーは、周囲を見回し言葉を続けた。
「しかし妙だ。静か過ぎる……」
「それはそうだろう、我々しか居ないのだからな」
何とはなしに答えたリューカだが、アズーは首を横に振る。
「いや。さっき話した通り、この世界の生物はほぼ全て夜行性だ。肉食性の危険生物……特に『這いずり』あたりに襲われるのは茶飯事なのだが……」
「その『這いずり』というのはよく分からんが、居ないのならば好都合ではないか。先を急ごう」
「……ああ、そうだな。そうしよう」
リューカに促され、しきりに周囲を警戒しながらもアズーは歩を進める。
■『集落』
目的地である岩場に到着すると、岩と岩の間に大きな洞窟が口を開けているのが確認できた。
「集落というのは……ここか?」
疑問を口にするリューカ。
彼女の起動ドライバは、甲太郎の反応がこの近辺から発せられている事を示している。
だが、アズーがその質問に答える前に、洞窟の中から魔族が姿を現す。
見張りをしていたのだろうか……その数2体。
当たり前の話だがリューカ達を警戒しているらしく、牙を剥き出しにして威嚇している。
しかし、アズーはいつもと変わらず冷静にリューカに話しかけた。
「私が話そう、見知った顔だ」
「知り合いか? 私には全く見分けがつかんのだが……。それより、お前はそんな姿だ、相手はお前と分からないのではないか?」
リューカが疑問を呈すると、アズーは自身の頭を指先で『コンコン』とつつきながら答える。
「問題は無い。魔族は『ここ』で会話する。我々にとっては外見だけが『個人』を特定する手段ではない」
そう言うと、アズーは2体の魔族に歩み寄る。
「私だ、アズーだ。故あって恥を忍び帰還した。客人を伴っている、長に会いたいのだが……」
アズーは脳波による会話と並行して、断片的にでもリューカが話を理解できるように、自身の『発言』を声に出しながら会話を行う。
人間の『声』も一人一人声色が違っているように、魔族の『脳波によるコミュニケーション』もそれぞれに『調子』が違う。
アズーに話しかけられた魔族は最初こそ驚いたものの、割とすぐに彼の話を聞き入れてくれた。
リューカはその様子をじっと見ていたのだが……、突然アズーが『本当か?』と気色ばんだ。
その様が珍しく、思わずリューカは口を出す。
「どうした?」
「我々はツイているようだな……。ここで貴女に似た『ニンゲン』を保護しているそうだ」
「なんだと!?」
大きく身を乗り出し、リューカは声を荒げる。
「集落に入る許可は得た、案内しよう」
「頼むッ!!」
リューカとアズーは、魔族の集落に足を踏み入れた。
■■■
洞窟……集落の中は光を放つ苔のような植物が自生し、EOSを装備していなくても何とか周囲を確認することが出来た。
魔族のモノだろう、無数の気配を感じながらアズーに先導され先に進む。
かなり規模の大きい洞窟らしく、無数に枝分かれしている。
幾つかの分岐を進んだ先……、行き止まりとなった小部屋のような空間に『彼』は居た。
岩壁に背を預け、項垂れて手足を投げ出し、一見すると眠っているように見える彼は、アズーの足音に気付くと頭を上げ……そして2人の闖入者の姿を見て驚きの表情を浮かべた。
負傷と疲労で明らかに憔悴しきった様子だが、目を大きく見開き、あんぐりと口を開けている。
リューカは彼……、甲太郎の目の前に膝をつき目線を合わせると、『ハァ』と一息ついてから口を開く。
「全く……心配したんだぞ? このおおばか者め」
リューカの目に、涙が滲んだ。




